葉桜

志賀雅基

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第9話

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 戸惑う二人に篠宮署長がポケットから紙切れを出しロウテーブルに広げて見せた。

「これは我々が秘密裏に入手した、県警に届いた爆破予告状のコピーだ」
「やはり『犯行予告』は『爆破予告』だったんですね」

 紙切れは県警本部の広報課に郵送された予告状のコピーをFAXで送ってきたものだった。おそらくパソコンで打ちプリンタで印刷したのだろう文字が並び、爆破地点の大雑把な地番も記されている。
 しかしこれだけの情報があればATMを特定すること容易な筈で、県警のマヌケさに腹が立った。

 そこで更に腹が立つことを江前署長が洩らす。

「ATMの爆弾は解除に至らず県警処理班がセムテックスを大幅に減らしたらしい」
「減らしただと? マジかよ、そいつは!」

 署長連中の前というのも忘れて喚いた。つまり県警本部はピンポイントでATMを特定した上に一度は爆弾解除に着手しておきながら、秋人たちが被害に遭う瞬間まで高みの見物をしていたのである。一歩間違えば死んでいたのだ、幾ら何でもこれは酷かった。

 秋人も県警本部長のメディア発表は既にニュースで視ていた。時限式爆発物は解除不能で、だが警察車両で以て市民や一般車両への被害を防いだという、ある程度の予想はしていたが、にわかに信じがたい内容だった。
 結局秋人たちは『市民を守るおまわりさん』として都合良く演出に使われたのである。

 一方で放火魔とはいえ学生一人の爆死はメディアの取り上げ方も別格で、県警本部長も会見では『全力で犯人を追い詰める所存』などと力強く決意表明していた。

 だがその本部長を始めとして『上』はアホ臭くなるような秘密主義である。
 いったい自分たちの組織は何をしているのだろうと秋人は思った。

 そこで各署長の視線が自分に向いていることに気付く。秋人は紫堂を肘で突いた。

「おい、どうすんだよ?」
「もしホシを挙げても、挙げなくても僕らの進退問題になるよ」

 確かに紫堂の言う通りだった。横からホシをかっ攫えば帳場は面子を失い、自分たちに向けられる視線は極寒となる。かといってホシを挙げず情報だけを手に入れた場合、保秘に躍起となっている県警上層部にとって自分たちは危険分子となる可能性があった。

 ここでも自分たちは捨て駒かと呆れ、秋人はコーヒーを飲み干すと低く唸る。

「だからって爆破予告状まで見せられて、今更断れそうにもねぇんだがな」
「上手く嵌めてくれたもんだよね」

 カップをソーサーに戻した紫堂はニヤニヤ笑い始めていた。きっと署長たちは秋人が県警の嫌煙警視長殿に食いついた話を聞き及んで自分たちバディを指名したのだ。紫堂を巻き込む形になって秋人は臍を噛む思いだったが後の祭りである。

 もう二人分の後先を考えても仕方なかった。

「くそう、拝命すりゃあいいんだろ!」

 勝手に白羽の矢を立てて退路を断ってくれた相手に遠慮は無用、秋人は完全に階級を無視した物言いをした。誰も咎めはしない。紫堂に対して個別の返答も求められなかった。
 満足そうに頷いた江前署長と真浜署長が口々に告げる。

「今回の爆破について佐々木ささき県警刑事部長は特に興味を示している。その配下で参事官の友永ともなが警視正は県下の企業に便宜を図った挙げ句、多額の賄賂を受けている確実な情報があり、それをネタに揺さぶりを掛けているところだ。そろそろ落ちるだろう」

「それに県警本部長の秘書室に詰めている婦警も既にこちらの手の者だ」

 なるほど、県警本部サイドにもスパイがいて自分たちに協力してくれるということらしい。有難すぎて涙が出そうだ。

 しかしあの腰巾着の警視正が情報源などとは、人は見かけに寄らないものである。だからといって保秘の徹底に血道を上げる男のイエスマンが流す情報の信憑性に少々不安が残る秋人だったが、この場でそれを言っても始まらない。使うだけ使い倒してやろうと思う。

「そいつはいいが、強行犯一係の仕事はどうするんだ?」
「雪村くんはそのまま入院、夕月くんも精密検査の結果、左腕骨折で通す」
「だが入院してちゃ誰が浮かんでも参考人照会すらできないぜ?」

「心配要らん、県警本部内に部屋を用意してある。四階の第五倉庫、これがキィだ」
「へえ、県警本部か。灯台もと暗しってヤツだな」

 頷いてキィを二本受け取った。県警本部庁舎は江前市内でバスなら四十分だ。

「だが自宅に出入りするのも拙い。できれば県警の官舎に移って貰いたい」
「確かにアパートはここに近すぎるからな。了解した」
「他に何かあるかね? なければ宜しい。成果を期待している。以上だ」

 二人は署長室を出て、あまり人の使わない建物端の階段で密かに一階へと降りる。署長室に平刑事が出入りしているだけで何事かと探りたがるヒマ人もいるからだ。

 裏口から出ると紫堂と歩いて十五分、秋人はアパート二階の自室に戻った。

 紫堂のアパートはすぐ裏手にあり、窓を開ければ世間話ができるほどの距離だが、今はバックパックに着替えとノートパソコンその他を詰め込む作業に従事する。十分と掛からず準備を終え、部屋を出てアパートの裏に回ると紫堂も似たような格好で立っていた。

「荷物なんか背負って大丈夫なのかよ?」
「秋人みたいに重たい動画ファイルなんか入ってないから平気だよ」
「うるせぇな。ところでバスはつらくねぇか?」
「タクシー呼んだ。領収書をたっぷり溜めて提出してやるつもりだから」

 まもなくタクシーがやってきて乗り込む。ラッシュ時でもないので二十分ほどで県警本部に辿り着いた。料金精算をしてしっかり領収書も貰うと本部庁舎に潜入だ。

 まずは壁に貼られた案内板を眺め、厚生課に向かって官舎のキィを貰う。署長たちの根回しはちゃんとなされていて官舎の二人部屋が手配されていた。
 厚生課の事務官から懇切丁寧に官舎の在処を説明されたが、礼を述べて本部庁舎の横手から出ると官舎の建物は見えていた。走れば三分で出勤可能という有難い立地である。

 与えられた官舎の部屋は四階建ての二階角部屋で、そこは着替えさえあればすぐさま人が住めるよう大抵のものが揃っていた。寝室にベッドが二台、毛布などの寝具もある。
 小さなキッチンには僅かな食器もあった。あとはフローリングの部屋にTVまで置かれていて、男二人の仮の宿としては上等すぎるくらいである。

 大した荷物は持ち込まなかったのでノートパソコンだけキッチンのテーブルに出すと、あとは放置して本部庁舎に逆戻りした。エレベーターで四階に上がり備品ばかりが詰め込まれた一角で『第五倉庫』なるプレートが貼られた小部屋を探し当てる。
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