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第43話
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子供が欲しいという女性の心理はシドにも分からないではない。だがパートナーがいるのにベサートに何年も通いつめる女性がいるのは、そのフェロモンに誘引されてのことかも知れないとシドは考えた。そこでハイファに更に訊く。
「じゃあさ、ザイン器官とヒト誘因フェロモンの存在は、このクセラ星系の誰もが知ってるレヴェルの情報なのか?」
「どうだろうね、僕がハックしたのも星系政府厚生局の内部資料だし、その他では今のところ検索してもヒットしなかったし。知ろうとすれば絶対手に入れられない情報ではないけれど、この星系で普通に暮らしてる人たちが、当たり前に持ってる知識ではないと思う」
「ふうん。偶然知った何らかの組織がフェロモン目当てに人肉商売してる……いや、違うな」
独り言のように呟いたシドにハイファは首を傾げた。
「どうして違うのサ? マフィアとかがヒト誘因フェロモンか、エグい話だけどザイン器官そのものを売るためにザインを誘拐したんじゃないの?」
「考えても見ろ、このクセラ星系に於いてザインは貴重でありながら、ある意味、忌み嫌われているんだぞ。そんなザインの象徴と言えるフェロモンだのザイン器官だのを欲しがる男が、この星系内にいると思うのか?」
「女性を引っ掛けるにはいいんじゃない?」
「それだけのために危ねぇ橋を渡るのか? バレればこの星系のことだ、厳罰が待っているに違いねぇだろ。ザインとしての利用価値もなく、生き恥を晒すことになりかねないんだぜ。ハッキリ言ってザイン以外にザイン器官なんか不必要だろうが」
「うーん、モテる男の超越理論にも聞こえるけど、この星のザインに対する男性の集団心理からすれば、確かにそれは言えるかも知れないね」
ならそんなものを誰が欲しがるのか。
まるでもう誰も必要としないのにザリガニを密輸し続けるような――。
「ハイファ、ザリガニだ!」
「えっ、何でそこでザリガニなのサ?」
「ザリガニは生きたまま密輸される。それを利用してザインを星系外に密輸してるんだ」
「ザリガニはザインに生命維持装置を取り付けるための偽装ってことだね?」
「ああ。そしてたぶんザイン器官はテラの金持ちどもが先を争って手に入れたがってるだろうぜ、色と欲に溺れたゲス野郎たちが、な」
「生かして密輸してザイン器官を自分に生体移植するってことかあ。うーん、やっぱり貴方ってば、すごいよね。ピタリと嵌っちゃったよ」
だがそこで二人は黙り込む。全ては推論でしかないのだ。それに恨まれ妬まれながらも貴重なザインである。彼らをベサートから引き出した挙げ句、運び入れるのは大使館なのだ。
これはテラ連邦にとっても、とんでもないスキャンダルになりかねない重大事だった。
「それでもやっぱり大使館員と組んだのは、マフィアか何かの組織じゃないの?」
「実働部隊はその辺りだろ。けどザイン器官の存在を知る立場にあって、なお且つ大使館員を信用させて動かすに値する大物がいる可能性は捨てられねぇよ」
「そっか。いよいよ大ごとになってきたみたいだね」
「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎。例によってまた『裏命令』ときたもんだ」
「室長は最初からザインの人身売買を察してて、ザリガニ釣りを僕らにさせたってこと?」
「当たり前だろ、あの野郎が本気でザリガニ釣りを目的にしてたとでも思ってるのか?」
「まあねえ、そう言われればそうかも」
今までの命令にもあった、その任務を遂行する過程で見えてくる本来の命令が。それによって一喜一憂させられてきた二人だったが、カードを最初から晒さない別室長ユアン=ガードナーにシドは怒り心頭だった。何せザリガニである。
暫し別室長を罵倒するシドを前に別室員ハイファは小さくなっている他ない。
「ごめんね、シド。でももう落ち着いてよ、躰に障るから」
「ふん、お前に謝られてもな。それよりアランたちをどうやって助けるかだ」
「何処から攻めたらいいんだろうね?」
「そうだな、まずはガストン銀河運送か」
「アランって人を運び出した? それだけで黒と見るのはどうかな?」
「他に手掛かりがない以上、そこから突くしかねぇだろ……チクショウ、もう少しベサートに潜入してたら何かは掴めたかも知れん」
「ちょ、貴方、あれだけの目に遭って、よくもそんなことが言えるよね」
女装までして助けたのに、今は刑事の目をしてそんなことをほざく男にハイファは本気で気を悪くした。それでも心配で堪らず、うっすらと汗を浮かべたシドの額に触れる。しっとりと熱が感じられた。夜になってまた熱が上がってきたらしかった。
「はーい、もう今日はいいから眠って。明日にしようよ」
「ん、それもそうだな」
「どうしたの、素直すぎて気持ち悪いなあ」
「気持ち悪くて悪かったな。ガストン銀河運送が絡んでる以上、敵はこの星系の有力者であるベン=リールと大使館員なんだぜ。お前は不完全なバディと組みたくねぇんだろ?」
「良くできました。じゃあ、寝ようか」
