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第5話
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「わあ、美味しそうな香りだね」
「ここのカレーは絶品だしな。いただきます」
「いただきます。うん、やっぱり美味しい」
「辛さがあとでくるよな」
仕事柄早食いが習い性になっているシドも、優雅なハイファに合わせてなるべくゆっくりと味わう。食事中に仕事の話をしないのが二人の不文律なので、雑談しながらランチを堪能した。
オニオンと卵のカップスープを最後の一滴まで飲んでしまうと、セットのドリンクは二人とも紅茶にする。カップからはマスターのサーヴィスでブランデーが香っていた。
シドが煙草を三本灰にする間にハイファは中断していた作業を終わらせる。
「百十二枚も溜まってたよ、吃驚したー」
「じゃあ、そろそろ再始動するか」
腰を上げて本日の当番であるシドがマスターとリモータリンクし、千三百クレジットを支払う。合板のドアを開けて外に出た。外は一瞬、目が眩むほど明るかった。
そのまま帰るかと思いきや、シドは署とは反対の右方向に歩き出す。
「ちょっとシド、書類は――」
「あっちもこっちも書類だ、少し気分転換でもしようぜ」
「ったく、もう」
文句を言いつつもハイファは従う。何にしろ歩いているシドは生き生きとしていて、そんな愛し人を止められない。シドが嬉しければ自分も嬉しいのがハイファなのだ。
白昼の歓楽街を抜けて表通りと合流すると大通りは右にカーブを描く。そちらには行かずにシドは真っ直ぐ歩き続けた。いつしか辺りはビルもなくなり淋しくなってくる。
一時間近くも歩くと左側にポツリとコンビニが建っていて、その前で二人は足を止めた。設置されたオートドリンカにシドがリモータを翳して省電力モードから息を吹き返させ、ハイファがアイスコーヒーのボタンを押す。保冷ボトル一本を手に、また歩き始めた。
五百メートルも行けばそこはもう七分署管内の最末端、大小の倉庫が数百も建ち並ぶ倉庫街である。手前に積んであるファイバブロックに腰掛けて二人は休憩を取った。
時折貨物BELや大型コイルトレーラーがやってくるだけの、広々とした、ある種荒涼とした光景を二人は遠目に眺める。リフトコイルが忙しげにコンテナを出し入れしていた。
アイスコーヒーを飲みながらハイファが呟く。
「人がいないだけに平和だなあ」
「平和、結構だ。俺は平和を愛してる」
「でもここまで歩いて事故が一件だけだったんだよね……」
「何だ、文句でもあるのかよ?」
唸ったシドは明るい金髪の頭を引き寄せて赤い唇を奪う。流し込まれたアイスコーヒーを嚥下して、開いた歯列から舌を侵入させた。荒々しく届く限りを舐め回す。
「んんっ……ん、んんぅ……はあっ! こんな所で、もう!」
「誰も見てねぇよ。……なあ、今晩、いいだろ?」
目元を上気させたハイファは酷く色っぽく、このまま押し倒したい風情だったがシドはそれ以上血迷わず、若草色の瞳が小さく頷いたのに納得して引き下がった。
だが誰も見ていないと思ったのは早計だったかも知れない。コンビニから出てきた二人の男がこちらに近づいていた。早足で歩く彼らはポロシャツにジーンズ、ジャケットというシドと殆ど変わらないレヴェルの格好をして、大きなコンビニの袋をそれぞれ提げている。
彼らは二人の前を通過し、すたすたと倉庫街の中へと入って行く。
倉庫の作業員が買い出しにきたという様子、だがシドはハイファを鋭く見てから立ち上がった。後方二十メートルで彼らを尾行し始める。それ以上近づくのは危険だ。
「懐に呑んでたよな?」
「レーザーか実包かは分からないけどね」
「許可証持ちだと思うか?」
「さあ、どうだろ。危険な星に荷を運ぶ貨物艦業者なら、割と簡単に許可は下りるし」
しかしここでいきなり職務質問をしないのはシドの勘だった。テラ本星にはマフィアなどの地下組織は存在しない。そもそも彼らにマフィア臭はなかった。
とすれば順当に貨物業者だろうが、コンビニの袋を提げた男二人には笑顔の一片もなく、何かを警戒するような緊張感が感じられたのだ。静かにあとを追う。
やがて入り組んだ倉庫街でも中型倉庫が建ち並ぶ一角に出た。シドとハイファは倉庫の陰から男たちの動向を窺う。男たちは油断のない目で辺りを見渡してから倉庫のひとつに近づくと大きなオートドアではなく、小さな扉のリモータチェッカにリモータを翳し、ロックを解いて中に入って行った。
「どうするの、シド?」
「裏に回ってみようぜ」
ファイバブロックの隙間から青々とした雑草の生えた倉庫の間をすり抜ける。すると裏にも大きなオートドアと小さな扉があった。だが両方ともロックが掛かっている。シドが目で指示すると、役目を心得たハイファが小さな扉のリモータチェッカを騙しに取り掛かった。
リモータから引き出したリードをパネルに繋ぎ、幾つかのコマンドを打ち込む。十秒ほどでグリーンランプが灯りロックが解けた。シドが細くドアを開けて中にするりと滑り込む。
