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第33話

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 一階で降りると一巡りする。何処の窓も防護隔壁が下り、内部から操作して出られる筈のドアも開かないのは本当だった。職員らが集まっていたが、どうしようもないらしい。

「まあ、別室コンのやることに抜かりはねぇよな」

 居室に帰ろうとエレベーターに戻ったが今度はエレベーターも動かなかった。

「これは学校サイドがパニックを恐れて操作したのかもね」
「くそう、あと五分動いていて欲しかったぜ」
「二十七階分、いい運動になりそう」

 階段の各階にも防護隔壁は下りていたが、ここについているドアは完全手動式なので閉じ込められる心配はない。延々と二人は階段を上った。
 ようやく二七〇二号室に戻るとオートドアが動いたことに感謝しつつ、シドは咥え煙草でポットに水を入れる。湯を沸かす間にハイファは端末と格闘だ。

「様子はどうだ?」
「今は別室コマンドでもダメ、弾かれた。何の情報も得られないよ」
「徹底してるな。直接リモータと別室コンをリンクさせられねぇのかよ?」
「距離的に近いから可能だけどEシンパスに捉えられると拙いから、それはパス」
「それもそうだな」

 沸いた湯でコーヒーを淹れ、マグカップをハイファに手渡した。

「ありがと。……でもこれからどうやってEシンパスを炙り出すんだろうね?」
「さあな。コンの考えることなんか凡人の俺には想像も――」

 オートドアから呼び出すチャイムが鳴った。ピンポンピンポンと五月蠅い。

「分かった、分かった。誰だよ、いったい」

 開けてみると、そこにはモップを持った掃除のオバチャンが立っていた。

「どうしたってんだ、オバチャン」
「あんたたちに届け物だよ。昼に焦げ茶のネクタイの男から預かったのさ」

 突き出されたこぶしからシドの掌にMBが一個落とされる。

「確かに渡したからね」
「ああ、サンキュ」

 オバチャンは二人を眺めて「むふふ」と笑い、去っていった。

 シドはMBをハイファに渡す。ハイファは五ミリ角のキューブをリモータの外部メモリセクタに入れ、フォルダを開いた。

「ふうん。これ、暗号解読ソフトみたいだよ」
「そいつを通して端末の数列から何かを読み取れってことか?」
「たぶんね」

 端末にリモータのリードは繋いだまま、ハイファはMBを外部メモリセクタに入れて操作する。これで端末の画面が正常に戻った。次にファイルを開くと配線図のような図形が現れた。

「何だ、これ?」
「この緑のマーク、これが幹部学校ビルの全端末の位置を示してるんだよ」
「黄色の点灯と点滅は?」
「点滅が端末起動中。点灯が何らかの操作をしてるってこと」
「ウイルスを駆除して名を上げようって奴らが奮闘中か」

「らしいね。でも別室コンが相手だもん、まず無理だと思うよ」
「でもEシンパスなら破るかも知れない、そうだろ?」
「マークが赤くなったら、そこがEシンパスの居室って訳」

 トラップとしては単純である。だが構築したのが人ではないことに意味があるのだ。

「けどさ、これだけでEシンパスは動くか? わざわざ目立つことは避けるだろ」
「そうだよね。ウイルス駆除なんてEシンパスは何の得もしないよ」
「他にも何か仕掛けがあるんじゃねぇのか?」
「それはこっちのファイルかも……これも暗号ソフトだ。さっきの数列かなっと」

 新たに煙草に火を点けながらシドはハイファの作業を見守った。

「ええと……出た。フォボス第一艦隊がテラ本星上空に到達するまで、あと二時間二十二分十七秒、十六秒、十五秒――」
「何だ、それ。ここで何でフォボス第一艦隊なんだよ?」
「フォボス第一艦隊は本星セントラル基地の幹部学校を敵性エネミーと判断。ミサイルにてこれを撃破するため、ホームの火星の衛星フォボスから本星に向けて航行中だってサ」

「――で?」
「本星上空に到着次第、巡航ミサイルを発射予定。発射から三分十八秒で着弾」
「着弾して、このビルは木っ端ミジンコってか?」
「うん。すっごいプランだよね」

「元から断っちまおうってか? やるな、別室コンも」
「本当だよね。わーい、任務完了まであと少し~っ!」
「『わーい』って、ちょっと待て、待て待て待て!」

 リードを繋いだままの左手でカップを口に運ぶハイファをシドはじんわりと見た。

「それは本当にEシンパスをカモるための、別室戦術コン内のシミュレーションなんだろうな?」
「って、まさか本当にミサイルが降ってくるなんて思ってる?」
「コンの考えることだ、俺たちが思いもつかない突飛なことをやらかすんじゃねぇかって、俺はちょっぴり随分マジで不安になってきてるんだがな」

「大丈夫だよ、少なくとも室長が了解したプランなんだから」
「別室長の野郎が了解したから危ねぇんだって! あいつはブラフのフリして本気だぞ!?」

 二人は顔を見合わせた。
 思い立ってシドは廊下に繋がるオートドアを開けてみる。開かない。

「くそう、閉じ込められた。他に判断材料はねぇのか?」
「うーんと、これかな……基地から一〇一保安中隊が完全武装の上で派遣されて、このビルを取り囲んでる。ちなみにミサイルは他への被害を押さえつつ目的を達するため、バンカーバスター式のC五〇九型を二基発射予定、あれ、これも違うし――」
「――もう、いい」

 何れにせよ数列の暗号を解いているであろうEシンパスが動き出してからが、自分たちの勝負なのだ。与えられた端末から別室コンへ、別室コンからミサイル発射命令を取り消すように動けばマークが赤くなる。

「二十時にフォボス第一艦隊が到着か、長いな。晩メシも食いっぱぐれたし」

 コーヒーを一気飲みしたシドはタイを緩めてベッドに寝転んだ。灰皿まで持ち込んで仰向けで煙草を吹かす。

「寝煙草は良くないよ」
「五月蠅いこと、言うなって」

 それでも起き上がるとあぐらをかいて灰皿を手にした。立ってコーヒーのおかわりを淹れたハイファからマグカップを受け取る。

「Eシンパスが遠隔操作でよその部屋の端末を弄ることはねぇのかよ?」
「よそのを使ったり、プロキシを通すように数ヶ所を弄ったりする可能性はゼロじゃないけど、誰も知らない筈のミサイル攻撃を躱すのに、そこまでの用心はしないんじゃないかな」

「可能性を追求すればキリがねぇか」
「これで掛からなかったら、僕らの手には負えないよ」
「銀堂より強い別室サイキが総員面接だな」
「ああ、そういう方法もあるよね」

 ゆっくりと時間は過ぎ、コーヒーで腹を満たしながら、小さな灰皿も許容量いっぱいに近づく。第一艦隊の到着までカウントダウンは十分を切った。

「そろそろ何らかのアクションがあってもいいよな」
「うーん、動かなかったらどうしよう……あっ!」

 殆どの学生がウィルス駆除を諦めて配置図が殆ど緑に染まった中、黄色の一点が赤くなる。
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