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第22話
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それでもシドは自分に関わりがあるというだけで選ばれてしまったのだろう彼らを目前に迫った危険に晒す選択はできなかった。
今もどう転ぶか分からない危険は山積みだが、マックス本人が拒む惑星警察一分署に無理やり出頭させた挙げ句に爆死されたら堪らない。
店内のスピーカがTVの流す菓子のCMらしきポップな音楽で空気を震わせる中、向かいに座るマックスは左耳の後ろを揉みながら顔をしかめている。
そこにハイファと、ややすっきりとした顔つきのキャスが戻ってきた。
「キャス、大丈夫か?」
声を掛けたのはシド、キャスは明るく応える。
「ええ。ごめんなさい、本当に、もう大丈夫よ。それよりマックス、また頭痛?」
「『また』ってお前ら、揃って何なんだよ。新婚旅行はセントラルの病院の精密検査入院ツアーにでもした方がいいんじゃねぇのか?」
「大きなお世話だ。昔は黙って熱ばっかり出して世話かけやがったクセに」
「ふん、それこそ大きなお世話だ。それよりキャスは何か食うか?」
「ううん、今はやめておくわ。ごめんね、ハイファス。冷めちゃったわね」
「や、僕も、もうお腹いっぱいだから」
「じゃあそろそろ行くか、入管警備部のあちらさんも焦れてるようだしな」
煙草を消したシドと皆は席を立つ。出口で一括してシドがクレジットを払い、待たせておいたタクシーに再び乗り込んだ。ここから空港までは十分と掛からない。
ハイウェイのヘッドライト群に合流しながら背後にやはり入管警備部が張り付いているのをシドは確認する。なかなかに根性もある優秀な警備部員だ。
「このまま無事に着いたとして、すんなり定期BELに乗らせて貰えるかなあ?」
「軍のベッドタウン行きはともかく、軍そのものに押しかけるとは思ってねぇだろうし、まずは最終目的地の『テレーザガーデンズのアジト』まで行かせようとはするんじゃねぇか。単独犯と決めつけた訳でもないだろうしヤサの様子くらい見るだろ」
「そっか。じゃあ一緒にご搭乗? 尾行者としては相当マヌケてる気がするよね」
「軍に駆け込む際に捕まらなきゃいいんだ。このまま上手く行けばいいんだがな」
最後には呟きとなったイヴェントストライカの言葉にハイファは胸がざわついた。
「おっ、あそこだな」
シドの声に皆が前方を見やると明かりが集中して夜闇にぼうっと建物群のシルエットが浮き上がっていた。明るさからして結構な大規模施設のようである
タクシーを滑り込ませた空港は思っていたより新しく施設も充実していた。二十一時発のタイタン基地ベッドタウン行きの便まで、ここで時間を潰しても良かったかも知れないとシドは思った。レストランや喫茶室、喫煙室などが五階建ての二次元的に大きい建物の中に幾つも入っており、宿泊施設までが完備されている。
現在時、二十時四十五分。チケットセンターで自販機に希望の便を入力し、それぞれが購入したチケットをリモータに流す。あとは搭乗時にチェックパネルを通過するのみだ。
今シドたちがいる二階ロビーでは、意外に沢山の人々が思い思いに時間を潰していた。便数が少ないせいもあるのだろう、三十名ほどが出航を待っている。軽装の人間が多く、これはベッドタウンに帰る人間だろうか。
逆に大きな鞄を提げた者たちもいる。これらは固まっていて休暇明けの軍関係者かも知れない。なかなかに鍛えた体つきの者が多く、目つきも鋭かった。
ロビーの窓からは駐機場上の十数機のBELが見えた。大型から小型まで様々である。シドたち四人が乗るのは大型機だ。
まもなくアナウンスが入り、一階に降りてエプロン前の指定場所に集まるよう告げられる。二階から降りるにはオートスロープが設置されていた。
