Hip Trap Network[ヒップ トラップ ネットワーク]~楽園23~

志賀雅基

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第4話

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 シドが予見した通りに気温は上昇し、半袖の者も多く見受けられる。

「こうして見ると、結構埋めてる人が多いよね」
「何を……ああ、ボディジェムか」
「そう。昨日のニュースでも大流行とか言ってたよ」

 言われてシドも目の前を往く、半袖ブラウスを着た二人の女性の腕を眺めた。その二の腕には綺麗にカットされた直径二センチほどの宝石が埋め込まれて、ともに光を弾いている。

 右の女性が緑の石、左の女性はピンクの石だ。
 と、そのピンクの石が輝きを増した。光が殆ど赤くなる。女性は辺りを見回し、すれ違いかけていた長身の男性と目を合わせた。男性は破顔して自分のプルオーバーの袖を引き上げる。肘の内側にオレンジ色の石が埋められ、こちらも脈動するかの如く輝いていた。
 笑顔で両者は立ち止まって喋り、互いのつれと共に揃って歩き始める。今から何処かにお茶でも飲みに行くという風情だ。

「ふうん、あれがセスシステムかあ」
「セスシステムって、結局何なんだよ?」
「あーた、今どきそんなことも知らないの? セスシステムっていうのはね――」

 ボディジェム、つまり躰に宝石を埋め込むことは、テラ本星では数年前から流行りだした。元は他星での流行だったのを誰が持ち込んだか、とにかく肌を露出することが多くなったこの時期になって爆発的に流行ることとなる。

「――で、そのボディジェムの特典が有機物で構成されるセス素子って訳だよ」

 人々はセス素子付きのボディジェムを躰に埋め込む。するとセス素子は埋め込んだ人間の生体エネルギーを使って宝石を輝かせるのだ。だがいつも輝かせるという訳ではなく、埋め込んだ者同士、バイオリズムの非常に近い人間と出会ったときにだけ、その現象が起こるという。

「ジェムを埋め込んだ者同士なら、相性のいい人間が分かるってことか」
「そうだね。さっき見たような出会いが訪れる、かも知れない」
「セスってのはどういう意味なんだ?」
「セシリアっていうのからきてる。古代ラテン語でケキリア、『盲目の』って意味だって、ちょっと前のニュースでやってたよ」

 Tシャツの袖から紫の石を見せた妙齢の女性をシドは目で追った。

「へえ、それにしても宝石屋は上手い商売を始めたもんだな」
「それは言えるね、ユーザー層も幅広いし。石のサイズは大きくても宝石としての価値は低いんだって。でもセス素子のお蔭で普通なら売れないクラスの石がもう品薄なんだってサ」

「恋愛占いもここまできたって感じだな」
「まあ、占いとは少し違うけど、リモータを着けた側の腕にジェムを埋めた方が『出会える』可能性が高いとか、そういったことも噂で広まってるみたいだね」

 露店で売っているボディジェムをハイファは眺めた。こういった所から本格的な宝飾店までがボディジェムを並べ、契約する専門の医療機関での処置料込みで売っているのだ。

「僕と貴方が埋めたら、すっごく光って綺麗かもよ?」
「だめだ。お前を埋めるのは俺だけ、石なんかには埋めさせねぇよ」

 そう言ってすたすたと歩いていくシドを、ハイファは紅潮した顔を見られまいと俯きながら追いかけた。ようやく追いついて愛し人の左手を握る。
 案の定、振り解かれた。

「七分署の誰かに見られたら……じゃねぇ、周囲警戒!」
「はぁい」

 署を出てから四十分ほどが経ち、辺りはアパレル関係の店舗が増えている。行き交うのも妙齢のご婦人が多く、シドにとっては気の抜けない地区だ。だが何度か周囲を往復するも幸い犯罪には出遭わず、時間を見計らって店舗と店舗の間のごく細い小径に入る。

 小径を抜けるとそこは裏通り、夜遊び専門の歓楽街だった。バーやスナックにクラブ、ゲーセンや合法ドラッグ店が林立している。けれどこの時間は我に返ったように静かだった。
 夜になって息を吹き返す店々は明るい日差しの下、殆どが電子看板を消してひっそりとうずくまっているようでもある。僅かにゲームセンターから若い声とゲーム機のBGMが聞こえ、合法ドラッグを売って店内のトリップスペースで愉しませる店が営業しているくらいだ。

 人通りもごく少ない道をシドとハイファは右方向に数百メートル歩いて立ち止まった。
 リンデンバウムの前には小さなイーゼルが置かれて『本日のおすすめメニュー』などが立て掛けられていたが、二人は注視することなくオートではない合板のドアを開ける。

 店内に入るとシドはさっさとカウンター、奥から三番目のスツールに座って煙草を咥え火を点けた。ハイファは更にその奥が指定席だ。
 水のグラスとお絞りが出され、シドがオーダーした。

