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第1話
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最難関の国家公務員総合職試験を突破して警察庁に入庁したキャリアであり、二十八歳という若さで県警本部の機動捜査隊・通称機捜の隊長を拝命しているとはいえ、霧島忍は基本的に怠惰な人間である。
それ故、本人は余計に意識して毎朝同じ時間に目覚め、同じメニューの朝食を作って食い、同じ時間に出勤するよう心掛けていたが、同居人であり部下であり四歳年下の恋人である鳴海京哉が食事当番だとそのリズムが多々狂うことがあった。
ここ一ヶ月ほど目覚ましのアラームが鳴る一分前に霧島は起きてきた。愛しの京哉の寝顔を眺めるためである。だがたった一度だけ起きるなり魔が差し、隣で眠る京哉に思わずちょっかいを出してしまった。
そのせいで警戒した京哉が腕時計のアラームを六時半の二分前に仕掛けるようになったのだ。
勿論霧島も自分が悪いと重々承知しているが、これは頂けなかった。わざと選んだ野暮ったい伊達眼鏡で偽装した京哉に起こされても、まともに目が覚めない。
一分前に起き、愛しい京哉の素顔の寝顔を眺めて幸せを噛み締め、初めて目が覚めるという図式を脳ミソが覚え込んでしまったらしいのだ。
それに京哉も霧島と同じくパートナーをギリギリまで寝かせておいてやりたいという思いやりの持ち主である。
お蔭で朝食を前にしてもまだ霧島の思考は半分寝たままだった。
暢気にしていられない時間帯で京哉の作る朝食も当番の一週間殆どお約束のメニューだ。
霧島と違うのは和食という点で、ハムエッグと焼き塩鮭にサラダとご飯に味噌汁というパターンだった。バランスもいい旨い飯を咀嚼していると今日も向かいから怒声が飛んでくる。
「忍さんっ! 食べながら寝るなんて、赤ん坊じゃないんですからね!」
「寝てはいない。私は味噌汁の味噌の種類について深く考察をだな――」
「ああ、はいはい。分かりましたから居眠りしてないでさっさと食べて下さい」
出勤準備していても何処かぼんやりとしていた。当番として後片付けを終えた京哉がいつも通りに煙草を二本吸ったのち、寝室にやってきて今度は呆れ声を出す。
「忍さん、タイが裏返しですよ。ほら、解いて」
長身の霧島は小柄な京哉に合わせて屈むとタイを締め直して貰った。腰のベルトの上から特殊警棒と手錠ホルダーの付いた帯革を締める。
あとは銃の入ったショルダーホルスタを左脇に吊った。銃の約五百グラムと腰回りの物は重いが既に慣れている。
機捜は覆面パトカーに私服で密行警邏し、殺しや強盗に放火その他の凶悪事案が起きた際、いち早く駆けつけて初動捜査に当たるのが職務である。そのため凶悪犯と出くわす可能性を考慮され職務中は銃の携帯が義務付けられていた。
ドラマと違い普通の刑事は常日頃から銃など持ち歩いていないのである。
ただでさえ機捜で霧島と京哉は職務中の武装が義務付けられているが、更には過去様々な事件に巻き込まれ、県下の指定暴力団から恨みを買ってしまっている。
そこで県警本部長から特別に職務時間外での銃携帯が許されていた。お蔭でこうしてウチから銃を携行するハメになっている。
二人が携行しているのは職務中の機捜隊員に所持許可が下りている銃で、シグ・ザウエルP230JPなるセミ・オートマチック・ピストルだ。
使用弾は三十二ACP弾で威力が低いのは仕方ない。フルロードなら薬室一発マガジン八発の合計九発を発射可能だが、通常弾薬は五発しか貸与されない決まりになっている。
そのホルスタの下端を帯革に固定すると京哉にジャケットを着せられた。霧島としては何だか一仕事終えたような気分だったが、溜息をつく間もなく急き立てられる。
