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第7話

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 行進してきた軍楽隊はマーチを演奏しながら雛壇を回り込んで来賓の横に位置した。制式小銃のサディM18ライフルに着剣したものを担いだパレードの兵士たちは、整然と並び一糸乱れぬ挙動で来賓者たちに頭を振り向ける敬礼をしながら歩を進めてゆく。

 歩道上、見通せる限りを何十列もの兵士が埋め尽くすと行進がピタリと止まった。受礼者たる来賓が立ち上がる。雛壇の前に立った指揮官の張りのある声が響いた。

「捧げーつつっ!」

 兵士が揃って小銃を胸前で垂直に掲げた。指揮官は顔の前に翳した儀礼刀を斜めに振り下ろす抜刀礼だ。軍楽隊がテラ連邦歌の『永遠とわなるはテラの繁栄』を奏で始めた。

《大丈夫みたいだね》
「このままするすると済めばいいけどな」

 テンション高くリポータが喋りまくっている間に曲の演奏が終わる。
 すると今度は受礼者から一番遠く、つまりはシドたちに一番近い兵士たちがくるりと回れ右し、空に向けて小銃を構えた。一列横隊の端から空砲を撃ち始める。礼砲だ。

 嗅ぎ慣れた硝煙が空気に混じった。

 ハイファが持つ旧式銃のお蔭で残弾を数えるのがクセになっているシドは、決まりになっている礼砲の最後の一発である二十一発目を数える。

 ――と、二十二発目が鳴った。続けて二発。そして悲鳴が湧く。

 二十二発目と同時にシドとハイファは弾かれたように動いていた。

「ハイファ、段の真正面からだ!」
「分かってる!」

 伏せろといっても伏せられない状況である。シドとハイファはロープを飛び越えると、居並ぶ兵士たちを縫うようにして向かいの雛壇に辿り着く。
 これだけ兵がいても銃に実弾をこめた人間はいない、惑星警察警備部所属のSPたちくらいのものだ。そのSPであるスーツ姿の男が二人、雛壇の下段、向かって一番右の来賓の女性の足元に縋って倒れ伏していた。

 兵の二人が小銃を投げ捨ててハンドガンを構えている。更にそれぞれ別の来賓に照準するのを見取り、シドとハイファは同時に銃を抜き撃った。一発に聞こえるほどの速射でそれぞれ二発を放つ。一射は兵士の指ごとトリガを撃ち飛ばし、一射は右肩から血飛沫を噴き出させた。

 兵士たちは躰を回転させながら吹っ飛んで尻餅をつく。
 一瞬、静けさが支配したのち、SPや軍に警察関係者が雛壇へと殺到する。兵士たちの列が乱れ、TVクルーまでが駆け寄ってきて現場は騒然となった。

 銃を収めたシドとハイファは混乱の中でもみくちゃにされながら、この場を離脱するタイミングを計っていた。ド根性で紛れ込んでくるTVリポータもいて、ここに留まっていても何もいいことはなさそうだったからだ。
 退路を探してシドは振り向く。その視界に一人の兵士が映った。混乱に乗じて密やかに雛壇の正面、テラ連邦議会議長に近づいている。

「ハイファ!」

 叫ぶと同時にシドは人の隙間に躰を割り込ませて議長の前に立ち塞がる。対衝撃ジャケットの胸に至近距離で二射を浴びた。次の瞬間には兵士をハイファが、これも至近距離でっている。容赦のないヘッドショット、他に狙い所がなかったのだ、仕方ない。

 兵士の降らせた血と脳漿の雨に更なる悲鳴と怒号が湧いた。

 SPがガードし、来賓者たちの避難がようやく始まる。シドも再び銃を手にしてハイファとともに雛壇に張り付いた。人々の渦の中、神経を研ぎすませて周囲へと意識を向ける。
 ヒットマンが兵士三人だけとは限らない。

「シド、あの距離で胸、やっちゃったんじゃない?」
「シリルのプラ弾くらい屁でもねぇよ」

 汎銀河条約機構の交戦規定に準じたプラスチック弾とはいえ殺傷能力は充分にある。何処を撃たれたか、転がったSPは身動きひとつしない。

 ヘッドショットを食らわせた兵士にブルーシートが被せられる頃には、離れて待機していた救急機のサイレンが唸り始めていた。兵士の列も指揮官の元で軍施設に移動を開始し、混乱に乗じたTVクルーや一般人らも整理され現場から追い出される。

