Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第5話

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 常日頃から『刑事は歩いてなんぼ』を標榜するシドも別室任務を控えてしまったので持論を枉げ、帰りはビル同士を串刺しにして繋ぐスカイチューブを利用した。
 繋がるビル内に務めるか住むかしていないと利用不可なこれを使えば不用意なストライクも避けられるという訳だ。
 七分署のビル上階と単身者用官舎は直通である。

 スライドロードに乗っかって運ばれ、リモータチェッカとX‐RAYサーチをクリア、単身者用官舎ビルに移動すると五十一階までエレベーターで上がった。

 廊下を突き当たりまで歩くと右のドアがシドで左がハイファの自室だ。
 だがハイファはシドと現在のような仲になって以来、着替えやバスルームでリフレッシャを浴びるとき以外のオフの殆どの時間をシドの部屋で共に過ごすようになっていた。

 リビングの独り掛けソファからシドが咥え煙草で振り向く。

「おーい。いやに目が痛いんだが、化学兵器でもこさえてんのか?」
「違うって、タマネギ刻んでるから。キャベツとベーコンのスープに入れるんだよ」

 突然にして期間も分からぬ外出を前に急遽買い物を取りやめた主夫ハイファは、残り物整理の夕食作りに余念がない。キッチンとリビングの間を閉ざすものは何もなく、ダイレクトに硫化アリルがソファのシドまで襲ってくる。

「そういうのこそオートクッカー使えばいいじゃねぇか」
「画一的な味は趣味じゃないの。それに愛する人には手作り料理が基本でしょ」
「そんな基本あんのか? 聞いたことねぇぞ。大体、変に重いぞそれ」
「重いって分かってるからやってんの。もうちょっとだから我慢して、僕の方が十倍は目が痛いんだから。ええと、あとはローリエとトマトジュース、あったっけ?」
「ローリエって何だよ?」
「んー、木の葉なんだけど」
「木の葉だあ? ンなもん、食えるのかよ。俺は毛虫じゃねぇんだぞ」

 料理を欠片も知らないシドは首を捻りつつタマネギ地獄が終わったのを見計らい、スープ鍋に垂らた白ワインを目当てに身を起こす。ワイングラスをふたつ出して注ぎ分けた。料理に使うくらいでそれほど上物ではないが、さっぱりとして飲みやすい。
「あんまり飲みすぎないでよ」

「俺が酔わねぇのは知ってるだろ」
「そりゃそうだけど、お酒臭いのは拙いってだけ」
「一晩寝ればチャラだ」
「出会った頃はあんなに可愛く酔ってたのにね~」
「過去のネタで責めるのは勘弁してくれ」
「僕の受けたダメージに比べたら激スイートだよ。一生、言い続けてあげるから」

 ポーカーフェイスを崩して顔をしかめたシドをハイファが振り返って笑った。

 過去のネタ、それは二人が出会った約七年前に遡る。互いに十六歳だった。

 敷地が隣というだけで毎年行われる広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミー初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で二人は出会った。お互いに動標射撃部門にエントリーし決勝戦で戦競の歴史に残る熾烈な争いを演じたのだ。

 二人の争いは共に過去最若年齢にして最高レコードを叩き出すも決着がつかず、レーザーハンドガンから有反動・パウダーカートリッジ式の旧式銃に持ち替えるに至った。
 そしてとうに限界を超えている筈の二人を見守る皆の前で、ふいにハイファが大きく的を外した。勿論ワザとである。

 勝ちを譲られ、勝手に勝負を降りられて、シドが喜ぶ筈もない。当然ながら怒りを露わにしてシドは食ってかかった。そんなシドに対してハイファはにこにこ笑い、筋肉疲労で震える手を差し出して握手を求めると衆目を集めた上で言い放ったのだ。

『惚れたから負け』と。

 呆気にとられたシドにそのまま抱き付き、ディープキスをかましたのであった。

 柔らかな舌で口の中と思考を掻き回され、シドは真っ白になって固まった。だが囃し立てるギャラリーの声で我に返り、会心の回し蹴りでその場の決着はつけた。
 ハイファは笑顔のままぶっ倒れた。

 しかしそれで終わりとはいかなかったのである。

 夜の部の打ち上げでシドは先輩たちにしこたま呑まされ、『あんな美人に告られっ放しか?』と煽られたらしい。シドは『いいや、男がすたる!』と言ったらしい。勢いで軍の隊舎にあるハイファの部屋まで押しかけたらしい。

 そしてあろうことかハイファを押し倒してヤってしまったらしいのだ。

 そんなことまでしでかしておきながら、シドは何も覚えてはいなかったのである。

 起きてみれば見知らぬ部屋にひとつベッドで一糸まとわぬ男が二人だ。シドは激しく勘違いした。当時から『バイ』で『タチ』だという噂のあったハイファに、逆に自分がヤラれたのだと思い込み、何とそのまま七年の歳月が流れてしまったのである。

