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第40話
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そう思うとハイファが可哀相になってきて、廊下の途中にあった休憩コーナーのような場所にオートドリンカと灰皿を見つけて立ち止まる。先客のスーツの男二人に遠慮しつつ、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。紫煙を吐きながら発信する。
二秒とせずにハイファが出た。
《――シド、貴方無事なの?》
「ああ、心配させてすまん。十三時に副委員長でアポが取れた」
《いいから、早く出てきて!》
「分かった……が、レックスはどうした?」
《知らないよ、そんなの》
「知らないってお前、放ったらかしかよ?」
《そんなことはいいから、早くそこから出てきてよっ!》
「分かった、分かったから待ってろ。それとレックスを捜せ」
心配のあまり半ばヒステリックになりかけたハイファの声に、シドは宥める口調で言ってリモータ操作した。まだ長い煙草を捨てて廊下を歩き出す。
しかしレックスを野放しとは、余計な心配がひとつ増えた。今やナイト損保の顔とも云えるレックス=ナイトは立場としては大物だが、大物と知らない輩に襲われるというストーリーも有り得る。いつ事態が変わって、その証言が取り沙汰されるとも限らないのだ。
少々急いでエレベーターに向かった。先客が二人いる箱に乗り込んで閉ボタンを押そうとすると、先程煙草を吸っていたスーツの男二人が慌てた風に駆け込んでくる。
スーツの男四人に囲まれた時点でシドの脳裏で警鐘が鳴った。だがもうその場ではどうしようもなかった。下り始めたエレベーター内で、シドは目にせずとも四丁の銃を意識していた。
男の一人が背後からシドに話し掛けた。
「大人しくついてきて貰おうか」
「あんたら、何者だ?」
「『Need to know.』……知らない方が身のためだ」
「ふん、格好つけてんじゃねぇって」
何処もここもふざけていると思った。だが男たちは銃を抜くでもなくシドを効果的に囲んでいて、隙がない。完璧なプロだった。プロで思い至る。
「そういや調別、テラ連邦議会調査部第二課別室っつーのがこのビル内に巣を作ってたよな」
「余計なことを口にすると生存確率は下がるぞ」
テラ連邦議会調査部第二課別室、その存在を知る者は調別と呼ぶ。
別室と同じく裏からテラ連邦議会を支える組織である。だが別室が軍という組織力を以て充分に調査し計算して裏付けられた上で事を運ぶのに対し、調別はトップダウンで事を為すという違いがある。それだけにこうして立ち上がりが早い。
「別室を敵に回すつもりか?」
「別室員を騙る警察官が一人、ホテルの一室で自殺をしても誰も気には留めない」
「またラフィーネホテルかよ?」
「あそこはドレスコードがある、違う所にせねばなるまい」
「何ならタキシードにでも着替えて出直してきてやるぜ?」
「……」
減らず口にはもう乗ってこなかった。一階に着く。エントランスから堂々と出るらしい。囲まれたままシドは歩いた。車寄せのすぐ外に明るい金髪が見える。その傍に黒塗りのコイルが停止し、身を沈ませた。中からドアが開く。
すんなりと議会議事堂ビルから出たシドは、男たちに囲まれたまま黒塗りに押し込まれた。
ずっと発信を切らずに全てを聞いていたハイファは、悲愴な顔をしてシドを見送った。
黒塗りは最初から乗っていた男の手動運転でゆったりと大通りに出た。ぐるりと議会議事堂ビルの敷地を巡る。オフィス街を抜けてホテル街に入り込むと思いきや、そのまま円を三分の四周してまた議事堂ビルへと向かう。そうして数回ぐるぐると大通りを周回した。
どうやら舞台を準備する時間稼ぎらしいとシドは見る。
四回大通りを巡ったのち、黒塗りは議会議事堂ビルを巡る円から滑り出た。向かったのは七分署管内方面だ。期せずして注文に応えて貰えるらしい。
「刑事は管轄内で自殺をこくって寸法か?」
「心理的に抵抗がないだろう」
「お気遣いに涙が出るぜ。ハイファはどうなる?」
「ハイファス=ファサルートか? 別室員ともなれば分をわきまえている筈だ」
おまけにシドが死ねば脅しにもなるという腹だろう。
「レックス=ナイトには手を出さないんだろ」
「質問の多いことだな、全ての憂いが消えるというのに。レックス=ナイトなどという時代錯誤な大物に手を出せとは言われていない、安心するがいい」
黒塗りはビルの谷間を走り、七分署管内の官庁街へと入っていた。左に曲がれば自室のある単身者用官舎ビル、そこを曲がらずに直進する。暫く走って右へ。ここからはホテル街、だがこの辺りは高級ホテルとビジネスホテルが混在する地区だ。
捕縛もされず、シートも高級な黒塗りの乗り心地は悪くなかったが、目的地が近づいて男たちの計画はフェイズⅡに移行したらしい。
「これを飲め」
