葉桜

志賀雅基

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第23話

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 結局秋人と紫堂がSPたちと一緒に本部に戻ると十九時を過ぎていた。
 ただ現場に残された分の情報は得ていた。

 爆発したワンボックスは大手メディアのRTVのもので乗員四名が爆散したこと。後続車に乗っていたSPも六名が重軽傷を負ったこと。爆発物はRTVのワンボックスの車内に放り込まれていたこと。使用された爆薬はセムテックスで今回の信管は遠隔式、つまり何者がリモコンで起爆したことなどだ。

 あちこちを巡り歩いたあとである。乗車前にいちいちSPが点検する黒塗りなどとは違い、メディアの車に何処で爆弾が仕掛けられたかなど分かる筈もなかった。

 第五倉庫の部屋でコーヒーと煙草にありついて、二人はようやく緩んでいた。

「ここでセムテックスが出てくるとはね。今更言っても仕方ないけど、さっさと帳場に東栄会の名だけでもタレ込んで、組対に警戒させておくべきだったか?」
「そうだな。ここにきて四人も殺られるとは想定外だぜ……チクショウ!」

 毒づいたが紫堂の冷静な目に宥められ、秋人は溜息をついて言葉を継ぐ。

「だがここまで県警本部長を狙う理由が東栄会にあるとは思えねぇんだがな」
「じゃあ、東栄会以外に誰がセムテックスを持ってるのさ?」

「こういうのはどうだ。元・辰明会発祥のセムテックスは総会屋崩れとそれを抱え込んだ東栄会を経て専門家に流れた。仮に東栄会岸谷が企業恐喝をしてたとしても、自分たちの代わりに効果的に爆破してくれる専門家がいるのなら、目的は同じく果たせるからな」

「そんなブツを欲しがる専門家なんて、テロリストくらいじゃないか?」
「まさにテロだろうが。俺たちを除いても、もう爆破で十一人も死傷してるんだぞ」

 新たに煙草を点けた紫堂は天井に向かって紫煙を吹き上げた。

「テロか、そうだな。自分がどれだけ麻痺しているのか、たまに驚くことがあるよ」
「ここまで想定外のことが続くと常識がブレてくるのも仕方ないけどな」
「『撃たれろ』か。僕が散ったら数え切れないほど婦警が悲嘆に暮れるだろうなあ」
「心配するな、あとは全部俺が引き受ける」

 デスク越しに煙を吹きかけ合ったのち、秋人はFAX用紙の束をパラパラと捲る。

「敵が何者であれ、ここにきて本気で保秘が重要ってことだな」
「急遽変更したルート上、狙いやすい場所での爆破。身内にホシがいるのかもね」

◇◇◇◇

 一般人四名が木っ端微塵に吹き飛んで、その翌日も視察に出掛けるという神原本部長の宣言に対し、メディアの反応は賛否両論だった。だが、

『自分の職務は喪に服することではない。ここで信念を枉げては職に殉じた者への冒涜にもなる』

 などと表明した神原本部長は、真浜市内の視察を敢行するに至ったのだった。勿論秋人と紫堂もお供である。

 真浜市は市街地にビルが林立していながら海にも面しているため、秘書官も申し訳ない気持ちにならずに済むと思われた。見ものはあちこちに転がっている。
 だがお蔭で東栄会の本家だの事務所だのを巡ったのち、ここでも『街の声』を聴く本部長はこれまで以上に精力的に自らの足で移動を試み、秋人と紫堂にSPたちは翻弄されることになった。それもビルだらけの市街地を練り歩かれると、もはや神経戦である。

 おまけに東栄会事務所は車両で通過したにも関わらず、改めて軒先を歩いた上に監視カメラに向かって挙手敬礼までして見せた。ふざけるにもほどがある。
 しかし秋人と紫堂なる『盾』がいるにしても本部長の胆は太いと言わざるを得ず、そんな神原流のデモンストレーションに、同業者の死を悼んで渋い顔をしていたメディアの人間も今や大喜びで批判は口にしなくなり、既にアイドルの取り巻き状態となっていた。

 更に本部長は昼食時もメディアやSPが一緒に入れる大型ファミリーレストランに入店し、皆と同じものを食しつつ時折ジョークを飛ばしては周囲を沸かせたりした。
 自信に満ち溢れながらも尊大でなく、朗らかで話題も豊富な本部長は小柄な躰から人を惹き付けるオーラを発散しているようだった。

 それら全てが計算ずくと知る秋人にすら、非常に魅力的な人物に映るのだ。神原真司は恐るべき切れ者だった。その神原を以て『敵』と言わしめる相手はいったい誰なのか。

 予想通りに警察内部の人間なのか。そしてそいつは何処で仕掛けてくるのか。

 けれど自分たちが撃たれることに対して秋人の現実感は希薄だった。二桁ものSPもついている。本部長の敵とやらには狙撃して頂き前回同様に失敗して貰えばいい。それで自分たちはお役ご免だ……そのくらいにしか考えていなかった。
 そうでなければ脅されたとはいえ、こんな分の悪い博打に乗りはしなかっただろう。

