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第25話
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洗面所で手を洗ってきたシドは、細い躰を横抱きにしてベッドに運んで寝かせた。そうしておいて左脇のホルスタごとショルダーバンドを外し、衣服を全て脱がせてから毛布を被せる。
「汚しちゃ拙いんだろ」
「お世話かけます」
「幾らでも世話かけろ。もう大丈夫だから、泣くなよ」
「泣いてないもん」
「ならいい。リフレッシャの前にオートドリンカに行ってくるが、希望は?」
「冷たいコーヒーがいいな」
部屋を出て行ったシドは十秒で戻ってきた。ハイファの上体を起こし、キャップを開けた保冷ボトルを手に握らせる。
「ナニからナニまで、スミマセン」
「いいんだ。『冷たい方程式』を地でいくところだったんだからな」
「トム=ゴドウィン? ギルには『コラテラルダメージ』って言われちゃったよ」
灰皿を手にするとベッドの枕元に腰掛け、シドは自分の肩でハイファの背を支えた。煙草を咥えて火を点ける。深々と吸い込んで紫煙を吐き出した。
「で、何に対する『犠牲』だって?」
「数の原理。それとアラギ人民解放旅団を助ければ、情報も取れてメディアの受けもいいって」
「ふん。ここでも『巨大テラ連邦の利のために』か。それこそ狂信的な気がするぜ」
「確かにテラ連邦に『益がある』とも言ってたけどね」
「我らがテラ連邦に従順なアンドロイド博士は、立派に体制を背負ってるって訳だな。それこそテロリスト並みの狂信的に」
「貴方にしては随分辛辣だね。まあ、殺されかかったんだから仕方がないけど」
シドはハイファの手にしたコーヒーを取り上げてひとくち飲み、また返す。
「太陽系がウイルスで全滅しそうなら、お前と他星系に移住するまでだが、それも俺とお前が生きててこそだからな。辛気臭い話はやめだ、少し寝ろよ」
煙草を消してそっとハイファを寝かせると、シドは立ち上がって伸びをした。
「さてと。リフレッシャ、浴びてくる」
「待って、僕も……うっ!」
「まだ動けねぇだろ、お前。無理すんなよ」
「無理はしないよ……抱っこ」
◇◇◇◇
「ふうん。リモータに見えるけど、それがギル自身の外部アクセス端末なんだね」
「そうです、私には本来リモータは不要ですから。外部アクセス端末と言えばこの体自体が外部アクセス端末ともとれる訳ですが」
リモータから引き出したリードを宙艦のメイン航行コンにギルが繋ぐのを見て、ハイファはこうやって新旧局長のメモリ受け渡しもなされるのかと推察する。
既にシドとハイファにギルの三人は宇宙空間にあった。ギルが送られてきた際に一緒に運ばれたという小型宙艦の中である。
あれから十四時までやっているという昼食にギリギリで二人は滑り込んだ。
勿論、事件のあった食堂は使えず、普段は作業組が利用している食堂に客が殺到したので、食堂内はかなりの混み具合だったが、上手く席を確保した二人は、刑事稼業で身に着けた早食いで胃袋を満タンにした。
そのあと何食わぬ顔で医務室にギルを迎えに行くと、『二時間四十三分とは、随分長い喫煙タイムでしたね』と嫌味でもなくギルは言ってベッドから下りたのだった。
土星近辺、タイタンにごく近い軌道上にいるというスターゲイザーまでは、四十分の通常航行の間にショートワープ一回で着くとギルは言い、全員がワープ前の白い錠剤を飲み下したばかりである。
キャプテン席にギル、隣の副キャプテン席にハイファが座っている。どうせ何もすることのないシドは、後部座席のリクライニングを有効活用し優雅に午睡の構えだ。
本人は構えだけのつもりだったが、ふいにまぶたが重くなって気付けばハイファに肩を揺さぶられていた。
「ねえ、起きて見た方がいいよ」
「んあ、何をだ?」
「スターゲイザーを上空五キロから俯瞰。着陸前にギルが周回してくれてるから」
それを聞いて起き出したシドはハイファと共に艦外モニタではなく、肉眼で外が見える窓に張り付いた。眼下を見下ろす。