集まった人数はシドたち四名も含めて三十二名、入管警備部の二人もそれこそマヌケなまでに顔を晒してライトが照らす中、シドたちの後ろに並んでいた。
搭乗が始まる。エプロンを歩いて移動、先に乗り込んだ軽装の人々に続いてキャスとマックスがタラップドアを昇り女性係員が掲げたチェックパネルを通過する。
ハイファが続いてシドがタラップドアに足を掛けた、そのときだった。
タ、タ、タ……と押し殺したような音がし、入管警備部の男のうち一人が血飛沫を上げて斃れ伏した。もう一人、イヴァン=シャイエという男も脚を撃たれて地に膝をつく。
軍関係者かと思っていた男らが大きな鞄から取り出したのは、旧式機構の火薬カートリッジ式サブマシンガンだった。サウンドサプレッサー、消音器を着けている。
振り向いたシドとハイファは瞬時に応射。女性係員の悲鳴にレールガンの発射音とテミスコピーの撃発音が重なった。
咄嗟にキャスとマックス、女性係員を機内に押し込んだハイファは、自分も機へと飛び込んだ。だが最後尾であるシドがまだだ。
そのシドが被弾して躰を揺らがせたのを視界のふちに映し、ハイファは更に男たちに向かって銃弾を放ちながら叫ぶ。
「シドっ、早く!」
「このジャケットだ、サプ付きは弱い! 大丈夫だ、行け!」
こちらも咄嗟にタラップドアから飛び降りてタラップ自体を掩蔽物にしたシドは、サブマシンガンのフルオートに対しレールガンを連射しながら大声で応える。
「押さえるから早く、シド!」
再び叫びながらハイファ、開いたドアの陰から八人の男たちに九ミリパラベラムを速射で撃ち込んだ。二人が腹にダブルタップとヘッドショットを受けて吹っ飛ぶ。
それでも敵はサプレッサー付きで亜音速とはいえ毎分千発以上の発射速度を誇るサブマシンガン、弾丸がハイファの頭を掠めるように飛来して衝撃波を食らい、ドアの内側に引っ込まざるを得なくなった。
機内も既に外での惨劇を知り、騒然となっている。
その間にタラップ裏という態勢の悪さに苦労しつつシドはレールガンをマックスパワーで連射。だが一人の腕に着弾したのみ、敵の火線が激しく狙いをつけられない。
「ハイファ、タラップを上げろ!」
「シド、貴方も早く乗って!」
「いいから、マックスとキャスを連れて行けっ!」
叫び合いながらも銃弾の応酬は続いている。シドは頬に熱い感触の擦過と引き替えに一人仕留めた。
「マックスたちを頼む、この数じゃ無理だ!」
「そんな……貴方を置いてなんて行けない!」
機体そのものを掩蔽物にしたハイファとタラップ裏のシドは約三メートルの距離で怒鳴り合う。その間に大型BELには幾つも銃弾の穴が開いた。反重力装置駆動で燃料洩れの心配は皆無だが、その他の安全機構を破壊されたら飛べなくなる。
そうなる前にこの窮地を脱する判断をしたのか、オートパイロットを監視する機長は、飛ぶ事を選択したらしい。接地していた機がタラップドアもそのままに、僅かに浮き上がった。
機が浮いたのを感じて悲鳴じみた叫びをハイファは洩らす。
「今度こそ、押さえるから早くっ!」
「いや、お前もあとワンマガジン、とっておけ! 俺を迎えに来てくれるまでな!」
「嫌だ……嫌だっ、シドっ!」
「ここで制圧は無理、あいつらを頼むからな、ハイファ!」
「シドっ!!」
「待ってる――」
メイン機能が銃弾でやられたタラップドア、そのフェイルセーフが働いてオートで持ち上がり、飛び降りようとしたハイファを押し留めた。
シドのいる外界から閉ざされる。
エアが抜けるような音と共に完全にタラップドアは閉じ、同時に急激に浮き上がると高度を取って、大型BELは安全である目的地を一路、目指し始めた。
「すまない、シドが……」
「……」
肩に手を置いたマックスに応えることもできず、ハイファは蒼白な顔色で立ち尽くす。本当は肩に置かれた手など弾き返したかった。
マックスが惑星警察への出頭を頑強に拒んだからこそ、この事態に陥ったのだ。何故そこまで拒む必要があった?
別室でも最強のサイキ持ちがついた自分たちバディも一分署を拠点とすれば、余分な考えに思考を割く必要がないだけ護ることも容易になった筈なのに。
そして幾度か挑発しては反応を見てきたが、まだ出ていない答え……果たしてシドとの繋がりのみでマクシミリアン=ダベンポートは選ばれたのか。
自分たち二人を引っ張り込むならいつものように命令書を流すだけでいい。この自分が別室員である以上、シドも嫌な顔をしつつも必ず自分についてきてくれるのだ。
それに実際にドラクロワ=メイディーンの思想にかぶれた奴でもぶつけて『護れ』で良かったのに、わざわざ何の関係もないヴィクトル星系出身者を嵌めたのは何故なのか。そもそも本当に関係はないのか。
いや、何かがあると別室員の勘は囁くが掴めない。
でも、今はもうそんなことなんか、どうでもいい。何も手につかない。
……シド。
ドラクロワ=メイディーンのヴィクトル星系解放旅団は、空港で張り込んででもいたのだろう。このレーザー全盛の現代に、わざわざ劇場効果的に旧式銃で襲ってきた奴らは『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』の一員である『司法警察職員』を、今、捕らえたのだ。
今もどう転ぶか分からない危険は山積みだが、マックス本人が拒む惑星警察一分署に無理やり出頭させた挙げ句に爆死されたら堪らない。
店内のスピーカがTVの流す菓子のCMらしきポップな音楽で空気を震わせる中、向かいに座るマックスは左耳の後ろを揉みながら顔をしかめている。
そこにハイファと、ややすっきりとした顔つきのキャスが戻ってきた。
「キャス、大丈夫か?」
声を掛けたのはシド、キャスは明るく応える。
「ええ。ごめんなさい、本当に、もう大丈夫よ。それよりマックス、また頭痛?」
「『また』ってお前ら、揃って何なんだよ。新婚旅行はセントラルの病院の精密検査入院ツアーにでもした方がいいんじゃねぇのか?」
「大きなお世話だ。昔は黙って熱ばっかり出して世話かけやがったクセに」
「ふん、それこそ大きなお世話だ。それよりキャスは何か食うか?」
「ううん、今はやめておくわ。ごめんね、ハイファス。冷めちゃったわね」
「や、僕も、もうお腹いっぱいだから」
「じゃあそろそろ行くか、入管警備部のあちらさんも焦れてるようだしな」
煙草を消したシドと皆は席を立つ。出口で一括してシドがクレジットを払い、待たせておいたタクシーに再び乗り込んだ。ここから空港までは十分と掛からない。
ハイウェイのヘッドライト群に合流しながら背後にやはり入管警備部が張り付いているのをシドは確認する。なかなかに根性もある優秀な警備部員だ。
「このまま無事に着いたとして、すんなり定期BELに乗らせて貰えるかなあ?」
「軍のベッドタウン行きはともかく、軍そのものに押しかけるとは思ってねぇだろうし、まずは最終目的地の『テレーザガーデンズのアジト』まで行かせようとはするんじゃねぇか。単独犯と決めつけた訳でもないだろうしヤサの様子くらい見るだろ」
「そっか。じゃあ一緒にご搭乗? 尾行者としては相当マヌケてる気がするよね」
「軍に駆け込む際に捕まらなきゃいいんだ。このまま上手く行けばいいんだがな」
最後には呟きとなったイヴェントストライカの言葉にハイファは胸がざわついた。
「おっ、あそこだな」
シドの声に皆が前方を見やると明かりが集中して夜闇にぼうっと建物群のシルエットが浮き上がっていた。明るさからして結構な大規模施設のようである
タクシーを滑り込ませた空港は思っていたより新しく施設も充実していた。二十一時発のタイタン基地ベッドタウン行きの便まで、ここで時間を潰しても良かったかも知れないとシドは思った。レストランや喫茶室、喫煙室などが五階建ての二次元的に大きい建物の中に幾つも入っており、宿泊施設までが完備されている。
現在時、二十時四十五分。チケットセンターで自販機に希望の便を入力し、それぞれが購入したチケットをリモータに流す。あとは搭乗時にチェックパネルを通過するのみだ。
今シドたちがいる二階ロビーでは、意外に沢山の人々が思い思いに時間を潰していた。便数が少ないせいもあるのだろう、三十名ほどが出航を待っている。軽装の人間が多く、これはベッドタウンに帰る人間だろうか。
逆に大きな鞄を提げた者たちもいる。これらは固まっていて休暇明けの軍関係者かも知れない。なかなかに鍛えた体つきの者が多く、目つきも鋭かった。
ロビーの窓からは駐機場上の十数機のBELが見えた。大型から小型まで様々である。シドたち四人が乗るのは大型機だ。
まもなくアナウンスが入り、一階に降りてエプロン前の指定場所に集まるよう告げられる。二階から降りるにはオートスロープが設置されていた。
集まった人数はシドたち四名も含めて三十二名、入管警備部の二人もそれこそマヌケなまでに顔を晒してライトが照らす中、シドたちの後ろに並んでいた。
搭乗が始まる。エプロンを歩いて移動、先に乗り込んだ軽装の人々に続いてキャスとマックスがタラップドアを昇り女性係員が掲げたチェックパネルを通過する。
