Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第27話

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「ふうん、二つ名を持つ殺し屋さんですか。それでどうします?」
「後先の違いだけで似たようなものだと思うが、直接一撃を浴びせているブレガーの方が仕掛けやすいだろうな。だが私はお前をフィオナに近づける気はない!」
「はいはい、そんなに力まなくても景気のいい方、予定通りのレアードですね」

 聞いていたマスターは眉をひそめた憂い顔である。

「お客さんたち、本気ですか? 冗談事じゃない戦争ですよ?」
「社会勉強に飽きたら戻ってくる。取り敢えず清算してくれ」

 妥当と思われる額をドル紙幣で支払い、二人はショルダーバッグとコートを取りに三階の部屋に上がった。コートは着ずに腕に掛けて一階へと降りる。

 憂い顔のまま溜息を洩らすマスターに礼を言って表に出た。

 右に進路を取ると八百屋や雑貨店、香辛料の店やベーカリーなどがもう開店していて、兼業主夫たる霧島と京哉は結構愉しく眺めながら歩く。

 新たな張り番が立っているブレガーの事務所を通り過ぎて暫く行くと、大通りの右側に保安官事務所があり、覗くと中では椅子に腰掛けたパイク=ノーマンが舟を漕いでいた。

 そこから二百メートルほど先にレアードの事務所らしき建物があって、ここにも張り番である。だが何より注目に値したのは、チンピラがこれ見よがしにスリングで肩から提げたサブマシンガンだった。
 それも戦時の国ならば手に入りそうな品ではなく、PDWと略されるパーソナル・ディフェンス・ウェポンだったのには驚かされる。

 割とコンパクトで携行しやすいだけでなく、使用する弾薬が特徴的なのだ。人体に命中すると体内でタンブリングと呼ばれる横転現象を起こすため、殺傷能力が高い。おまけに初速が速く貫通力もあり百五十メートル先のボディアーマー、それもⅢ-Aクラスを簡単に抜く。

「いったい何処から武器弾薬を仕入れているのだろうな?」
「確かに謎ですよね。密輸するにもここには空港もないんだし海も遠すぎるし」

 首を捻りつつ店舗を冷やかしながら二人はゆっくりと一時間ほども歩く。ようやく分岐点に差し掛かった。勾配の緩い丘を突っ切る左の道がブレガー、右の道がレアードに通じていると分かっていたが、アスファルトの道を上る前に二人は足を止める。

 咲き乱れる花が丘を真っ赤に染め抜いているのに目を奪われたのだ。
 薬物の女王といわれるヘロインの元、芥子畑だった。

「すっごい、綺麗ですね」
「確かに爆撃でも食らわしてやりたいくらい綺麗だな」

 物騒な霧島の言葉とは裏腹に芥子畑の中ではのんびり作業をしている人々がいる。花が散ったあとの子房を傷つけ、流れ出た乳液の固まったものを採取しているのだ。
 これを乾燥させると生阿片、酢酸処理加工するとヘロインになる。

「これでいったい、どれだけ無辜の人間が死んだのだろうな」

 霧島の脳裏には記憶も新しいヘロイン中毒になった京哉の姿が浮かんでいた。死にこそしなかったが、その僅か半歩手前まで足を踏み出していたのである。あの時、気を失った京哉は銃を手にしトリガに指が掛かっていた。だが京哉本人は肩を竦めただけだ。

「まあ、街の人も好きで麻薬作ってるんじゃないでしょうし。行きましょう」

 あくまで軽い調子の京哉に促され霧島も芥子畑を突っ切る上り坂に足を踏み出す。
 それが意味するものを度外視すれば、光景は美しくものどかだ。

 空ではヒバリのような鳥が鳴き交わし、散歩にはもってこいの日和だった。歩いて火照った躰を茶の段々畑から下りてきた清々しい風が冷ましてくれる。

 二十分も坂を上るとフェンスに囲まれた大きな三階建ての屋敷が見えてきた。その馬鹿デカい屋敷の他にも敷地内には建物が幾つか建っている。屋敷の屋上に駐機されたヘリのテールローターが確認できた。ドンが遊びに行くには大仰な代物で非常時用だろう。

「立派な施設ですね。割と文化的な生活が望めそうかも」
「それにしても随分大きな屋敷だな。日本のヤクザでもここまでのは見かけんぞ」
「手下の兵隊も住んでるでしょうしね」

「なるほど。おっ、ここから上は全部が茶畑か。日本の茶畑と変わりがないな」
「加工の仕方が違うだけで、材料のお茶の木自体は同じですから」
「そうなのか?」

 知識欲旺盛なバディの顔を霧島は見る。京哉は簡単に説明した。

「ええ。発酵させない・させる・もっとさせる。その違いだけで緑茶と紅茶とウーロン茶に変わるんです。それよりあの格納庫みたいなのはヘロイン工場じゃないんですかね?」
「それはないな。酢酸処理する時にかなりの異臭がするという話で、大概のヘロイン工場は地下に造るか、よそに運んで加工するのが普通らしい」
「ふうん、そうなんですか」

 互いの知識を出し合いながら暫し辺りを眺める。屋敷の敷地以外は全て背の低い茶の木が縞模様の絨毯のように覆い尽くしていた。ポツポツと男女が茶摘みしている。
 左側には数百メートルの幅で森林があり、ブレガーの屋敷は見えなくなっていた。

「では、ドン・ハイラム=レアードに謁見といくか」

 まずは赤外線感知器のついたフェンスを通過するのに門番小屋でオットー=ベインの名を出した。話は通っていたらしく名乗っただけで招き入れられる。
 開けられたのは分厚い一枚板に青銅の鋲を打った大扉ではなく、脇の小さな御用口だったが文句はない。

 敷地内に踏み入ると手下や畑の労働者の住処だろうか、アパートのような大きな建物が五棟並んでいた。その前を通り抜け、車寄せになっている屋敷のエントランスに辿り着く。
 エントランスにも手下が二人立っていて、ここで二人は暫く待たされた。巨大な屋敷沿いには黒塗りセダンが二列になって十数台も駐まっている。人の行き来も多い。

 行き交う人々にじろじろ見られつつ、五分ほど待ってからオットー=ベインが現れた。ここでも使われたのは巨大な観音開きの大扉ではなく、脇の御用口だった。
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