希望の果実~楽園17~

志賀雅基

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第4話

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 今週に入って六件目の狙撃逮捕の報を聞いたヴィンティス課長は、帰ってきた二人に外出禁止を申し渡したのち多機能デスクに沈没していたが、ようやく復活したようだ。今は哀愁漂うスーツの背を見せて窓外へとブルーアイを向けている。

「くそう、まだあと八枚かよ……」

 咥え煙草で器用に唸ったシドは、ペンを持っていない手で未記入の報告書類をペラペラと捲った。その薬指に自分とお揃いのリングが光るのを見てハイファは微笑む。

 互いに十六歳で出会って以来、実らぬ想いを抱えていた七年間は本当に長かった。あの頃はまさかデスクで眠るシドを見られるとは思ってもいなくて、つい嬉しくて三時間も寝顔を眺めてしまったのである。

 けれど愛し人は未だに職場ではハイファとの仲を認めようとはしない。自分から、物のついでの如く購入してきてペアリングを嵌めたクセに、なお強情にも姿勢を変えないのはいっそ天晴れだと呆れた。本人もペアリングまで嵌めて否定するのは矛盾していると解ってはいるらしい。

 だが頑固な性格は変えようもなく機嫌を損ねてリングを外されるのも淋しいので、それについてはハイファもなるべく触れないように気を付けている。

 何れにせよ、照れ屋で意地っ張りの男に惚れた自分の負けなのだ――。

 そんなことを考えつつ自分のリングをなぞっていると、何処からかヤマサキとマイヤー警部補のバディが帰ってくる。シドの左隣に着地したヤマサキが馬鹿デカい声で言った。

「シド先輩、とうとう一週間連続狙撃逮捕を成し遂げたって聞いたっスよ。おまけに今週あと一発でも撃てば、三週連続発砲と始末書二桁の大台グランドスラム達成って話じゃないっスか……あぎゃっ!」

 脛を蹴り飛ばされてヤマサキは跳び上がる。

「るせぇんだよ、テメェは。不景気なモンを数え上げるな、黙ってろ!」

 涙目になったヤマサキはカクカクと頷いた。

 不機嫌MAXでそれを暫し眺めていたシドはいきなりポイとペンを放り出し、書き損じの書類でこさえたハリセンでヤマサキを「スパーン!」と張り倒して立ち上がると、目顔で訊くハイファを無視して咥え煙草のまま、デカ部屋隅のホロTVの方へと歩き出してしまう。

 ホロTVの前では定時まで残り十五分にして、本日の深夜番を賭けて熾烈なカードゲームが繰り広げられていた。主任のゴーダ警部にヨシノ警部、ケヴィン警部という幹部三人衆がギリギリまでシノギを削る博打にいそしんでいる。

 深夜の大ストライクによる非常呼集を誰もが恐れるために、シドに深夜番は回ってこない。バディのハイファも同様に免れている。他課からの下請け仕事も同じ理由で殆ど依頼されないため、シドはいつも外ばかり歩き回っては事件イヴェント遭遇ストライクし、ヴィンティス課長の血圧を不健康に下げるという毎日なのだ。

 ケヴィン警部がイカサマをしたのしないのでモメる幹部をハイファは眺めた。

「ねえ、シド。書類はどうするのサ?」
「ンなもん逃げねぇからいい」
「明日は明日の書類が降り積もるんだからね」

 聞いているのかいないのかシドはポーカーフェイスでホロTVに目をやっている。
 TVでは大手メディアのRTVがニュースを流しており、老舗であるラグランジュオークションで贋作が複数出回った件をトピックスとして取り上げていた。

「あ、これって今日、俺たちも行ったっスよ」
「何だ、ヤマサキお前ガサ要員だったのかよ。んで、何がどうだって?」

 訊かれて嬉しそうにヤマサキが嬉々として説明し始める。

「ええと、捜二の下請けで大量のニセモノの絵があるとかないとかで……」

 まるで要領を得ないバディが小突かれるのを見て、珍しくマイヤー警部補が助け船を出した。

「リオ=エッジワースという千五百年前の画家がいましてね。知る人ぞ知るその画家の作品ばかりがここのところ複製されて出回っているという情報で、今日がガサだったんです」
「へえ、ラグランジュオークションは二分署管内でしたっけ」
「ええ。二分署主体でこちらは捜二が応援ですね」

 捜査二課は汚職や詐欺などの知能犯罪専門課だ。ラグランジュは老舗、大御所へのガサ入れで応援として他署の捜二も総員出動だったらしい。

 午後から外出禁止を食らっていたシドは、寝ていたクセして少し羨ましげな顔をする。それを皆で笑いながらTVに再度目をやると一枚八十億クレジットで買われた贋作なるモノが映り、薄給刑事たちは溜息も出せずに凝視した。

 最近流行りのサイケな絵と違い、確かに綺麗な風景画ではあったが、何れにせよここに居合わせた人間には単なる布と木と絵の具でしかなく、理解不能としか言いようがなかった。

「被害額が額ですし、何処かにプロの贋作グループが存在するらしいとみて、二分署以下各署の捜二は色めき立ってます。……ということで皆さん、定時ですよ」

 涼しい笑顔でマイヤー警部補が手を叩くと、あっという間にデカ部屋はスカスカとなった。残ったのはまだ噂話で盛り上がっている三、四人だけ、いつの間にかヴィンティス課長の姿も消えている。深夜番は結局ゴーダ主任とバディのペーペー巡査ナカムラに決まりだ。
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