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第10話
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最初は待遇も思っていたより悪くなかった。
FC本社のエントランスをくぐり、受付嬢が見守るリモータチェッカにハイファがリモータを翳しただけで社員だろう喪服を着用した案内人が現れて付き添い、上階へと通された。
だが、その先が問題だった。
案内されたのは一般弔問客用とは違う、二十一階の親族または故人と特に付き合いが深かった弔問客専用受付だった。そこで取り敢えず荷物を預けたまでは良かったが気付けば制服二人組は好奇の目に晒されていた。
制服姿が目を惹いてじろじろ見られるくらいはシドも慣れている。しかし。
更につれてこられた二十三階のエレベーターホールに至っては、視線が痛いほどに降り注いだ。視線だけではなく『財産分与狙い』だの『社長の椅子盗りゲーム』だのといった囁きがあからさまに聞こえて予想を裏切らぬ展開がシドを苛つかせ始める。
当の本人ハイファがスパイ稼業で培われた涼しい無表情を通していなければ、とっくにシドが目前のロウテーブルに蹴りを入れて黙らせていただろう。
ハイファが主人公の囁きに熱中し、故人を悼む素振りの者は一人もいない。
ここまでドライなのと、しみじみ泣かれるのと、どちらがマシだろうと考えながらシドは陰口にしては声の大きい男女を睨みつけて黙らせ、ついでに周囲を見回す。
ハイファ曰く『階級社会の縮図』のここでは階を上がるごとに内装が豪華になるシステムらしく待合室代わりに使われている、このだだっ広いエレベーターホールの天井までシャンデリアが下がっていた。床は複雑な織り模様の絨毯敷きである。
注目を浴びつつ二人は壁際にしつらえられたソファに収まった。
「通夜って十九時からだろ。その前にホテルに荷物預けに行った方が良くねぇか?」
「えっ、僕はここに泊まるつもりなんだけど」
「マジかよ? 落ち着けやしねぇぞ」
「それはそうかもだけど一応僕らは任務中でもあるんだよ。仕事仕事」
「開き直り早いな、お前」
さすがは別室員、スパイとして既に演じているということか。そうシドは思う。
「けど泊まれるのか実際?」
「ゲストルームが二十四階と二十五階に三部屋ずつあるって情報。弔時はみんな遠慮するものだから殆ど埋まってない筈。まさか次期本社社長様を泊まらせない訳はないでしょ」
「ハイファお前、本気じゃねぇだろうな?」
「ふふん、どうでしょうねえ。……じゃあ、そろそろ二十四階に行って僕の家族とやらを紹介するとしましょうか。貴方の肩書きは『未来の夫』で良かったっけ?」
「知らねぇからな、俺は。何がどうなっても」
ハイファの背景など考慮せずとも喪服の中では浮きまくりの制服二人組だったが、幸か不幸かシドの制服も黒で、結局はハイファの存在が浮き彫りになる。
二人して黒スーツにすることまで考え及ばなかった自分を苦々しく思ったシドだったが、一瞬後には自分たちが悪い訳ではないと、こちらも開き直りつつハイファと互いの腕に喪章を巻いた。
立ち上がりエレベーター前に移動する。巨大ファサルートコーポレーションの御曹司であり、本社代表取締役専務の肩書きを内蔵したリモータでハイファがエレベーターを開くと周囲のざわめきが更に大きくなった。
構わず乗り込んだエレベーター内でハイファはシドの腕を取り、リモータIDをパネルに読み込ませ来訪者登録をしてから二十四階に上がる。
着いたそこもエレベーターホールだが先程の階より格段に狭かった。
狭くはあったがカネはもっと掛かっていそうだ。艶のある天然木材で作られた花台があり、死者への手向けか白い百合が一本活けられている。
照明も煌めくシャンデリアではないが、やや照度を落としたライトパネルは人の手による細工らしい竹を削った透かし彫りの繊細な覆い付きだ。
床も磨き込まれた天然木材そのままのフローリングである。趣味のいい個人の邸宅のような落ち着いた雰囲気があった。
