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第6話

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「本日十五時からのパレードに際し、通達通りに管内の最終一斉点検を行う。皆、割り当てられたエリアに責任持って当たるように。では、かかってくれ」

 ヴィンティス課長の一声で制服の機捜課員がどっとデカ部屋を出た。
 署のエントランスから吐き出されたのは機捜課員だけではない。主力となる警備部は勿論、捜査一課、二課、三課からも人員が駆り出されている。

 シドとハイファも黒の上下にブルーグレイのタイを締め、シドは上から対衝撃ジャケットを羽織って、二人ともに制帽を被ると出動した。署を出ると右に進路を取る。

「朝っぱらから面倒なことだぜ、全く」
「巣に押し込められてるより、よっぽど嬉しいクセに」

 ケヴィン警部の冗談ではないが、シドはここ四日間、ストライクを懸念した課長から本当に外出禁止令を食らって腐っていたのだ。

「まあな。あー、外はいいよな」

 この日に合わせて気象制御装置ウェザコントローラもフル稼動、高い空は抜けるように青い。

 数百メートル歩いた歩道上に、予定通りに今日の来賓たちが並ぶ雛壇がしつらえてあった。ここのところ出退勤にはスカイチューブを使うよう厳命されていたので、これを見るのは二人とも初めてだ。雛壇は二段でシートチェアが二十も並んでいるだろうか。

 軍関係者が多数いてチェックに余念がない。その様子を眺めながら単身者用官舎ビルに行き着く前に大通りを渡る。

 二人に割り当てられた区域はセントラル・リドリー病院からファストフード街という、パレードとは殆ど関係のない場所だ。だからといって気を抜く訳にもいかない、半日も前からパレード会場で暢気に待ちぼうけているテロリストなどいない。

 超高層ビルの谷間を四十分ほども歩き、セントラル・リドリー病院に辿り着く。他にも黒い制服が見受けられる中で、二人は病院から右手に伸びる通りまでの建物周辺を、不審物捜索に特に力を入れて巡回した。
 右手の通りを少し歩けばファストフード街、まだ午前中だが結構な人出がある。

 コーヒーショップを横目にハイファが溜息混じりに愚痴った。

「この格好だと、ちょっとひと休みって訳にもいかないね」
「仕方ねぇさ。まあ、何かを探すっつーより、この格好でうろつくことが仕事だからな」
「牽制?」
「まあな。ふあーあ、何はともあれ外の空気は旨いぜ」

「そうじゃな。籠もっておるより余程気持ちがいいわい」
「そうですね……って、えっ? お祖父さんっ!?」

 いつの間にかハイファの傍、コーヒーショップの外のベンチに座ってホットドッグにかぶりついていたのは、シドも面識のあるセフェロ王だった。シドは唖然とする。

「ちょっ、あの、セフェロ王がこんな所で何やってんですかっ!?」
「いやあ、王族やら首相やらはホテルに押し込められて、つまらん」

 つまらんというだけでウロウロされては敵わない。以前に会ったときのようなエキゾチックな民族衣装と違い、今は仕立ての良いスーツに襟元はシルクのスカーフといった格好ではあるが、顔はメディアで晒されているのだ。それこそ何事かあれば星系間問題である。

 だが本人はハイファと同じ若草色の瞳をキラキラさせて周囲を眺めている。

「だからってお付きの一人もなしとは……」
「せっかく母なるテラ本星にきたんじゃ。兵隊が歩くのを見るだけでは勿体ない。街の様子を見てやる方がテラ連邦議会もよっぽど喜ぶわい」

 そいつは怪しいもんだと二人は思った。その辺にいてもいい人物ではない。

「大丈夫じゃ、誰にも見つからんようにコッソリ出てきたからの」

((そっちの方がダメじゃん!))

