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第1話
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「よし。これにてカーライル金属社長誘拐事件捜査チームを解散する」
ガタガタとパイプ椅子を鳴らして男たちが一斉に伸びをした。
ラフな敬礼をして出て行く者あり、そのまま長机に突っ伏す者ありで、さほど広くない室内に立ちこめた紫煙が掻き回される。
「あああ、やっとウチに帰れる。イヴェントストライカのお蔭だ」
呟いたヘイワード警部補のよれたワイシャツの背をシドは睨んだ。
「やめて貰えませんかね、それ」
煙草を咥えて振り向いたヘイワード警部補がニヤリと笑い、シドが確保していた灰皿に灰を落とした。そこにシドの相棒であるハイファが湯気の立つ紙コップを三つ運んでくる。
「おっ、気が利くな、あんたの嫁さんは」
嫌味な仇名を口にされ『嫁さん』口撃までされて、シドはポーカーフェイスながら眉間に不機嫌を溜めた。バディを組んで約一年半、ハイファとの仲はとっくに公認にも関わらず、シドは未だに諦め悪く職場関係諸氏に対して事実否認を続けている。
「いいじゃないか、褒めたんだ。それにしてもやってくれるよなあ、誘拐犯グループ計五名全員を見事に狙撃逮捕とは。イヴェントストライカには敵わないよなあ」
ずずーっと紙コップの液体、泥水の如きコーヒーをヘイワード警部補は啜り、また紫煙を生産した。シドもつられて煙草を咥えるとオイルライターで火を点ける。
無精ヒゲでざらつく顔の脂を撫でたヘイワード警部補がその手をワイシャツに擦りつけるのを見て、僅かに顔をしかめたハイファが室内のエアコンを強にした。
「うーん、オッサン臭い……」
「仕方ないだろうが、ハイファス。外様のあんたらと違って、ここかマル害の屋敷のどっちかに缶詰の五日間だったんだ。そのうち二日は深夜番だぞ、ムゴいよなあ」
長机に高い腰を預けてハイファが同情的に身を乗り出す。
「捜査本部も同然なのに深夜番なんて、捜一はシビアですね」
「騙されるなよ、ハイファ。ヘイワード警部補は賭けに負けただけだ」
「えーっ、また? いい加減にカードゲームでペナルティに深夜番賭けるの、やめればいいのに」
シドとハイファの呆れた視線にヘイワード警部補は諸手を挙げる。
「堅いこと言うなって。たまには博打も人生に張りが出るってもんだぞ」
「惑星警察刑事の在り方としてはどうなんですかね?」
「そりゃあシド、博打みたいな人生歩んでるあんたは別だろうがな。道を歩けば、いや、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾな特異体質ときたもんだ」
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』だもんね」
口々に言って笑うヘイワード警部補とハイファを睨みつけ、シドはチェーンスモークする。己の与り知らぬ特異体質に言及されるのには、もううんざりしているのだ。
「そう腐るなって。マル害は無事解放で事件は解決、保険会社も誘拐保険金の五億クレジットを丸損せずに済んだんだ。おまけにあんたは大金星で総監賞モノだろうが」
「だから俺ばっかりヤリ玉に挙げないで下さい、ハイファも一緒にいたんですから」
「褒めてるんだって。AD世紀から三千年の昨今、それも汎銀河一の治安の良さを誇る地球本星セントラルエリアでだぞ、退勤時に銀行強盗なんて事件と遭遇した挙げ句、強盗もろとも居合わせた誘拐のホシまで逮捕するとはあり得ないだろう」
タタキに対してシドとハイファが銃を向けたところ、犯行がバレたと勘違いした誘拐犯ご一行様までが銃撃戦に飛び入り参加し、全員を狙撃逮捕したのは昨夕のことだった。
銃を腕ごと撃ち落とされた七名のホシたちは、勿論再生槽に放り込まれて病院送りだ。だが心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療である。腕一本の培養移植なら二週間もせずに取り調べが可能になるだろう。
