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第49話
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ずっと人の顔ばかり眺めていた立川組長が発車するなり訊いてくる。
「御坂。きみは鳴海と組めないのが不満じゃないのかね?」
「構わない。どうしてだ?」
真っ直ぐ前を向いたまま訊き返す霧島を、立川組長は面白そうに見つめた。
「きみたちにはきみたちの流儀があるだろうと思ったまでだが」
「片割れがいなくて務まらないと判断したら切るんだろう?」
「それは勿論だが……いや、そんな問題じゃないんだがね」
「ならば何が問題なんだ。私は一人でも務まっていると思うが、不満なのか?」
「だからそういう問題じゃ……まあ、いい」
まだ面白そうに見られているのを感じながら組長を振り向きもせずに言ってみる。
「それより娘の心配でもしたらどうだ?」
「十七にもなって貞操までガードする必要があるかね?」
「捌けているな」
「理解があると言って欲しいね。失敗で締めくくりたくないなら経験は積むべき、どうせ余程ラッキィでない限り誰もが失敗するものだ。とはいえ実際二年前に引き取ってから持て余し気味なんだよ。いいオモチャができて嬉しいのはこっちの方だ」
「ふん、オモチャか……」
京哉が聞いたらどう思うだろうか。どうもこの男は人を見る目が長けすぎて一周回ってしまっているらしい。数ある県下の暴力団の中でも黒深会に見込まれ渡り合うだけのことはあった。おそらく尻尾も掴みづらい人物だが本人周辺から証拠が出る可能性も高い。
そうして一時間ほどもリムジンで移動し、訪れた商工会議所で霧島は呆れた。
会議室内には会社社長どころか武闘派暴力団の笹山組組長と岩野会会長が鎮座していて、立川組長を見るなり立ち上がって握手を求めフレンドリーに肩を叩き合ったからである。
笹山組と岩野会は小さいながら老舗で真王組とはこれまでに何度も事務所に銃弾をぶち込む『ガラス割り』や殺傷事件の応酬をしている敵対組織だ。
下っ端には命懸けの抗争をさせておいてトップ同士はにこやかに会議とは、ものも言えない。だがガード仲間の話ではこうした会議でシマの線引きをするのは珍しくないらしい。幹部らしき謎の二名も立川組長と共に笑顔で会議室に入っていく。
それらのガードは控室にまとめて押し込まれていた。目つきの鋭い者たちがサボテンの如く自分の絶対領域を護って咳払いひとつ聞こえない静けさである。まさに一触即発の雰囲気で、だが霧島はヤクザに気など遣わずパイプ椅子にドスンと座った。
更に遠慮せずガード仲間に訊いてみることにする。黙っていては任務が進まない。
「組長と同行している二人は何者なんだ?」
いかにも唐突でガード仲間の一人は不思議そうな顔をしたが答えてくれた。
「あれは都内の黒深会から来た新しいシノギのオブザーバーだ」
「ふん、そうか。なるほどな」
内部では秘密でも何でもないのだろう。今まで黙っていて損をしたと思いつつ見張るべき相手が確実に分かって少々の安堵を得る。
これからは読みづらい立川組長に一点張りではなく、あの二人の動向にも半分注意を向けていればいいのだ。分かった途端にドアの向こうの会議室を覗きに行きたくなったが堪える。それこそ盗聴器が欲しかった。
二時間ほどで会議は終了し、またも他の組のトップと肩を叩き笑い合って立川組長が会議室から出てくる。今度はホテルで某議員と茶を飲みながら会合らしい。変わらずガードしリムジンに乗り込み、走り出すと霧島は何となく組長に話し掛けてみた。
「まるで首相不在の国会のようだな。あんたらは各党の代表、いや、小国の王か」
「野蛮で未開のように見えるかね?」
革張りシートで悠々と煙草を吸う立川拓真はまたも面白そうな色を目に浮かべる。
「そうは言わない。何処の国の政府だって棍棒外交はやっている」
「ふむ、その若さで悟っているようだ。そう、王というのは気に入ったよ」
「祭り上げられて嬉しいか?」
