マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第20話

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「踏み込んでくる気配はないが……すまん、尾行つけられたかも知れん」
「なら何で外から一旦連絡を入れねぇんだ、テメェもプロで行確に対するセオリーだろうが! そもそも俺たちがくるのは知ってたんだ、何であと少し待って――」
「シド。もう今更だよ。それにキャスの具合がこんなだもん、クスリ買いに行きたくなる気持ちも分かるでしょ。終わったことなんだから大声出さないで」
「ごめんなさい。わたし、止めたんだけれど……」

 そう言うキャスの顔色は青ざめて何度も嘔吐を繰り返したという身をぐったりとソファに寄り掛からせていた。昨夜から幾度も吐いて何も食べられずにいるという。
 シドたちが着いてから十五分ほどでマックスは戻ってきた。だがついた尾行がどの線なのかが分からない。マックスは機捜課の同輩ではないと、それだけは断言した。

 とするとドラクロワ=メイディーンのヴィクトル星系解放旅団である可能性も否定できず、これは危険すぎた。即、移動しなければ危ない。
 しかし体調を崩したキャスを連れて何処に逃げればいいのか。皆が逡巡する。

「わたしだけなら大丈夫じゃないかしら? 置いていって。独りで署まで行けるわ」
「そういう問題でもないと思うなあ。どの線であってもマックスの連れってことは監視カメラに映ってるんだし、却って後顧の憂いだよ」

 口調は優しいが別室員はあくまで甘い見込みは口にしない。

「マックスは出頭する気は毛頭ないんだよね?」
「ああ。俺は刑事をやってるが、無実の人間が極刑に処されることもない訳じゃないと思ってる。人間は間違う生き物だからな」
「ふうん。それってヴィクトル星系の処世術?」
「えっ? あ……いや、たぶん俺個人の考え方だと思うが、何か関係あるのか?」
「そっか、ごめん。別に関係は……で、シドのご意見は?」
「そうだな。体制側で単純に惑星警察がだめなら軍しかねぇな、くらいか」
「軍、ねえ」

 急にハイファの表情が憂いを帯びて見えた。

「別室を外して軍じゃ、お前の顔を潰すか?」
「僕は何もマックスを本人与り知らぬ過去で虐めたい訳じゃないよ? ちょっと気になっただけだから緊急時の今ここで嫌味合戦してる場合じゃないと思う。それと、そのくらいで潰れるようなヤワな顔はしてません」
「ふん、後で訊く。具体案として実際、軍の基地はどうだ?」
「場合によっては途中変更アリになるかもだけど……」

 タイタン基地の最寄りの街までここからBELでも最速で四十分ほど掛かる。兵士たちも休暇を取り娯楽を求めて出てくるので定期便が就航していた。

 ハイファがホテル備え付けの端末で調べたところ、このホテルから郊外の空港までコイルで約二十分の距離だった。便は三時間に一本だ。居住区の官舎屋上からの便や第一宙港からの便はもう少し多いものの、捕まりたくないマックスには論外である。

「民間人……って言っても同じ官品だけど、申し出て上手く誤解さえ解ければ、保護くらいはして貰えるかもね。じゃあタイタン基地、行ってみる?」

◇◇◇◇

 照明をかなり絞った薄暗い室内には、壁に添ってホロディスプレイがずらりと並んでいた。それをモニタする人員は殆ど喋らないが、映しだされた映像や星図、数値などが瞬いては最新のデータと入れ替わり、妙に騒がしい雰囲気を醸し出している。

 それほど広くない部屋の中央に最新型の4Dタクティカルディスプレイが置かれ、そこにはタイタンと、その周囲に浮かぶ宙艦やレピータなどの人工物、細かいデブリまでもがグリーンの輝点として精確に投影されていた。

 4Dタクティカルディスプレイはモードを変えると現在位置だけでなく、それらひとつひとつの乱数的な動きを数秒前に予測表示すら可能な機器である。

《どこまで絞れた?》
「不審艦、ナンバー〇〇〇〇〇一より〇〇〇七八九のうち、五六から八〇、一五〇、四八九から五〇二、六八九、六九〇、七七二から七八三が二十四時間以内に連絡艇を出すなどの活動を活発にしています」