続いて入ったハイファは匂いに気付いた。嗅いだことのある匂いだが、ここでそれはないだろうと訝しく思いながら、辺りを見回す。
「ここのカレーは絶品だしな。いただきます」
「いただきます。うん、やっぱり美味しい」
「辛さがあとでくるよな」
仕事柄早食いが習い性になっているシドも、優雅なハイファに合わせてなるべくゆっくりと味わう。食事中に仕事の話をしないのが二人の不文律なので、雑談しながらランチを堪能した。
オニオンと卵のカップスープを最後の一滴まで飲んでしまうと、セットのドリンクは二人とも紅茶にする。カップからはマスターのサーヴィスでブランデーが香っていた。
シドが煙草を三本灰にする間にハイファは中断していた作業を終わらせる。
「百十二枚も溜まってたよ、吃驚したー」
「じゃあ、そろそろ再始動するか」
腰を上げて本日の当番であるシドがマスターとリモータリンクし、千三百クレジットを支払う。合板のドアを開けて外に出た。外は一瞬、目が眩むほど明るかった。
そのまま帰るかと思いきや、シドは署とは反対の右方向に歩き出す。
「ちょっとシド、書類は――」
「あっちもこっちも書類だ、少し気分転換でもしようぜ」
「ったく、もう」
文句を言いつつもハイファは従う。何にしろ歩いているシドは生き生きとしていて、そんな愛し人を止められない。シドが嬉しければ自分も嬉しいのがハイファなのだ。
白昼の歓楽街を抜けて表通りと合流すると大通りは右にカーブを描く。そちらには行かずにシドは真っ直ぐ歩き続けた。いつしか辺りはビルもなくなり淋しくなってくる。
一時間近くも歩くと左側にポツリとコンビニが建っていて、その前で二人は足を止めた。設置されたオートドリンカにシドがリモータを翳して省電力モードから息を吹き返させ、ハイファがアイスコーヒーのボタンを押す。保冷ボトル一本を手に、また歩き始めた。
五百メートルも行けばそこはもう七分署管内の最末端、大小の倉庫が数百も建ち並ぶ倉庫街である。手前に積んであるファイバブロックに腰掛けて二人は休憩を取った。
時折貨物BELや大型コイルトレーラーがやってくるだけの、広々とした、ある種荒涼とした光景を二人は遠目に眺める。リフトコイルが忙しげにコンテナを出し入れしていた。
アイスコーヒーを飲みながらハイファが呟く。
「人がいないだけに平和だなあ」
「平和、結構だ。俺は平和を愛してる」
「でもここまで歩いて事故が一件だけだったんだよね……」
「何だ、文句でもあるのかよ?」
唸ったシドは明るい金髪の頭を引き寄せて赤い唇を奪う。流し込まれたアイスコーヒーを嚥下して、開いた歯列から舌を侵入させた。荒々しく届く限りを舐め回す。
「んんっ……ん、んんぅ……はあっ! こんな所で、もう!」
「誰も見てねぇよ。……なあ、今晩、いいだろ?」
目元を上気させたハイファは酷く色っぽく、このまま押し倒したい風情だったがシドはそれ以上血迷わず、若草色の瞳が小さく頷いたのに納得して引き下がった。
だが誰も見ていないと思ったのは早計だったかも知れない。コンビニから出てきた二人の男がこちらに近づいていた。早足で歩く彼らはポロシャツにジーンズ、ジャケットというシドと殆ど変わらないレヴェルの格好をして、大きなコンビニの袋をそれぞれ提げている。
彼らは二人の前を通過し、すたすたと倉庫街の中へと入って行く。
倉庫の作業員が買い出しにきたという様子、だがシドはハイファを鋭く見てから立ち上がった。後方二十メートルで彼らを尾行し始める。それ以上近づくのは危険だ。
「懐に呑んでたよな?」
「レーザーか実包かは分からないけどね」
「許可証持ちだと思うか?」
「さあ、どうだろ。危険な星に荷を運ぶ貨物艦業者なら、割と簡単に許可は下りるし」
しかしここでいきなり職務質問をしないのはシドの勘だった。テラ本星にはマフィアなどの地下組織は存在しない。そもそも彼らにマフィア臭はなかった。
とすれば順当に貨物業者だろうが、コンビニの袋を提げた男二人には笑顔の一片もなく、何かを警戒するような緊張感が感じられたのだ。静かにあとを追う。
やがて入り組んだ倉庫街でも中型倉庫が建ち並ぶ一角に出た。シドとハイファは倉庫の陰から男たちの動向を窺う。男たちは油断のない目で辺りを見渡してから倉庫のひとつに近づくと大きなオートドアではなく、小さな扉のリモータチェッカにリモータを翳し、ロックを解いて中に入って行った。
「どうするの、シド?」
「裏に回ってみようぜ」
ファイバブロックの隙間から青々とした雑草の生えた倉庫の間をすり抜ける。すると裏にも大きなオートドアと小さな扉があった。だが両方ともロックが掛かっている。シドが目で指示すると、役目を心得たハイファが小さな扉のリモータチェッカを騙しに取り掛かった。
リモータから引き出したリードをパネルに繋ぎ、幾つかのコマンドを打ち込む。十秒ほどでグリーンランプが灯りロックが解けた。シドが細くドアを開けて中にするりと滑り込む。
続いて入ったハイファは匂いに気付いた。嗅いだことのある匂いだが、ここでそれはないだろうと訝しく思いながら、辺りを見回す。
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