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第19話
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シドが目を覚ますと窓の外は薄暗かった。
時間を間違えたかと思ったがリモータを見ると八時半である。そろそろと腕を引き抜きにかかると、ハイファが若草色の瞳を見せた。
「おはよ、シド」
「起こしたか、すまん」
「ううん、良く寝たよ」
「良く寝たのはいいが、朝メシも食いっぱぐれたみたいだぞ」
「あ、本当だ。アラームセットするのも忘れてたよ。ギルはご飯、どうしたんだろ」
「あいつも……食うんだろうな?」
「エネルギーは必要だろうし、食べるんじゃないのかな?」
起き出してシドは椅子に腰を下ろし、朝の一服だ。物憂げなハイファを鑑賞しながら煙草を吸う。これでやっと脳ミソが固まるのだ。
「しかし何だってこんなに暗いんだ?」
「このエウロパが木星の影に入りつつあるんじゃないかな」
「八十五時間に一度くるっていう、太陽が木星の向こうになるアレか」
「たぶんね」
ゆっくり煙草を二本灰にするとシドの腹が鳴った。夜中にあれだけ肉体労働したのだ、空腹になるのは当然である。
「まともなモノが食べられるまで、まだ二時間以上もあるよ。どうする?」
「少々まともでなくとも、エンダースに言えば何か食わせてくれるだろ」
「じゃあ貴方、その打ち上げ花火みたいな寝ぐせ直して食堂に行ってみる?」
交代で顔を洗い、シドは寝ぐせを水で撫でつけハイファは革紐でぐるぐると後ろ髪を縛ってから着替えた。執銃するとソフトキスを交わしてから部屋を出る。
隣の三一二ルームをノックすると、すぐにギルは顔を出した。
「おはようございます。よく眠られたようですね」
「お蔭さんでな。あんた、メシはどうする?」
「先程食堂で食べたばかりですが」
言われてまじまじとシドはギルを眺めた。思ったよりも世話は要らないらしい。
「コーヒーくらい付き合わねぇか?」
「付き合い……なるほど、とても人間的ですね。いいでしょう」
スーツに白衣のギルを伴ってシドとハイファは廊下を延々と歩き、階段で一階まで下りた。人々は仕事に取り掛かったのだろう、タダでさえ面積の割に人口の少ない建物の中はひっそりとし、廊下を行き交う者とも二度しかすれ違わなかった。
おまけに窓の外はどんどん暗くなり、こちらの方がよっぽどワープラグの気分である。
シャッター付き出入り口をくぐり、メインの建物から出てYの字のトンネルチューブに入ると、シドは何気なく上を見上げた。黒い空には殆どシンチレーションなしで星々が煌めいている。黒い中でもなお黒く丸い部分は木星だ。
Yの字の分岐点では、迷わず昨夜と同じ左に向かう。ログハウス風の食堂のシャッター付きオートドアも難なく内側に開いた。だが当然ながら中はガランとしている。
誰かいないのかとカウンターから厨房を覗くと鍋を洗うエンダースと目が合った。
「おっ、えらく遅いな。そんな重役出勤でいいのかい、ダンナ」
「昨日は超過勤務だったんだ。すまんが何か食わせてくれねぇか、腹ぺこでな」
「仕方ないな。まかないシェフの気まぐれサンドでいいなら作ってやる。そこのコーヒーでも飲んで待っててくれ」
「有難い。二人分頼む」
「あいよ。これ、持ってけ」
朝の残りらしいサラダと、くし形に切ったオレンジの皿を渡され、ハイファがトレイに載せた。シドが紙コップ三つにコーヒーを注ぐ。
一番カウンターに近いテーブルに陣取り、ギル、ハイファ、シドの順で横並びに腰掛けた。
「シド、貴方もサラダ、ちゃんと食べて」
「分かってるってばよ」
生野菜が得意でなく酸っぱいモノ嫌いのシドは、サラダに掛かっているドレッシングのニオイに退きながらもハイファの監視の許、しぶしぶフォークでつつき始める。
サラダの器を空にした頃にエンダースから声が掛かり、ハイファが立ち上がった。渡されたのは大きめのプレートひとつにまとめて盛られたサンドウィッチだった。
「ホットサンドがハムチーズで、ロールパンがフルーツサンドだね。いただきます」
