4 / 38
第4話
しおりを挟む
今週に入って六件目の狙撃逮捕の報を聞いたヴィンティス課長は、帰ってきた二人に外出禁止を申し渡したのち多機能デスクに沈没していたが、ようやく復活したようだ。今は哀愁漂うスーツの背を見せて窓外へとブルーアイを向けている。
「くそう、まだあと八枚かよ……」
咥え煙草で器用に唸ったシドは、ペンを持っていない手で未記入の報告書類をペラペラと捲った。その薬指に自分とお揃いのリングが光るのを見てハイファは微笑む。
互いに十六歳で出会って以来、実らぬ想いを抱えていた七年間は本当に長かった。あの頃はまさかデスクで眠るシドを見られるとは思ってもいなくて、つい嬉しくて三時間も寝顔を眺めてしまったのである。
けれど愛し人は未だに職場ではハイファとの仲を認めようとはしない。自分から、物のついでの如く購入してきてペアリングを嵌めたクセに、なお強情にも姿勢を変えないのはいっそ天晴れだと呆れた。本人もペアリングまで嵌めて否定するのは矛盾していると解ってはいるらしい。
だが頑固な性格は変えようもなく機嫌を損ねてリングを外されるのも淋しいので、それについてはハイファもなるべく触れないように気を付けている。
何れにせよ、照れ屋で意地っ張りの男に惚れた自分の負けなのだ――。
そんなことを考えつつ自分のリングをなぞっていると、何処からかヤマサキとマイヤー警部補のバディが帰ってくる。シドの左隣に着地したヤマサキが馬鹿デカい声で言った。
「シド先輩、とうとう一週間連続狙撃逮捕を成し遂げたって聞いたっスよ。おまけに今週あと一発でも撃てば、三週連続発砲と始末書二桁の大台グランドスラム達成って話じゃないっスか……あぎゃっ!」
脛を蹴り飛ばされてヤマサキは跳び上がる。
「るせぇんだよ、テメェは。不景気なモンを数え上げるな、黙ってろ!」
涙目になったヤマサキはカクカクと頷いた。
不機嫌MAXでそれを暫し眺めていたシドはいきなりポイとペンを放り出し、書き損じの書類でこさえたハリセンでヤマサキを「スパーン!」と張り倒して立ち上がると、目顔で訊くハイファを無視して咥え煙草のまま、デカ部屋隅のホロTVの方へと歩き出してしまう。
ホロTVの前では定時まで残り十五分にして、本日の深夜番を賭けて熾烈なカードゲームが繰り広げられていた。主任のゴーダ警部にヨシノ警部、ケヴィン警部という幹部三人衆がギリギリまでシノギを削る博打にいそしんでいる。
深夜の大ストライクによる非常呼集を誰もが恐れるために、シドに深夜番は回ってこない。バディのハイファも同様に免れている。他課からの下請け仕事も同じ理由で殆ど依頼されないため、シドはいつも外ばかり歩き回っては事件に遭遇し、ヴィンティス課長の血圧を不健康に下げるという毎日なのだ。
ケヴィン警部がイカサマをしたのしないのでモメる幹部をハイファは眺めた。
「ねえ、シド。書類はどうするのサ?」
「ンなもん逃げねぇからいい」
「明日は明日の書類が降り積もるんだからね」
聞いているのかいないのかシドはポーカーフェイスでホロTVに目をやっている。
TVでは大手メディアのRTVがニュースを流しており、老舗であるラグランジュオークションで贋作が複数出回った件をトピックスとして取り上げていた。
「あ、これって今日、俺たちも行ったっスよ」
「何だ、ヤマサキお前ガサ要員だったのかよ。んで、何がどうだって?」
訊かれて嬉しそうにヤマサキが嬉々として説明し始める。
「ええと、捜二の下請けで大量のニセモノの絵があるとかないとかで……」
まるで要領を得ないバディが小突かれるのを見て、珍しくマイヤー警部補が助け船を出した。
「リオ=エッジワースという千五百年前の画家がいましてね。知る人ぞ知るその画家の作品ばかりがここのところ複製されて出回っているという情報で、今日がガサだったんです」
「へえ、ラグランジュオークションは二分署管内でしたっけ」
「ええ。二分署主体でこちらは捜二が応援ですね」
捜査二課は汚職や詐欺などの知能犯罪専門課だ。ラグランジュは老舗、大御所へのガサ入れで応援として他署の捜二も総員出動だったらしい。
午後から外出禁止を食らっていたシドは、寝ていたクセして少し羨ましげな顔をする。それを皆で笑いながらTVに再度目をやると一枚八十億クレジットで買われた贋作なるモノが映り、薄給刑事たちは溜息も出せずに凝視した。
最近流行りのサイケな絵と違い、確かに綺麗な風景画ではあったが、何れにせよここに居合わせた人間には単なる布と木と絵の具でしかなく、理解不能としか言いようがなかった。
「被害額が額ですし、何処かにプロの贋作グループが存在するらしいとみて、二分署以下各署の捜二は色めき立ってます。……ということで皆さん、定時ですよ」
涼しい笑顔でマイヤー警部補が手を叩くと、あっという間にデカ部屋はスカスカとなった。残ったのはまだ噂話で盛り上がっている三、四人だけ、いつの間にかヴィンティス課長の姿も消えている。深夜番は結局ゴーダ主任とバディのペーペー巡査ナカムラに決まりだ。
