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第17話
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「これで本当に通関はクリアなんだろうな?」
「いいわよ、出て行って」
不機嫌な女ボスがそう言い、シドとハイファはとっとと星系政府の役所から出る。あとから出てきたカリム三尉が追い付いてきて二人に告げた。
「本土の沿岸随一の街、トキアに行くなら十四時半に船が出ます。どうされますか?」
連絡艇の中で既にリューラ標準時はテラ標準時と並べてリモータに表示してあった。
「あ、それに乗るから。もう十四時だ、急がないと」
「では、船までご一緒します」
積み木のようなユニット建築をあとにして三人は照り返しの眩しい宙港面から出る。
すぐに足元は白い砂利と草の生えた小径になった。辺りは小径をトンネル状に覆う植生で、ここが熱帯か亜熱帯であることを強く思わせられる。緑したたるジャングルといった風情だ。
歩きながらカリム三尉が解説する。
「このセイレーナ島は離島で、それもこのリューラの住民は『妖怪の島』として近づかないんですよ。怪鳥が舞うとかいう噂で、それを利用して秘密裏に宙港を作ったということです」
「セイレーナ、船乗りを歌で誘い出して死に追いやるセイレーンだね。セイレーンは上半身が人で下半身が鳥、そこに怪鳥なんて本当、上手くできてるかも」
「ハイファお前、相変わらず妙なこと、知ってんな」
「八百比丘尼なんてモノを知ってた人に言われたくありません」
「ふん。しかし怪鳥は連絡艇か。撃ち墜とすような兵器はねぇんだろうな?」
少し考えてからカリム三尉は応える。
「基本的にはありませんが、このリューラは誰もが銃を持てると聞いています。そのスジでは有名なガンスミスもいるとかで、銃の持ち込みは禁止ではないんですよ」
「オマケに言えばここにだって煙草はあるし、シドのオイルライターは圧電素子もついてない年代物、昔ながらの機構で、これも売ってるくらいだし」
「何だ、それでしめて百三十万もふんだくられたのか……くそう!」
憤慨して足元の白い砂利を蹴飛ばした途端に視界が開けた。眩しい光がシドの目を射る。
「うわ、海だ! 目茶苦茶綺麗じゃねぇか、これ」
つい今し方、腹を立てていたことも忘れるほどに、その海は美しかった。
珊瑚の欠片のような白い砂利を散らしながら、シドは二十メートルほどのビーチを横断して海に駆け寄る。水の色はクリアな青、遠くに行くほどパープルの色調を帯びていた。
穏やかな波頭のひとつひとつが恒星コリスの光を拾って虹色に輝いている。
「なあ、カリム三尉。この海は入れるのか?」
「さあ? 躰に悪いとは聞いたこともありませんが……」
「シド、海水浴は任務を終わらせてからにしようよ。ほら、船が出ちゃうよ」
セイレーナ島を取り巻く白いビーチの先には桟橋が組まれて海上まで伸びていた。桟橋の先には一隻だけ漁船のような船が着けられている。白地にブルーのラインが入った船から手を振る人影が見えた。
手を振り返したシドは先頭切って歩いてゆく。
まもなく着いた桟橋は半ば海に浮いていて、シドはハイファに手を貸し細い腰を抱くようにして船に到着した。桟橋に渡された急傾斜の歩み板を渡るときもシドはハイファを離さずに慎重に上らせる。ずっと表情の硬かったカリム三尉が、それで和んだ微笑みを洩らした。
カリム三尉は二人とリモータIDを交換してから下船する。当然ながら船の乗組員たちもこの島の秘密を知る者らしく、そのやり取りを珍しそうでもなく眺めていた。
「トキアの港まで、お一人様三千フラドだよ」
船長らしいキャスケットを被った中年男が二人に言い、シドはハイファとは別に三千フラドを船長に支払う。別室任務で何度かお目に掛かったことのあるリアルマネーだが何となくシドは使ってみたかったのだ。
