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第34話

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「何処だ!?」
「……嘘、二七〇一号室、隣だよ!」
「って、まさか?」
「別室戦術コン、戦略コンにも侵入!」
「ドアは……開いた。行くぞ!」

 隣のドアの前に立って、二人は暫しためらった。だが考えてみればこれほど動機のある人物もいないと思わざるを得なかった。
 ドア脇のパネルにシドが呼び掛ける。

「銀堂、シドだ。開けてくれ」

 オートドアはすんなり開いた。シドとハイファは旧式銃を手にして飛び込む。

「クライヴ=ベイル、そこまでだ!」
「少し待って貰えませんか? 第一艦隊もミサイルも本物みたいですから、処理しないと」

 デスク端末に向かったまま、クライヴは普段と変わらない口調で言った。椅子に腰掛けた小柄で痩せた背に、ベッドに座った銀堂が強い視線を向けている。
 既にサイキ戦は始まっていたのか、銀堂の額には汗が浮かび顔色は青ざめていた。

「もしかして銀堂は気付いてたの?」

 二人が銃口を向け、やや気を緩めることができたらしい銀堂が頷く。

「すまん。昨日、テレポーターが自決する前に吐いた」
「何で言わなかったんだよ?」
「俺も、まさかと思った。確たる証拠が欲しかった」

 くるりと椅子を回転させ、クライヴがこちらを向いた。いつもと同じ気弱そうな笑みを浮かべて口を開く。

「銀堂くらいのテレパスでも、あなどれませんね。ブロックした思考を一日破ろうとしていたら消耗しちゃいました。この僕が端末の遠隔操作もできない。三人同時に操るのは無理ですから安心して下さい」

 本当にこれがギルド級のEシンパスなのかと、シドはまだ信じられぬ思いだった。
 だからといって銃口を揺るがせはしない。

「いつ、ギルドと関わった?」
「クロノス星系のレアにいたときです。誰もから見下げられ、幾ら努力しても父にさえ見放すような言葉しか掛けられない毎日で、僕に力があるのだと認めてくれた」

「親父のサンドル=ベイルはあんたのサイキを知っているのか?」
「勿論です。でもこんな力など軍人には不要だと、ひとことで斬り捨てられましたが」
「復讐したかったのか?」

「そうですね。何処までも僕を認めようとしなかった父を陥れてやりたかった」
「ギルドに言われてやった訳じゃねぇのか?」
「ギルドに要請されたのは、幹部の卵にテラ連邦への反逆心の芽を植え付けることだけです。やり方は自由だったので補習用の映像に細工をさせて貰いました」

「クーデター計画は?」
「御存知でしたか。それこそ父への僕の復讐ですよ。女性問題と軍への反逆……最低の方法で父を軍から放逐してやりたかったんですが、こうなったらもう駄目でしょうね」

 淋しげにも見える笑顔が妙に透明だった。本当に淋しいのかも知れない、このサイキ持ちは人の心を読めるだけに、自分を理解してくれると信じられる人間に出会えなかったのかも知れないと、シドは感じた。

 それでも許せることと、そうでないことがある。

「何故、映像MBの運び屋をシェリー=デュナンにやらせた?」
「勿論、偽装と父を女性問題で陥れるためですが……入校当初から僕が何かにつけて『トロい』だの『鈍臭い』だのと嘲っていたのが彼女でした。小柄な女性である彼女でもこなせることを、僕がいつも手間取っていると。付け加えれば、洗脳の手法に補習映像を使ったのも似た理由です。まともに授業も聞いていないような奴が、僕を嗤って溜息をつく」

 ジムで鍛えようとしてできたのだろう、掌の潰れたマメを眺めながらクライヴは独白した。

「溜息が堪らなく嫌でした。皆が僕の前で溜息をつく。『可哀相に』と。『仕方がない』と」
「ヒュー=グラマンも、皆も、あんたの努力を認めていたんだぞ?」

「溜息のあとに、です。自分よりも格下の僕に対して、上から目線で『こいつのことだから仕方ない』ってね。……ねえ、シド。どうしたら僕が五十キロの物を担いで行軍できるんですか? どうしたら百メートルを十二秒で走れるんですか?」

