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第19話
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「あ、この近くの学生向けマンションですね。行ってみますか?」
もう少しあの学生たちに話を聞きたい霧島だったが、強引な捜査で白藤署や県警本部にねじ込まれるのは拙い。ここは九十分を利用し住処のマンションを訪ねてみる手だった。
「ヤサ、所轄署がガサ入れしているかも知れんな」
「そっか、大学に訊けば住所くらい簡単に割れますもんね」
のんびりと歩いても十五分ほどの場所にそのマンションはあった。ありふれた学生用のワンルームマンションである。まずは管理人室を訪ねると、ランディ=フォードは契約もそのままで姿を消したこと、予想通りに今朝一番で家宅捜索が入ったことを聞かされた。
五階の部屋の前にも制服警官が二人立っていた。ここでも顔パスで入れて貰う。
「なあんにもないですね。ガサ入れで回収したのかなあ?」
「かも知れんが、それにしても生活感がないな」
がらんとした室内に私物は皆無、クローゼットに着替え一着すらなかった。ランディ=フォードことカール=フェリンガーは、その辺りは見事なまでのプロと云えた。
「指紋のひとつも残っていない方に一万円だな」
「僕は十万でもいいですよ」
「賭けにもならないか。ますます私の頭にぶち込まなかったのが不思議だな」
「プロは無用な殺しはしないとか」
「では何故私を落としたんだ?」
「貴方、逃れるために自分から飛び降りたんじゃないですか?」
「あの五人の証言は?」
「ですよね。うーん」
首を捻りつつ部屋を出た。制服警官に労いの声を掛けておいて大学に戻る。食堂の建物近くのベンチに陣取り傍の自販機で温かい缶コーヒーを二本買った。
缶コーヒーを飲みながら霧島はまた煙草を吸っていた。コンビニで貰った使い捨てライターで火を点けると、あとはチェーンスモーク状態である。
そうしながらもやはり京哉とは少々の間隔を空けていた。京哉も一本吸いつつコーヒーを飲んで時間を潰すと、十一時四十分になって腰を上げた。
再び五人を捕まえるためP6教室へと向かう。
薬学部棟の六階に上がると早めに講義を終えて複数の教室から出てきた学生たちで廊下と階段、エレベーター付近はごったがえしていた。階段を上りきった辺りで霧島と京哉の間にも学生が割り込み進むのが困難となる。これはちょっと失敗だった。
「おい、P6教室は?」
「まだ……今、開いたみたいです。でもこれじゃ探せませんよ」
「メアドを訊いておかなかったのは拙かった……うわっ!」
誰かの手が人波の中から伸びてきて霧島を突き飛ばした。片腕を吊った霧島はバランスを崩して一歩、二歩と後退し、更に押されて後ろ向きに階段を踏み外す。
「忍さん……忍さんっ!」
何事かと人波が割れて却って静かになった中、階段の半ばで倒れている霧島に京哉は駆け寄った。霧島は右腕で上体を起こすと頭を振る。軽い脳震盪かも知れない。
「痛っ……何なんだ、いったい?」
「それはこっちの科白ですよ。大丈夫? 何処か痛くないですか?」
「痛いと言っている。くそう、誰かがわざと突き落とした」
「えっ、嘘、誰が?」
「分からん。ふざけるなよ……痛てて」
「ここの医務室でも行った方がいいんじゃないですかね?」
差し伸べた京哉の手を借りずに霧島は立ち上がり、自分をぐるりと取り囲む学生たちを一人一人、走査するように見つめた。見られた学生たちは疑われるのを避けるように視線を外し足早に階段を下り出す。再び人波が流れ始めた。京哉はひたすら霧島の心配だ。
「忍さん、医務室に……」
「医務室はいい、それよりこっちだ」
方向転換し階段を下り始めた霧島を京哉は慌てて追う。霧島が長身なので幸いだ。
「忍さん、何処に行くんですか?」
答えず霧島は先に行ってしまい、見失うかと思った矢先に一階まで下りきった階段のふもとで足を止めた。滝のように流れてくる学生たちを避けて階段の脇に佇む。
追い付いた京哉は自分を待っていてくれたのかと思ったが、切れ長の目は他のものを捉えて階段に向けられていた。
視線を辿るとそこには上階から降りてくる今井英俊と吉岡真理子の姿があった。英俊が真理子の手を取りエスコートでもしているようだ。
この人混みでさすがだと思ったものの京哉は一抹の淋しさを感じる。だがそんなことは顔に出さず、霧島と共に学生二人が降りてくるのを待った。
「もう少し話を聞かせて貰えるか?」
「……刑事さん」
驚きの声を上げて英俊は真理子と繋いだ手を離した。しかし予測していたのか意外な顔はしていない。真理子も同様だがこちらは暗い表情で足元に目を落としている。
「俺たち食事をしないと午後一発目の講義なんですけど」
「食いながらでも構わん」
「そんな……チッ」
梃子でも動かないといった霧島の態度に舌打ちした英俊は諦めたのか、二人を半ば無視して真理子を促し歩き出した。エントランスから出て学食の方へと向かう。
食堂でトレイを手にした英俊と真理子は、わざわざ横並びで二つしか空いていない席に腰掛けた。それでも霧島は引き下がらず彼らの隣に座った学生に声を掛け手帳まで見せて席を移動して貰う。退いた学生は英俊と真理子に奇異の視線を投げ去った。
結局は真理子の隣に京哉が、英俊の隣に霧島がトレイも持たずに座る。
却って失敗した英俊は渋い顔を隠さず、食事を始めながら不機嫌そうに言った。
「俺たちは怪我までした被害者だ。なのにこれじゃあ加害者みたいじゃないか」
「心当たりはないのか?」
「そんなもの、ある訳ないだろ」
「ランディ=フォードが捕まったとしても同じ事を言えるのか?」
「……どういう意味だ?」
「どういう意味だろうな?」
霧島の低い声に圧されて英俊の表情が怒りから戸惑いへ、戸惑いから怯えのようなものに変わるのを京哉もはっきりと見取る。同時に目前の真理子が凍りついたように身動きを止めていた。明らかに真理子は霧島と英俊の会話に恐怖を感じているのだ。
「何故、私が銃を撃ったことを警察に告げなかった?」
「刑事さんが銃を撃った……知らないな、そんなことは」
「見ていなかったのか?」
「ああ、見てないね」
それきり英俊は食事に集中しているふりで霧島を無視するのに必死らしかった。
一方の真理子は食欲もなさそうで僅かにトレイに載ったサラダを持て余している。
「ねえ、吉岡さん。怪我をしていない貴女なら見てたんじゃないですか?」
柔らかく訊いた京哉の方を見ず、真理子は視線を落としたまま聞き返した。
「……何をですか?」
「忍さんが、そっちの刑事が銃を撃ったのを」
「分かりません、見ていません」
声は小さかったがきっぱりとした物言いだった。
それ故に京哉は不審に思う。ランディが霧島を突き落とすのは見ていたのだ。
警察にはそう証言している。それに現場で霧島の行方を訊いた京哉に対して『落ちたんです』と告げたのはこの真理子で、このことからも恐怖に目を瞑っていた訳ではないのだ。
ならば何故、得にもならない嘘をつくのか。
じっと二人の学生を観察していた霧島が再び英俊に訊く。
「ランディ=フォードは怪我をして逃げた、違うのか?」
「知らない。奴はあんたを突き落として逃げた、それだけだ」
「落ちていた血液は全て分析された。医学部なら尚更この意味が分かるだろう?」
「……だから?」
「ランディ=フォードはあんたらの仲間じゃないのか?」
弾かれたように英俊が顔を上げて霧島を見た。何度か肩で息をして声を荒げる。
「そんな……そんなんじゃない……いや、違う。知らない、あんな奴!」
霧島が真理子と英俊を切れ長の目で射竦めるように見た。
「私を四階から突き落としたのはあんたらだな?」
もう少しあの学生たちに話を聞きたい霧島だったが、強引な捜査で白藤署や県警本部にねじ込まれるのは拙い。ここは九十分を利用し住処のマンションを訪ねてみる手だった。
「ヤサ、所轄署がガサ入れしているかも知れんな」
「そっか、大学に訊けば住所くらい簡単に割れますもんね」
のんびりと歩いても十五分ほどの場所にそのマンションはあった。ありふれた学生用のワンルームマンションである。まずは管理人室を訪ねると、ランディ=フォードは契約もそのままで姿を消したこと、予想通りに今朝一番で家宅捜索が入ったことを聞かされた。
五階の部屋の前にも制服警官が二人立っていた。ここでも顔パスで入れて貰う。
「なあんにもないですね。ガサ入れで回収したのかなあ?」
「かも知れんが、それにしても生活感がないな」
がらんとした室内に私物は皆無、クローゼットに着替え一着すらなかった。ランディ=フォードことカール=フェリンガーは、その辺りは見事なまでのプロと云えた。
「指紋のひとつも残っていない方に一万円だな」
「僕は十万でもいいですよ」
「賭けにもならないか。ますます私の頭にぶち込まなかったのが不思議だな」
「プロは無用な殺しはしないとか」
「では何故私を落としたんだ?」
「貴方、逃れるために自分から飛び降りたんじゃないですか?」
「あの五人の証言は?」
「ですよね。うーん」
首を捻りつつ部屋を出た。制服警官に労いの声を掛けておいて大学に戻る。食堂の建物近くのベンチに陣取り傍の自販機で温かい缶コーヒーを二本買った。
缶コーヒーを飲みながら霧島はまた煙草を吸っていた。コンビニで貰った使い捨てライターで火を点けると、あとはチェーンスモーク状態である。
そうしながらもやはり京哉とは少々の間隔を空けていた。京哉も一本吸いつつコーヒーを飲んで時間を潰すと、十一時四十分になって腰を上げた。
再び五人を捕まえるためP6教室へと向かう。
薬学部棟の六階に上がると早めに講義を終えて複数の教室から出てきた学生たちで廊下と階段、エレベーター付近はごったがえしていた。階段を上りきった辺りで霧島と京哉の間にも学生が割り込み進むのが困難となる。これはちょっと失敗だった。
「おい、P6教室は?」
「まだ……今、開いたみたいです。でもこれじゃ探せませんよ」
「メアドを訊いておかなかったのは拙かった……うわっ!」
誰かの手が人波の中から伸びてきて霧島を突き飛ばした。片腕を吊った霧島はバランスを崩して一歩、二歩と後退し、更に押されて後ろ向きに階段を踏み外す。
「忍さん……忍さんっ!」
何事かと人波が割れて却って静かになった中、階段の半ばで倒れている霧島に京哉は駆け寄った。霧島は右腕で上体を起こすと頭を振る。軽い脳震盪かも知れない。
「痛っ……何なんだ、いったい?」
「それはこっちの科白ですよ。大丈夫? 何処か痛くないですか?」
「痛いと言っている。くそう、誰かがわざと突き落とした」
「えっ、嘘、誰が?」
「分からん。ふざけるなよ……痛てて」
「ここの医務室でも行った方がいいんじゃないですかね?」
差し伸べた京哉の手を借りずに霧島は立ち上がり、自分をぐるりと取り囲む学生たちを一人一人、走査するように見つめた。見られた学生たちは疑われるのを避けるように視線を外し足早に階段を下り出す。再び人波が流れ始めた。京哉はひたすら霧島の心配だ。
「忍さん、医務室に……」
「医務室はいい、それよりこっちだ」
方向転換し階段を下り始めた霧島を京哉は慌てて追う。霧島が長身なので幸いだ。
「忍さん、何処に行くんですか?」