紙幣を受け取った船長は見事に日焼けした腕でラフな敬礼をし、操船するべく操舵室へと姿を消す。その間に二人は桟橋から手を振るカリム三尉に大声で礼を言った。
「何から何まで、すまねぇな!」
「ありがとう、お蔭で助かっちゃったよ!」
「いいえ、お気をつけて下さいね! ご連絡をお待ちしてますよ!」
その頃には本当に叫ばないと聞こえなくなっている。船のエンジンが駆動を始めたのだ。
深い水の直上では反重力装置はパワーロスするため、高度文明圏でも船舶に限ってはモーターか化石燃料使用の内燃機関である。だがカルチャーダウンした星のエンジンは予想を超えた酷い騒音で、ハイファは顔をしかめた。
シドとハイファ以外には星系政府の役人だろうか、ワークシャツに吊りズボンの男が二人、甲板で愉しげに喋っている。乗客はこの四人のみでエンジン音も高らかに船は出港した。
白いビーチに立つカリム三尉に二人は暫く手を振り、挙手敬礼してから進行方向に目をやる。ここから男の子に還ったシドの船内探索が始まった。
といっても舳先から艫の方へと甲板を巡り、また反対側を巡って操舵室を覗くと、もう探索は終わりだ。あとは狭い船室に置いてある木製のベンチにでも座っているしかない。
「暑いが、この海を見ねぇのは損失だもんな」
船は低速航行、振り落とされる心配のないのを見取りシドは舷側に腰を下ろした。
「本当にこれは綺麗だよね。クリアなのに青紫で不思議な感じ」
ハイファは甲板に置かれていた何かの木箱をベンチ代わりにする。
「見てて飽きないね。あっ、魚が跳ねた」
「で、この船がトキアの街に着くのはいつなんだ?」
「前回は三時間くらい掛かったと思う。だから着くのはここの時間で十七時半くらいだよ」
「マイヅルも採用するテラ標準時では十時着、すっかり徹夜になっちまったな」
だが一日や二日の徹夜くらいでへばっていてはイヴェントストライカ刑事も、そのバディも務まらない。ワープ疲れで躰はやや重たいものの二人とも目は冴えていた。
「いいわよ、出て行って」
不機嫌な女ボスがそう言い、シドとハイファはとっとと星系政府の役所から出る。あとから出てきたカリム三尉が追い付いてきて二人に告げた。
「本土の沿岸随一の街、トキアに行くなら十四時半に船が出ます。どうされますか?」
連絡艇の中で既にリューラ標準時はテラ標準時と並べてリモータに表示してあった。
「あ、それに乗るから。もう十四時だ、急がないと」
「では、船までご一緒します」
積み木のようなユニット建築をあとにして三人は照り返しの眩しい宙港面から出る。
すぐに足元は白い砂利と草の生えた小径になった。辺りは小径をトンネル状に覆う植生で、ここが熱帯か亜熱帯であることを強く思わせられる。緑したたるジャングルといった風情だ。
歩きながらカリム三尉が解説する。
「このセイレーナ島は離島で、それもこのリューラの住民は『妖怪の島』として近づかないんですよ。怪鳥が舞うとかいう噂で、それを利用して秘密裏に宙港を作ったということです」
「セイレーナ、船乗りを歌で誘い出して死に追いやるセイレーンだね。セイレーンは上半身が人で下半身が鳥、そこに怪鳥なんて本当、上手くできてるかも」
「ハイファお前、相変わらず妙なこと、知ってんな」
「八百比丘尼なんてモノを知ってた人に言われたくありません」
「ふん。しかし怪鳥は連絡艇か。撃ち墜とすような兵器はねぇんだろうな?」
少し考えてからカリム三尉は応える。
「基本的にはありませんが、このリューラは誰もが銃を持てると聞いています。そのスジでは有名なガンスミスもいるとかで、銃の持ち込みは禁止ではないんですよ」
「オマケに言えばここにだって煙草はあるし、シドのオイルライターは圧電素子もついてない年代物、昔ながらの機構で、これも売ってるくらいだし」
「何だ、それでしめて百三十万もふんだくられたのか……くそう!」
