高貴なる義務の果て~楽園19~

志賀雅基

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第10話

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 しかしこれで済むという保障はない、シドは這い寄って誰より大事なハイファの上に覆い被さる。そこに二度目の爆発音、大ぶりの防弾樹脂の破片が降り注いだ。誰もが咄嗟に悲鳴すら上げられず、息を呑んで身を固くしている。

 硬く鋭利な雨が収まって数秒、シドはハイファの上から身を起こした。何はともあれ心配なのはハイファの身、細い躰をまさぐって血のぬるつきがないのを確認してから抱き起こす。

「おい、大丈夫か?」
「うん、平気……って、貴方血が出てる!」

 視線を辿って右耳に手をやるとかなりの血が付いてきた。慌ててハイファがハンカチで押さえるが、事態はそれどころではない。ハンカチだけ借りて自分で押さえる。
 床に腰を落としたまま二人して振り向いた。すると防弾のエントランスが殆ど素通しになり、その向こうでたぶんコイルだったモノの残骸が僅かな黒煙を上げているのが見えた。

「爆破テロ……?」
「さあな。それにしてもどれだけ強力なブツだよ、チクショウ」
「……ったく、やってくれるじゃねぇかい」

 唸りつつマルチェロ医師がのっそりと起き上がり、ボサボサの茶髪を掻き回して被った埃を払い落とす。こちらは何処にも怪我はない様子だ。

 と、殆ど素通しとなったエントランスの向こうから黒い人影が三人現れ、こちらに向かって何かを突き出すのがシドの目に映る。ハイファも同時にそれを視認、途端に破裂音がロビーに響き渡った。紛れもなく銃の撃発音、シドとハイファも咄嗟に銃を引き抜いている。

「伏せてろ、ハイファ!」

 叫びながらシド、悪い体勢のままレールガンを発射。速射で威嚇の二射を撃ち込んでおいて素早く膝撃ち姿勢ニーリングに変え、的の大きな腹にダブルタップを食らわした。襲撃者が一人、糸が切れたように仰向けに倒れて地面に背と後頭部を叩きつけ跳ねる。

 これでも充分にジャスティスショットである。動けぬ一般人がいる中で銃撃戦はできない。ヘッドショットでないのがせめてもの情けだ。

 一方のハイファも黙って見ていない、こちらは伏射姿勢で同じく二人目の腹に二射を叩き込む。九ミリパラはマン・ストッピングパワーより貫通力が勝るがこの至近距離、二発を食らったその男も座り込むように後退して倒れた。

 そこで三人目がパニックになったかリボルバ二丁の残弾で乱射を始め、激しい火線にシドは再度ハイファに覆い被さるように身を投げ出しながら敵にトリプルショットをぶち込んだ。やっと火線が収まる。

 静けさが戻り、シドとハイファは跳ね起きると襲撃者の元に走った。

「うーん、いかにもなチンピラヒットマンだね」
「このクラスから元を辿れるかどうかは疑問だな」

 襲撃者たちは三人が三人ともに着崩れたイタリアンスーツで首にはゴールドチェーン、リモータはデコレーションでギラギラといった、チンピラマフィアの見本のような格好だった。

「ご近所さんではありそうだけど」
「ふん、ロニアマフィアか」

 テラ連邦に加盟しながらもテラの意に添わない星系があるのが現状で、その一方の雄が四六時中紛争を繰り返してテロリスト育成の温床になっているヴィクトル星系であり、もう一方の雄が林立するマフィアファミリーが全星を牛耳り、『人口より銃の数が多い』というのがキャッチフレーズになっているロニア星系第四惑星ロニアⅣだった。

 シドたちにとっては特に後者が問題で、太陽系のハブ宙港である土星の衛星タイタンからワープたったの一回という近さ故に、ここから武器弾薬や違法ドラッグに偽造IDでの不法入星などが流れてくることが多く、普段から手を焼いているのである。

「でも、ロニアマフィアが何でテロなのかな?」
「知るか。依頼されたのかも知れねぇし」
「依頼ねえ……確かに派手だけど」
「見せしめ的だが、こいつは派手すぎだぜ」

 落ちていた三十八口径のエンプティケース、空薬莢をシドは蹴飛ばした。リボルバが落下した際にラッチが緩んでシリンダが勝手にスイングアウトされ、空薬莢が抜け出たのだ。格好つけたつもりで酷いサタデーナイトスペシャルである。

 よくもこんなシロモノを撃つ気になるぜ、指が吹っ飛ぶぞと、それより酷い有様にしておいて眉間に不機嫌を色濃く溜めた。

「シド、ハイファス、発振したならこっちを手伝え!」

 マルチェロ医師の怒声で慌ててロビーに駆け戻る。辺りには爆風で倒され、破片で切り裂かれて血を流した住人らが横たわり、呻き声を上げていた。はっきりとは事態を掴めないまま、ハイファが署に同報及び救急機要請する。
 その間にマルチェロ医師の指示でシドは捕縛用結束バンドを利用し、怪我人たちの止血処置に奔走を始めた。

 ハイファも応急処置に加わって間もなく、署からの緊急機が二機と救急の中型BELが四機も飛来する。当然ながら桁違いの強力な爆破によってエントランスの外にも怪我人がいて、それからの三十分間は、さながら辺りは野戦病院の様相を呈した。
 チンピラ三名を真っ先に移動式再生槽に放り込んで一機を送り出した救急隊員らに、マルチェロ医師は怒号のような指示を飛ばしている。

 それを横目にシドとハイファは既に自分たちにできることはないと判断、コイルの残骸の前に立った。それは最初からコイルだと思わなければ、そうと分からぬスクラップだ。中に人が乗っていたのかどうかも、まだ定かではない。

 やがて負傷者が全て搬送され救急機が駆け立つと、署からやってきた爆発物専門チームが強力なライトの下、鑑識と共に這いつくばってローラーを掛け始める。
 そこでシドはやっと馴染みの鑑識班長を捕まえることに成功した。

「で、いったい何がどうなってるんだよ?」

 現場に居合わせておきながらマヌケな質問だと思ったが、正直なところだった。

「そうですねえ、ブツはたぶんコイルに二発仕掛けられてました。それと、コイルはそこらのものじゃない、特殊なものですな」
「特殊って、どんな風に特殊なんだ?」

「シャシーも頑丈な特別製、いわゆる送迎コイルってヤツだと思いますね。そうでもなければ影も形もなく木っ端微塵になってた筈ですよ」
「送迎コイル……ってことは誰か要人が乗ってたってことか?」
「さて、迎えにきたのかも知れませんしね」

「乗ってなかったのを祈るのみ、か」
「まあ、そこらはあんたがたの仕事、わたしの範疇外ですがね」
「そうだな。忙しいのにすまん」

 解放すると鑑識班長は皆と同じく地道な作業に戻っていった。
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