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第47話
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「男やもめで何も作れんでの」
そう言ってシェリフ・パイク=ノーマンが差し出してくれたのは、シールされた大ぶりのプレートとコーヒー入りマグカップだった。見覚えのあるそのプレートには、彩りよくサンドウィッチが載っている。タマゴや野菜にベーコンとチーズなど具も盛り沢山だ。
「このお皿、バッカスの?」
「あそこのマスターは口が堅い。心配はなかろうて」
留置場の鉄格子の間から差し入れられたそれを受け取った。紅茶ではなく久々のコーヒーの香りは京哉を僅かながらホッとさせる。
ちょっとした囚人気分で一晩を明かした翌朝だった。霧島はまだ眠っている。
木の椅子を鉄格子の外に置き腰掛けた老シェリフは手で顔を拭って溜息をついた。
「ブレガーが落ちて、朝からレアードの奴らが街を我がもの顔で闊歩しておるわい。そこら中で街の者に因縁をつけてはカネを巻き上げ……カネで済めばいいんじゃが」
「カネで済めばって……取り締まらないんですか?」
「何度も撃たれて希望も細り、ついにはへし折られた。燃やす情熱も全てが灰になった。この三十八口径の豆鉄砲で出来ることはやり尽くしたんじゃ」
腰に下げた古びたリボルバを、しわ深い手で撫でる。
「盾突く気もないのに僕らを匿っているんですか?」
少々辛辣になってしまうのを承知で京哉は片言英語を繰り出した。レアードに引き渡す素振りがあればこんな所にはいられない。
「それは安心せい。わし自身は矢折れ刀尽きようとシェリフを名乗る身。これでもかつては戦ったんじゃ。同じく戦ってきた者を裏切るような真似はせん。ウィスキーでふやけたこの脳もそこまでは堕ちておらんわい」
本物の怒気が閃いた目を見て、京哉は素直に謝った。
「……すみません。ありがとうございます、お世話になります」
昨日の昼から食べていなかった京哉は霧島の傍に座り、サンドウィッチを食した。濃いコーヒーは自宅マンションで霧島の淹れるインスタントコーヒーを思い出させる。
「でもずっと食事を運んで貰うのは、誰かの目につきそうだし……どうしよう?」
日本語での呟きだったが意を汲んでシェリフが応える。
「鳴海といったかの。そっちの霧島は動かせまい。今暫くは辛抱しかあるまいて」
「男やもめって仰ってましたよね。料理なら僕がしても構わないんですけど」
「ほう、あんたは料理をするのかな。じゃが台所はわしの目から見ても腐っとるぞ」
「わあ、片付け甲斐がありそう。ところで本当にご家族はいないんですか?」
半分食べたサンドウィッチのプレートをシールし直しつつ何気なく訊いた。老シェリフは京哉に眩しそうな目を振り向けたのち、黙って立った。数分で戻ってくるとグラスを手にしていた。中身は琥珀色でなく無色透明でただの水らしい。
「息子は生きていればあんたらと同じくらいの歳か。妻はブレガーに、息子は十二歳でレアードに殺された。街の人間を殺した手下をわしが撃った、その報復でな」
「そう、だったんですか。思い出させてすみません」
「いや、そんなことで謝らんでもいい。一日たりとも忘れたことなどないからの。温かい血を止めどなく流す息子を、駆けつけた時にはもう冷たくなりかけていた妻を、この手で抱いたあの日あの時のことは、どれだけウィスキーを飲もうが薄まってはくれんのじゃ」
「息子さんと奥さんを手に掛けた犯人は?」
「復讐の復讐は街人の命で払われる。あの時じゃ、わしの矜恃が叩き折られたのは」
「そうか……だが、もう我慢しなくていいぞ」
「忍さん!」
毛布の上で霧島が上体を起こそうとしていた。京哉が手を貸し支える。咳き込んだ霧島にシェリフがグラスを差し出した。受け取った京哉が切れた唇にグラスをあてがって傾ける。一息に飲み干したおかわりをシェリフが持ってきてくれた。
