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第4話
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一人手持ち無沙汰になったシドもリモータを弄り始めた。趣味のプラモの設計図を眺めてからゲーム麻雀の続きに熱中する。敵は別室戦術コン、これは手強くも面白い。
咥え煙草でツモ切り、次で鳴いて風牌を晒す。
何故に別室戦術コンなのかといえば、このガンメタリックのリモータは惑星警察の官品に似せてはあるが別モノということだ。官品よりもかなり大型でハイファの持つシャンパンゴールドと色違いお揃いの、惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータである。
これは別室からの強制プレゼントで、ハイファと今のような仲になってまもないある日の深夜、ゲリラ的に宅配されてきたのだ。それを寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いして嵌めてしまったのは一生の不覚だった。
こんなブツはシドにとって無用の長物だ。
だが別室リモータは装着者が一度生体IDを読み込ませてしまうと、自分で外すか他者から強制的に外されるかに関わらず、『別室員一名失探』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すという話で、迂闊に外すこともできなくなってしまったのである。まさにハメられたのだ。
その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥っても、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが発振し、有人惑星上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知するので捜して貰いやすいなどという利点もあった。
他にも様々なデータベースとしても、手軽なハッキングツールとしても使えるという、まさにスパイ用特殊アイテムなのである。
だが何故に刑事のシドがMIAの心配をせねばならないのか。
それは別室が出向させてもハイファを放っておいてくれるような、スイートな機関ではなかったということだ。未だに任務を振ってくる。そしてそれは統轄組織の違いもなんのそので、イヴェントストライカという言い換えれば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』を当て込み、今ではシドにまで名指しで任務が降ってくるのだ。
拒否権など何処にもない任務、そのたびに惑星警察サイドを『出張』だの『研修』だので誤魔化して出掛けなければならない。ハイファが別室員だという事実は軍事機密だからだ。
そして出掛けた先では大概ドえらい目に遭わされる。
他星のマフィアファミリーと銃撃戦などは可愛い方で、ガチの戦場に放り込まれ、砂漠で干物になりかけ、他人の宙艦を盗んで宇宙戦を繰り広げるハメになるのだ。
半荘やって勝ったにも関わらず、ふいに思い出して怒りがこみ上げシドは低く呟いた。
「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎……」
「でも外して外せないこともないそれを、貴方は外さずにいてくれるんだよね」
作業を進めながらハイファがチラリとこちらを見る。
「ああ、誓いは破らねぇよ」
「一生、どんなものでも一緒に見ていく。そうだよね?」
「まあな」
「それに貴方には責任も取って貰わなきゃならないしねえ」
笑うハイファにシドは黙って頷いた。責任、それはハイファが別室から出向という建前で左遷の憂き目に遭った原因の一端がシドにもあるからだ。
別室員ハイファに転機が訪れたのは、やはり一年半ほど前のことだった。
超法規的スパイの実働組織である別室でハイファが何をやっていたかと云えば、やはりスパイだった。ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身、それにミテクレとを武器に、敵をタラしては情報を盗るというなかなかにエグい手法ながら、まさに躰を張って別室任務をこなしていたのだ。
だがそんなハイファが別室命令で、とある事件を捜査するために刑事のフリをして、七年来の親友であり想い人でもあったシドと組んだ。二人の捜査の甲斐ありホシは当局に拘束された。しかしそれで終わりにはならなかった。ホシの雇った刺客に二人は狙われたのだ。
暗殺者が手にしていたビームライフルはシドを照準していた。だがビームの一撃を食らって倒れたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。
お蔭でハイファの上半身は半分以上が培養移植モノである。
ともあれ奇跡的に病室で目覚めたハイファを待っていたのは、シドの一世一代の告白という嬉しいサプライズだった。失くしかけてみてシドは失いたくない存在に気付いたのである。
完全ヘテロ属性のシドを相手に一生の片想いを覚悟していたハイファは七年間ものアタックが実を結び、『この俺をやる』と宣言されて天にも昇る気持ちだった。
だがその影響は思わぬ処にまで波及した。想いの深さからかシドと結ばれた途端にそれまでのような任務が務まらなくなってしまったのである。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしかコトに及べない躰になってしまったのだ。
使えなくなったハイファを救ったのは当時の別室戦術コンが弾き出した御託宣の『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるモノで、故に惑星警察に出向となったのである。
「俺はお前が誰かと……アレだ、ナニするのが耐えられなかったしな」
「僕だって今の方がよっぽど幸せだしね」
「三日と開けずに銃撃戦、別室時代よりもある意味、危険でもか?」
「シドと一緒なら僕はいつでも幸せなんです。貴方だって単独より今の方がいいでしょ」
「まあ、一人で始末書書くのも虚しいしな」
始末書が倍に増えたヴィンティス課長の嘆きは二人に聞こえない。
