上 下
5 / 47

第5話

しおりを挟む
「無給っていうけど貴方は惑星警察の方だって、お給料なんか要らないくらいでしょ」

 以前の別室任務でシドは他星に行った際に偶然手に入れたテラ連邦直轄銀行発行の宝クジ三枚がストライク大炸裂、一等前後賞を見事に射止めて億単位のクレジットを手にしてしまったのだ。その平刑事に縁のない巨額は殆ど手つかずのまま、テラ連邦直轄銀行で日々子供を生みながら眠っている。

 だが本人は天職である刑事を辞める気など毛頭ない。

「だからって別室に身売りするほど安くねぇぞ」
「でも貴方はそれ、外さずにいてくれるじゃない」

 と、ハイファは微笑んでシドのリモータに目をやった。
 高度文明圏に暮らす者には必要不可欠なリモータは、マルチコミュニケータであり携帯コンである。現金というものを使わない現代に於いて財布としても利用する。更には様々なリモートコントローラとしても使用し、これがなければ飲料一本買えず、自宅にも入れないという事態に陥るのだ。

 シドの左手首に嵌ったガンメタリックのそれは惑星警察の官品に似せてはあるものの、かなり大型のシロモノで、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、別室と惑星警察をデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだった。

 これは欲しくなかった別室からの強制プレゼントで、ハイファと今のような仲になって間もないある日の深夜に寝込みを襲うように宅配され、寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし嵌めてしまったのである。

 だがシドにこんなモノは無用の長物だ。しかし別室カスタムメイドリモータは一度装着者が生体IDを読み込ませると、自分で外すか他者に外されるかに関わらず『別室員一名失探ロスト』と判定し、別室戦術コンがビィビィ鳴り出すという話で、迂闊に外すこともできなくなってしまったのだ。

 まさにハメられた訳である。

 その代わりに様々な機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った場合にも、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップからの発振をテラ系有人惑星上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知し、捜して貰いやすいなどという利点もあった。

 おまけにハッキングなども手軽にこなす便利グッズなのだ。

 そんないわくつきのブツだが、だからといって外して外せない訳ではない。けれどシドは外して捨ててしまえばそこまでの別室リモータを外さない。

「まあ、プラモの設計図ファイルも随分溜まったし、仕込んだ麻雀も学習機能で結構面白いゲームができるようになってきたしな」
「そんな照れなくても。一生、どんなものでも一緒に見ていくって誓ったからでしょ?」
「ん……ああ、まあな」

 結局、甘んじてこのリモータを着け続けている理由は惚れた弱みだった。ハイファを独りで危険な別室任務に送り出すことができなくなってしまったのである。

 そこでマスターがカウンター越しにプレートを差し出した。
 プレート類をハイファが受け取りシドの分まで手早くセッティングする。今日のメニューはワンプレートにポークソテーと目玉焼き、サラダの載ったものとライスにカップスープはポタージュである。

「おっ、旨そうだな。いただきます」
「いただきます。……あ、お肉が柔らかくて美味しい」

 食事中に仕事の話をしないという暗黙のルールがハイファからの要請で出来上がっているので、二人は雑談を交わしながら暫し空腹を満たすことに没頭した。
 瞬く間に食べてしまうと食後につく飲み物は二人ともコーヒーを選ぶ。出されたコーヒーからはマスターのサーヴィスでほのかにウィスキーの香りが立ち上っていた。

 カップを干してシドが二本目の煙草を消すと二人は腰を上げる。本日の当番であるシドがマスターとリモータリンクで千三百クレジットを支払うと合板のドアから外に出た。

「で、どうするの?」
「そうだな、お前はどうしたい?」
「うーん、たまには早く署に帰って書類を一掃したいな」
「そういやひったくりとオートドリンカ荒らしの取り調べもあるんだっけな。帰るか」

 歩くことに文句はないものの書類が溜まっているのも事実で、珍しくも同意したシドの気が変わらないうちにハイファは先に立って歩き始めた。
 好天の下、機嫌良く戻ろうとした二人だったが、しかしイヴェントストライカの前にまたも事件が立ち塞がった。ショッピング街から官庁街に差し掛かった辺りで男の怒号が響いたのである。雑踏の中、五十メートルほど先で男が三人、大声で怒鳴り合い揉み合っている。

「こんな時間に酔っ払いの喧嘩かな?」
「さあな。取り敢えず行くぞ」
「ヤー」

 騒ぎに向かって歩き始めたとき、男の一人が棒切れの如く地に転がっていた。同時に銃声を聞いたシドとハイファは全速力で走り始める。走りながら銃を抜き、六、七メートルくらいにまで近づいた所で足を止めた。
 呻いて転がるスーツの男、その男に更に向けられた銃口。シドが大喝した。

「惑星警察だ、銃を捨てて両手を頭の上に組め!」
しおりを挟む

処理中です...