「くそう、まだあと八枚かよ……」
咥え煙草で器用に唸ったシドは、ペンを持っていない手で未記入の報告書類をペラペラと捲った。その薬指に自分とお揃いのリングが光るのを見てハイファは微笑む。
互いに十六歳で出会って以来、実らぬ想いを抱えていた七年間は本当に長かった。あの頃はまさかデスクで眠るシドを見られるとは思ってもいなくて、つい嬉しくて三時間も寝顔を眺めてしまったのである。
けれど愛し人は未だに職場ではハイファとの仲を認めようとはしない。自分から、物のついでの如く購入してきてペアリングを嵌めたクセに、なお強情にも姿勢を変えないのはいっそ天晴れだと呆れた。本人もペアリングまで嵌めて否定するのは矛盾していると解ってはいるらしい。
だが頑固な性格は変えようもなく機嫌を損ねてリングを外されるのも淋しいので、それについてはハイファもなるべく触れないように気を付けている。
何れにせよ、照れ屋で意地っ張りの男に惚れた自分の負けなのだ――。
そんなことを考えつつ自分のリングをなぞっていると、何処からかヤマサキとマイヤー警部補のバディが帰ってくる。シドの左隣に着地したヤマサキが馬鹿デカい声で言った。
「シド先輩、とうとう一週間連続狙撃逮捕を成し遂げたって聞いたっスよ。おまけに今週あと一発でも撃てば、三週連続発砲と始末書二桁の大台グランドスラム達成って話じゃないっスか……あぎゃっ!」
脛を蹴り飛ばされてヤマサキは跳び上がる。
「るせぇんだよ、テメェは。不景気なモンを数え上げるな、黙ってろ!」
涙目になったヤマサキはカクカクと頷いた。
不機嫌MAXでそれを暫し眺めていたシドはいきなりポイとペンを放り出し、書き損じの書類でこさえたハリセンでヤマサキを「スパーン!」と張り倒して立ち上がると、目顔で訊くハイファを無視して咥え煙草のまま、デカ部屋隅のホロTVの方へと歩き出してしまう。
ホロTVの前では定時まで残り十五分にして、本日の深夜番を賭けて熾烈なカードゲームが繰り広げられていた。主任のゴーダ警部にヨシノ警部、ケヴィン警部という幹部三人衆がギリギリまでシノギを削る博打にいそしんでいる。
深夜の大ストライクによる非常呼集を誰もが恐れるために、シドに深夜番は回ってこない。バディのハイファも同様に免れている。他課からの下請け仕事も同じ理由で殆ど依頼されないため、シドはいつも外ばかり歩き回っては事件に遭遇し、ヴィンティス課長の血圧を不健康に下げるという毎日なのだ。
ケヴィン警部がイカサマをしたのしないのでモメる幹部をハイファは眺めた。
「ねえ、シド。書類はどうするのサ?」
「ンなもん逃げねぇからいい」
「明日は明日の書類が降り積もるんだからね」
聞いているのかいないのかシドはポーカーフェイスでホロTVに目をやっている。
TVでは大手メディアのRTVがニュースを流しており、老舗であるラグランジュオークションで贋作が複数出回った件をトピックスとして取り上げていた。
「あ、これって今日、俺たちも行ったっスよ」
「何だ、ヤマサキお前ガサ要員だったのかよ。んで、何がどうだって?」
訊かれて嬉しそうにヤマサキが嬉々として説明し始める。
「ええと、捜二の下請けで大量のニセモノの絵があるとかないとかで……」
まるで要領を得ないバディが小突かれるのを見て、珍しくマイヤー警部補が助け船を出した。
「リオ=エッジワースという千五百年前の画家がいましてね。知る人ぞ知るその画家の作品ばかりがここのところ複製されて出回っているという情報で、今日がガサだったんです」
「へえ、ラグランジュオークションは二分署管内でしたっけ」
「ええ。二分署主体でこちらは捜二が応援ですね」
捜査二課は汚職や詐欺などの知能犯罪専門課だ。ラグランジュは老舗、大御所へのガサ入れで応援として他署の捜二も総員出動だったらしい。
午後から外出禁止を食らっていたシドは、寝ていたクセして少し羨ましげな顔をする。それを皆で笑いながらTVに再度目をやると一枚八十億クレジットで買われた贋作なるモノが映り、薄給刑事たちは溜息も出せずに凝視した。
最近流行りのサイケな絵と違い、確かに綺麗な風景画ではあったが、何れにせよここに居合わせた人間には単なる布と木と絵の具でしかなく、理解不能としか言いようがなかった。
「被害額が額ですし、何処かにプロの贋作グループが存在するらしいとみて、二分署以下各署の捜二は色めき立ってます。……ということで皆さん、定時ですよ」
涼しい笑顔でマイヤー警部補が手を叩くと、あっという間にデカ部屋はスカスカとなった。残ったのはまだ噂話で盛り上がっている三、四人だけ、いつの間にかヴィンティス課長の姿も消えている。深夜番は結局ゴーダ主任とバディのペーペー巡査ナカムラに決まりだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる