5 / 53
第5話
しおりを挟む
「うーん、ここでコレにお目に掛かるとはね」
呟いたハイファにシドも溜息混じりだ。
「こんなモン使うのはポリアカ以来だぜ」
「当たれば結構痛いんだよね、場所によってはアザくらいできちゃうし」
「お前ハイファ、絶対、顔なんかに被弾するなよ」
「みんなを信じるしかないよ」
どういうシチュエーションを想定したものか勝手に全員参加が決められていて、それこそ互いの腕と判断力、更には自分の日頃の行いを信じるしかないのであった。シドに至っては対衝撃ジャケットまで脱がされて、どうにも嫌な予感を抑えることができない。
ふと視線を感じてシドは、統括本部長に付き従うように立っているヴィンティス課長を振り向いた。目が合うと青い目は憂いを湛えていて、互いに二年以上も前のハンドグレネード爆発事件を思い浮かべていることが分かる。付き合いも長くなるとテレパス並みだ。
「シド、頼むから新しいバトルフィールドまで粉砕しないでくれたまえよ」
「俺がやった訳じゃないのは、課長も御存知でしょう」
「だが取り付けられていた時限装置を作動させたのはキミだ」
「じゃあ何ですか、処理場まで保たないアレをどうしたらよかったんですかね?」
「う……む、過去はもういい。とにかく気を付けてくれ」
今週も記録的な数値をマークした七分署管内の事件発生率に頭と胃を痛めるヴィンティス課長は、その事実を統括本部長に報告しただけで既に疲れ切っているようだ。
「そんなに心配なら、課長も参加したらいいじゃないですか」
何気ないシドの科白で全員が振り向きヴィンティス課長を注視した。課長は少々仰け反った。統括本部長までが自分に視線を注いでいるのに気付き、エドワード=ヴィンティスは無言の圧力に追い詰められる。
「あー、いや、それはだな――」
「エドワードくん、是非とも参加したまえ」
「……はい」
◇◇◇◇
息を殺してシドはドア向こうの気配を窺った。何も感じられない。ハイファに合図し、下がらせて自分の背に庇った。ドアノブに手を伸ばして開ける。開かない。
だが手にした銃はいつものレールガンではない、コンパチ・シリルである。上下の蝶番にぶち込んで蹴り開ける訳にはいかないのだ。そこでシドはハイファが止める間もなく、後半部分だけ実行した。
つまりは力任せに蹴り開けたのだ。鍵の掛かった合板のドアが壊れて吹っ飛ぶ。
「わあ、やっちゃった!」
「いいから行くぞ、ハイファ!」
「ヤー!」
反射的に返事をしてしまいハイファは後悔したものの、もう遅い。仕方なく飛び込んだ部屋にシドと背中合わせで立ち、全方位警戒。見取ったのは女性が住んでいたらしき室内の仕様で、ベッドにクローゼット、鏡台などである。どれも使われなくなってから随分と年月を経たような、触れば朽ちそうな風情だ。人はいない。
だが今にも鏡台に青白い顔をした女性が映るんじゃないのかな、などとハイファは薄気味悪く思う。次の瞬間、気配を感じて窓の方を注視した。外は闇、だがヒビの入った窓には無数の人の手が張り付いて蠢いていた。
思わずハイファは叫びながらシドに抱きつく。
「わあああ~っ!」
「デカい声、出すなよハイファ」
「う、ごめん。でもナニこれ、勘弁してよ、もう」
「いいから黙って索敵……うわああ~っ!」
上から降ってきたナニかにぬるりと顔を撫でられ、今度はシドが喚く。ハイファが確かめて見れば、それは古典的にもほどがある、今どきホロでもない実物のマネキンの頭部であった。ゴム紐でぶら下げられた長い黒髪が、びょんびょんと弾んでシドの頬を擦過したのである。
「くそう、バカにしやがって! さっさとこんな所から出るぞ」
しかし次の部屋ではド真ん中に棺桶が置かれていて、フラグ以外の何物でもないソレを無視して出ようとしたらフタが開き、中から現れたのはケヴィン警部だった。咄嗟に向けられた銃をハイファが撃ち落としたのみ、足は止めずに部屋をそのまま突っ切って階段を駆け下りる。
バトルフィールドから一抜けすることは叶わないが、とにかく建物のセットからは抜け出さないとロクな事が無い。
そうして階段を降りた所では段ボール箱が歩いていた。僅かに見える足はヤマサキのものだ。
錯視を上手く利用した何処だか分からない出口を探して、歩く箱とは反対に針路を取る。ここかと思ってシドが引き開けたドアの外にいたのは青い顔をしたヴィンティス課長、その刹那、シドはためらいなくトリガを引いた。
同時にシドも腹にダブルタップを食らう――。
互いに互いを認識した上で食らわせた速射で二射だが、何故に二射だったかといえば残弾がそれだけしかなかったからという理由に尽きた。
そこであちこちに埋められた音声素子から統括本部長の「状況終わり」なる声が流れた。
