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第32話
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翌日の朝食時、食堂にクライヴはいたものの銀堂の姿はなかった。
クライヴの向かいに腰掛けながらシドが訊いた。
「よう、銀堂はどうした?」
「何だか寝込んじゃったみたいなんです。熱もあってベッドから出られなくて。風邪でも引いたのかも知れないです」
「医務室には行ったのか?」
「それはまだ……グラマン区隊長に熱発就寝の発振だけはしましたが」
「そうか、そいつは淋しいな」
冷えて風邪を引いたのかも知れないが、昨夜の無理が祟ったのは間違いないだろう。サイキは便利なだけのものではないようだ。そして銀堂がいないときに限って女性陣が三人を囲む。シドの隣がオードリー、ハイファの隣はシェリーだ。
この距離感ならシェリーのブラックボックスの蓋も緩むかも知れない。銀堂は惜しいことをしたな、などとシドは考えながら旺盛な食欲でプレートを空にした。
クライヴより早くトレイを返却し、途中のオートドリンカでスポーツドリンクを二本買い込むと、居室に戻る前に二七〇一号室に声を掛ける。オートドアのロックをリモータで解いた銀堂はかなり憔悴していた。見舞いのドリンクをキャビネットに置くと、特に話すこともなくシドとハイファは隣の居室に戻る。
一コマ目は座学なので制服に着替えた。昨夜のうちに整備した銃も身に着ける。相変わらずシドは二丁のフル装備だ。
「重たくないの?」
「慣れた。それより戦闘心理学か。また眠たくなりそうな予感がするぜ」
「もう立たされるのはヤだからね」
「だから俺のせいにするのはよせって」
十五階のD教室に移動し、シドはギリギリまで煙草を吸ってから、いつもの最後列の席にハイファと陣取った。教官はヒュー=グラマン区隊長だ。
「グラマン二佐も明日のクーデター賛同者なんだよね」
「たぶんな。教官だけじゃねぇ、この中にも改変映像で洗脳されたことにも気付いてない奴がどれだけいるか――」
「巣立ってから芽吹かせる訳にはいかない、それだけは避けなきゃ」
連続で起こる事件の影響も考慮して実技訓練は暫くの間全面的に中止とされ、座学ばかりが組まれていた。それらをシドは寝て過ごし、昼になって二十階の食堂に行ってみると銀堂が独りで食事をしていた。
向かいに腰掛けてみると銀堂の顔色はまだ悪かった。
「具合、良くないみたいだね」
「それほどでもないんだが、サイキをああいう形で使うことは滅多にないからな」
「言ってくれればPXから差し入れしたのに」
PXとは軍内にある売店だ。post exchangeの略で元は酒保を意味していた。
「そこまで重病人じゃない」
「クライヴはどうしたんだ?」
「さあ、俺は寝てたからな。十階の食堂じゃないか?」
「そうか。あんたは午後も熱発就寝だな」
「戦列を離れてすまん」
「充分戦ったんだ、養生してくれ」
午後も勿論座学、休憩時間以外はずっと眠り続け、今また本日最後の授業が始まるなり寝る態勢に入ったシドを呆れてハイファが眺める。
「よくもそれでご飯が食べられるよね」
「それは言葉通りの意味か、それとも血税に対する姿勢への意見か?」
溜息をついたハイファはグラマン二佐の指示で端末操作をした。が、ホロモニタはふいに動作を止める。数秒間フリーズしたのちに緑色に光る数列が一面に現れ、流れ始めた。
「ちょ、何これ。シド、貴方の方は?」
「んあ?」
身を乗り出してハイファがシドの端末を操作するも、同じく数列の雨である。その頃には教室内の人員がざわつき始めていた。グラマン二佐が操作する3Dモニタもアウトだ。
「静かにしろ! ……ウイルスでも拾ったか?」