 とっととハイファが真相を吐けば良かった気もするが、そこは優しさなのだろう。シドが知れば違法行為の中でも男として恥ずべき『ワイセツ系の罪』を犯した自分が将来の警察官としてふさわしくないのでは……などと悩むのは明白だったからだ。

 けれど全て二ヶ月前、二人がきちんと結ばれた際にハイファが明らかにした。

 当然ながらシドは仰天したのだが、それはともかくハイファはシドの親友の座を勝ち取るまで殴られ蹴られ無視されて長い間苦労をしつつも、めげずに通い続けて愛しい男の心を開かせることに成功し、シド自身は二度と酒で失敗するものかと心に決めたあの夜以来、根性で体質を変えるという人間離れした技を会得したのである。

 キッチンの椅子に前後逆に腰掛けたシドは苦もなく毎日のように料理にいそしむ男の手元を伸び上がって覗き込んだ。今度はジャガイモを器用に剥き始めている。
 自分でも『精確には分からないけど、時々僕はノンバイナリーかもって思う』などと吐露するハイファは、確かに男性に向いている仕事も女性が得意な仕事でも両方器用にこなす。 

 尤も性差で振り分けられることなど現代ではたかが知れているが。

「芋か。何を作るんだ、今度は」
「ジャーマンポテト。野菜全般とソーセージも使っちゃわないと。残りは加熱してフリーズドライかパウチ。いつ帰ってこられるか分からない『研修』だからね」
「相変わらずマメなことで」

 ソフトスーツの上着を脱ぎ、ショルダーバンドを外したドレスシャツに愛用の黒いエプロンを着けた細い後ろ姿。いつもの帰宅時の光景だ。

 けれどファサルートコーポレーションの社長にでも祭り上げられてしまった日にはまさかこの生活は続けられまい。二人の物理的距離も大きく隔たってしまう。
 それはまさにシドの胸に湧いた不穏な予感そのもので、ハイファ自身が何よりも理解している筈である。

 そのことを考えまいとでもしているのか、単なる主夫根性なのか、今日のハイファの背には僅かな隙も与えない気迫のようなものが感じられた。

 タマネギにジャガイモ、ソーセージを炒める香りが食欲をそそる。キャベツもいい具合いに煮えたようで、料理のことなどカケラも知らないシドも、ささやかながらテーブルセッティングだけは手伝った。
 食事中に仕事の話は御法度という暗黙のルールがハイファの要請で出来上がっているので、頭を切り換えて純粋に味覚で愉しむ。

 ワインをジントニックに代えたシドはずっと疑問に思っていたことを口にした。

「ハイファお前、こういうのって誰から習ったんだ?」
「ウチを飛び出す前にね。家族とは縁が薄かったけど、屋敷の他の人たちは随分僕に気を使ってくれたんだよ。特に仲が良かったのは厨房の賄い専門の小母さん。僕が厨房をウロチョロしてるうちに色々と教えてくれるようになってサ」

 地雷を踏んだかとシドは一瞬思ったがハイファの若草色の瞳は穏やかで、浮かべた表情も懐かし気な風だった。安堵してその話題を続ける。

「ふうん。何て名前だ?」
「エレア=カシス。美味しそうなお菓子みたいな名前でしょ。元気かなあ?」
「バルナで会えるんじゃねぇのか」
「ならいいな。エレアだけには会いたいよ」

 ゆっくりとフォークを口に運ぶハイファをシドは眺めた。
 父親は遠縁から貰った婿養子だと言っていた。ということはファサルート直系に娘でもいればいいのだがハイファの話ではそれもないらしい。御曹司は大変だ。

 明日が通夜で明後日が葬儀。おそらくその直後にハイファス=ファサルートは選択を迫られる。いや、選択というより何処まで突っぱね、拒否し通せるかだろう。
 ファサルートコーポレーションはAD世紀から連綿と受け継がれてきた血を最も重んじ世襲制をとる、旧いが幹部連の結束の固い大会社だ。お家騒動で揉めに揉めては株価も下がる。

 末端まで入れれば数十万の従業員とその家族を路頭に迷わせる訳にもゆくまい。

 ぼんやりとシドはそんなことを考えハイファも言葉少なに食事を終える。手分けして片付ける間も互いに無言でシドが淹れたコーヒーを一杯ずつ飲むと、それぞれ自室のバスルームでリフレッシャを使った。

「明日のタイムスケジュールはどうなってんだ?」
「定期BELは十時発、あとは軌道エレベーターで……そうだね、第二商用衛星バルナのステーション着が十一時半くらいだと思うけど。割と近いよね」

 うなじで縛っていたしっぽを解いたハイファの金髪はさらさらで零れた長い後ろ髪を指で梳くのがシドは好きだった。綺麗な金糸の滑らかさが安堵をもたらす。

 早めに入ったシドの寝室、ひとつベッドの中だった。くすぐったそうなハイファの耳元にシドが低く囁く。

「暫くはお預けだろ。だからさ――」
「……お預け、か。そうだね」
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