「ん、いただきます。あー、これは旨いな」
「やっぱりプロが作るのは違うなあ。沢山あるしギルも食べれば?」
「『付き合い』とカロリーの過剰摂取、どうしましょう……?」
それらしく腕組みをしてギルが悩んでいるうちに、早食いのシドは半分に切られたホットサンドの三つ目に手を伸ばしている。
「食ったらそのまま宙港だな」
「ギルはスターゲイザーの位置も分かってるんだよね?」
「はい。現在は土星寄りに軌道をとっていますので、ショートワープが必要です」
結局オレンジを食べることで妥協したらしいギルをシドとハイファは笑い、何故笑われたのかが分からずギルは無表情ながら首を傾げていた。
あっという間に二人はサンドウィッチを食べてしまい、今度は空のプレートを持ってシドがコーヒーのおかわりに立つ。
戻ってきたシドから紙コップを受け取ってハイファが笑った。
「ありがと。食べたら宙港の前に一本じゃないの?」
「エンダースは向こうの食堂みたいだな。三階に戻るしか……っと、また地震だぜ」
オレンジの皮の載った皿がカタカタと音を立てている。その震えは徐々に激しくなり、テーブル上を皿が移動し始めた。
「えっ、ちょっと大きいよ!」
「大丈夫なのかよ、これ?」
「現在の震度は五弱、P波感知からS波到達までの所要時間が非常に短かったため、震源地はほぼ真下、いわゆる直下型地震であると推測されます」
「能書きはいい、この建物が保つのかどうかが問題で……うわっ!」
既に椅子やテーブルが床を左右に滑り出していたが、地震の経験が皆無に近いシドとハイファは、どうしていいか分からずに思わず立ち上がる。だが立ち上がって三秒もしないうちに、激しい揺れは急速に収まっていった。
揺れがまだ続いているような錯覚を起こしながら、シドは建物に重大な損傷がないかと辺りを見回す。そのとき出入り口と反対側の外に繋がるドアが内側に開いた。
こんな所から誰が入ってくるのかと注視した刹那、耳を聾する爆音が響く。同時に開いたドア付近に白い雲のようなモヤがどっと発生した。
「いけません、負圧になってます! 気密が破られました!」
時間を間違えたかと思ったがリモータを見ると八時半である。そろそろと腕を引き抜きにかかると、ハイファが若草色の瞳を見せた。
「おはよ、シド」
「起こしたか、すまん」
「ううん、良く寝たよ」
「良く寝たのはいいが、朝メシも食いっぱぐれたみたいだぞ」
「あ、本当だ。アラームセットするのも忘れてたよ。ギルはご飯、どうしたんだろ」
「あいつも……食うんだろうな?」
「エネルギーは必要だろうし、食べるんじゃないのかな?」
起き出してシドは椅子に腰を下ろし、朝の一服だ。物憂げなハイファを鑑賞しながら煙草を吸う。これでやっと脳ミソが固まるのだ。
「しかし何だってこんなに暗いんだ?」
「このエウロパが木星の影に入りつつあるんじゃないかな」
「八十五時間に一度くるっていう、太陽が木星の向こうになるアレか」
「たぶんね」
ゆっくり煙草を二本灰にするとシドの腹が鳴った。夜中にあれだけ肉体労働したのだ、空腹になるのは当然である。
「まともなモノが食べられるまで、まだ二時間以上もあるよ。どうする?」
「少々まともでなくとも、エンダースに言えば何か食わせてくれるだろ」
「じゃあ貴方、その打ち上げ花火みたいな寝ぐせ直して食堂に行ってみる?」
交代で顔を洗い、シドは寝ぐせを水で撫でつけハイファは革紐でぐるぐると後ろ髪を縛ってから着替えた。執銃するとソフトキスを交わしてから部屋を出る。
隣の三一二ルームをノックすると、すぐにギルは顔を出した。
「おはようございます。よく眠られたようですね」
「お蔭さんでな。あんた、メシはどうする?」
「先程食堂で食べたばかりですが」
言われてまじまじとシドはギルを眺めた。思ったよりも世話は要らないらしい。
「コーヒーくらい付き合わねぇか?」
「付き合い……なるほど、とても人間的ですね。いいでしょう」
スーツに白衣のギルを伴ってシドとハイファは廊下を延々と歩き、階段で一階まで下りた。人々は仕事に取り掛かったのだろう、タダでさえ面積の割に人口の少ない建物の中はひっそりとし、廊下を行き交う者とも二度しかすれ違わなかった。