 壁際、片隅のウィンドウに映る濃緑色の制服に焦げ茶のタイを締めシルバーグレイの髪をした中年男からの問いに、女が機械的な口調で答えた。女は機器の前の椅子に腰掛け、ヘルメット状のものを被り、バイザで目を広く覆っている。

《六十隻か――》

 ウィンドウの向こう側はテラ本星セントラルの郊外にある軍基地、その奥にある中央情報局でも最深部の第二部別室、室長室だった。ダイレクトワープ通信回線を繋ぎっ放しで別室長はここ、タイタン基地の戦略司令部付属モニタルームへ直に指令を出している。

《ここ三時間以内では?》
「二十四隻。ナンバーは――」

 不審艦といってもれっきとした他星系からの輸送艦であり積み荷も載せていて宙賊艦などではない。タイタンをワープ地点として経由し去ってゆくものや、通関待ちをしている艦が殆どだ。それらの中にドラクロワ=メイディーン率いるヴィクトル星系解放旅団のメンバーが乗り込んでいるというのも予測に過ぎない。

 だが可能性からいえば、確率は八割から九割だと別室戦略コンは弾き出していた。

(十中八九とは、近頃はコンもアナログ的な……)

 これ以上の爆破は何としてでも避けなければ、その計画を叩き潰さねばならない。テラ連邦の威信にかけて、テロリスト如きの好きにさせておく訳にはいかないのだ。

 絞れた艦を総臨検することも考えたがそれでまたテラ連邦宙軍の一艦が失われる、それも許されざる状況だ。そのために地上に罠を張った。こちらはそれこそ戦略コンですら予測不能な動きを見せるが、毎回こちらの望む成果は必ず上げてくる。

 別室長ユアン=ガードナーは細い目を更に細めてダイレクトワープ通信中のモニタ画面の向こうを見つめる。

 最新機器で埋まったこの地下室よりも地上で人間的感情に揺れ、足掻いて行動する彼らの方に期待する自分を見つけ、かつてこの自分に対して挑む目をしてきた切れ長の黒い目を思い出していた。

◇◇◇◇

 具合が悪いキャスにマックスは腕を貸し立たせ、ゆっくり歩かせてホテルを出た。チェックアウトは念を入れてシドが済ませる。先回りしてエントランス前までハイファが調達してきたタクシーに四人で乗り込んだ。相変わらずの人混みの中、コイルは緩やかに発進する。

 何れにせよこの人混みではコイルも法定速度まで出せはしない。

 普通に走れば郊外の空港まで二十分だが、これではもう少し掛かりそうだ。本当ならば歓楽街の端まで歩いた方が早い。けれど今はキャスの体調問題がある。

「大丈夫……じゃなさそうだね」
「ううん、平気よ」

 その顔色は平気である筈などなかった。

「シド、後ろ分かる?」
「ああ、二人だな。もう少しスピード出せれば撒けるんだろうが……」

 振り返ったハイファはリアウィンドウ越しにリモータアプリのカメラをズームさせ、明らかにこちらを尾行している男のうち、一人を密かに撮る。

「六課の手配は受けてない、と」
「中央情報局第六課、対テロ課の資料と照合したのか?」
「うん。手配を受けてないからってヴィクトル星系解放旅団のメンバーじゃないってことにはならないんだけどね。惑星警察関係は……あ」
「ヒットか? どれ……イヴァン=シャイエ、入星管理局警備部? マックスが嵌められた軍施設爆破とは無関係じゃねぇか。あっちは宙港爆破だろ?」
「宙港及び惑星警察連続爆破は、犯人が分かってても行方が分からなくて膠着状態。それこそマックスを囮として、大御所が出てくるのを待ってるのかもね」
「確かにそいつは目の付け所かもな。惑星警察の身内にマックスを売った奴がいないなら相当鼻の利く捜査官だぜ。しかしあっという間に大物だな、マックスは」

 後部座席でキャスの肩を抱いたマックスは、苦虫を噛み潰した表情だ。
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