マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第28話

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 長い長い夜が終わり、太陽系広域惑星警察タイタン地方一分署に仮補填人員になっていた若宮志度巡査部長とハイファス=ファサルート巡査長は事故により傷病休暇扱いとなった。
 入院先は何故かタイタン基地病院である。

 正確にはハイファはピンピンしているが愛しのシドが数指を欠損する重傷で入院しているのに、独り出勤して署でトグロを巻いていられる筈がない。
 別室戦術コンを通してタイタン基地病院の診断書をねつ造し、惑星警察の捜査戦術コンを経て自分も休暇をもぎ取ったのだ。

 お陰で謎な入院事故者二名、惑星警察一分署員は首を捻った。

 首は捻られたが結局シドは後腐れのない方を選び、基地病院に入院した。

 一分署近く、居住区の病院だと同輩が訪ねてくる可能性もある。特に尾行を撒いたアリステア=ナッシュとユーイン=オライリーなんぞに来られたら厄介だ。

 あれから救急機内で応急処置だけを済ませて第一宙港に着けて貰い、今回の救出作戦で掠り傷を負った特殊部隊員と共にタイタン基地付属軍港行きの宙艦に乗り込んで移動し、基地病院に転がり込んだのだった。

 幸い胸や腹の傷は大したことはなかった。だが両手は重傷で即手術となった。切り裂かれた部分は神経や血管を繋ぎ、表面も合成蛋白接着剤で処置して取り敢えずは形を取り戻した。失くした指は五日後に培養したものを移植する予定だ。
 バラバラのスプラッタを若い衛生兵は律儀に持ってきてくれてはいたが、食欲を失くすダイエット以外の使い道はなかった。

「はい、あーんして」
「いちいちそれ、やめろよな」
「だって両手がそれじゃ食べられないじゃない」
「右なら何とか……」
「今、無理したら、その大砲みたいなレールガンなんか撃つどころじゃなくなるよ」
「うー」

 唸ってシドはベッドサイドのキャビネット上に置かれた、ホルスタに収まった愛銃を眺めやる。手は両方とも医療ゴムスプレーで固められていた。
 免れているのは右手の親指と人差し指、中指の三指のみだ。その三指も手首に巻かれた痛覚ブロックテープで痺れた状態、腕には無針タイプ・浸透圧利用の点滴の管も繋がっている。

 入院したここは二人部屋だがベッドのひとつはハイファ専用だ。

 故に個室に等しく、電子モニタ機器すら今回は着けていないので一切の他者の目がない。ハイファが図に乗る、もとい、シドの看護に精を出す訳だった。

 それに本来ならば再生槽に放り込まれる大怪我だが、シドはマックスとキャスがまだ嵌められた渦中にいる、危険が迫る可能性があることを盾に意識を落とされるのを拒否しているのである。せめて両手だけでも部分再生槽に浸けるべきだったが、それすら拒んでいた。
 身動きが取れないと護衛できないと言って。

 あくまで別室がマックスかキャスにでも仕掛けてきたら受けて立つつもりらしい。

「分かってるから貴方を極度に刺激するような真似は別室も暫くは控えると思うよ。それに一度やってみたかったんだよね、こういう『あーん』ってシチュエーション」
「何だよ、それじゃ俺が怪我するの待ってたみたいじゃねぇか」
「滅相もございません。それにしてもあいつらが後進惑星出身で助かったよね、リモータの発信機化を考慮してなかったから良かったようなものの……ぞっとするよ」
「あと二十分、いや、十五分早かったら――」
「……ごめんね」
「や、すまん。フォッカーの言った通り今更だよな」

 身を起こしたシドの前にベッド付属のテーブルを出し、トレイをふたつ並べたハイファは口数少なに自分とシドの口に食事を運び出した。

「責めてるんじゃねぇからな」
「シドも自分を責めるのは止めてよね。僕は貴方がこうして生きて目の前にいてくれるだけで充分。誰がどうなろうとね。貴方が死んだら僕も……二人分なんだからね」
「へいへい。で、イヴァン=シャイエ入管警備部員に家族は――」
「不幸中の幸い、独り者だったよ。ついでに言えばそのバディもね」

 ハイファも気にしていたのをシドは悟り、今後はこの話題に触れまいと決めた。

「ところでマックスとキャスは基地の何処にいるんだ?」
「ああ、言ってなかったっけ。この病院の特別室だよ。幾ら何でもマックスがあの顔を晒して隊員たちの前をうろうろできないからね」
「へえ、誰が捻り出したか妙案だな。キャスも医者に掛かれるし飯の心配も無用と」
「基地司令の副官がね。赤霧一尉って人だけど、痒い処に手が届くタイプ」

 そう言ってしまってからハイファは連鎖的に基地の女司令・アデライデ=クラーリ陸将を思い出し、これに触れると何かと困る事態に陥るんじゃないかという思いが湧いてきて内心焦る。

「ほらほら、野菜も残さずに食べましょうね~っ。ここのって本当に美味しいし」
「何だよ、いきなり。食ってるじゃねぇか」
「食べたらちゃんと喫煙室付き添ってあげるから」
「それな。夜中に入院してまだ昼飯、半日も経ってねぇが、こればっかりは参るぜ」
「書類の日は三箱空けちゃう人だもんね、あーたは。たまには節煙もいいでしょ」
「この件に限ってならフォッカー氏としみじみ語り合える気がするぜ」

 食事を終えた途端にシドのリモータが振動した。痛覚ブロックテープの麻酔作用で無事な三指まで超不器用になっている。すかさずハイファが手を貸した。

「ええと、キャスからだね」
「あとで見舞いに来るってか。お前、黙ってりゃいいものを」
「あの状況で『無事でした』はないでしょ。隠す方が心配を煽るだろうし。じゃあ、煙草吸ったらシャンプードレッサー使った方がいいよ。髪、まだ血で固まってる」

 空になったトレイふたつを送り返し、ハイファは昼食後までと言われていたシドの点滴を外した。ナースステーションから伸びる管は抗生物質入りの輸液だった。

 甲斐甲斐しいハイファの動きにプラスして入院患者専用の服はガウンをペラペラにしたような薄い緑色で何とも怪我人気分を盛り上げてくれるアイテムなのだが、着ていた対衝撃ジャケットはクリーニング中、その他の衣服はダストシュート行きだ。

 ここは我慢するしかない。
 脱走防止にハイファがまだ買ってこないのである。

 ベッドから降りようとしてシドはふらついたのをハイファに支えられた。柳眉の間にシワが寄ったのを素知らぬフリで喫煙室に向かう。
 喫煙室で右手指に煙草を挟んだ上に火を点けてやったハイファはずっとシドの腕を取ったままだ。まるで手放すと消えてしまう、それを恐れてでもいるかのように。

「悪かった」
「……」

 喫煙室には他の患者や見舞いの家族もいる。
 話すと零れ落ちてしまいそうな潤みを湛えた若草色の瞳がシドの吐く紫煙の行方を追っていた。
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