Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第26話

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 京哉の声で霧島は寝惚け眼を擦りながらベッドに上体を起こした。

「忍さん、今日もいい天気ですよ。朝ご飯、食べに行きましょうよ」

 ファンの婦警たちには見せられない寝グセ頭で霧島は起き出す。大欠伸をしながらテーブル上の京哉の煙草に手を伸ばした。国外の特別任務に来ると復活しがちな悪癖はストレス性だが、寝起きに限っては頭のロクロを回転させるには手っ取り早い。

 開け放した窓から早春の爽やかな風が室内を渡る。
 紫煙を漂わせながら水色の空を暫し眺め、腕時計に目を移すと七時半だった。

「ふあーあ、よく寝たな」
「ほら、吸ったら着替えて、顔洗って、その極楽鳥花みたいな寝グセも直して」

 せっつかれて煙草を消すと洗面所に向かい、顔を洗って黒髪の寝グセを水で濡らした。割と猫っ毛なので濡らすだけで素直に言うことを聞く。
 前髪から雫を垂らしつつオーダーメイドスーツを身に着けた。京哉はとっくにスーツの上下でスタンバイしている。勿論二人ともスーツの懐にはショルダーホルスタで銃を吊っていた。

 階下のバーに降りてゆくと店内は紅茶の香りでいっぱいだった。朝食をここで摂ってから仕事に向かうらしい客が、ぽつぽつと席を埋めている。

 二人はカウンターの真ん中辺りのスツールに腰掛けてマスターに朝食を頼んだ。

 働き者のマスターは作り置きしたサラダの器を冷蔵庫から出すと手早く卵を焼き、ベーコンを炒める。その間にオーブンでパンをトーストしていた。その手際を京哉はいちいち目で追っている。

 片手で京哉のオイルライターを弄びながら霧島は呟いた。

「さて、今日はどうするかだ」
「ブレガーとはあれですし、レアードしかないでしょう? あ、ありがとう」

 ワンプレートのスクランブルエッグと厚切りベーコン、トーストは結構なボリュームがあった。行儀良く手を合わせ二人は食べ始める。香り高い紅茶はホットのストレートだ。

「どちらに潜入することになるかはまだ分からんぞ」
「昨日、僕らが何処のファミリーの事務所を壊滅させたか忘れたんですか?」
「忘れちゃいないが、まあ、そう焦らなくても我々は仕掛けたんだ」

「うーん、今ひとつ分からないんですけど。何なら本当に僕がドンか幹部をタラすっていう手段もアリで――」
「却下だ。お前のボタンをひとつでも外したら相手を撃ち殺してやる」
「そうは言いますけど、忍さんは他に何かアテがあるんですか?」
「アテと云えるほど確実ではないが、まあ待て」

 そんなことを言って霧島はトーストに噛み付いている。今回はやけに暢気で本当にいいのかと京哉は心配になりながらサラダを頬張っていると、本当にアテは向こうからやってきた。

 食事も半ばの頃、スイングドアを揺らして入ってきたスーツにノータイの男が霧島の隣のスツールに腰を下ろしたのである。
 男は京哉にも分かる明瞭な英語でゆっくりと喋った。

「食事中に申し訳ないが、聞いてくれ。あんたらを雇いたいという人間がいる」

 トーストを咀嚼し飲み込んだ霧島は男に英語で訊く。

「それが誰か教えて貰えるか?」
「ドン・ライナス=ブレガーだ」
「何ですそれは。昨日、事務所を荒らしたのが誰だか分かって言ってるんですか?」

 霧島が通訳した京哉の問いに男が頷いた。

「あれだけの人数を相手にして掠り傷ひとつ負わない手練れのあんたらを、ドン・ブレガーは敵に回したくないとの仰せだ。どうだ、まずは二人合わせて三万出す」

 誰も三万円とは思っていない。三万ドルである。
 思案しながら霧島はサラダをフォークで口に運びつつ男に告げた。

「私たちにも目的がある。少し考えさせてくれ」
「いつでもブレガーの屋敷に来てくれ。歓迎する」

 それだけ言うと、茶の一杯も飲まずに男は去った。

 更に二人が二杯目の紅茶を貰って吹いていると、またしても闖入者が現れた。

 やってきた男は黒地にクッキリとした白のピンストライプのスーツを着用していた。その絶対カタギには見えないスーツが恐ろしく似合う男は、笑顔の中にも剣呑なものを瞳に溜めている。却って無理に笑って頂かない方がマシな気がするほど危ないタイプだ。

 こちらも霧島の隣に腰掛けると、マスターに紅茶を頼んでから口を開いた。

「あんたらが霧島に鳴海か。どっちだ?」
「私が霧島だが、あんたこそ何者だ」

 ここで呼び捨てにされるいわれはなく、切れ長の目に力を込める。

「ほう、いい目をしているな。俺はオットー=ベイン、お前さんらを雇いたい」
「あんた個人という訳ではないのだろう?」
「勿論、クライアントはいる」
「まさかドン・ハイラム=レアードがお呼びなのか?」
「その、まさかだ。なるほど、もうブレガーからは声が掛かったようだな」

 昨日の一件は噂となり、小さな街を一晩で駆け巡ったらしい。

「二万出す。一人二万ドルだ。悪い話じゃないだろう。どうだ?」
「別に私たちは稼ぎにきた訳ではないからな。考えさせてくれると有難い」
「即決すれば二人で五万」
「困っていないと言った筈だ。考えさせろ」
「分かった。屋敷で待っている」

 頼んだ紅茶のカップには手も触れず、男は店を出て行った。

 まるで温度を感じさせない視線から解放され霧島と京哉は軽く溜息をつく。懐に呑んだ銃を顔色ひとつ変えずにいつ抜いてもおかしくないと思わせる冷たい目だった。

「今のオットー=ベインの仇名は『ペイン・レス=オットー』、相手に痛みを感じさせる前に殺るというので有名な殺し屋ですよ」

 カウンター内で洗浄機から食器を出しながらマスターが解説し、霧島が訳した。
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