ハイファが続いてシドがタラップドアに足を掛けた、そのときだった。
タ、タ、タ……と押し殺したような音がし、入管警備部の男のうち一人が血飛沫を上げて斃れ伏した。もう一人、イヴァン=シャイエという男も脚を撃たれて地に膝をつく。
軍関係者かと思っていた男らが大きな鞄から取り出したのは、旧式機構の火薬カートリッジ式サブマシンガンだった。サウンドサプレッサー、消音器を着けている。
振り向いたシドとハイファは瞬時に応射。女性係員の悲鳴にレールガンの発射音とテミスコピーの撃発音が重なった。
咄嗟にキャスとマックス、女性係員を機内に押し込んだハイファは、自分も機へと飛び込んだ。だが最後尾であるシドがまだだ。
そのシドが被弾して躰を揺らがせたのを視界のふちに映し、ハイファは更に男たちに向かって銃弾を放ちながら叫ぶ。
「シドっ、早く!」
「このジャケットだ、サプ付きは弱い! 大丈夫だ、行け!」
こちらも咄嗟にタラップドアから飛び降りてタラップ自体を掩蔽物にしたシドは、サブマシンガンのフルオートに対しレールガンを連射しながら大声で応える。
「押さえるから早く、シド!」
再び叫びながらハイファ、開いたドアの陰から八人の男たちに九ミリパラベラムを速射で撃ち込んだ。二人が腹にダブルタップとヘッドショットを受けて吹っ飛ぶ。
それでも敵はサプレッサー付きで亜音速とはいえ毎分千発以上の発射速度を誇るサブマシンガン、弾丸がハイファの頭を掠めるように飛来して衝撃波を食らい、ドアの内側に引っ込まざるを得なくなった。
機内も既に外での惨劇を知り、騒然となっている。
その間にタラップ裏という態勢の悪さに苦労しつつシドはレールガンをマックスパワーで連射。だが一人の腕に着弾したのみ、敵の火線が激しく狙いをつけられない。
「ハイファ、タラップを上げろ!」
「シド、貴方も早く乗って!」
「いいから、マックスとキャスを連れて行けっ!」
叫び合いながらも銃弾の応酬は続いている。シドは頬に熱い感触の擦過と引き替えに一人仕留めた。
「マックスたちを頼む、この数じゃ無理だ!」
「そんな……貴方を置いてなんて行けない!」
機体そのものを掩蔽物にしたハイファとタラップ裏のシドは約三メートルの距離で怒鳴り合う。その間に大型BELには幾つも銃弾の穴が開いた。反重力装置駆動で燃料洩れの心配は皆無だが、その他の安全機構を破壊されたら飛べなくなる。
そうなる前にこの窮地を脱する判断をしたのか、オートパイロットを監視する機長は、飛ぶ事を選択したらしい。接地していた機がタラップドアもそのままに、僅かに浮き上がった。
機が浮いたのを感じて悲鳴じみた叫びをハイファは洩らす。
「今度こそ、押さえるから早くっ!」
「いや、お前もあとワンマガジン、とっておけ! 俺を迎えに来てくれるまでな!」
「嫌だ……嫌だっ、シドっ!」
「ここで制圧は無理、あいつらを頼むからな、ハイファ!」
「シドっ!!」
「待ってる――」
メイン機能が銃弾でやられたタラップドア、そのフェイルセーフが働いてオートで持ち上がり、飛び降りようとしたハイファを押し留めた。
シドのいる外界から閉ざされる。
エアが抜けるような音と共に完全にタラップドアは閉じ、同時に急激に浮き上がると高度を取って、大型BELは安全である目的地を一路、目指し始めた。
「すまない、シドが……」
「……」
肩に手を置いたマックスに応えることもできず、ハイファは蒼白な顔色で立ち尽くす。本当は肩に置かれた手など弾き返したかった。
マックスが惑星警察への出頭を頑強に拒んだからこそ、この事態に陥ったのだ。何故そこまで拒む必要があった?
別室でも最強のサイキ持ちがついた自分たちバディも一分署を拠点とすれば、余分な考えに思考を割く必要がないだけ護ることも容易になった筈なのに。
そして幾度か挑発しては反応を見てきたが、まだ出ていない答え……果たしてシドとの繋がりのみでマクシミリアン=ダベンポートは選ばれたのか。
自分たち二人を引っ張り込むならいつものように命令書を流すだけでいい。この自分が別室員である以上、シドも嫌な顔をしつつも必ず自分についてきてくれるのだ。
それに実際にドラクロワ=メイディーンの思想にかぶれた奴でもぶつけて『護れ』で良かったのに、わざわざ何の関係もないヴィクトル星系出身者を嵌めたのは何故なのか。そもそも本当に関係はないのか。
いや、何かがあると別室員の勘は囁くが掴めない。
でも、今はもうそんなことなんか、どうでもいい。何も手につかない。
……シド。
ドラクロワ=メイディーンのヴィクトル星系解放旅団は、空港で張り込んででもいたのだろう。このレーザー全盛の現代に、わざわざ劇場効果的に旧式銃で襲ってきた奴らは『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』の一員である『司法警察職員』を、今、捕らえたのだ。
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