ヒュー=グラマンがリモータ発振して情報収集したが、どうやら他の教室でも同じ現象が起こっているらしい。
そのとき窓の外で外部隔壁が一斉に下りた。金属製のシャッターがガシャンと音を立てて閉まる。教室内は昼間であってもライトパネルが点けられているが、相対的にいきなり夜になったような気がしてシドは違和感に首を傾げた。
「何だ、これは?」
「戦時に使う防護隔壁、銃弾や小規模ミサイルなんかを防ぐヤツだよ」
「そういうことを訊いた訳じゃねぇんだがな」
既に皆のざわめきは高くなり、グラマン二佐も事態に困惑している。
「どういうことでしょうか?」
前の席から振り向いたクライヴが不安げな顔をして言った。二人も答えは持っていない。
それぞれがリモータリンクで他の区隊の知り合いなどから聞き及んだ結果、洩れてきたのは幹部学校ビルの全ての出入り口までが封鎖され、内側からも開けられない状態に陥っているということだった。つまりこのビルは物理的に完全閉鎖空間になったという訳である。
教室内の空気が共振し、直後、サンドル=ベイル学校長の声が流れ出す。
《諸君、落ち着いて行動せよ。現在原因を究明中であるが、コンピュータウイルスによって管理中枢コンがディフェンス・コンディションを誤認した可能性が高い。これは現実のデフコン状態ではないので安心したまえ。ついては現状復帰するまで各隊員は居室にて待機とする。居室にて待機。――以上だ》
寝惚け眼を擦りつつシドは立ち上がった。ホッとした顔のクライヴとハイファも席を立つ。ガタガタと椅子を鳴らして皆が教室を出た。
「ずっと端末にはイカれてて欲しいもんだぜ」
そう言ってシドは廊下に出ると煙草を咥えて火を点ける。
「『居室にて待機』だよ、シド」
「一本くらい吸わせろよ」
悠々と一本を灰にすると、そこにはもうシドとハイファしかいなかった。
「ねえ、別室コンが『炙り出し』を始めたんだと思う?」
「たぶん、そうだろうな。この先に何を仕掛けたのかは知らねぇが」
エレベーターまで歩き、乗り込むとシドは一階のボタンを押した。
クライヴの向かいに腰掛けながらシドが訊いた。
「よう、銀堂はどうした?」
「何だか寝込んじゃったみたいなんです。熱もあってベッドから出られなくて。風邪でも引いたのかも知れないです」
「医務室には行ったのか?」
「それはまだ……グラマン区隊長に熱発就寝の発振だけはしましたが」
「そうか、そいつは淋しいな」
冷えて風邪を引いたのかも知れないが、昨夜の無理が祟ったのは間違いないだろう。サイキは便利なだけのものではないようだ。そして銀堂がいないときに限って女性陣が三人を囲む。シドの隣がオードリー、ハイファの隣はシェリーだ。
この距離感ならシェリーのブラックボックスの蓋も緩むかも知れない。銀堂は惜しいことをしたな、などとシドは考えながら旺盛な食欲でプレートを空にした。
クライヴより早くトレイを返却し、途中のオートドリンカでスポーツドリンクを二本買い込むと、居室に戻る前に二七〇一号室に声を掛ける。オートドアのロックをリモータで解いた銀堂はかなり憔悴していた。見舞いのドリンクをキャビネットに置くと、特に話すこともなくシドとハイファは隣の居室に戻る。
一コマ目は座学なので制服に着替えた。昨夜のうちに整備した銃も身に着ける。相変わらずシドは二丁のフル装備だ。
「重たくないの?」
「慣れた。それより戦闘心理学か。また眠たくなりそうな予感がするぜ」
「もう立たされるのはヤだからね」
「だから俺のせいにするのはよせって」
十五階のD教室に移動し、シドはギリギリまで煙草を吸ってから、いつもの最後列の席にハイファと陣取った。教官はヒュー=グラマン区隊長だ。
「グラマン二佐も明日のクーデター賛同者なんだよね」
「たぶんな。教官だけじゃねぇ、この中にも改変映像で洗脳されたことにも気付いてない奴がどれだけいるか――」