「クライヴ。何であんたは自分の欲しい生活を得る努力をしなかったんだ? 無い物ねだりをしなけりゃならないところに自分を追い込んだのは、テメェ自身じゃねぇのか?」
「簡単に言わないで下さい。父の、他人の、周囲の心は皆、僕にとってはヤスリのようだった。逆らうたびに僕は削られてゆく……人の形すら失ってゆく――」
「だから、人を思うがままに操ったのか? 誰より高い、神の目線で」

 怒りを溜めたシドの低い声に、クライヴは今までなかった強い目をしてみせた。

「だったらどうしますか、この僕を。そう、人を凌駕する力を持った僕を」
「超越者にでもなったつもりなのか?」

 クライヴは微笑む、プライドを懸けて。それは哀しいまでに孤高な笑みだった。

「あんたは自分を理解し得るのは仲間だけ、ギルドだけだって思ってねぇか?」
「別にそこが神の国とまでは思っていませんよ」
「だがギルドはあんたを迎えにこないぜ」

 銀堂の思考を読めなかったクライヴは、少し驚いたように緑色の目を瞠る。

「そう……ですか、僕もデッドエンドとは」
「いやに諦めがいいじゃねぇか」
「もう削られるのは沢山ですから……汎銀河法でサイキによる殺人は死刑でしたよね?」
「やめろ、クライヴ。あんたは誰も殺しちゃいない」

「フェリクス=バーレ候補生が傷害致死事件を起こしています。それにバディだったジョアンは自殺しました」
「……クライヴ、端末に触れるな」
「死ほど平等なものはないですね。一旦止めた第一艦隊のミサイル照準を再び開始すれば、三分十八秒後には、あの父にも、僕にも同じ――」
「クライヴ!」

 叫ぶと同時にシドとハイファは発砲していた。こもった撃発音が室内に響く。九ミリパラと四十五口径弾はクライヴの両肩を砕く筈、しかし床に倒れたのは銀堂だった。背の二ヵ所から血を噴き出させている。

「銀堂!」

 叫んだハイファとともにシドは倒れた銀堂に駆け寄った。溢れる血がオリーブドラブのTシャツを黒く染め変えていく。椅子を蹴って立ち上がったクライヴが呆然と訊いた。

「どうして……銀堂」

 本当に、心底不思議そうに囁いたクライヴに、銀堂は声を絞り出して答えた。

「俺には、お前が分かるからだ……誰よりも、テレパスのお前が、分かるからだ」
「僕が分かる? 僕は貴方の部下を殺した、それなのに……嘘だ!」
「いや、分かる……お前は、神じゃない。誰よりも、人間らしい……だが、神だ」
「……っ!」

 アンビヴァレントな銀堂の言葉に、息を呑んでクライヴは動きを止めていた。まるで胸を撃ち抜かれたかのように、クライヴ=ベイルは衝撃を受けて立ち竦んでいた。

「償え、お前なりの、神としてのやり方でいいんだ……生きて、償え……俺たちには、幸い、時間もある」

 そう言って銀堂はシドの手を借り、僅かに上体を起こして碧い目をクライヴに向け、笑ってさえ見せた。怯えたように凝視し続けるクライヴに太い笑みで頷いて見せる。

「お前は、神だ……忘れるな、哀れむことを――」

 無言でクライヴが頷くのを見取り、銀堂は満足したように目を瞑った。途端に縋るものがなくなったかの如く、クライヴは酷く不安げな表情でシドとハイファを交互に見る。

「ハイファ、救急機要請! クライヴはこのビルの管理中枢コンを操作、外部への通路確保及び防護隔壁とエレベーター使用規制を解け、急げ!」

 鋭いシドの声に、弾かれたようにクライヴが端末に向かった。リモータで屋上への救急BEL要請をしたハイファは銀堂のバイタルサインを看ているシドに目で問う。

「意識は飛んだが、脈も呼吸も大丈夫だ」
「そっか。……あっ、僕は別室に連絡しなきゃ」
「そういや別室、あのユアン=ガードナーの野郎、マジでミサイル照準しやがって!」
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