これも別室経由で見取り図でも得たのか、ハイファは迷わず歩き出す。
ファイバではない本物の木製の大きな扉をふたつやり過ごして、三枚目の扉の前に立った。壁のパネルの音声素子が埋め込まれた部分をノックする。オートではないドアの向こうから応答したのは疲れたような年配の女性の声だった。
《――誰?》
問いには答えずハイファはリモータチェッカをクリアし、扉を押し開ける。大きく取られた窓からは地球光が燦々と降り注ぎ、そのサロンの中を余す処なく照らし出していた。
中にいたのは三人で、その三者が三者ともハイファを見て動きを止める。
洗練されたデザインの黒のアンサンブルに、天然物なら一粒で数年は遊んで暮らせそうな大粒の南洋真珠を連ねたネックレスを着けた女性が、真正面にある革張り一人掛けソファに座っていた。部屋の内装は白とブラウンで統一されていて、中年ではあるがなかなかのプロポーションときつい顔立ちの女性を一層引き立てている。
その女性の脇にはロウテーブルのカップにポットの液体を注ごうとしていた年嵩の女性が立ち、三人掛けソファの中央には黒のタイをだらしなく緩めた男が一人いた。
「呼ばれたので来ました」
ハイファが声を掛けたのは、なさぬ仲の母親だろう。とすると昼日中、それも忙しい弔時にウィスキーらしきものを飲んで緩んでいるのがハイファの実の父か。
唐突にガチャンと音がした。ポットを取り落とすようにサイドテーブルに置いた赤毛でふくよかな年嵩の女とハイファが殆ど同時に声を上げる。
「ハイファス坊ちゃん!」
「エレアっ!」
エレア=カシスとハイファは互いに駆け寄った。両者は手を取って抱き締め合う。本気で嬉しそうな弾んだ声を出したハイファにシドは安堵しつつ再会を見守った。
「全然変わってないね、元気だった?」
「元気ですとも。坊ちゃんは大きくなられて、まあ……」
ハイファに料理のイロハを教えたという彼女は、シドが想像していたより若く見えた。弔事とはいえ抱き合う二人にこれもまた来た甲斐があったかとシドは思う。
だがそんな気分を叩き割るような声が響いた。
「五月蠅いわね。父さまが死んだっていうのに!」
FC本社のエントランスをくぐり、受付嬢が見守るリモータチェッカにハイファがリモータを翳しただけで社員だろう喪服を着用した案内人が現れて付き添い、上階へと通された。
だが、その先が問題だった。
案内されたのは一般弔問客用とは違う、二十一階の親族または故人と特に付き合いが深かった弔問客専用受付だった。そこで取り敢えず荷物を預けたまでは良かったが気付けば制服二人組は好奇の目に晒されていた。
制服姿が目を惹いてじろじろ見られるくらいはシドも慣れている。しかし。
更につれてこられた二十三階のエレベーターホールに至っては、視線が痛いほどに降り注いだ。視線だけではなく『財産分与狙い』だの『社長の椅子盗りゲーム』だのといった囁きがあからさまに聞こえて予想を裏切らぬ展開がシドを苛つかせ始める。
当の本人ハイファがスパイ稼業で培われた涼しい無表情を通していなければ、とっくにシドが目前のロウテーブルに蹴りを入れて黙らせていただろう。
ハイファが主人公の囁きに熱中し、故人を悼む素振りの者は一人もいない。
ここまでドライなのと、しみじみ泣かれるのと、どちらがマシだろうと考えながらシドは陰口にしては声の大きい男女を睨みつけて黙らせ、ついでに周囲を見回す。
ハイファ曰く『階級社会の縮図』のここでは階を上がるごとに内装が豪華になるシステムらしく待合室代わりに使われている、このだだっ広いエレベーターホールの天井までシャンデリアが下がっていた。床は複雑な織り模様の絨毯敷きである。
注目を浴びつつ二人は壁際にしつらえられたソファに収まった。
「通夜って十九時からだろ。その前にホテルに荷物預けに行った方が良くねぇか?」
「えっ、僕はここに泊まるつもりなんだけど」
「マジかよ? 落ち着けやしねぇぞ」
「それはそうかもだけど一応僕らは任務中でもあるんだよ。仕事仕事」
「開き直り早いな、お前」
さすがは別室員、スパイとして既に演じているということか。そうシドは思う。