「じゃあほら、出ますよ。靴を履いて!」
五階建てマンションの最上階角部屋の五〇一号室を出ると京哉がロックし、エレベーターで一階に降りてエントランスを出るなり京哉の掛け声で近所の月極駐車場まで朝っぱらから走らされる憂き目に遭った。
自分で自分の足を踏みそうになりながら霧島は愛車の白いセダンに辿り着く。だがこの状態で運転させて貰える訳もない。キィを取り上げた京哉が宣言した。
「僕が運転、貴方は助手席ですっ! 寝ててもいいですから」
「ん、ああ。遠慮なく寝かせて貰う。煙草、吸って構わんからな」
ここは真城市、勤務先の県警本部は隣の白藤市にあった。真城市内は都市部である白藤市のベッドタウンで平べったい住宅地が広がっている。
バイパス沿いにも田畑や住宅地が眺められるが、白藤市内に入ると様相は一変した。高低様々なビルの林立はまるでエノキダケの株の中に紛れ込んだような錯覚を起こさせるほどだ。
そんな都市部の表通りをまともに走っていたら、ラッシュの渋滞も相まって完全に遅刻してしまう。そこで京哉は霧島から伝授された機捜流運転術で、普通なら選ばないような細い路地や一方通行路に入り込んだ。
今年の春に機捜に異動した京哉の運転技術は霧島ほど巧みではないにしろ、出勤ルートくらいなら不安はない。
そうして渋滞をクリアし一時間足らずで県警本部の裏門に辿り着いていた。
十六階建てでレンガに似せた外張りの古めかしい本部庁舎裏に関係者専用駐車場はあった。白いセダンを駐めると同時に目を開けた霧島を急かして降りる。白いセダンで時間を確認していた京哉にここでも急かされて霧島は裏口から庁舎に走り込んだ。
階段で二階に上がると左側一枚目のドアが機捜の詰め所となっている。足を踏み入れる前に京哉は背伸びして霧島の黒髪を撫でつけ、曲がったタイを直した。
「はい。いいですよ、霧島警視」
「ああ、すまんな、鳴海巡査部長」
このように何とか体裁を整えられた霧島は、機捜隊長としての定時の三分前である八時二十七分、詰め所に出勤した。
だがやけに騒がしいのでドア口で立ち止まる。
それ故、本人は余計に意識して毎朝同じ時間に目覚め、同じメニューの朝食を作って食い、同じ時間に出勤するよう心掛けていたが、同居人であり部下であり四歳年下の恋人である鳴海京哉が食事当番だとそのリズムが多々狂うことがあった。
ここ一ヶ月ほど目覚ましのアラームが鳴る一分前に霧島は起きてきた。愛しの京哉の寝顔を眺めるためである。だがたった一度だけ起きるなり魔が差し、隣で眠る京哉に思わずちょっかいを出してしまった。
そのせいで警戒した京哉が腕時計のアラームを六時半の二分前に仕掛けるようになったのだ。
勿論霧島も自分が悪いと重々承知しているが、これは頂けなかった。わざと選んだ野暮ったい伊達眼鏡で偽装した京哉に起こされても、まともに目が覚めない。
一分前に起き、愛しい京哉の素顔の寝顔を眺めて幸せを噛み締め、初めて目が覚めるという図式を脳ミソが覚え込んでしまったらしいのだ。
それに京哉も霧島と同じくパートナーをギリギリまで寝かせておいてやりたいという思いやりの持ち主である。
お蔭で朝食を前にしてもまだ霧島の思考は半分寝たままだった。
暢気にしていられない時間帯で京哉の作る朝食も当番の一週間殆どお約束のメニューだ。
霧島と違うのは和食という点で、ハムエッグと焼き塩鮭にサラダとご飯に味噌汁というパターンだった。バランスもいい旨い飯を咀嚼していると今日も向かいから怒声が飛んでくる。
「忍さんっ! 食べながら寝るなんて、赤ん坊じゃないんですからね!」
「寝てはいない。私は味噌汁の味噌の種類について深く考察をだな――」
「ああ、はいはい。分かりましたから居眠りしてないでさっさと食べて下さい」