「準構成員や企業舎弟の従業員も含め五桁近い人間の生活を預かっている。祭り上げられるというより権利を義務で買っている、それだけのことはしているつもりだが」
「もう少しスマートなら、危うく尊敬するところだな」
吹き出した組長は灰皿に煙草を投げ捨て、肩を震わせ本当に可笑しそうに笑った。
「御坂、きみと話すのは面白い。全く腕を抜きにしても拾いものだよ」
「宮廷道化師は天下御免、発言は一切お咎めナシか?」
「ああ、いい感じだね。黙っていないで遠慮なく喋ってくれたまえ。けれど宮廷道化師は犬と同様、吠えるだけ。王の持ち物だというのを忘れないでくれたまえよ」
大抵の相手に対し怖じけ怯んだ経験などない霧島だったが、組長の黒い瞳の底に針で突いたほどの氷の欠片が潜んでいるように感じ、その場は頷かざるを得なかった。
やり取りを聞いて黒深会幹部も笑っている。笑いのツボが不明な集団だ。
それはともかく霧島は本気で盗聴器の入手を考えていた。小田切と接触できれば無理ではあるまい。大体こんな馬鹿馬鹿しくも危険な状況からは一刻も早く離脱すべきである。一歩間違えば簡単に消されると分かっていたが、既に半歩踏み違えた気がしていた。
そこまで霧島が思ったのは、立川拓真が吐いた『刑事みたいだね』という言葉と、そのイントネーションに端を発している。
この意外に酔狂な組長はもしかしたら霧島と京哉がサツカンだと知っているのではないか。そんな疑念がどうしても頭から離れないのだ。
単なるガードだけをさせておくつもりなのかどうかも怪しく、むしろ飼ったサツカンが何をしでかすのか愉しみにしている……そんな風に思えてならなかった。
そう考えて自分も立川拓真のオモチャかと落胆するでもなく思う。
一方の京哉は花梨を使い堅実に保険を掛ける段階から着手したようだが、立川拓真の娘に対する思考回路は破綻していると言っていい。
何れにせよ長引けばそれだけ自分たちの身許がバレる可能性が高くなる。もしくは予想が当たっていたなら『何もしでかさない刑事』に立川が飽きる可能性もあった。
とにかく悠長にしてはいられない。
フロントガラス越しに先を見つめながら霧島は熱くなるでもなく考え続けていた。
「御坂。きみは鳴海と組めないのが不満じゃないのかね?」
「構わない。どうしてだ?」
真っ直ぐ前を向いたまま訊き返す霧島を、立川組長は面白そうに見つめた。
「きみたちにはきみたちの流儀があるだろうと思ったまでだが」
「片割れがいなくて務まらないと判断したら切るんだろう?」
「それは勿論だが……いや、そんな問題じゃないんだがね」
「ならば何が問題なんだ。私は一人でも務まっていると思うが、不満なのか?」
「だからそういう問題じゃ……まあ、いい」
まだ面白そうに見られているのを感じながら組長を振り向きもせずに言ってみる。
「それより娘の心配でもしたらどうだ?」
「十七にもなって貞操までガードする必要があるかね?」
「捌けているな」
「理解があると言って欲しいね。失敗で締めくくりたくないなら経験は積むべき、どうせ余程ラッキィでない限り誰もが失敗するものだ。とはいえ実際二年前に引き取ってから持て余し気味なんだよ。いいオモチャができて嬉しいのはこっちの方だ」
「ふん、オモチャか……」
京哉が聞いたらどう思うだろうか。どうもこの男は人を見る目が長けすぎて一周回ってしまっているらしい。数ある県下の暴力団の中でも黒深会に見込まれ渡り合うだけのことはあった。おそらく尻尾も掴みづらい人物だが本人周辺から証拠が出る可能性も高い。
そうして一時間ほどもリムジンで移動し、訪れた商工会議所で霧島は呆れた。
会議室内には会社社長どころか武闘派暴力団の笹山組組長と岩野会会長が鎮座していて、立川組長を見るなり立ち上がって握手を求めフレンドリーに肩を叩き合ったからである。
笹山組と岩野会は小さいながら老舗で真王組とはこれまでに何度も事務所に銃弾をぶち込む『ガラス割り』や殺傷事件の応酬をしている敵対組織だ。
下っ端には命懸けの抗争をさせておいてトップ同士はにこやかに会議とは、ものも言えない。だがガード仲間の話ではこうした会議でシマの線引きをするのは珍しくないらしい。幹部らしき謎の二名も立川組長と共に笑顔で会議室に入っていく。
それらのガードは控室にまとめて押し込まれていた。目つきの鋭い者たちがサボテンの如く自分の絶対領域を護って咳払いひとつ聞こえない静けさである。まさに一触即発の雰囲気で、だが霧島はヤクザに気など遣わずパイプ椅子にドスンと座った。
更に遠慮せずガード仲間に訊いてみることにする。黙っていては任務が進まない。
「組長と同行している二人は何者なんだ?」
いかにも唐突でガード仲間の一人は不思議そうな顔をしたが答えてくれた。
「あれは都内の黒深会から来た新しいシノギのオブザーバーだ」
「ふん、そうか。なるほどな」
内部では秘密でも何でもないのだろう。今まで黙っていて損をしたと思いつつ見張るべき相手が確実に分かって少々の安堵を得る。
これからは読みづらい立川組長に一点張りではなく、あの二人の動向にも半分注意を向けていればいいのだ。分かった途端にドアの向こうの会議室を覗きに行きたくなったが堪える。それこそ盗聴器が欲しかった。
二時間ほどで会議は終了し、またも他の組のトップと肩を叩き笑い合って立川組長が会議室から出てくる。今度はホテルで某議員と茶を飲みながら会合らしい。変わらずガードしリムジンに乗り込み、走り出すと霧島は何となく組長に話し掛けてみた。
「まるで首相不在の国会のようだな。あんたらは各党の代表、いや、小国の王か」
「野蛮で未開のように見えるかね?」
革張りシートで悠々と煙草を吸う立川拓真はまたも面白そうな色を目に浮かべる。
「そうは言わない。何処の国の政府だって棍棒外交はやっている」
「ふむ、その若さで悟っているようだ。そう、王というのは気に入ったよ」
「祭り上げられて嬉しいか?」
「準構成員や企業舎弟の従業員も含め五桁近い人間の生活を預かっている。祭り上げられるというより権利を義務で買っている、それだけのことはしているつもりだが」
「もう少しスマートなら、危うく尊敬するところだな」
吹き出した組長は灰皿に煙草を投げ捨て、肩を震わせ本当に可笑しそうに笑った。
「御坂、きみと話すのは面白い。全く腕を抜きにしても拾いものだよ」
「宮廷道化師は天下御免、発言は一切お咎めナシか?」
「ああ、いい感じだね。黙っていないで遠慮なく喋ってくれたまえ。けれど宮廷道化師は犬と同様、吠えるだけ。王の持ち物だというのを忘れないでくれたまえよ」
大抵の相手に対し怖じけ怯んだ経験などない霧島だったが、組長の黒い瞳の底に針で突いたほどの氷の欠片が潜んでいるように感じ、その場は頷かざるを得なかった。
やり取りを聞いて黒深会幹部も笑っている。笑いのツボが不明な集団だ。
それはともかく霧島は本気で盗聴器の入手を考えていた。小田切と接触できれば無理ではあるまい。大体こんな馬鹿馬鹿しくも危険な状況からは一刻も早く離脱すべきである。一歩間違えば簡単に消されると分かっていたが、既に半歩踏み違えた気がしていた。
そこまで霧島が思ったのは、立川拓真が吐いた『刑事みたいだね』という言葉と、そのイントネーションに端を発している。
この意外に酔狂な組長はもしかしたら霧島と京哉がサツカンだと知っているのではないか。そんな疑念がどうしても頭から離れないのだ。
単なるガードだけをさせておくつもりなのかどうかも怪しく、むしろ飼ったサツカンが何をしでかすのか愉しみにしている……そんな風に思えてならなかった。
そう考えて自分も立川拓真のオモチャかと落胆するでもなく思う。
一方の京哉は花梨を使い堅実に保険を掛ける段階から着手したようだが、立川拓真の娘に対する思考回路は破綻していると言っていい。
何れにせよ長引けばそれだけ自分たちの身許がバレる可能性が高くなる。もしくは予想が当たっていたなら『何もしでかさない刑事』に立川が飽きる可能性もあった。
とにかく悠長にしてはいられない。
フロントガラス越しに先を見つめながら霧島は熱くなるでもなく考え続けていた。
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