特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する任務~楽園29~

志賀雅基

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第31話

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 ハイファと引き離されたシドはカーキの男二人の要求に従い、名乗って経歴を述べただけで必要以上の言い訳を一切しなかった。言っても無駄だと分かっている。尤もカーキの男たちもシドに何ら話を訊こうとはしなかった。椅子に座らせたシドを眺めているのみだ。

 だが取り上げられたリモータの解析くらいはしている筈で、惑星警察のときと同じく多少の時間は掛かっても、何れにせよ釈放パイされるだろうとシドは踏んだのだ。

 しかしその読みは外れた。いきなりシドが座った椅子をカーキの一人が蹴飛ばして倒したのだ。シドは電子手錠で後ろ手に縛められた状態、当然ながら受け身も取れずに左肩を激しく床にぶつける。かろうじて頭だけは庇ったが、その頭をもう一人がブーツの底で踏みつけた。

「うっ、く……チクショウ――」
「安心しろ、その綺麗な顔は傷つけないからな」
「あんたはベサートで一番人気になるだろうぜ」

 カーキの男二人は薄笑いを浮かべてシドを蹴り、黒髪を掴んで引き起こしては腹を殴った。容赦なく手足まで蹴りつけて男たちは嗤い、幾度かは電子手錠に高圧電流も流した。徐々に電圧を上げられてシドは何度か気を失いかけ、そのたびに蹴られる痛みで覚醒させられた。

 抵抗を封じた者へ、明らかな妬みからの一方的暴力は小一時間も続き、自力で立つことすら難しいくらいになって、やっと放り出される。意識すら朦朧として浅い呼吸を繰り返した。
 だが殴られ蹴られている間も心配だったのはハイファの身である。

「ぐっ……ハイファは、ハイファス=ファサルートは、どう、なった?」
「あっちは早々にお帰り願うからな、調書を取ったらパイだ」

 こういった暴力行為が横行しているのを外部に知られるのは拙いということかも知れない。聞いてシドはやや安心した。安心すると同時にこのまま一生ここの床に頽れていたい気分になったが、引っ立てられて取調室から移動である。動くと胸が酷く痛んだ。

 意識すらぼんやりと鈍ったまま通路に引き出される。すると目前のベンチにリモータも嵌めたハイファが腰掛けていた。そのハイファはシドの顔色を見るなり蒼白となる。だがカーキの二人はハイファにチラリと目をやったのみ、シドをエレベーターの方へと引きずり始めた。

「シド……シドっ!」
「ハイファ……待ってる、からな」

 かろうじて喉の奥からそれだけ押し出すと、シドは朦朧としたままエレベーターではなく脇のオートスロープに乗せられる。一階に下り引きずられた状態でロビーを横切った。

 エントランスの外には緊急コイルが駐められていて、後部座席に押し込まれるなり待機していたこれもカーキのドライバーの手動運転で発進する。辺りは思った通りの歓楽街で、バーやクラブにゲームセンターなどが建ち並んでいた。それも十分ほど走る間に内容はディープとなり、合法ドラッグ店やカジノに明らかな売春宿などが目につき始める。

 テラ連邦圏でカジノや売春は違法だ。だが建前を護り続ける太陽系から一歩出れば、何処の星系の惑星でも堂々と店を構えていることくらいシドも知っていた。
 そぞろ歩くそれらの客たちを割るようにして緊急コイルは突き進み、やがて歓楽街の電子看板や飛び出しては誘うホロ看板が途切れかけた頃、停止し接地した。

 ふらつくシドはまた引きずられるようにして後部座席から降ろされ、傍の建物を見上げる。小綺麗なホテルのような三十階建て程度のビルは、この辺りでは格段に高い建築物だ。
 エントランス前にはカーキの男が二名張り番をしていた。両者とも執銃している。

「こいつがベサートなのか?」
「精確にはクセラ第七ベサートだ。分かっていると思うが、以後あんたはここから出ることは罷りならん。せいぜいザインとしての役目を果たすんだな」
「ザインは一生、ここから出られねぇのか?」
「特別認可された保護者が一緒でない限りはな」

 それなら話は簡単だ。リチャードの『政治的な解決』などを待たずとも、ハイファが別室から特別認可に必要なものを送って貰い、シドの保護者になればいいだけのことである。

「いいから行くぞ、ザイン様」
「あんたは早めに眠っておかないと、昼間はそれこそ寝ているヒマなどないからな」

 カーキの二人は下卑た嗤いを洩らし、シドに肩を貸してホテルのようなベサートのエントランスをくぐった。入った所はやはりホテルに似た雰囲気のロビーで、だが人の気配はなく、軽やかなピアノ曲が空気を僅かに揺らしていた。

 あるものと云えば呼び出しベルの載った無人のカウンターと、壁際にずらりと並んだ端末のブースに幾つかの観葉植物の鉢植え、それにソファセットが幾つかだけである。二人の男たちは慣れた様子でカウンターのベルを鳴らして暫し待った。
 待っている間にシドはリモータと煙草にライターを返される。レールガンの行方を聞くとハイファに返却したとのことで少々の安堵を得た。電子手錠も外して貰う。

 五分ほど待ったか、白ブラウスにピンクの制服を身に着けた女性が二人で現れた。

「ご苦労様。あら、とんでもない色男じゃない」
「これは大した人気になりそうね。名前は?」
「……シド、若宮志度だ」
「ふうん、変わった名前だこと」

 笑いもせずに言った女性たちにシドは引き渡される。女性の一人がシドの右手首に細いリモータのようなものを嵌めた。形からして電子手錠の片手ヴァージョンだ。それを見届けてカーキの男たちは、また下卑た嗤いを残して去って行った。
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