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第24話

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「いやあ、この男、自分の名前も言わないんスよ。口を開けばシド先輩とハイファスさんを呼べって言うばっかりで」

 TVを視なかったのか、それとも覚えていないのか、何も知らないらしいヤマサキは、ほとほと困った風に首を振った。かと思えばマイヤー警部補はニヤニヤ笑いながら、

「まあ、あまり突っ込んで訊くよりも貴方がたを呼んだ方が面白い……いえ、無銭飲食程度で人権問題になってもいけませんしね」

 と、二人とレックス=ナイトを意味ありげに見比べる。

「何がどうなってんだ?」

 シドに訊かれてヤマサキ、

「だから宙港近くのハワードホテルのレストランで無銭飲食っスよ。リモータすら着けていなくて、あっちの所轄が困った挙げ句に先輩の名前を聞いてつれてきたんス。飲食代、俺が立て替えたんスよ」

 そう言ってヤマサキはシドに左手首を突き出した。支払えということらしい。
 確かにシドとハイファは、あの地下へ創業者を迎えに来たナイト損保の幹部たちに身分を明かしてはきた。だからレックス=ナイトが二人の名前を知っていてもおかしくはない。だが何故ここでシドが他人にメシを奢らなければならないのか。

 半ば唖然としているとハイファがシドをつついた。

「払ってあげようよ。ひとつずつ事態を収拾しなければならないのは確かでしょ?」
「何で俺が――」
「だって今日の当番は貴方だから」

 仕方なくシドはヤマサキに五千五百クレジットを支払い、あっさりと踵を返す。

「ハイファ、帰るぞ」
「ちょ、シド先輩、待って下さいよ! この男はどうするんスか?」
「知らん、俺たちは『研修』だ」

 厄介事の予感がひしひしとしていた。大物である上に食い逃げなどするバカに関わっていてはロクなことがない。ここは逃げようとシドは心に決めていた。
 だがマイヤー警部補が涼しい顔でその決心をぶち壊す。

「身元引受人はシド、貴方ということで調書も取りましたから」

 先輩の悪魔的な笑顔に怯んだ隙にオウムを肩に載せたレックス=ナイトが立ち上がり、堂々とした態度で歩み寄ってきて、マイヤー警部補とヤマサキに鷹揚に頷いた。

「世話になった。それではさらばだ。……では、行こうか」
「『行こうか』じゃねぇだろ、どういうつもりだ!」
「レジェンディオにエサをやらねばならないのだ」
「それが俺に関係あるのかよ?」

 またハイファがシドをつつく。

「ねえ、リモータも持ってないんじゃ、一度つれて帰るしかないよ」
「そうだぞ、シド=ワカミヤ。わたしはカネを持っておらんのだ」
「偉そうに言うなよ。ったく、仕方ねぇな。こっちだ」

 取調室を出てシドとハイファはレックス=ナイトをつれ、誰にも会わないことを願いつつ、三十九階まで上がった。願いは届かずエレベーターで乗り合わせた者は一様にデカいオウムを見て仰け反った。

 スカイチューブに乗るときには一旦立ち止まってじっと二人を注視したレックス=ナイトだったが、乗ってしまえば涼しい顔で官舎まで辿り着く。
 だが官舎側で困った。レックス=ナイトはリモータがない。仕方なく闖入者の存在は、ハイファが別室リモータでビルの受動警戒システムをダマくらかすことで乗り切った。

 シドの部屋に到着して玄関から上がると、タマがレジェンディオを見て「フーッ!」と唸りながら全身の毛を逆立てた。一方の青いオウムも驚いたらしく、レックス=ナイトの肩から離陸して室内をバッサバッサと飛び回った。

 更にはレックス=ナイトがタマを指さして愉快そうに大声で笑った。

「おお、これはレジェンディオではないか!」

 聞き咎めたハイファがレックス=ナイトに向かって言い聞かせる。

「僕はハイファス、こっちはシド。あれはタマだよ」
「そうか、あのレジェンディオはタマか! わたしはレックス、こっちはレジーでいい」

 少々足らないのか、単なるバカなのか、どうにも躁的な男だった。

「俺はついてけねぇよ」

 肩を落としたシドはジャケットを脱いで執銃を解くと、定位置の独り掛けソファに力なく腰を下ろして煙草を咥え火を点けた。一方のハイファはレックスの相手をしている。

「レックスはコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒーを所望する!」
「大声出さなくても聞こえるよ。それでレジーは何を食べるの?」
「オウムのエサだ」
「それは困ったなあ……じゃあショッピングモールで買ってくるまで――」

 気付けばオウムはタマに唸られながら、タマのエサ場でタマのカリカリを食べていた。

「ふん。飼い主とペットが揃って無銭飲食かよ」
「うーん、まあいいか。レックスは好きな所に座って」

 ハイファがコーヒーメーカをセットしている間に、レックスはふいに洗面所へと消える。トイレかと思っていると、異様な声が聞こえてきてシドとハイファが慌てて走った。
 洗面所の脇にはいわゆる洗濯乾燥機であるダートレスの他、ビルのサーヴィスセンターに繋がるシュートがある。クリーニングの衣服や送りたい宅配物を放り込む出し入れ口だ。そのシュートのフタを開けてレックスは頭を突っ込み藻掻いていた。

 二人で引っ張り出してやる。

「すまんすまん。何があるのか見たかったのだが、真っ暗だった」
「髪が長いんだし、危ないよ。ちょっと待って」

 洗面所に置いてあった自分が以前に使っていた革紐をハイファは手渡す。

「これで縛った方がいいよ」
「それでは拝借する」
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