「それにしてもホシが身内でマル害の甥っ子が主犯だったとは、これもまたムゴいよなあ」
「まあ、マル害が無傷で帰ってきて良かったですよね」
ハイファの言う通り、カーライル金属の社長は今朝方になって監禁場所の倉庫で発見され保護された。依ってホシの未成年たちも罪を重ねずに済んだのである。
「そういうことだ……っと、発振か」
左手首に嵌めたリモータが振動し、操作したヘイワード警部補は顔をしかめた。
「早速グレン警部の催促だ、くそう」
「もう次の仕事ですか?」
「ハイファス、あんたとダンナが先週持ち帰ったタタキ三件の裏取りだ。頼むぞ、おい」
泥水コーヒーを飲み干し煙草を消すと、ヘイワード警部補は溜息をついて出て行った。
「イヴェントストライカに頼むって言われてもね」
呟いたハイファは「いい加減にしろ」というシドの視線に、曖昧に笑い返す。
シドこと若宮志度。その名の通り三千年前の大陸大改造計画以前に存在した、旧東洋の島国出身者の末裔だ。前髪が長めの艶やかな髪も切れ長の目も黒い。ラフな綿のシャツにコットンパンツを身に着け、チャコールグレイのジャケットを羽織っている。
この裾が長めのジャケットは特注品の対衝撃ジャケットだ。挟まれた特殊ゲルによって余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線もある程度弾くシールドファイバ製である。
自腹を切った価格も六十万クレジットという特殊アイテムだが、そんなモノを着て歩かなければならないほどクリティカルな日々を送るイヴェントストライカではあるものの、いかつい強面という訳ではなく、その造作は極めて整い端正だった。
この不機嫌ながら常のポーカーフェイスを崩さぬ完全ストレート性癖ヘテロ属性の男に、ハイファは出会ったその日に惚れて告白。約一年半前に堕とすまで、何と七年もの歳月をかけたのだ。今では左薬指にはペアリングが光っている。見ているだけで微笑んでしまうハイファなのであった。
ガタガタとパイプ椅子を鳴らして男たちが一斉に伸びをした。
ラフな敬礼をして出て行く者あり、そのまま長机に突っ伏す者ありで、さほど広くない室内に立ちこめた紫煙が掻き回される。
「あああ、やっとウチに帰れる。イヴェントストライカのお蔭だ」
呟いたヘイワード警部補のよれたワイシャツの背をシドは睨んだ。
「やめて貰えませんかね、それ」
煙草を咥えて振り向いたヘイワード警部補がニヤリと笑い、シドが確保していた灰皿に灰を落とした。そこにシドの相棒であるハイファが湯気の立つ紙コップを三つ運んでくる。
「おっ、気が利くな、あんたの嫁さんは」
嫌味な仇名を口にされ『嫁さん』口撃までされて、シドはポーカーフェイスながら眉間に不機嫌を溜めた。バディを組んで約一年半、ハイファとの仲はとっくに公認にも関わらず、シドは未だに諦め悪く職場関係諸氏に対して事実否認を続けている。
「いいじゃないか、褒めたんだ。それにしてもやってくれるよなあ、誘拐犯グループ計五名全員を見事に狙撃逮捕とは。イヴェントストライカには敵わないよなあ」
ずずーっと紙コップの液体、泥水の如きコーヒーをヘイワード警部補は啜り、また紫煙を生産した。シドもつられて煙草を咥えるとオイルライターで火を点ける。
無精ヒゲでざらつく顔の脂を撫でたヘイワード警部補がその手をワイシャツに擦りつけるのを見て、僅かに顔をしかめたハイファが室内のエアコンを強にした。
「うーん、オッサン臭い……」
「仕方ないだろうが、ハイファス。外様のあんたらと違って、ここかマル害の屋敷のどっちかに缶詰の五日間だったんだ。そのうち二日は深夜番だぞ、ムゴいよなあ」
長机に高い腰を預けてハイファが同情的に身を乗り出す。
「捜査本部も同然なのに深夜番なんて、捜一はシビアですね」
「騙されるなよ、ハイファ。ヘイワード警部補は賭けに負けただけだ」