おまけに窓の外はどんどん暗くなり、こちらの方がよっぽどワープラグの気分である。
シャッター付き出入り口をくぐり、メインの建物から出てYの字のトンネルチューブに入ると、シドは何気なく上を見上げた。黒い空には殆どシンチレーションなしで星々が煌めいている。黒い中でもなお黒く丸い部分は木星だ。
Yの字の分岐点では、迷わず昨夜と同じ左に向かう。ログハウス風の食堂のシャッター付きオートドアも難なく内側に開いた。だが当然ながら中はガランとしている。
誰かいないのかとカウンターから厨房を覗くと鍋を洗うエンダースと目が合った。
「おっ、えらく遅いな。そんな重役出勤でいいのかい、ダンナ」
「昨日は超過勤務だったんだ。すまんが何か食わせてくれねぇか、腹ぺこでな」
「仕方ないな。まかないシェフの気まぐれサンドでいいなら作ってやる。そこのコーヒーでも飲んで待っててくれ」
「有難い。二人分頼む」
「あいよ。これ、持ってけ」
朝の残りらしいサラダと、くし形に切ったオレンジの皿を渡され、ハイファがトレイに載せた。シドが紙コップ三つにコーヒーを注ぐ。
一番カウンターに近いテーブルに陣取り、ギル、ハイファ、シドの順で横並びに腰掛けた。
「シド、貴方もサラダ、ちゃんと食べて」
「分かってるってばよ」
生野菜が得意でなく酸っぱいモノ嫌いのシドは、サラダに掛かっているドレッシングのニオイに退きながらもハイファの監視の許、しぶしぶフォークでつつき始める。
サラダの器を空にした頃にエンダースから声が掛かり、ハイファが立ち上がった。渡されたのは大きめのプレートひとつにまとめて盛られたサンドウィッチだった。
「ホットサンドがハムチーズで、ロールパンがフルーツサンドだね。いただきます」
「ん、いただきます。あー、これは旨いな」
「やっぱりプロが作るのは違うなあ。沢山あるしギルも食べれば?」
「『付き合い』とカロリーの過剰摂取、どうしましょう……?」
それらしく腕組みをしてギルが悩んでいるうちに、早食いのシドは半分に切られたホットサンドの三つ目に手を伸ばしている。
「食ったらそのまま宙港だな」
「ギルはスターゲイザーの位置も分かってるんだよね?」
「はい。現在は土星寄りに軌道をとっていますので、ショートワープが必要です」
結局オレンジを食べることで妥協したらしいギルをシドとハイファは笑い、何故笑われたのかが分からずギルは無表情ながら首を傾げていた。
あっという間に二人はサンドウィッチを食べてしまい、今度は空のプレートを持ってシドがコーヒーのおかわりに立つ。
戻ってきたシドから紙コップを受け取ってハイファが笑った。
「ありがと。食べたら宙港の前に一本じゃないの?」
「エンダースは向こうの食堂みたいだな。三階に戻るしか……っと、また地震だぜ」
オレンジの皮の載った皿がカタカタと音を立てている。その震えは徐々に激しくなり、テーブル上を皿が移動し始めた。
「えっ、ちょっと大きいよ!」
「大丈夫なのかよ、これ?」
「現在の震度は五弱、P波感知からS波到達までの所要時間が非常に短かったため、震源地はほぼ真下、いわゆる直下型地震であると推測されます」
「能書きはいい、この建物が保つのかどうかが問題で……うわっ!」
既に椅子やテーブルが床を左右に滑り出していたが、地震の経験が皆無に近いシドとハイファは、どうしていいか分からずに思わず立ち上がる。だが立ち上がって三秒もしないうちに、激しい揺れは急速に収まっていった。
揺れがまだ続いているような錯覚を起こしながら、シドは建物に重大な損傷がないかと辺りを見回す。そのとき出入り口と反対側の外に繋がるドアが内側に開いた。
こんな所から誰が入ってくるのかと注視した刹那、耳を聾する爆音が響く。同時に開いたドア付近に白い雲のようなモヤがどっと発生した。
「いけません、負圧になってます! 気密が破られました!」
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