セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第15話

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 微笑み合った二人だったが、ふいにシドが真面目な声を出す。

「あのさ、ハイファ。重大な懸案が発生した」
「えっ、ナニ?」
「お前の首の後ろにデカいアザが出現した」
「えっ、ええ~っ!」

 確認したいが身動きもままならぬ身、シドを見上げて睨みつける。

「何で後先を考えないんですか、あーたは!」
「ンなに怒るなよ。でもほら、髪留めを外せば髪で隠れるぜ?」
「そうは言うけど、これだけ長いと邪魔なんです。この際だから切っちゃおうかなあ」
「だめだ、切るなって。今後は気を付ける、だからさ」

 真剣に留めるシドは寝るときにさらさらの長い髪を指で梳くのがお気に入りなのだ。

「でも切ってもまたすぐに伸びちゃうよ?」

 母方のセフェロ星系に異星系の血が多少混ざっているためか、ハイファの髪は縛ってもクセが付かず、傷みもせずに伸びるのが異様に早い。それで切るのも面倒、プラス、シドの趣味を尊重して伸ばしているのだ。本人にこだわりがある訳ではない。

「いいから、今回は切るなよな」

 釘を刺されてハイファがしぶしぶ頷いたとき、二人を五体が砂の如く四散してゆくような不可思議な感覚が襲った。一回目のワープだ。相当長く二人は揺れ合っていたらしい。
 顔を見合わせて苦笑いするとシドも対衝撃ジャケットを脱ぎ、執銃を解いて狭いベッドに一緒に横になった。いつものように金髪頭を左腕で腕枕してやる。ハイファはシドの胸に寄り添い自ら抱き枕になった。

「あと八十分ある。ワープ一回オーバーする分、少し眠ろうぜ」
「そうだった、一回オーバーするのに過激な運動しちゃったよ。寝なきゃ」

 長い髪を指で梳かれながらハイファは目を瞑る。寝息が並ぶまであっという間だった。

◇◇◇◇

 到着十分前に仕掛けておいたリモータのアラームで目覚め、二人は起き出して洗面所で顔を洗った。手に入れてあったアイスコーヒーを分け合って飲んだのち、準備をして互いの体調を確認し合う。

「お前ハイファ、顔色が少し悪いぞ」
「そうかなあ、思ってたよりずっとマシなんだけど。貴方はどう?」
「俺は大丈夫だ、何ともねぇよ」

「背中を預け合うバディなんだから、嘘はつかないでよね」
「分かってるさ、少し躰が重いくらいだ」

 そこで室内の建材に紛れた音声素子が震えた。流れ出したのはカリム三尉の声だ。

《お休み中なら申し訳ありません。あと二十分でコリス星系第四惑星リューラ行きの連絡艇が出ます。搭乗をご希望なら、少しお急ぎ下さい》

「あっ、待って。すぐ出るから」

 応えてハイファは僅かに背伸びするとシドの額に唇を押し当てる。微笑み合ってハイファがショルダーバッグを担ぐとロックを外して通路に出た。

「忙しいのに迎えまで、ごめんね」
「いえ、艦長より『しっかりサポートせよ』とのお言葉を頂いたところであります」
「ふうん、そうなんだ。で、連絡艇って?」
「こちらであります」

 背中に棒でも入っているようなカリム三尉についてゆきながらシド、

「なあ、前にお前が潜入したときも、こんな風だったのか?」
「ううん、あのときは個人の宙艦で入ったから」
「へえ、個人でも出入りは可能なのか」
「向こうの役人におカネを掴ませたんだよ。あーあ、今はあんな風でなけりゃいいけど」

 少々士気を削がれるハイファの言葉に、シドはもううんざりし掛かっていた。軍艦体験とイイ思いだけを抱いて本星に帰りたかった。つまりは飽きていたのだ。

「なあ、カリム三尉。俺たちは地上に落っことされて帰れねぇのも困るんだがな」
「それは心配無用です。このマイヅルはそのまま三ヶ月間の監視任務に入ります。その間ならご連絡いただければ自分が責任を持って宙港まで迎えに上がりますので」

「このマイヅルに戻ってその先は?」
「直近の高度文明星系のクロノスまで物資を運ぶ連絡艇は毎日往復しておりますから」
「そっか、じゃあ心配は要らないね」

 喋りながら歩きエレベーターにも何度か乗って、ようやく連絡艇の離発着場に辿り着く。着いてみればシドたちが最後の客らしくカリム三尉とともにそそくさと乗り込んだ。

 連絡艇は単独でもワープ航法可能な本格的なもので五十名ほどが乗れそうだった。だが今は三分の一ほどしかシートは埋まっていない。お蔭で三人は悠々と座れた。

「カルチャーダウンだもんな、目の前に星があっても降りられねぇってか」
「そうですね、ここにいるのは宙港維持のための交代要員です。彼らも基本的には宙港施設外に出ることは許可されません」
「閉塞感溢れる仕事、同情するぜ」

 喋っている間に前部モニタが起動しエアロックに艇ごと引き込まれる様子が映る。

「いよいよ高度文明とはオサラバか……」

 呟きに同調したようにエアロックは閉じられ、連絡艇は宇宙に飛び出していた。

 前部モニタにはもう行き先の第四惑星リューラが映し出されている。一抱えほどもある丸い球は紫がかった青で、端的に言って美しかった。陸地である緑と茶が混じり、掛かる雲が渦巻いて恒星コリスの光に輝いている。
 その球に向かって連絡艇はまっしぐらに飛翔した。地上から見れば落ちている訳だがG制御装置のお蔭でちゃんとシドたちの足は地に着いている。

 やがて前部モニタに球が入りきれなくなると宙港施設内らしい映像が流れ始めた。大気圏に突入したらしい。乗っているのが兵士でも不安を与えるモノは見せない仕組みのようだ。

「ところでカリム三尉はリューラの海洋性人種を知ってるか?」
「ええ、見たことはありませんけれど。綺麗な人たちだと噂は聞いてます」
「ふうん、そのくらいにしか情報は流れてねぇんだな」

「というより彼らは貴重ですからね、管理されていてコリスの一般人にもあまり見ることはできないのだと聞いたことがあります。誰もが存在は知っているようですが」

 なるほど、それこそ人魚らしいなとシドは思った。そしてテラ本星の倉庫で本物を見たときの驚きを思い返す。確かにヤマサキでなくとも彼女らは文句なく美しかった……。

 気付くと隣からハイファがじーっと見つめていて、シドは咳払いをする。
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