今度は半分ほども飲んで霧島は肩で息をつく。まだ吐息も荒いが目を覚ましたことで京哉は一応の安堵を得た。抱きついて泣き出したい気分だったがシェリフの目もある。冷静を装った。
「顔の腫れも消炎スプレーが効いたみたいですね」
「ああ、大丈夫だ、問題ない……ゴホッ、ゲホッ」
「問題大ありです。熱も高いし、まだ無理はしないで下さい。全身痛むでしょう?」
「動けんほどではない。だがまた少し、アバラをやったみたいだな」
他人事のように霧島は言ったが、本人申告という超珍しい現象が相当痛んでいる事実を示唆していた。ただでさえ前回の特別任務でも肋骨にヒビが入って治ったばかりなのだ。そこで自己申告とはおそらく折れた自覚があるのだろう。
そんな霧島はまた水を飲んで顔を微かに歪めた。切った口内に沁みるらしい。サンドウィッチもひとくちで断念した霧島に京哉は救急箱から出した鎮痛剤を飲ませた。
京哉は静かに霧島を寝かせる。再び横になってなお霧島はシェリフに声を投げた。
「シェリフ・パイク=ノーマン、世話をかける」
「なんの。悪ガキの息子が二人できたと思えば済むことじゃよ」
「悪ガキは恩を忘れん。あんたの仇はとってやる」
「って、忍さん。まさかレアードに殴り込む気じゃないですよね?」
「私が訊きたい。まさか京哉、お前はレアードを放置する気ではないだろうな? コケにされて黙っていられんのはこちらも同じだぞ。それにブレガーから連れ出された女性たちのこともある」
一人で身も起こせない霧島の言葉を大言壮語と思ったか、老シェリフは青い目をこちらに向けて黙り込み、返されたグラスをしわ深い手で弄んでいた。
暫くすると霧島はまた眠りに入り、規則正しい寝息が聞こえ始める。
「無理はせんことじゃ」
躰のことか心のことか、シェリフは言い置いて表の事務所に消えた。その背を京哉は見送って、熱い霧島の躰にそっと寄り添った。
そう言ってシェリフ・パイク=ノーマンが差し出してくれたのは、シールされた大ぶりのプレートとコーヒー入りマグカップだった。見覚えのあるそのプレートには、彩りよくサンドウィッチが載っている。タマゴや野菜にベーコンとチーズなど具も盛り沢山だ。
「このお皿、バッカスの?」
「あそこのマスターは口が堅い。心配はなかろうて」
留置場の鉄格子の間から差し入れられたそれを受け取った。紅茶ではなく久々のコーヒーの香りは京哉を僅かながらホッとさせる。
ちょっとした囚人気分で一晩を明かした翌朝だった。霧島はまだ眠っている。
木の椅子を鉄格子の外に置き腰掛けた老シェリフは手で顔を拭って溜息をついた。
「ブレガーが落ちて、朝からレアードの奴らが街を我がもの顔で闊歩しておるわい。そこら中で街の者に因縁をつけてはカネを巻き上げ……カネで済めばいいんじゃが」
「カネで済めばって……取り締まらないんですか?」
「何度も撃たれて希望も細り、ついにはへし折られた。燃やす情熱も全てが灰になった。この三十八口径の豆鉄砲で出来ることはやり尽くしたんじゃ」
腰に下げた古びたリボルバを、しわ深い手で撫でる。
「盾突く気もないのに僕らを匿っているんですか?」
少々辛辣になってしまうのを承知で京哉は片言英語を繰り出した。レアードに引き渡す素振りがあればこんな所にはいられない。
「それは安心せい。わし自身は矢折れ刀尽きようとシェリフを名乗る身。これでもかつては戦ったんじゃ。同じく戦ってきた者を裏切るような真似はせん。ウィスキーでふやけたこの脳もそこまでは堕ちておらんわい」
本物の怒気が閃いた目を見て、京哉は素直に謝った。
「……すみません。ありがとうございます、お世話になります」
昨日の昼から食べていなかった京哉は霧島の傍に座り、サンドウィッチを食した。濃いコーヒーは自宅マンションで霧島の淹れるインスタントコーヒーを思い出させる。