 やっと警備システムが機能をした現場から二人は一旦署に戻ろうと踵を返した。
 だが観衆の目前で狙撃逮捕及び射殺劇を演じてしまった二人は沿道の人々から大歓声を浴びる。おまけに目を輝かせたTVリポータ群にインタビューまで受けさせられそうになり、署に逃げ帰ると一歩も外に出られなくなってしまった。

「テラ連邦内全域指名手配になった気分だよ」

 幾度も繰り返し放映される発砲の瞬間をデカ部屋のホロTVで視てハイファは溜息をついた。シドも同感で、うんざりして自分のデスクに就き、泥水コーヒーを啜りながら煙草を咥えて火を点けた。紫煙とともに溜息を洩らす。

 狙撃逮捕劇がパレードそのものよりもセンセーショナルな話題として取り上げられているのだ、当然とも云えるが。もうすぐ定時の十七時半だが、ヴィンティス課長に言われずとも今日もまたスカイチューブで帰るしかないだろう。

 そのヴィンティス課長はセントラルエリア統括本部に行ったまま、まだ戻らない。と思ったら、デカ部屋の窓越しに緊急機が駐機場に滑り込むのを二人は目にした。
 送迎をしたゴーダ警部がヴィンティス課長と入ってくる。多機能デスクに就くなりヴィンティス課長が二人を呼んだ。

「若宮志度巡査部長、ハイファス=ファサルート巡査長、前へ」

 ハイファのデスクは課長の真ん前、シドはその左隣である。わざわざ呼ばなくても愚痴なら聞こえる距離、だが状況が状況だ。改まった物言いをした上司の前に二人は並んで直立不動の姿勢を取った。
 課長と二人をデカ部屋の皆が注目している。課長が口を開いた。

「二人とも今日はよくやってくれた。統括本部長からもキミたちにはお褒めの言葉を頂いている。我が広域惑星警察の威信を落とさず済んだのはキミたちのお蔭だ。本当によくやった」

 いやに澄んだブルーアイを二人は「そういうことか」と醒めた目で見る。
 犯人を出したのは軍、要人暗殺を防いだのは警察だ。ここは警察に百パーセント落ち度がなかったことを強調するためにも、徹底して二人の行動を肯定し内外にアピールする手なのだろう。当然のことのように課長は褒め称えているが、それも政治的判断にすぎない。

 退職にさえならなければどうでもいいシドが訊いた。

「ところで課長、あのマル被は何だったんですかね?」

 マル被、被疑者のことだ。この場合は二人に撃たれたヒットマン兵士たちである。

身柄ガラは軍に持って行かれて本部にも殆ど情報は入ってきてはいない。だがどうやら何処かで催眠暗示を掛けられ、銃も渡されたのではないかということだ」

 勿論テラ本星で一般人の銃所持は認められていない。だがあのヒットマンの使用銃シリルM220は広域惑星警察の制式拳銃でもある。ある意味ありふれているといってもいい。

「そうですか」

 話はそれだけだったらしく、二人は自分のデスクに戻った。

「珍しいね、シド」
「何が?」
「ホシに何の興味もないみたいだから」
「軍が全部かっ攫っていったんだ。逆さに振ってもメディアに流す大本営発表しか出てこねぇだろ。ふあーあ、定時は過ぎた、そろそろ帰ろうぜ」

 一通りの報告書は書き上げて捜査戦術コンに流してあった。ヒマに飽かせて今日発射した銃も整備済みだ。
 二人は泥水を飲み干すと腰を上げる。紙コップを捻ってダストボックスに放り込み、深夜番にだけ頭を下げるとエレベーターへ向かった。乗り込むと三十九階に上がる。

 三十九階からはスカイチューブ、スライドロードに乗っかるだけで単身者用官舎ビル側に着く。リモータチェッカとX‐RAYサーチをクリアして官舎側に移った。

「今日の買い物は?」
「うーん、今日の今日だしね。遠慮しとくよ」

 制服でこそなかったが、何処でTVリポータに突撃取材されるか分かったものではない。
 大人しく五十一階まで上ると、あとはいつも通りだ。
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