そこにマスターがカウンター内からプレートを差し出した。手早くハイファがシドの分もセッティングする。本日はカレーのランチ、エビフライとサラダにカップスープ添えだった。
咥え煙草でツモ切り、次で鳴いて風牌を晒す。
何故に別室戦術コンなのかといえば、このガンメタリックのリモータは惑星警察の官品に似せてはあるが別モノということだ。官品よりもかなり大型でハイファの持つシャンパンゴールドと色違いお揃いの、惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータである。
これは別室からの強制プレゼントで、ハイファと今のような仲になってまもないある日の深夜、ゲリラ的に宅配されてきたのだ。それを寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いして嵌めてしまったのは一生の不覚だった。
こんなブツはシドにとって無用の長物だ。
だが別室リモータは装着者が一度生体IDを読み込ませてしまうと、自分で外すか他者から強制的に外されるかに関わらず、『別室員一名失探』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すという話で、迂闊に外すこともできなくなってしまったのである。まさにハメられたのだ。
その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥っても、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが発振し、有人惑星上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知するので捜して貰いやすいなどという利点もあった。
他にも様々なデータベースとしても、手軽なハッキングツールとしても使えるという、まさにスパイ用特殊アイテムなのである。
だが何故に刑事のシドがMIAの心配をせねばならないのか。
それは別室が出向させてもハイファを放っておいてくれるような、スイートな機関ではなかったということだ。未だに任務を振ってくる。そしてそれは統轄組織の違いもなんのそので、イヴェントストライカという言い換えれば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』を当て込み、今ではシドにまで名指しで任務が降ってくるのだ。
拒否権など何処にもない任務、そのたびに惑星警察サイドを『出張』だの『研修』だので誤魔化して出掛けなければならない。ハイファが別室員だという事実は軍事機密だからだ。
そして出掛けた先では大概ドえらい目に遭わされる。
他星のマフィアファミリーと銃撃戦などは可愛い方で、ガチの戦場に放り込まれ、砂漠で干物になりかけ、他人の宙艦を盗んで宇宙戦を繰り広げるハメになるのだ。
半荘やって勝ったにも関わらず、ふいに思い出して怒りがこみ上げシドは低く呟いた。
「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎……」
「でも外して外せないこともないそれを、貴方は外さずにいてくれるんだよね」
作業を進めながらハイファがチラリとこちらを見る。
「ああ、誓いは破らねぇよ」
「一生、どんなものでも一緒に見ていく。そうだよね?」
「まあな」
「それに貴方には責任も取って貰わなきゃならないしねえ」
笑うハイファにシドは黙って頷いた。責任、それはハイファが別室から出向という建前で左遷の憂き目に遭った原因の一端がシドにもあるからだ。
別室員ハイファに転機が訪れたのは、やはり一年半ほど前のことだった。
超法規的スパイの実働組織である別室でハイファが何をやっていたかと云えば、やはりスパイだった。ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身、それにミテクレとを武器に、敵をタラしては情報を盗るというなかなかにエグい手法ながら、まさに躰を張って別室任務をこなしていたのだ。
だがそんなハイファが別室命令で、とある事件を捜査するために刑事のフリをして、七年来の親友であり想い人でもあったシドと組んだ。二人の捜査の甲斐ありホシは当局に拘束された。しかしそれで終わりにはならなかった。ホシの雇った刺客に二人は狙われたのだ。
暗殺者が手にしていたビームライフルはシドを照準していた。だがビームの一撃を食らって倒れたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。
お蔭でハイファの上半身は半分以上が培養移植モノである。
ともあれ奇跡的に病室で目覚めたハイファを待っていたのは、シドの一世一代の告白という嬉しいサプライズだった。失くしかけてみてシドは失いたくない存在に気付いたのである。
完全ヘテロ属性のシドを相手に一生の片想いを覚悟していたハイファは七年間ものアタックが実を結び、『この俺をやる』と宣言されて天にも昇る気持ちだった。
だがその影響は思わぬ処にまで波及した。想いの深さからかシドと結ばれた途端にそれまでのような任務が務まらなくなってしまったのである。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしかコトに及べない躰になってしまったのだ。
使えなくなったハイファを救ったのは当時の別室戦術コンが弾き出した御託宣の『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるモノで、故に惑星警察に出向となったのである。
「俺はお前が誰かと……アレだ、ナニするのが耐えられなかったしな」
「僕だって今の方がよっぽど幸せだしね」
「三日と開けずに銃撃戦、別室時代よりもある意味、危険でもか?」
「シドと一緒なら僕はいつでも幸せなんです。貴方だって単独より今の方がいいでしょ」
「まあ、一人で始末書書くのも虚しいしな」
始末書が倍に増えたヴィンティス課長の嘆きは二人に聞こえない。
そこにマスターがカウンター内からプレートを差し出した。手早くハイファがシドの分もセッティングする。本日はカレーのランチ、エビフライとサラダにカップスープ添えだった。
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