見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

文字の大きさ
49 / 72

第49話

しおりを挟む
 ずっと人の顔ばかり眺めていた立川組長が発車するなり訊いてくる。

「御坂。きみは鳴海と組めないのが不満じゃないのかね?」
「構わない。どうしてだ?」

 真っ直ぐ前を向いたまま訊き返す霧島を、立川組長は面白そうに見つめた。

「きみたちにはきみたちの流儀があるだろうと思ったまでだが」
「片割れがいなくて務まらないと判断したら切るんだろう?」
「それは勿論だが……いや、そんな問題じゃないんだがね」
「ならば何が問題なんだ。私は一人でも務まっていると思うが、不満なのか?」
「だからそういう問題じゃ……まあ、いい」

 まだ面白そうに見られているのを感じながら組長を振り向きもせずに言ってみる。

「それより娘の心配でもしたらどうだ?」
「十七にもなって貞操までガードする必要があるかね?」
「捌けているな」
「理解があると言って欲しいね。失敗で締めくくりたくないなら経験は積むべき、どうせ余程ラッキィでない限り誰もが失敗するものだ。とはいえ実際二年前に引き取ってから持て余し気味なんだよ。いいオモチャができて嬉しいのはこっちの方だ」
「ふん、オモチャか……」

 京哉が聞いたらどう思うだろうか。どうもこの男は人を見る目が長けすぎて一周回ってしまっているらしい。数ある県下の暴力団の中でも黒深会に見込まれ渡り合うだけのことはあった。おそらく尻尾も掴みづらい人物だが本人周辺から証拠が出る可能性も高い。

 そうして一時間ほどもリムジンで移動し、訪れた商工会議所で霧島は呆れた。

 会議室内には会社社長どころか武闘派暴力団の笹山ささやま組組長と岩野いわの会会長が鎮座していて、立川組長を見るなり立ち上がって握手を求めフレンドリーに肩を叩き合ったからである。

 笹山組と岩野会は小さいながら老舗で真王組とはこれまでに何度も事務所に銃弾をぶち込む『ガラス割り』や殺傷事件の応酬をしている敵対組織だ。

 下っ端には命懸けの抗争をさせておいてトップ同士はにこやかに会議とは、ものも言えない。だがガード仲間の話ではこうした会議でシマの線引きをするのは珍しくないらしい。幹部らしき謎の二名も立川組長と共に笑顔で会議室に入っていく。

 それらのガードは控室にまとめて押し込まれていた。目つきの鋭い者たちがサボテンの如く自分の絶対領域を護って咳払いひとつ聞こえない静けさである。まさに一触即発の雰囲気で、だが霧島はヤクザに気など遣わずパイプ椅子にドスンと座った。
 更に遠慮せずガード仲間に訊いてみることにする。黙っていては任務が進まない。

「組長と同行している二人は何者なんだ?」

 いかにも唐突でガード仲間の一人は不思議そうな顔をしたが答えてくれた。

「あれは都内の黒深会から来た新しいシノギのオブザーバーだ」
「ふん、そうか。なるほどな」

 内部では秘密でも何でもないのだろう。今まで黙っていて損をしたと思いつつ見張るべき相手が確実に分かって少々の安堵を得る。

 これからは読みづらい立川組長に一点張りではなく、あの二人の動向にも半分注意を向けていればいいのだ。分かった途端にドアの向こうの会議室を覗きに行きたくなったが堪える。それこそ盗聴器が欲しかった。

 二時間ほどで会議は終了し、またも他の組のトップと肩を叩き笑い合って立川組長が会議室から出てくる。今度はホテルで某議員と茶を飲みながら会合らしい。変わらずガードしリムジンに乗り込み、走り出すと霧島は何となく組長に話し掛けてみた。

「まるで首相不在の国会のようだな。あんたらは各党の代表、いや、小国の王か」
「野蛮で未開のように見えるかね?」

 革張りシートで悠々と煙草を吸う立川拓真はまたも面白そうな色を目に浮かべる。

「そうは言わない。何処の国の政府だって棍棒外交はやっている」
「ふむ、その若さで悟っているようだ。そう、王というのは気に入ったよ」
「祭り上げられて嬉しいか?」
「準構成員や企業舎弟の従業員も含め五桁近い人間の生活を預かっている。祭り上げられるというより権利を義務で買っている、それだけのことはしているつもりだが」
「もう少しスマートなら、危うく尊敬するところだな」

 吹き出した組長は灰皿に煙草を投げ捨て、肩を震わせ本当に可笑しそうに笑った。

「御坂、きみと話すのは面白い。全く腕を抜きにしても拾いものだよ」
「宮廷道化師は天下御免、発言は一切お咎めナシか?」
「ああ、いい感じだね。黙っていないで遠慮なく喋ってくれたまえ。けれど宮廷道化師は犬と同様、吠えるだけ。王の持ち物だというのを忘れないでくれたまえよ」

 大抵の相手に対し怖じけ怯んだ経験などない霧島だったが、組長の黒い瞳の底に針で突いたほどの氷の欠片が潜んでいるように感じ、その場は頷かざるを得なかった。
 やり取りを聞いて黒深会幹部も笑っている。笑いのツボが不明な集団だ。

 それはともかく霧島は本気で盗聴器の入手を考えていた。小田切と接触できれば無理ではあるまい。大体こんな馬鹿馬鹿しくも危険な状況からは一刻も早く離脱すべきである。一歩間違えば簡単に消されると分かっていたが、既に半歩踏み違えた気がしていた。

 そこまで霧島が思ったのは、立川拓真が吐いた『刑事みたいだね』という言葉と、そのイントネーションに端を発している。
 この意外に酔狂な組長はもしかしたら霧島と京哉がサツカンだと知っているのではないか。そんな疑念がどうしても頭から離れないのだ。

 単なるガードだけをさせておくつもりなのかどうかも怪しく、むしろ飼ったサツカンが何をしでかすのか愉しみにしている……そんな風に思えてならなかった。

 そう考えて自分も立川拓真のオモチャかと落胆するでもなく思う。

 一方の京哉は花梨を使い堅実に保険を掛ける段階から着手したようだが、立川拓真の娘に対する思考回路は破綻していると言っていい。

 何れにせよ長引けばそれだけ自分たちの身許がバレる可能性が高くなる。もしくは予想が当たっていたなら『何もしでかさない刑事』に立川が飽きる可能性もあった。
 とにかく悠長にしてはいられない。

 フロントガラス越しに先を見つめながら霧島は熱くなるでもなく考え続けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...