「えーっ、また? いい加減にカードゲームでペナルティに深夜番賭けるの、やめればいいのに」
シドとハイファの呆れた視線にヘイワード警部補は諸手を挙げる。
「堅いこと言うなって。たまには博打も人生に張りが出るってもんだぞ」
「惑星警察刑事の在り方としてはどうなんですかね?」
「そりゃあシド、博打みたいな人生歩んでるあんたは別だろうがな。道を歩けば、いや、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾな特異体質ときたもんだ」
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』だもんね」
口々に言って笑うヘイワード警部補とハイファを睨みつけ、シドはチェーンスモークする。己の与り知らぬ特異体質に言及されるのには、もううんざりしているのだ。
「そう腐るなって。マル害は無事解放で事件は解決、保険会社も誘拐保険金の五億クレジットを丸損せずに済んだんだ。おまけにあんたは大金星で総監賞モノだろうが」
「だから俺ばっかりヤリ玉に挙げないで下さい、ハイファも一緒にいたんですから」
「褒めてるんだって。AD世紀から三千年の昨今、それも汎銀河一の治安の良さを誇る地球本星セントラルエリアでだぞ、退勤時に銀行強盗なんて事件と遭遇した挙げ句、強盗もろとも居合わせた誘拐のホシまで逮捕するとはあり得ないだろう」
タタキに対してシドとハイファが銃を向けたところ、犯行がバレたと勘違いした誘拐犯ご一行様までが銃撃戦に飛び入り参加し、全員を狙撃逮捕したのは昨夕のことだった。
銃を腕ごと撃ち落とされた七名のホシたちは、勿論再生槽に放り込まれて病院送りだ。だが心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療である。腕一本の培養移植なら二週間もせずに取り調べが可能になるだろう。
「それにしてもホシが身内でマル害の甥っ子が主犯だったとは、これもまたムゴいよなあ」
「まあ、マル害が無傷で帰ってきて良かったですよね」
ハイファの言う通り、カーライル金属の社長は今朝方になって監禁場所の倉庫で発見され保護された。依ってホシの未成年たちも罪を重ねずに済んだのである。
「そういうことだ……っと、発振か」
左手首に嵌めたリモータが振動し、操作したヘイワード警部補は顔をしかめた。
「早速グレン警部の催促だ、くそう」
「もう次の仕事ですか?」
「ハイファス、あんたとダンナが先週持ち帰ったタタキ三件の裏取りだ。頼むぞ、おい」
泥水コーヒーを飲み干し煙草を消すと、ヘイワード警部補は溜息をついて出て行った。
「イヴェントストライカに頼むって言われてもね」
呟いたハイファは「いい加減にしろ」というシドの視線に、曖昧に笑い返す。
シドこと若宮志度。その名の通り三千年前の大陸大改造計画以前に存在した、旧東洋の島国出身者の末裔だ。前髪が長めの艶やかな髪も切れ長の目も黒い。ラフな綿のシャツにコットンパンツを身に着け、チャコールグレイのジャケットを羽織っている。
この裾が長めのジャケットは特注品の対衝撃ジャケットだ。挟まれた特殊ゲルによって余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線もある程度弾くシールドファイバ製である。
自腹を切った価格も六十万クレジットという特殊アイテムだが、そんなモノを着て歩かなければならないほどクリティカルな日々を送るイヴェントストライカではあるものの、いかつい強面という訳ではなく、その造作は極めて整い端正だった。
この不機嫌ながら常のポーカーフェイスを崩さぬ完全ストレート性癖ヘテロ属性の男に、ハイファは出会ったその日に惚れて告白。約一年半前に堕とすまで、何と七年もの歳月をかけたのだ。今では左薬指にはペアリングが光っている。見ているだけで微笑んでしまうハイファなのであった。
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