葉桜

志賀雅基

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第7話

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 連続放火魔・城島健一のアパート近辺や、通っていた三沢大学の周囲を歩く訳にはいかなかった。帳場の人員が聞き込みに回っているからだ。
 かといって無闇に街中を練り歩いても仕方ない。

 そこで紫堂が目を付けたのは組対が出張っているという点だった。デカ部屋に戻って過去に爆発物で挙げられた暴力団関係者のファイルを重点的に閲覧する。

 これも帳場要員が一通り調べ上げている筈だが、数が少ないので二人で洗い出すのも容易だった。更には不用意にうろつくことが出来ないために秋人が捻り出した案はこちらから訪ねるのではなく目につかない場所に相手を呼び出すという方法だ。

 まずは秋人が暴力犯係の巡査長に声を掛けた。その巡査長が暴力団の賭場に出入りして便宜を図っていることを前々から掴んでいたからである。その巡査長を署内のトイレで捕まえ、世間話をするふりで揺さぶりを掛けた。

 するとそいつは秋人が口にした人物と渡りをつけてくれただけでなく、何を勘違いしたのか自ら暴力団経営のSMクラブに通っていることまで吐いたのでここから情報が洩れる心配はない。

 けれど保身のための駆け引きかも知れないが、これはもう笑うに笑えなかった。

「ときには敵の懐に飛び込むのもアリだが、ここまでくるとダブルスパイだな」
「暴力犯係は誘惑が多いからね。持ちつ持たれつじゃないと仕事にもならないよ」
「確かにそうかも知れんが、あいつがSMクラブとはできれば知りたくなかったぜ」

 篠宮市に隣接する江前えさき市内のカフェテリアだった。SM巡査長の手引きで、この辺りでも最大手のヤクザである水野組で下請け稼業に就いているという男を待っているのだ。

 待ち合わせた男は小手先器用な奴らしく専門は爆弾製造に古くなった銃のメンテナンス。昔は思想犯だったのかも知れない。さぞかし重用されただろうが、但し現在に至って爆弾に関しては需要がなくなり、その方面ではここ十年ほど警察の世話になっていない。

 喫煙席に座った秋人と紫堂の二杯目のコーヒーが冷め、二人分の煙草の吸い殻が小さな灰皿に山盛りになった頃、男がテーブルの傍に立った。秋人は男を観察する。

 とても暴力団構成員には見えなかった。何処かの町工場からふらりと抜け出してきたような、灰色の作業服を身に着けた中年男だ。作業服には汚れが付着している。
 機械油の匂いをさせ、無精ヒゲを生やした男が俯いたまま、ぼそりと声を発した。

新川良二しんかわりょうじだが、夕月さんと雪村さんは、あんたたちか?」
「ああ、足労願ってすまん。座って好きなものを飲んでくれ」

 新川がアイスコーヒーを注文して腰掛けると、まずは世間話から始める。

「水野組は先週、若頭をられたんだっけな」
「女としけこんだところを『ズドン!』。三発食らったらしい」
「それであんたにも何か変化はあったのか?」
「いや、別に。若いのも最近は簡単に熱くならないからな、商売も上がったりだ」

 どうやら抗争に突入する気配もないらしい。秋人たちにとっては有難い話である。

「へえ。ところでセムテックスを使った爆破二件は知ってるか?」
「ニュースも見たし、あんたらも知ってるこういう稼業だ。それに今朝五時半にマル暴が訪ねてきやがった。お蔭でまたアパートを追い出されるかも知れん」

「そいつはご愁傷さんだな。で、水野組にセムテックスはあるのか?」
「あったが、セムテックスは海に沈めちまった。俺の独断でやらかして、これだ」

 両手を開いて見せた新川の小指は両方ともに欠けていた。

「どういう経緯でそうなったんだ?」
「商売敵の事務所に仕掛ける計画が持ち上がった。だがその隣には未認可の保育所があったんだ」
「ふうん」

 と、意外な話だったがヤクザ相手に同情せず軽く流し、

「それで、『セムテックスは』ということは、他のブツならあるということか?」

 そこで初めて新川は顔を上げて秋人を見る。頭を振って溜息をついた。

「同じ可塑性爆薬のC‐4なら組の持つ倉庫に眠ってるさ。けど今のところ使うアテもない。ダンプで敵の組事務所に突っ込んでマイトを投げ込むようなカチコミの時代はもう終わったらしいからな」
「なるほど。そのセムテックスだのC‐4だのは何処から仕入れた?」
「今は潰れた辰明しんめい会が一昔前にシャブと一緒に船便で手に入れたって噂は聞いた」

 辰明会と聞いて秋人と紫堂は顔を見合わせた。辰明会は六、七年前にこの辺りのヤクザとのバトルロイヤルで潰れて離散し、幹部クラスは子飼いのチンピラ数名と共に林立する周辺暴力団に吸収されたのだった。

「辰明会の会長はワッパ打たれて収監中だ。だが逃れた幹部がよそに吸収される際にシャブだのチャカだのを土産にしたのは有名な話だもんな」
「同じくセムテックスやC‐4も土産にされたってことかもね」

「しかし脅迫か報復か愉快犯のどれにしても、赤馬をミンチにする意味が分からん」
「信管も無尽蔵じゃないだろうし、大型爆破の予行演習じゃないのか?」

 話し込んでしまった刑事二人に用はなくなったと思ったのか、新川はずるずるとアイスコーヒーを飲み干すと腰を上げてしまった。その新川の背に秋人が声を掛ける。

「水野組はまたセムテックスを手に入れられるか?」
「……チャカもシャブも手に入るんだ」
「なら水野組以外ではどうだ?」
「あんたら組関係しか能がねぇのか? 今どき街宣車乗り回してテロとは笑わせる」

 振り向きもせずそれだけ言うと新川はカフェテリアを出て行ってしまった。秋人と紫堂は考え込む。

 かつて暴力団抗争が賑やかだった頃は、敵事務所にダイナマイトを投げ込むという派手なカチコミをやらかす鉄砲玉もいたのだ。ダイナマイトがセムテックスやC‐4に化けても驚かないが、しかしやはり昨今でそこまでの荒事は流行らず、そんな時代は過ぎ去ったといえる。

 大体、今どきそこまで派手なカチコミをしてもメリットがない。組は警察に締め上げられ鉄砲玉は刑務所で人生の大部分を過ごすことになる。そうして出所しても昔のように組から拍手喝采で迎えられるどころか組自体が消えている可能性もあるのだ。

 それでもおだてられ、またはシャブでも食った勢いで鉄砲玉に立候補する者もいるが、そんな奴に爆弾を扱うだけの知恵を与えるのも楽ではあるまい。それくらいならチャカを持たせて文字通り鉄砲玉をさせた方が余程簡単である。
 高級だが扱いづらい得物であるが故に水野組も爆薬を眠らせているのだ。

「そんなブツを赤馬に与えて得する人間がいるのかな?」
「分からんが、やっぱり単なる愉快犯じゃねぇのか、警察を踊らせるだけの」
「ATMだけならともかく、人間一人ペーストにして?」
「だよなあ。赤馬自身のしがらみか、何かの予行演習か……」

 問うでもなく秋人は呟いて煙草を咥えオイルライターで火を点けた。

 事件を期待する訳ではないが、新たな爆破が起こればメディアも騒ぐ。帳場も捜査本部から特別捜査本部に格上げになる筈だ。トップが県警本部長の特捜本部ともなれば大幅な増員が図られる。自分も本部入りするかも知れない、そう秋人が思ったのも刑事として当然のことだった。
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