呟いたハイファにシドも溜息混じりだ。
「こんなモン使うのはポリアカ以来だぜ」
「当たれば結構痛いんだよね、場所によってはアザくらいできちゃうし」
「お前ハイファ、絶対、顔なんかに被弾するなよ」
「みんなを信じるしかないよ」
どういうシチュエーションを想定したものか勝手に全員参加が決められていて、それこそ互いの腕と判断力、更には自分の日頃の行いを信じるしかないのであった。シドに至っては対衝撃ジャケットまで脱がされて、どうにも嫌な予感を抑えることができない。
ふと視線を感じてシドは、統括本部長に付き従うように立っているヴィンティス課長を振り向いた。目が合うと青い目は憂いを湛えていて、互いに二年以上も前のハンドグレネード爆発事件を思い浮かべていることが分かる。付き合いも長くなるとテレパス並みだ。
「シド、頼むから新しいバトルフィールドまで粉砕しないでくれたまえよ」
「俺がやった訳じゃないのは、課長も御存知でしょう」
「だが取り付けられていた時限装置を作動させたのはキミだ」
「じゃあ何ですか、処理場まで保たないアレをどうしたらよかったんですかね?」
「う……む、過去はもういい。とにかく気を付けてくれ」
今週も記録的な数値をマークした七分署管内の事件発生率に頭と胃を痛めるヴィンティス課長は、その事実を統括本部長に報告しただけで既に疲れ切っているようだ。
「そんなに心配なら、課長も参加したらいいじゃないですか」
何気ないシドの科白で全員が振り向きヴィンティス課長を注視した。課長は少々仰け反った。統括本部長までが自分に視線を注いでいるのに気付き、エドワード=ヴィンティスは無言の圧力に追い詰められる。
「あー、いや、それはだな――」
「エドワードくん、是非とも参加したまえ」
「……はい」
◇◇◇◇
息を殺してシドはドア向こうの気配を窺った。何も感じられない。ハイファに合図し、下がらせて自分の背に庇った。ドアノブに手を伸ばして開ける。開かない。
だが手にした銃はいつものレールガンではない、コンパチ・シリルである。上下の蝶番にぶち込んで蹴り開ける訳にはいかないのだ。そこでシドはハイファが止める間もなく、後半部分だけ実行した。
つまりは力任せに蹴り開けたのだ。鍵の掛かった合板のドアが壊れて吹っ飛ぶ。
「わあ、やっちゃった!」
「いいから行くぞ、ハイファ!」
「ヤー!」
反射的に返事をしてしまいハイファは後悔したものの、もう遅い。仕方なく飛び込んだ部屋にシドと背中合わせで立ち、全方位警戒。見取ったのは女性が住んでいたらしき室内の仕様で、ベッドにクローゼット、鏡台などである。どれも使われなくなってから随分と年月を経たような、触れば朽ちそうな風情だ。人はいない。
だが今にも鏡台に青白い顔をした女性が映るんじゃないのかな、などとハイファは薄気味悪く思う。次の瞬間、気配を感じて窓の方を注視した。外は闇、だがヒビの入った窓には無数の人の手が張り付いて蠢いていた。
思わずハイファは叫びながらシドに抱きつく。
「わあああ~っ!」
「デカい声、出すなよハイファ」
「う、ごめん。でもナニこれ、勘弁してよ、もう」
「いいから黙って索敵……うわああ~っ!」
上から降ってきたナニかにぬるりと顔を撫でられ、今度はシドが喚く。ハイファが確かめて見れば、それは古典的にもほどがある、今どきホロでもない実物のマネキンの頭部であった。ゴム紐でぶら下げられた長い黒髪が、びょんびょんと弾んでシドの頬を擦過したのである。
「くそう、バカにしやがって! さっさとこんな所から出るぞ」
しかし次の部屋ではド真ん中に棺桶が置かれていて、フラグ以外の何物でもないソレを無視して出ようとしたらフタが開き、中から現れたのはケヴィン警部だった。咄嗟に向けられた銃をハイファが撃ち落としたのみ、足は止めずに部屋をそのまま突っ切って階段を駆け下りる。
バトルフィールドから一抜けすることは叶わないが、とにかく建物のセットからは抜け出さないとロクな事が無い。
そうして階段を降りた所では段ボール箱が歩いていた。僅かに見える足はヤマサキのものだ。
錯視を上手く利用した何処だか分からない出口を探して、歩く箱とは反対に針路を取る。ここかと思ってシドが引き開けたドアの外にいたのは青い顔をしたヴィンティス課長、その刹那、シドはためらいなくトリガを引いた。
同時にシドも腹にダブルタップを食らう――。
互いに互いを認識した上で食らわせた速射で二射だが、何故に二射だったかといえば残弾がそれだけしかなかったからという理由に尽きた。
そこであちこちに埋められた音声素子から統括本部長の「状況終わり」なる声が流れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる