マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
21 / 46

第21話

しおりを挟む
「いったい俺に何の恨みがあるっていうんだ、『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』とかいうコピーキャット野郎は! なあ、テラ連邦軍の中枢なんだろう別室は。別室に保護を申し出ても無駄なのか? 危険を冒して基地まで行くより迎えに来てくれないのか?」

 別室に関わりその目論見も知るシドとハイファには返してやれる言葉がなかった。

「それにしても幾ら鼻が利いてもヘタな尾行の捜査官だよね」

 ルームミラーで後方十五メートルを走るコイルを見てハイファは呟いた。

「マックスの身柄ガラ、取る気があるなら取れる筈だが……囮として見てるならここで捕まえても仕方ねぇし、あわよくば『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』のヤサまで見届けようって腹なのかも知れねぇな」
「そっか。でもマックス、惑星警察がだめで軍ならいいって理由、訊いてもいい?」
「別にヴィクトル星系で軍の温情みたいな残飯で育ったからじゃない」
「何でみんなサツカンてこうもネチこいかなあ。じゃあ聞くけどそれも処世術?」

 険悪になりかけたマックスとハイファを振り返ってシドは真剣な目で宥める。

「はいはい、喧嘩してる場合じゃないよね。僕は本当に不思議なだけだよ。軍経由で惑星警察に即、身柄引き渡しってコースもあり得るのにサ」
「すまん、俺もカッとなった。……真面目に答えるが、ここまできたら何処かに保護を求めたいのは分かってくれるよな。だが惑星警察なら問答無用で御用だ。で、さっさと釈放パイされてもヴィクトル星系解放旅団に狙われる。これが一番怖い。でも軍に自ら保護を求めれば、少なくともキャスリーンがそのまま留置場に叩き込まれて俺とともに断罪されることも短時間で放り出される心配もないだろう?」

 聞いていたシドはかなり冷静にマックスが事態を掴んでいることにやや安堵する。

「なるほど、つまりは時間稼ぎって訳ね。確かにドラクロワ=メイディーン一派でも、その分派でもないって立証されるまでは惑星警察に引き渡されないし」
「その間に『別室』とやらの活躍を祈るまでだ」
「うーん、でも僕の軍のつて、あんまり期待されても困るんだけど……」

 こちらは何故か少々憂鬱そうな表情で、ハイファは薄い笑いを見せた。

「別室とやらはかなり中央寄りで権限を持っていそうな感触を受けたんで、割と頼ってはいたんだが。二重職籍でも正式な別室員なんだろう、ハイファスは」
「まあね。だからできる限りのことはさせて貰うよ。でもドラクロワ=メイディーンとヴィクトル星系解放旅団が捕まっても『清冽なる陽』の方は残る。分かってる?」

 ドラクロワ=メイディーンとそのシンパを捕らえるのが別室の狙い、それらが片付けば敷設した罠も回収される。その際にタイミングを計って出頭すれば、簡単に元の自由を取り戻せる筈だ。

 つまり一度は腹を括って惑星警察に出頭しなければならない。

「分かっているさ、いつかは出頭する。でも今は――」
「それも分かってるよ。命あってこそだからね」
「今はマックスたちを逃がす一手だ。けどハイファ、俺が自分で軍行きを言い出しといて今更だがヤバいことに気が付いた。タイタン基地と別室が繋がってたりしたら、それこそ罠に飛び込むようなモンだが、その辺はどうなんだ?」
「まあ、それも一種の賭けだけど、たぶん大丈夫だと思う」

 そうシドに返しながらも、ハイファは何故かまだ憂鬱そうな顔をしていた。シドが目で訊くも、曖昧に笑うばかりで理由は言わない。諦めてシドは前方を注視する。

 歓楽街も端に差し掛かりタクシーのスピードが増した。左に曲がって居住区の明かりを眺めつつ今度は右折しハイウェイに乗る。
 尾行者は多数走るコイルのライトに紛れて所在が分からなくなった。だがこのルートを一直線だ、こちらが定期BELに乗ろうとしているのは尾行者も予測済みだろう。

 暫し走らせたが、このまま着いてしまっても搭乗まで一時間は待たなければならないので一時休憩、ハイウェイの傍のサーヴィスエリアで食事を摂ることにした。

 コイルでキャスが酔ったこともあり、この際尾行してきた行確者に対しては堂々と無視を決め込んだ。無論こちらの方が余程怖いヴィクトル星系解放旅団の追っ手には細心の注意を払っている。狙う者の目や動きを見破るプロが一応は四人いるのだ。

「何か少しでも食べられそうにないのか?」

 マックスが訊ねるも皆がセットメニューを頼む中でキャスはソーダ水のみ注文だ。

「あんなに食ってたのに、いったいどうしちまったんだろうな」
「自分でも不思議なくらいよ。やっぱり今回はショックだったみたい」

 メニューが運ばれてきて男性陣が夕食にありつく中、キャスはひとこと断って立ち上がる。パウダールームだ。目前の食べ物の匂いに堪えられなくなったらしい。

 一緒に席を立つハイファにシドは目顔で訊く。

「僕がついてくよ。大丈夫。一発撃って残り十七発にスペアマガジン二本で五十一発のフル装備だから。って、そんなことにならなきゃいいけどね。それに貴方たちが立ってるより僕の方がたぶん他のご婦人方にも受けはいいと思うよ」

 尤もな御意見でキャスはハイファに任せた。
 その間にシドとマックスは速攻で食事を平らげ、シドは煙草に火を点ける。

「結婚前の、バディとしての最後の仕事だったのか?」
「これが終わったら籍を入れてキャスは同じ署内の地域課に異動する予定だった」
「『だった』って、そうするんだろ?」
「何が何だか俺にも分からなくなっちまってな。先なんて考えられない、今で手一杯だよ。刑事なんかやっててもまさかこんなにあっさりと陥れられて犯罪者が出来上がるとも、こうして命まで狙われるとも思っても見なかった」

 本星セントラルの自室に招いたときより僅か荒んだ感じのするマクシミリアン=ダベンポートの顔をシドは微かな罪悪感を持って眺めた。
 眺めているとマックスが再び自嘲する。

「先ばっかり行っちまうシド、お前を俺とキャスはずっと追いかけてきた。いや、最初は追いかけるつもりだったが、そのうち二人でバディを組んで……なんて夢を語って実現までして。結局は自分たち自身の未来に向かって走ってきたんだ、お前のトレースではなくてな。なのに急にヴィクトル星系出身だからって二十名爆殺者扱いだ。フェアじゃない」
「お前もサツカン、この世の何処にもフェアなんてないことくらい知ってる筈だ」
「それにしたって何故ハイファスにまでヴィクトル星系人扱いされるんだ? これでも俺はテラ本星で惑星警察の司法警察職員をやってる、従順なテラの公僕だぞ」
「あいつは意味のないことをあんな風には訊かない。お前に何か感じたから敢えて煽って怒らせるような真似をしただけだ。理由はそのうち訊いておくから許してくれ」
「お前に謝られてもな」

 放り投げるように言い捨てたきり、マックスは黙り込んだ。

 それを眺めつつシドは考えを巡らせる。いつものように別室の目論見を達成しなければこの状況は終わらない。
 いつも通り、いや、いつになく大がかりかつ派手でありながらも細部にまで張られた罠からマックスを抜け出させるためには本来ならば危険を承知で、囮は囮を演じるしかないのかも知れない。

 その護衛役として自分たちだけでなく最強のサイキ持ちである『スチルブルーのフォッカー』までが投入されたのか。チームで護れと。それだけ危険な敵だからと。

 だったらチームの縛りを破って最強の駒を失った自分たちは、降りかかる危険に対処する能力に足りていないのではないだろうか。
 今回はシドとハイファという自分たちバディのみでは対応しきれないと別室戦略コンなり別室長ユアン=ガードナーなりが判断した。
 だからこそのフォッカー氏だったのか。
しおりを挟む

処理中です...