上 下
23 / 47

第23話

しおりを挟む
 ホロTVを点けて眺めていると、やがていい香りが漂い始めてシドはスプーンとフォークを出した。チャーハンとワカメスープにグリーンサラダでランチタイムだ。

 瞬く間にかき込んでしまうとシドは先に立ってコーヒーメーカをセットした。それで自分の椅子に戻るかと思いきや、優雅にフォークを口に運ぶハイファを椅子の背ごと抱き締める。

「何してるの、シド?」
「ん、出勤よりもお前が欲しくなった」

 それはそれで困ったような嬉しいような複雑な気分で、だがそんな気持ちは一切表に出さず、ハイファはゆっくりとスプーンでスープを口に運び続けた。

 ホロTVではテラフォーミング惑星の見込み違いによる資源枯渇問題で、有識者たちによる第三者委員会が『地層の特殊性により事前調査はミスではない』と判断、入植者に対してナイト損保の保険金支払い責任が発生したことを告げている。

「なあ……いいだろ、ハイファ?」

 耳に熱い吐息を吹き込まれるに至って、何かコメントをしなければならないような気がしてきた。だがハイファが口を開こうとしたとき、シドのリモータが震えだす。そのパターンで署からの連絡だとハイファも気付いた。

「珍しいね、署からシドになんて。中身は?」
「何だこれ……が俺とお前の知り合いだって言い張ってるらしいぞ」
「ラジオ……って何?」

「無銭飲食。文化言語の『無銭むせん』イコール『無線ムセン』で太古の昔から食い逃げはラジオと呼ばれる」

「ふうん。でも、そんな粗忽者に知り合いなんていないと思うけどなあ」
「だよな。無視だ、無視」
「いいの、それで?」
「って訳には行かねぇか。チクショウ、いいところで邪魔ばっかり入りやがる」

 それでも二人はのんびりコーヒーと煙草を味わってから、おもむろに着替えて執銃した。玄関でいつものソフトキス、だがシドがもっと深く求めようと舌を差し入れたその瞬間、最大の邪魔が入った。二人のリモータがほぼ同時に振動を始めていた。

「くそう、きやがった」
「うーん、きちゃったねえ」

 その発振パターンは別室からのものだと告げていた。
 普段ならここで別室長への罵詈雑言をひとくさり並べ立てるシドだったが、絶妙なタイミングで幸せをブチ壊されて怒りも突き抜けてしまい、深々と溜息をつく。

「急ぎだったら困るから、見よ?」

 うんざりした顔ながら頷いたシドと、スリーカウントでリモータを操作した。

「じゃあ、三、二、一、ポチッと」

【中央情報局発:アルケー星系の資源枯渇問題に於いてその背後に関係者間の不透明な資金の流れがあった模様。調査し事実関係を明らかにせよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

「って、何なんだ、こいつは?」
「何って、アルケー星系はさっきもTVでやってたじゃない」
「そいつは分かってる。だからって俺たちに何ができるって言うんだよ?」
「さあねえ、この薄っぺらそうな資料ファイルを読んでみないと」
「カネの流れなんか俺たちに分かるかって、税務署員じゃねぇんだぞ」

 と、文句を垂れたところでまた機捜課から発振が入る。開けてみたが内容はなく、いわゆる空メールで、つまりは早く出てこいという催促だった。

「ねえ、今日はもうスカイチューブにしとかない?」
「仕方ねぇな」

 この期に及んで書類を山盛りにするのはシドも勘弁で、素直にエレベーターを三十九階で降りた。スカイチューブのスライドロードに乗り、リモータチェッカとX‐RAYをクリアしてビルを移動する。
 エレベーターで一階に降り、機捜課のデカ部屋に出勤すると、デジタルボードの二人の名前の欄は『出張』から『研修』へと変わっていた。

 また別室長・ヴィンティス課長ルートで情報が巡ったことをそれは示唆していたが、もうシドは喚く気力も萎えてポーカーフェイスのまま、課長の多機能デスクの前に立つ。

「課長。出張から只今戻りました。でもどうやら今度は『研修』らしいので、行き先を明確に教えて貰えると大変に有難いのですが」

 シドを見るなりちょっと残念そうな表情をした課長は次の『研修』を思ってか、急に抑えきれない笑みを零しつつも、しかつめらしく言った。

「嫌味はいい、ご苦労だった。早速だが、まずは第二取調室に行って、マイヤー君とヤマサキを助けてやってくれ」
「……助ける?」

 それ以上の説明はせず、ヴィンティス課長は早く行けとばかりにヒラヒラと手を振った。シドとハイファは顔を見合わせて首を捻りつつ歩き出す。そして第二取調室のオートドアをくぐった途端、甲高い声が耳を突き抜けた。

「――メクソミミクソハナクソハクソ!」

 思わず二人はまた顔を見合わせた。何処かで聞いたような、だが滅多に聞けないほど下品なフレーズにシドはイヤな予感がしたが、そう悩まずとも的中するまでは一瞬だった。

 狭い取調室にはマイヤー警部補とヤマサキ、それに青くデカいオウムに止まり木……。

「待っていたぞ、シド=ワカミヤにハイファス=ファサルート。遅いではないか!」

 今どきボルサリーノを被った止まり木が大声で言い、「クエーッ!」とオウムが鳴いた。止まり木、いや、クリーム色のスーツに眩しい白のドレスシャツ、赤と青のストライプのタイに背を覆う黒髪という、ある種ド派手な男は緑色の瞳を輝かせてこちらを見ている。

「って、あんた……」

 そう、紛れもなくそれはレックス=ナイトその人だった。
しおりを挟む

処理中です...