「けど泊まれるのか実際?」
「ゲストルームが二十四階と二十五階に三部屋ずつあるって情報。弔時はみんな遠慮するものだから殆ど埋まってない筈。まさか次期本社社長様を泊まらせない訳はないでしょ」
「ハイファお前、本気じゃねぇだろうな?」
「ふふん、どうでしょうねえ。……じゃあ、そろそろ二十四階に行って僕の家族とやらを紹介するとしましょうか。貴方の肩書きは『未来の夫』で良かったっけ?」
「知らねぇからな、俺は。何がどうなっても」
ハイファの背景など考慮せずとも喪服の中では浮きまくりの制服二人組だったが、幸か不幸かシドの制服も黒で、結局はハイファの存在が浮き彫りになる。
二人して黒スーツにすることまで考え及ばなかった自分を苦々しく思ったシドだったが、一瞬後には自分たちが悪い訳ではないと、こちらも開き直りつつハイファと互いの腕に喪章を巻いた。
立ち上がりエレベーター前に移動する。巨大ファサルートコーポレーションの御曹司であり、本社代表取締役専務の肩書きを内蔵したリモータでハイファがエレベーターを開くと周囲のざわめきが更に大きくなった。
構わず乗り込んだエレベーター内でハイファはシドの腕を取り、リモータIDをパネルに読み込ませ来訪者登録をしてから二十四階に上がる。
着いたそこもエレベーターホールだが先程の階より格段に狭かった。
狭くはあったがカネはもっと掛かっていそうだ。艶のある天然木材で作られた花台があり、死者への手向けか白い百合が一本活けられている。
照明も煌めくシャンデリアではないが、やや照度を落としたライトパネルは人の手による細工らしい竹を削った透かし彫りの繊細な覆い付きだ。
床も磨き込まれた天然木材そのままのフローリングである。趣味のいい個人の邸宅のような落ち着いた雰囲気があった。
これも別室経由で見取り図でも得たのか、ハイファは迷わず歩き出す。
ファイバではない本物の木製の大きな扉をふたつやり過ごして、三枚目の扉の前に立った。壁のパネルの音声素子が埋め込まれた部分をノックする。オートではないドアの向こうから応答したのは疲れたような年配の女性の声だった。
《――誰?》
問いには答えずハイファはリモータチェッカをクリアし、扉を押し開ける。大きく取られた窓からは地球光が燦々と降り注ぎ、そのサロンの中を余す処なく照らし出していた。
中にいたのは三人で、その三者が三者ともハイファを見て動きを止める。
洗練されたデザインの黒のアンサンブルに、天然物なら一粒で数年は遊んで暮らせそうな大粒の南洋真珠を連ねたネックレスを着けた女性が、真正面にある革張り一人掛けソファに座っていた。部屋の内装は白とブラウンで統一されていて、中年ではあるがなかなかのプロポーションときつい顔立ちの女性を一層引き立てている。
その女性の脇にはロウテーブルのカップにポットの液体を注ごうとしていた年嵩の女性が立ち、三人掛けソファの中央には黒のタイをだらしなく緩めた男が一人いた。
「呼ばれたので来ました」
ハイファが声を掛けたのは、なさぬ仲の母親だろう。とすると昼日中、それも忙しい弔時にウィスキーらしきものを飲んで緩んでいるのがハイファの実の父か。
唐突にガチャンと音がした。ポットを取り落とすようにサイドテーブルに置いた赤毛でふくよかな年嵩の女とハイファが殆ど同時に声を上げる。
「ハイファス坊ちゃん!」
「エレアっ!」
エレア=カシスとハイファは互いに駆け寄った。両者は手を取って抱き締め合う。本気で嬉しそうな弾んだ声を出したハイファにシドは安堵しつつ再会を見守った。
「全然変わってないね、元気だった?」
「元気ですとも。坊ちゃんは大きくなられて、まあ……」
ハイファに料理のイロハを教えたという彼女は、シドが想像していたより若く見えた。弔事とはいえ抱き合う二人にこれもまた来た甲斐があったかとシドは思う。
だがそんな気分を叩き割るような声が響いた。
「五月蠅いわね。父さまが死んだっていうのに!」
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