端末を片付けたハイファはガウンに着替え、シドの点滴パックを新しいものに差し替えると熱い躰の傍に潜り込んで添い寝した。自分とシドにキッチリと毛布を被せる。リモータで明かりを常夜灯モードにすると腕枕は我慢し、シドの左腕をそっと抱いて目を瞑った。
「じゃあさ、ザイン器官とヒト誘因フェロモンの存在は、このクセラ星系の誰もが知ってるレヴェルの情報なのか?」
「どうだろうね、僕がハックしたのも星系政府厚生局の内部資料だし、その他では今のところ検索してもヒットしなかったし。知ろうとすれば絶対手に入れられない情報ではないけれど、この星系で普通に暮らしてる人たちが、当たり前に持ってる知識ではないと思う」
「ふうん。偶然知った何らかの組織がフェロモン目当てに人肉商売してる……いや、違うな」
独り言のように呟いたシドにハイファは首を傾げた。
「どうして違うのサ? マフィアとかがヒト誘因フェロモンか、エグい話だけどザイン器官そのものを売るためにザインを誘拐したんじゃないの?」
「考えても見ろ、このクセラ星系に於いてザインは貴重でありながら、ある意味、忌み嫌われているんだぞ。そんなザインの象徴と言えるフェロモンだのザイン器官だのを欲しがる男が、この星系内にいると思うのか?」
「女性を引っ掛けるにはいいんじゃない?」
「それだけのために危ねぇ橋を渡るのか? バレればこの星系のことだ、厳罰が待っているに違いねぇだろ。ザインとしての利用価値もなく、生き恥を晒すことになりかねないんだぜ。ハッキリ言ってザイン以外にザイン器官なんか不必要だろうが」
「うーん、モテる男の超越理論にも聞こえるけど、この星のザインに対する男性の集団心理からすれば、確かにそれは言えるかも知れないね」
ならそんなものを誰が欲しがるのか。
まるでもう誰も必要としないのにザリガニを密輸し続けるような――。
「ハイファ、ザリガニだ!」
「えっ、何でそこでザリガニなのサ?」
「ザリガニは生きたまま密輸される。それを利用してザインを星系外に密輸してるんだ」
「ザリガニはザインに生命維持装置を取り付けるための偽装ってことだね?」
「ああ。そしてたぶんザイン器官はテラの金持ちどもが先を争って手に入れたがってるだろうぜ、色と欲に溺れたゲス野郎たちが、な」
「生かして密輸してザイン器官を自分に生体移植するってことかあ。うーん、やっぱり貴方ってば、すごいよね。ピタリと嵌っちゃったよ」
だがそこで二人は黙り込む。全ては推論でしかないのだ。それに恨まれ妬まれながらも貴重なザインである。彼らをベサートから引き出した挙げ句、運び入れるのは大使館なのだ。
これはテラ連邦にとっても、とんでもないスキャンダルになりかねない重大事だった。
「それでもやっぱり大使館員と組んだのは、マフィアか何かの組織じゃないの?」
「実働部隊はその辺りだろ。けどザイン器官の存在を知る立場にあって、なお且つ大使館員を信用させて動かすに値する大物がいる可能性は捨てられねぇよ」
「そっか。いよいよ大ごとになってきたみたいだね」
「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎。例によってまた『裏命令』ときたもんだ」
「室長は最初からザインの人身売買を察してて、ザリガニ釣りを僕らにさせたってこと?」
「当たり前だろ、あの野郎が本気でザリガニ釣りを目的にしてたとでも思ってるのか?」
「まあねえ、そう言われればそうかも」
今までの命令にもあった、その任務を遂行する過程で見えてくる本来の命令が。それによって一喜一憂させられてきた二人だったが、カードを最初から晒さない別室長ユアン=ガードナーにシドは怒り心頭だった。何せザリガニである。
暫し別室長を罵倒するシドを前に別室員ハイファは小さくなっている他ない。
「ごめんね、シド。でももう落ち着いてよ、躰に障るから」
「ふん、お前に謝られてもな。それよりアランたちをどうやって助けるかだ」
「何処から攻めたらいいんだろうね?」
「そうだな、まずはガストン銀河運送か」
「アランって人を運び出した? それだけで黒と見るのはどうかな?」
「他に手掛かりがない以上、そこから突くしかねぇだろ……チクショウ、もう少しベサートに潜入してたら何かは掴めたかも知れん」
「ちょ、貴方、あれだけの目に遭って、よくもそんなことが言えるよね」
女装までして助けたのに、今は刑事の目をしてそんなことをほざく男にハイファは本気で気を悪くした。それでも心配で堪らず、うっすらと汗を浮かべたシドの額に触れる。しっとりと熱が感じられた。夜になってまた熱が上がってきたらしかった。
「はーい、もう今日はいいから眠って。明日にしようよ」
「ん、それもそうだな」
「どうしたの、素直すぎて気持ち悪いなあ」
「気持ち悪くて悪かったな。ガストン銀河運送が絡んでる以上、敵はこの星系の有力者であるベン=リールと大使館員なんだぜ。お前は不完全なバディと組みたくねぇんだろ?」
「良くできました。じゃあ、寝ようか」
端末を片付けたハイファはガウンに着替え、シドの点滴パックを新しいものに差し替えると熱い躰の傍に潜り込んで添い寝した。自分とシドにキッチリと毛布を被せる。リモータで明かりを常夜灯モードにすると腕枕は我慢し、シドの左腕をそっと抱いて目を瞑った。
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