答えず霧島は先に行ってしまい、見失うかと思った矢先に一階まで下りきった階段のふもとで足を止めた。滝のように流れてくる学生たちを避けて階段の脇に佇む。
追い付いた京哉は自分を待っていてくれたのかと思ったが、切れ長の目は他のものを捉えて階段に向けられていた。
視線を辿るとそこには上階から降りてくる今井英俊と吉岡真理子の姿があった。英俊が真理子の手を取りエスコートでもしているようだ。
この人混みでさすがだと思ったものの京哉は一抹の淋しさを感じる。だがそんなことは顔に出さず、霧島と共に学生二人が降りてくるのを待った。
「もう少し話を聞かせて貰えるか?」
「……刑事さん」
驚きの声を上げて英俊は真理子と繋いだ手を離した。しかし予測していたのか意外な顔はしていない。真理子も同様だがこちらは暗い表情で足元に目を落としている。
「俺たち食事をしないと午後一発目の講義なんですけど」
「食いながらでも構わん」
「そんな……チッ」
梃子でも動かないといった霧島の態度に舌打ちした英俊は諦めたのか、二人を半ば無視して真理子を促し歩き出した。エントランスから出て学食の方へと向かう。
食堂でトレイを手にした英俊と真理子は、わざわざ横並びで二つしか空いていない席に腰掛けた。それでも霧島は引き下がらず彼らの隣に座った学生に声を掛け手帳まで見せて席を移動して貰う。退いた学生は英俊と真理子に奇異の視線を投げ去った。
結局は真理子の隣に京哉が、英俊の隣に霧島がトレイも持たずに座る。
却って失敗した英俊は渋い顔を隠さず、食事を始めながら不機嫌そうに言った。
「俺たちは怪我までした被害者だ。なのにこれじゃあ加害者みたいじゃないか」
「心当たりはないのか?」
「そんなもの、ある訳ないだろ」
「ランディ=フォードが捕まったとしても同じ事を言えるのか?」
「……どういう意味だ?」
「どういう意味だろうな?」
霧島の低い声に圧されて英俊の表情が怒りから戸惑いへ、戸惑いから怯えのようなものに変わるのを京哉もはっきりと見取る。同時に目前の真理子が凍りついたように身動きを止めていた。明らかに真理子は霧島と英俊の会話に恐怖を感じているのだ。
「何故、私が銃を撃ったことを警察に告げなかった?」
「刑事さんが銃を撃った……知らないな、そんなことは」
「見ていなかったのか?」
「ああ、見てないね」
それきり英俊は食事に集中しているふりで霧島を無視するのに必死らしかった。
一方の真理子は食欲もなさそうで僅かにトレイに載ったサラダを持て余している。
「ねえ、吉岡さん。怪我をしていない貴女なら見てたんじゃないですか?」
柔らかく訊いた京哉の方を見ず、真理子は視線を落としたまま聞き返した。
「……何をですか?」
「忍さんが、そっちの刑事が銃を撃ったのを」
「分かりません、見ていません」
声は小さかったがきっぱりとした物言いだった。
それ故に京哉は不審に思う。ランディが霧島を突き落とすのは見ていたのだ。
警察にはそう証言している。それに現場で霧島の行方を訊いた京哉に対して『落ちたんです』と告げたのはこの真理子で、このことからも恐怖に目を瞑っていた訳ではないのだ。
ならば何故、得にもならない嘘をつくのか。
じっと二人の学生を観察していた霧島が再び英俊に訊く。
「ランディ=フォードは怪我をして逃げた、違うのか?」
「知らない。奴はあんたを突き落として逃げた、それだけだ」
「落ちていた血液は全て分析された。医学部なら尚更この意味が分かるだろう?」
「……だから?」
「ランディ=フォードはあんたらの仲間じゃないのか?」
弾かれたように英俊が顔を上げて霧島を見た。何度か肩で息をして声を荒げる。
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