出勤準備していても何処かぼんやりとしていた。当番として後片付けを終えた京哉がいつも通りに煙草を二本吸ったのち、寝室にやってきて今度は呆れ声を出す。
「忍さん、タイが裏返しですよ。ほら、解いて」
長身の霧島は小柄な京哉に合わせて屈むとタイを締め直して貰った。腰のベルトの上から特殊警棒と手錠ホルダーの付いた帯革を締める。
あとは銃の入ったショルダーホルスタを左脇に吊った。銃の約五百グラムと腰回りの物は重いが既に慣れている。
機捜は覆面パトカーに私服で密行警邏し、殺しや強盗に放火その他の凶悪事案が起きた際、いち早く駆けつけて初動捜査に当たるのが職務である。そのため凶悪犯と出くわす可能性を考慮され職務中は銃の携帯が義務付けられていた。
ドラマと違い普通の刑事は常日頃から銃など持ち歩いていないのである。
ただでさえ機捜で霧島と京哉は職務中の武装が義務付けられているが、更には過去様々な事件に巻き込まれ、県下の指定暴力団から恨みを買ってしまっている。
そこで県警本部長から特別に職務時間外での銃携帯が許されていた。お蔭でこうしてウチから銃を携行するハメになっている。
二人が携行しているのは職務中の機捜隊員に所持許可が下りている銃で、シグ・ザウエルP230JPなるセミ・オートマチック・ピストルだ。
使用弾は三十二ACP弾で威力が低いのは仕方ない。フルロードなら薬室一発マガジン八発の合計九発を発射可能だが、通常弾薬は五発しか貸与されない決まりになっている。
そのホルスタの下端を帯革に固定すると京哉にジャケットを着せられた。霧島としては何だか一仕事終えたような気分だったが、溜息をつく間もなく急き立てられる。
「じゃあほら、出ますよ。靴を履いて!」
五階建てマンションの最上階角部屋の五〇一号室を出ると京哉がロックし、エレベーターで一階に降りてエントランスを出るなり京哉の掛け声で近所の月極駐車場まで朝っぱらから走らされる憂き目に遭った。
自分で自分の足を踏みそうになりながら霧島は愛車の白いセダンに辿り着く。だがこの状態で運転させて貰える訳もない。キィを取り上げた京哉が宣言した。
「僕が運転、貴方は助手席ですっ! 寝ててもいいですから」
「ん、ああ。遠慮なく寝かせて貰う。煙草、吸って構わんからな」
ここは真城市、勤務先の県警本部は隣の白藤市にあった。真城市内は都市部である白藤市のベッドタウンで平べったい住宅地が広がっている。
バイパス沿いにも田畑や住宅地が眺められるが、白藤市内に入ると様相は一変した。高低様々なビルの林立はまるでエノキダケの株の中に紛れ込んだような錯覚を起こさせるほどだ。
そんな都市部の表通りをまともに走っていたら、ラッシュの渋滞も相まって完全に遅刻してしまう。そこで京哉は霧島から伝授された機捜流運転術で、普通なら選ばないような細い路地や一方通行路に入り込んだ。
今年の春に機捜に異動した京哉の運転技術は霧島ほど巧みではないにしろ、出勤ルートくらいなら不安はない。
そうして渋滞をクリアし一時間足らずで県警本部の裏門に辿り着いていた。
十六階建てでレンガに似せた外張りの古めかしい本部庁舎裏に関係者専用駐車場はあった。白いセダンを駐めると同時に目を開けた霧島を急かして降りる。白いセダンで時間を確認していた京哉にここでも急かされて霧島は裏口から庁舎に走り込んだ。
階段で二階に上がると左側一枚目のドアが機捜の詰め所となっている。足を踏み入れる前に京哉は背伸びして霧島の黒髪を撫でつけ、曲がったタイを直した。
「はい。いいですよ、霧島警視」
「ああ、すまんな、鳴海巡査部長」
このように何とか体裁を整えられた霧島は、機捜隊長としての定時の三分前である八時二十七分、詰め所に出勤した。
だがやけに騒がしいのでドア口で立ち止まる。
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