 すました顔でセフェロ王は悠々とホットドッグを食し、取り出したハンカチで手を拭くと、そのハンカチでズビーッと鼻をかんでから丁寧にまたポケットに仕舞った。

「シドといったかね。キミもハイファスも元気そうで何よりじゃ」
「お祖父さんこそ……でも、そろそろ帰った方がいいんじゃないかと」

 何せ腹が減るまでエスケープしていたのだ、騒動になる前にとっとと戻した方がいい。

「ならホテルまで一緒に歩かんか?」

 戻ってくれるのなら否やはなかった。

「しかしお忍びもいいものじゃ。お前たちに会えて良かったわい」

 焦る二人をよそにセフェロ王は、ホテルで待つ自分の妻や娘、息子に土産だと言ってハンバーガーショップで、ポテトとハンバーガーを紙袋いっぱいに買い込んだ。

 セントラル・リドリー病院をすぎると、セフェロ王の宿泊しているウィンザーホテルが見えてくる。エントランスをくぐる前にセフェロ王は二人を見比べて物申す。

「言うまでもなかろうが、シド、我が孫ハイファスをくれぐれも頼むぞよ」

 そうして二人の手を握り締め、高級ホテルの中に消えていった。ドアマンに、

「ケチャップついてますよ」

 などと注意をされながら、だ。
 いったい何だったのだろうと思いながら、二人は元きた道を戻りだした。

「まあ、セフェロⅤは砂漠だしな」
「だからって、TVで何度も放映されて顔も知られてるんだよ? 危ないなあ、もう!」
「それを言えばセフェロ王族のお前だって、その顔見れば赤の他人って言い訳は通らねぇぞ。髪が銀髪じゃないだけでセフェロ王の子供にそっくりだもんよ、目の色も」

「自力で身を守れないお祖父さんがフラフラしてるのが拙いって言ってるの」
「なるほど」
「セフェロ王室は長子相続、長女のエンジュ母さんが王位継承放棄したし、その弟妹が五人もいるから今は取り敢えず関係ないけれど、僕はお祖父さんには穏便に引退して貰って、自分の娘か息子から次の王を輩出して貰わないと困るんだからね」

「それもそうだな、俺も一生のバディを取られたら敵わん」
「でしょ?」

 微笑んだハイファはシドの左手を取った。自分の利き手よりもシド優先である。だがシドは素っ気なく手を振り解いた。

「よせよ、制服で目立ってんだぞ」
「むう。シドの制服姿は好きだけど手も繋げないんじゃ……早く終わらないかなあ」

 そのあとはストライクもなく、ゆっくりと時間を掛けて署に戻った。
 勤務のローテーションが一時的に解除されているので、機捜課のデカ部屋は黒い人影だらけである。デスクに着いたシドは早速煙草を咥えて火を点け、ハイファは人を縫って泥水コーヒーの紙コップをふたつ手に入れてくると、ひとつをシドのデスクに置いた。

 早めの昼食を七階の食堂で摂ると十四時には再び出動の号令が掛かる。今度こそ本番、約一キロ半のパレードのコース沿いに人員配置だ。
 土地鑑のあるシドたちは雛壇の真ん前、歩道を挟んだ大通り上に配置された。大通りのコイルはもう通行止めで、ロープを張った外側には見物人らが層を成している。TVクルーも機材を準備し終え、女性リポータがカメラに向かって早口で喋っていた。

 雛壇付近にも黒い制服と軍の濃緑色の制服が二、三メートル置きに配備されている。

《これでナニかやらかすガッツのある人っているのかな?》

 リモータに囁いたハイファの声がシドの右耳の中の極小スピーカフォンから聞こえた。

「さあな。そんな体温の高いパッション溢れる奴がいないことを祈ろうぜ」

 目の前まで観衆が押し寄せ、課長に渋い顔をされた対衝撃ジャケットは、お蔭で目立たずに済んでいる。張り込みに慣れた身は、立ち続けることに何の苦痛も感じない。
 そのうちに黒塗りの送迎コイルが何台も現れ、来賓者たちが雛壇のシートに着席し始める。テラ連邦議会議長のイレーヌ=デシャンも一段目の中央に腰掛けた。

 ついてきたSPたちは雛壇の脇に待機だ。

 やがて雛壇は満席となり、十五時ジャストに軍楽隊が先導する兵士のパレードが始まった。見通しの良い通りの向こうから勇壮な音楽が流れてくる。
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