憤慨して足元の白い砂利を蹴飛ばした途端に視界が開けた。眩しい光がシドの目を射る。
「うわ、海だ! 目茶苦茶綺麗じゃねぇか、これ」
つい今し方、腹を立てていたことも忘れるほどに、その海は美しかった。
珊瑚の欠片のような白い砂利を散らしながら、シドは二十メートルほどのビーチを横断して海に駆け寄る。水の色はクリアな青、遠くに行くほどパープルの色調を帯びていた。
穏やかな波頭のひとつひとつが恒星コリスの光を拾って虹色に輝いている。
「なあ、カリム三尉。この海は入れるのか?」
「さあ? 躰に悪いとは聞いたこともありませんが……」
「シド、海水浴は任務を終わらせてからにしようよ。ほら、船が出ちゃうよ」
セイレーナ島を取り巻く白いビーチの先には桟橋が組まれて海上まで伸びていた。桟橋の先には一隻だけ漁船のような船が着けられている。白地にブルーのラインが入った船から手を振る人影が見えた。
手を振り返したシドは先頭切って歩いてゆく。
まもなく着いた桟橋は半ば海に浮いていて、シドはハイファに手を貸し細い腰を抱くようにして船に到着した。桟橋に渡された急傾斜の歩み板を渡るときもシドはハイファを離さずに慎重に上らせる。ずっと表情の硬かったカリム三尉が、それで和んだ微笑みを洩らした。
カリム三尉は二人とリモータIDを交換してから下船する。当然ながら船の乗組員たちもこの島の秘密を知る者らしく、そのやり取りを珍しそうでもなく眺めていた。
「トキアの港まで、お一人様三千フラドだよ」
船長らしいキャスケットを被った中年男が二人に言い、シドはハイファとは別に三千フラドを船長に支払う。別室任務で何度かお目に掛かったことのあるリアルマネーだが何となくシドは使ってみたかったのだ。
紙幣を受け取った船長は見事に日焼けした腕でラフな敬礼をし、操船するべく操舵室へと姿を消す。その間に二人は桟橋から手を振るカリム三尉に大声で礼を言った。
「何から何まで、すまねぇな!」
「ありがとう、お蔭で助かっちゃったよ!」
「いいえ、お気をつけて下さいね! ご連絡をお待ちしてますよ!」
その頃には本当に叫ばないと聞こえなくなっている。船のエンジンが駆動を始めたのだ。
深い水の直上では反重力装置はパワーロスするため、高度文明圏でも船舶に限ってはモーターか化石燃料使用の内燃機関である。だがカルチャーダウンした星のエンジンは予想を超えた酷い騒音で、ハイファは顔をしかめた。
シドとハイファ以外には星系政府の役人だろうか、ワークシャツに吊りズボンの男が二人、甲板で愉しげに喋っている。乗客はこの四人のみでエンジン音も高らかに船は出港した。
白いビーチに立つカリム三尉に二人は暫く手を振り、挙手敬礼してから進行方向に目をやる。ここから男の子に還ったシドの船内探索が始まった。
といっても舳先から艫の方へと甲板を巡り、また反対側を巡って操舵室を覗くと、もう探索は終わりだ。あとは狭い船室に置いてある木製のベンチにでも座っているしかない。
「暑いが、この海を見ねぇのは損失だもんな」
船は低速航行、振り落とされる心配のないのを見取りシドは舷側に腰を下ろした。
「本当にこれは綺麗だよね。クリアなのに青紫で不思議な感じ」
ハイファは甲板に置かれていた何かの木箱をベンチ代わりにする。
「見てて飽きないね。あっ、魚が跳ねた」
「で、この船がトキアの街に着くのはいつなんだ?」
「前回は三時間くらい掛かったと思う。だから着くのはここの時間で十七時半くらいだよ」
「マイヅルも採用するテラ標準時では十時着、すっかり徹夜になっちまったな」
だが一日や二日の徹夜くらいでへばっていてはイヴェントストライカ刑事も、そのバディも務まらない。ワープ疲れで躰はやや重たいものの二人とも目は冴えていた。
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