「マスター、ランチふたつ」

 寡黙なマスターは頷きフライパンを温め始める。
 ここは二十四時間営業で夜はジャズの流れるバーだが昼間は軽食も出す。ランチが安くて旨いのとファストフード店のような喧噪と無縁なのが気に入って、シドは単独時代から、今ではハイファ共々常連になっているのだ。
 咥え煙草でリモータ操作を始めたシドの手元をハイファは覗き込む。

「何、また麻雀?」
「違う、『AD世紀の幻のプラモシリーズ』のカタログだ」
「これだけの高機能をゲームとカタログにしか使わないなんて」

「プラモの設計図だって読み込ませてるぞ」
「へえ、そうですか」
「好きでこいつを着けてるんじゃねぇんだ、ガタガタ言うな」

 左手首に嵌ったガンメタリックのリモータをシドは振った。惑星警察の官品に似せてはあるがそれより大型の、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの品だ。中身は惑星警察と別室とをデュアルシステムにした、別室カスタムメイドリモータである。

 ハイファと今のような仲になって間もないある日の深夜にこれは宅配されてきた。寝込みを襲うようにやってきたこれを、寝惚け頭のシドは惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし着けてしまったのである。気付いて外そうとしたときにはもう遅い。

 別室リモータは一度装着者が生体IDを読み込ませてしまうと、自分で外すか他人に外されるかに関わらず、『別室員一名失探ロスト』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すようになっているという話で迂闊に外せなくなってしまったのだ。
 まさにハメられたのである。

 その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥っても部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが信号を発するので、テラ系有人惑星の上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知し、捜して貰いやすいなどという利点もあった。

 おまけに様々なデータベースとしても、手軽なハッキンググッズとしても使えるという、まさにスパイ用便利アイテムだった。

「だからって刑事の俺が何でMIAの心配をしなきゃならねぇんだ? どうしてキィロックコードをクラックしてまで他人のBELを盗んで逃げ回らなきゃならねぇんだよ?」
「それは命が懸かったときには、それが誰のBELかなんて気にならないから……」

 醒めた目で見られてハイファは首を竦め、グラスの水を飲んだ。

「俺が平和利用するのに文句を垂れるな」
「文句垂れてる訳じゃないよ。でも貴方はどんなに文句を垂れても、外して外せないこともないそれを嵌めていてくれるんだよね」
「それは……誓ったからな」
「一生、どんなものでも一緒に見ていく。そうだよね?」

 シドは目で頷く。堕ちてしまった以上、危険な別室任務にハイファを独りで送り出すことができなくなってしまったのだ。惚れた弱みである。

「別室時代よりある意味危険な俺のバディをお前も降りずにいてくれるしさ」
「そうだよ。だからデカ部屋での僕という存在の立脚点を明らかに……」

 そこで救いの神・マスターがカウンター越しにプレートを差し出した。ハイファが受け取ってシドの分まで手早くセッティングする。今日のランチはワンプレートに豚肉のピカタとエビフライにサラダが載ったものとライス、カップスープはポタージュだった。

「おっ、旨そうだな。いただきます……熱っ!」
「誰も盗らないから、ゆっくり食べて」

 刑事という職業柄早食いになっているシドは、まるでフルコースのディナーの如く優雅に食すハイファになるべく合わせてプレートを空にする。
 一方の主夫ハイファは味覚からレシピの推定をしながら味わった。生野菜が得意でなく酸っぱいモノ嫌いのシドだが、ここの野菜サラダは何も言わずとも残さず食べるので、特にドレッシングは念入りに観察する。

 手先は器用だがキッチンでのシドはコーヒーを淹れるか酒を注ぐことくらいしかできない。料理のセンスと知識が皆無なのだ。それでキッチンは主夫ハイファの牙城となっている。

 カップスープも最後の一滴まで飲み尽くしてしまうと、ランチに付くドリンクは二人ともアイスコーヒーにした。サーヴィスでウィスキーの香るドリンクを飲みつつシドが煙草を二本灰にすると再始動だ。
 本日の当番にさせられたハイファがマスターとリモータリンクして千三百クレジットを支払うと二人は外に出る。そして同時に空を見上げた。

 相変わらず外は暑かったが少々雲行きが怪しくなっていた。

「ウェザコントローラ情報は何だって?」 
「ええと……」

 ハイファがリモータで素早くアクセスし、

「わあ、『十四時から十五時までの大雨を小雨に変更。但し雷に注意』だってサ。どうする?」
「現在時、十二時五十八分か。まともに降られそうだな」

 だからといって十五時まで茶を飲んでいられるシドではない。

「諦め肝心だ、出ようぜ」

 仕方なく二人は元きた道を足早に辿り始めた。表通りに出ると予報を知ってか少しだけ人波が薄くなったように感じる。傘を持ったご婦人方も多かった。

 こうして歩き回ってばかりいるシドだが、ヴィンティス課長への嫌がらせで歩いている訳ではない。歩いていなければ見えてこない犯罪から人々を護ろうと、少しでも『間に合おう』としているのだ。それをハイファも理解していて、日々一緒に靴底を擦り減らしている。
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