「巣立ってから芽吹かせる訳にはいかない、それだけは避けなきゃ」
連続で起こる事件の影響も考慮して実技訓練は暫くの間全面的に中止とされ、座学ばかりが組まれていた。それらをシドは寝て過ごし、昼になって二十階の食堂に行ってみると銀堂が独りで食事をしていた。
向かいに腰掛けてみると銀堂の顔色はまだ悪かった。
「具合、良くないみたいだね」
「それほどでもないんだが、サイキをああいう形で使うことは滅多にないからな」
「言ってくれればPXから差し入れしたのに」
PXとは軍内にある売店だ。post exchangeの略で元は酒保を意味していた。
「そこまで重病人じゃない」
「クライヴはどうしたんだ?」
「さあ、俺は寝てたからな。十階の食堂じゃないか?」
「そうか。あんたは午後も熱発就寝だな」
「戦列を離れてすまん」
「充分戦ったんだ、養生してくれ」
午後も勿論座学、休憩時間以外はずっと眠り続け、今また本日最後の授業が始まるなり寝る態勢に入ったシドを呆れてハイファが眺める。
「よくもそれでご飯が食べられるよね」
「それは言葉通りの意味か、それとも血税に対する姿勢への意見か?」
溜息をついたハイファはグラマン二佐の指示で端末操作をした。が、ホロモニタはふいに動作を止める。数秒間フリーズしたのちに緑色に光る数列が一面に現れ、流れ始めた。
「ちょ、何これ。シド、貴方の方は?」
「んあ?」
身を乗り出してハイファがシドの端末を操作するも、同じく数列の雨である。その頃には教室内の人員がざわつき始めていた。グラマン二佐が操作する3Dモニタもアウトだ。
「静かにしろ! ……ウイルスでも拾ったか?」
ヒュー=グラマンがリモータ発振して情報収集したが、どうやら他の教室でも同じ現象が起こっているらしい。
そのとき窓の外で外部隔壁が一斉に下りた。金属製のシャッターがガシャンと音を立てて閉まる。教室内は昼間であってもライトパネルが点けられているが、相対的にいきなり夜になったような気がしてシドは違和感に首を傾げた。
「何だ、これは?」
「戦時に使う防護隔壁、銃弾や小規模ミサイルなんかを防ぐヤツだよ」
「そういうことを訊いた訳じゃねぇんだがな」
既に皆のざわめきは高くなり、グラマン二佐も事態に困惑している。
「どういうことでしょうか?」
前の席から振り向いたクライヴが不安げな顔をして言った。二人も答えは持っていない。
それぞれがリモータリンクで他の区隊の知り合いなどから聞き及んだ結果、洩れてきたのは幹部学校ビルの全ての出入り口までが封鎖され、内側からも開けられない状態に陥っているということだった。つまりこのビルは物理的に完全閉鎖空間になったという訳である。
教室内の空気が共振し、直後、サンドル=ベイル学校長の声が流れ出す。
《諸君、落ち着いて行動せよ。現在原因を究明中であるが、コンピュータウイルスによって管理中枢コンがディフェンス・コンディションを誤認した可能性が高い。これは現実のデフコン状態ではないので安心したまえ。ついては現状復帰するまで各隊員は居室にて待機とする。居室にて待機。――以上だ》
寝惚け眼を擦りつつシドは立ち上がった。ホッとした顔のクライヴとハイファも席を立つ。ガタガタと椅子を鳴らして皆が教室を出た。
「ずっと端末にはイカれてて欲しいもんだぜ」
そう言ってシドは廊下に出ると煙草を咥えて火を点ける。
「『居室にて待機』だよ、シド」
「一本くらい吸わせろよ」
悠々と一本を灰にすると、そこにはもうシドとハイファしかいなかった。
「ねえ、別室コンが『炙り出し』を始めたんだと思う?」
「たぶん、そうだろうな。この先に何を仕掛けたのかは知らねぇが」
エレベーターまで歩き、乗り込むとシドは一階のボタンを押した。
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