「でもずっと食事を運んで貰うのは、誰かの目につきそうだし……どうしよう?」
日本語での呟きだったが意を汲んでシェリフが応える。
「鳴海といったかの。そっちの霧島は動かせまい。今暫くは辛抱しかあるまいて」
「男やもめって仰ってましたよね。料理なら僕がしても構わないんですけど」
「ほう、あんたは料理をするのかな。じゃが台所はわしの目から見ても腐っとるぞ」
「わあ、片付け甲斐がありそう。ところで本当にご家族はいないんですか?」
半分食べたサンドウィッチのプレートをシールし直しつつ何気なく訊いた。老シェリフは京哉に眩しそうな目を振り向けたのち、黙って立った。数分で戻ってくるとグラスを手にしていた。中身は琥珀色でなく無色透明でただの水らしい。
「息子は生きていればあんたらと同じくらいの歳か。妻はブレガーに、息子は十二歳でレアードに殺された。街の人間を殺した手下をわしが撃った、その報復でな」
「そう、だったんですか。思い出させてすみません」
「いや、そんなことで謝らんでもいい。一日たりとも忘れたことなどないからの。温かい血を止めどなく流す息子を、駆けつけた時にはもう冷たくなりかけていた妻を、この手で抱いたあの日あの時のことは、どれだけウィスキーを飲もうが薄まってはくれんのじゃ」
「息子さんと奥さんを手に掛けた犯人は?」
「復讐の復讐は街人の命で払われる。あの時じゃ、わしの矜恃が叩き折られたのは」
「そうか……だが、もう我慢しなくていいぞ」
「忍さん!」
毛布の上で霧島が上体を起こそうとしていた。京哉が手を貸し支える。咳き込んだ霧島にシェリフがグラスを差し出した。受け取った京哉が切れた唇にグラスをあてがって傾ける。一息に飲み干したおかわりをシェリフが持ってきてくれた。
今度は半分ほども飲んで霧島は肩で息をつく。まだ吐息も荒いが目を覚ましたことで京哉は一応の安堵を得た。抱きついて泣き出したい気分だったがシェリフの目もある。冷静を装った。
「顔の腫れも消炎スプレーが効いたみたいですね」
「ああ、大丈夫だ、問題ない……ゴホッ、ゲホッ」
「問題大ありです。熱も高いし、まだ無理はしないで下さい。全身痛むでしょう?」
「動けんほどではない。だがまた少し、アバラをやったみたいだな」
他人事のように霧島は言ったが、本人申告という超珍しい現象が相当痛んでいる事実を示唆していた。ただでさえ前回の特別任務でも肋骨にヒビが入って治ったばかりなのだ。そこで自己申告とはおそらく折れた自覚があるのだろう。
そんな霧島はまた水を飲んで顔を微かに歪めた。切った口内に沁みるらしい。サンドウィッチもひとくちで断念した霧島に京哉は救急箱から出した鎮痛剤を飲ませた。
京哉は静かに霧島を寝かせる。再び横になってなお霧島はシェリフに声を投げた。
「シェリフ・パイク=ノーマン、世話をかける」
「なんの。悪ガキの息子が二人できたと思えば済むことじゃよ」
「悪ガキは恩を忘れん。あんたの仇はとってやる」
「って、忍さん。まさかレアードに殴り込む気じゃないですよね?」
「私が訊きたい。まさか京哉、お前はレアードを放置する気ではないだろうな? コケにされて黙っていられんのはこちらも同じだぞ。それにブレガーから連れ出された女性たちのこともある」
一人で身も起こせない霧島の言葉を大言壮語と思ったか、老シェリフは青い目をこちらに向けて黙り込み、返されたグラスをしわ深い手で弄んでいた。
暫くすると霧島はまた眠りに入り、規則正しい寝息が聞こえ始める。
「無理はせんことじゃ」
躰のことか心のことか、シェリフは言い置いて表の事務所に消えた。その背を京哉は見送って、熱い霧島の躰にそっと寄り添った。
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