 それにかなりのウェイトを占めたのは、当然ながら紫堂の通院の実現である。

 通院し服薬してどれくらい苦しみが軽減されるのかは分からない。しかし県警本部長の言質を取ったという事実が何よりも重要だった。本部長側も秋人と紫堂を脅してSPに就くことを承知させたのだ。互いの秘密を護り合う上で今後は紫堂の援護に回るだろう。

 だが当の紫堂はまだ自分が撃たれるつもりでいるようだ。けれど万が一にもそんなことがあってはならない。脅しに対し見せたことのない反発の仕方をし、この胸で震えていた躰が傷つき血を流すことなど許されない――。

 ふいに目前で手を振られてビクリとする。顔を上げると紫堂が覗き込んでいた。

「あ、何だ、どうした?」
「もう出るらしい。今度は海だってさ」

 あと半日残っているが、ビル街の散策が終わった安堵で溜息が出た。今日は天気も上々で穏やかな水平線が拝めそうである。向かっているマリーナの辺りには高層建築もない。

 走り出した一団は海岸通りに出た。防波堤が徐々に低くなり白い砂浜と大海原が見えてくる。まだシーズン前で人に浸食されていない静かな海を秋人は窓越しに愉しんだ。やがて一団はレジャー専用船舶の係留されたマリーナに乗り入れる。

 マリーナに入るなり神原本部長は黒塗りを駐めさせて降車した。ヨットハーバーの近くには瀟洒なガラス張りのヨットハウスが建っている。少し離れて漁港もあった。
 だがそこで『街の声』を聴くのは後回しにして、メディアの一団を引きつれた本部長はSPすら囲むのを遠慮させ、秋人と紫堂だけを傍に置いてマリーナを歩いてゆく。

 どうやら神原本部長の狙いは秋人と同じらしく小規模な港の先で水平線を眺めるつもりのようだ。午後の日差しは穏やかだが、ヨットに張られた白い帆が目に眩しい。
 かといって停泊しているのは帆を張ったものばかりではない。クルーザーとでもいうのか帆のない船も並んでいる。モーターボートのような小さなものから、全長二十メートル以上ありそうな豪華船まで様々だった。

 それらを検分しながらゆっくりと歩を進める神原本部長は、意外にも本当に海が好きなのかも知れないなどと、秋人はどうでもいいことを考えた。
 そうしてマリーナの突端まで辿り着く。百メートルほど先の海面に頭を出した防波堤の切れ目から見える水平線は少しぼやけていたが、波頭がテトラポッドで虹色に砕けるのを眺めた秋人は、久々の潮風に胸がすくような思いがした。

 今度は休日に紫堂を誘って二人で来るのもいいな、などとも考える。

 そこで滑らかな海面を割り、白い航跡を描いて一隻の船が近づいてきた。優雅に海遊びを終えてマリーナに進入してきたのは全長五、六メートルほどの船体で、クルーザーなのかプレジャーボートに分類されるのか、詳しくない秋人には分からない。
 こちらに正対した操舵室には男が一人乗っている。秋人の視力は抜群だが、それ以上に男がくっきりと見える理由がすぐに分かった。男のいる操舵室の前面ガラスが右半分だけ外されているのだ。

 潮風をたっぷり浴びたであろう造作までは分からないが、手にしているのは――。

「伏せろ、紫堂!」

 クルーザーの男が狙撃銃を構えたのを目にして叫ぶ。
 叫びながらも神原本部長を右肩で突き飛ばした。それは同時に本部長の右側にいた紫堂を突き飛ばすことになる。防波堤を避けた敵との距離は七、八十メートルで狙撃銃には超至近。
 途端に視界で白く眩い火炎が迸った。その銃口が吐いたマズルフラッシュを目に映しつつ、がつんと肩から背後の堤防に叩きつけられる。

 己の左肩から面白いように血が噴き出しているのを視認した。だが歯を食い縛ってヴァーテックを抜く。血でぬめるグリップを握り締めて秋人、発砲。トリプルショットを放つ。更にダブルタップ。コンマ数秒の速射でスナイパーに向け、九ミリパラを叩き込む。

 しかし既に白い船体はUターンし、海を切り裂いて水平線へと向かっていた。

 最後の一射の反動に耐えきれず、秋人はヴァーテックを取り落とす。五発撃ったが当たったかどうかなど分からない。そもそも三十メートルも離れれば当てるのが困難な代物で精密照準でもなかった。悔し紛れに弾をバラ撒いただけである。

「あー、くそう、寒いぜ……」

 溢れる血は温かい筈なのに、それを冷たく感じるほどの左肩の熱さだった。その熱さに体温を奪われて全身が酷く凍えてゆく。
 身を震わせながらSPたちが海際に駆け寄って行くのを眺めた。咄嗟に秋人の前に飛び出そうとした紫堂の動きを阻むため、秋人が本部長ごと海に突き落としたのである。二人はSPの手を借りて少し離れた場所から上がってきた。

 ずぶ濡れの紫堂と神原本部長が走ってくる。何か叫んでいるが嫌に五月蠅い鼓動が激しい耳鳴りと同調して言葉など聞き取れない。
 それでも膝を折ってしまいたいのに耐えて秋人は堤防に凭れたまま立ち続けた。

 ここで倒れ込むなら紫堂の腕の中以外にはあり得ないだろうと思って。
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