手渡されたのは白っぽい錠剤のシートが複数で睡眠薬のようだった。今どき死ねる睡眠薬というのは少ないが、大量摂取すればそれなりに危険だ。ついでのようにに押し付けられたのはウィスキー瓶である。アルコールと同時摂取で事故というのもない訳ではない。常人がウィスキーを生のままで飲めば更に確率は上がるだろう。
二秒とせずにハイファが出た。
《――シド、貴方無事なの?》
「ああ、心配させてすまん。十三時に副委員長でアポが取れた」
《いいから、早く出てきて!》
「分かった……が、レックスはどうした?」
《知らないよ、そんなの》
「知らないってお前、放ったらかしかよ?」
《そんなことはいいから、早くそこから出てきてよっ!》
「分かった、分かったから待ってろ。それとレックスを捜せ」
心配のあまり半ばヒステリックになりかけたハイファの声に、シドは宥める口調で言ってリモータ操作した。まだ長い煙草を捨てて廊下を歩き出す。
しかしレックスを野放しとは、余計な心配がひとつ増えた。今やナイト損保の顔とも云えるレックス=ナイトは立場としては大物だが、大物と知らない輩に襲われるというストーリーも有り得る。いつ事態が変わって、その証言が取り沙汰されるとも限らないのだ。
少々急いでエレベーターに向かった。先客が二人いる箱に乗り込んで閉ボタンを押そうとすると、先程煙草を吸っていたスーツの男二人が慌てた風に駆け込んでくる。
スーツの男四人に囲まれた時点でシドの脳裏で警鐘が鳴った。だがもうその場ではどうしようもなかった。下り始めたエレベーター内で、シドは目にせずとも四丁の銃を意識していた。
男の一人が背後からシドに話し掛けた。
「大人しくついてきて貰おうか」
「あんたら、何者だ?」
「『Need to know.』……知らない方が身のためだ」
「ふん、格好つけてんじゃねぇって」
何処もここもふざけていると思った。だが男たちは銃を抜くでもなくシドを効果的に囲んでいて、隙がない。完璧なプロだった。プロで思い至る。
「そういや調別、テラ連邦議会調査部第二課別室っつーのがこのビル内に巣を作ってたよな」
「余計なことを口にすると生存確率は下がるぞ」
テラ連邦議会調査部第二課別室、その存在を知る者は調別と呼ぶ。
別室と同じく裏からテラ連邦議会を支える組織である。だが別室が軍という組織力を以て充分に調査し計算して裏付けられた上で事を運ぶのに対し、調別はトップダウンで事を為すという違いがある。それだけにこうして立ち上がりが早い。
「別室を敵に回すつもりか?」
「別室員を騙る警察官が一人、ホテルの一室で自殺をしても誰も気には留めない」
「またラフィーネホテルかよ?」
「あそこはドレスコードがある、違う所にせねばなるまい」
「何ならタキシードにでも着替えて出直してきてやるぜ?」
「……」
減らず口にはもう乗ってこなかった。一階に着く。エントランスから堂々と出るらしい。囲まれたままシドは歩いた。車寄せのすぐ外に明るい金髪が見える。その傍に黒塗りのコイルが停止し、身を沈ませた。中からドアが開く。
すんなりと議会議事堂ビルから出たシドは、男たちに囲まれたまま黒塗りに押し込まれた。
ずっと発信を切らずに全てを聞いていたハイファは、悲愴な顔をしてシドを見送った。
黒塗りは最初から乗っていた男の手動運転でゆったりと大通りに出た。ぐるりと議会議事堂ビルの敷地を巡る。オフィス街を抜けてホテル街に入り込むと思いきや、そのまま円を三分の四周してまた議事堂ビルへと向かう。そうして数回ぐるぐると大通りを周回した。
どうやら舞台を準備する時間稼ぎらしいとシドは見る。
四回大通りを巡ったのち、黒塗りは議会議事堂ビルを巡る円から滑り出た。向かったのは七分署管内方面だ。期せずして注文に応えて貰えるらしい。
「刑事は管轄内で自殺をこくって寸法か?」
「心理的に抵抗がないだろう」
「お気遣いに涙が出るぜ。ハイファはどうなる?」
「ハイファス=ファサルートか? 別室員ともなれば分をわきまえている筈だ」
おまけにシドが死ねば脅しにもなるという腹だろう。
「レックス=ナイトには手を出さないんだろ」
「質問の多いことだな、全ての憂いが消えるというのに。レックス=ナイトなどという時代錯誤な大物に手を出せとは言われていない、安心するがいい」
黒塗りはビルの谷間を走り、七分署管内の官庁街へと入っていた。左に曲がれば自室のある単身者用官舎ビル、そこを曲がらずに直進する。暫く走って右へ。ここからはホテル街、だがこの辺りは高級ホテルとビジネスホテルが混在する地区だ。
捕縛もされず、シートも高級な黒塗りの乗り心地は悪くなかったが、目的地が近づいて男たちの計画はフェイズⅡに移行したらしい。
「これを飲め」
手渡されたのは白っぽい錠剤のシートが複数で睡眠薬のようだった。今どき死ねる睡眠薬というのは少ないが、大量摂取すればそれなりに危険だ。ついでのようにに押し付けられたのはウィスキー瓶である。アルコールと同時摂取で事故というのもない訳ではない。常人がウィスキーを生のままで飲めば更に確率は上がるだろう。
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