「うわっ、すっげぇ! 目茶苦茶デカいな。へえ、こいつがかつて航空宇宙監視局の誇った、主力機動艦のスターゲイザーってか」
「元は木星の第十八衛星テミストを改造したものだからね。長辺で直径八キロだよ」
「ジャガイモみたいだよな。それも何つったっけ、長いヤツ」
「メークイン? そうだね、少し押し潰したメークインそっくりかも」
男の子は更に騒ぐ。
「パラボラと主砲も馬鹿デカいな。大口径ビーム砲が四門か。それにあれ、水みたいじゃねぇか?」
「こっちの面の半分以上が水みたい。反対の面は……こっちはアンテナだらけだよ」
「これだけの大質量を動かす反重力装置って、いったいどんなだよ」
「G制御に大気維持、反重力装置にワープ航法を可能にする反物質機関。作られた約千五百年前は、それこそ最新鋭の科学を結集した航空宇宙監視局だったんだよ」
「衛星一個を艦にしちまう発想もすげぇよな」
「ワープ航法可能な動力としてはテラ人が作った人工物の中で、まだベストテン入りしてるんじゃないのかな」
パイロット席のギルが振り向いた。
「ベスト四ですね。現在太陽系にあるものと限定すれば最大級ですよ」
「ふうん。あのドでかいマニピュレータは隕石でも掴むのか?」
「その通りです。危険なすい星だけでなく、スペースデブリとなった用途廃止人工衛星や無断廃棄された宙艦などを掴むのに使われます」
「天文学者か宇宙の掃除屋か分からねぇな」
「それも重要な使命ですから。では、宙港に着陸します」
宣言したギルは、しかし何を操作するでもない。繋いだリードからオートプログラムを航法コンに流し込んでいるらしい。
完全G制御で加速も感じないが、小型宙艦はあっという間にスターゲイザーへと下降して、巨大な構造物の全容は見えなくなった。
二人は今度は窓外ではなく艦外モニタを見る。今は3Dモニタモードで、自位置と周囲の様子がホロ映像により三百六十度視点で捉えられた。
小型宙艦は水のある側とは反対側の面に建つ巨大な格納庫のような建物内へと吸い込まれるように飛行し着艦した。
「着きました。艦外の大気組成にも異常はありません。降りましょう」
「汚しちゃ拙いんだろ」
「お世話かけます」
「幾らでも世話かけろ。もう大丈夫だから、泣くなよ」
「泣いてないもん」
「ならいい。リフレッシャの前にオートドリンカに行ってくるが、希望は?」
「冷たいコーヒーがいいな」
部屋を出て行ったシドは十秒で戻ってきた。ハイファの上体を起こし、キャップを開けた保冷ボトルを手に握らせる。
「ナニからナニまで、スミマセン」
「いいんだ。『冷たい方程式』を地でいくところだったんだからな」
「トム=ゴドウィン? ギルには『コラテラルダメージ』って言われちゃったよ」
灰皿を手にするとベッドの枕元に腰掛け、シドは自分の肩でハイファの背を支えた。煙草を咥えて火を点ける。深々と吸い込んで紫煙を吐き出した。
「で、何に対する『犠牲』だって?」
「数の原理。それとアラギ人民解放旅団を助ければ、情報も取れてメディアの受けもいいって」
「ふん。ここでも『巨大テラ連邦の利のために』か。それこそ狂信的な気がするぜ」
「確かにテラ連邦に『益がある』とも言ってたけどね」
「我らがテラ連邦に従順なアンドロイド博士は、立派に体制を背負ってるって訳だな。それこそテロリスト並みの狂信的に」
「貴方にしては随分辛辣だね。まあ、殺されかかったんだから仕方がないけど」
シドはハイファの手にしたコーヒーを取り上げてひとくち飲み、また返す。
「太陽系がウイルスで全滅しそうなら、お前と他星系に移住するまでだが、それも俺とお前が生きててこそだからな。辛気臭い話はやめだ、少し寝ろよ」
煙草を消してそっとハイファを寝かせると、シドは立ち上がって伸びをした。
「さてと。リフレッシャ、浴びてくる」
「待って、僕も……うっ!」
「まだ動けねぇだろ、お前。無理すんなよ」
「無理はしないよ……抱っこ」
◇◇◇◇
「ふうん。リモータに見えるけど、それがギル自身の外部アクセス端末なんだね」
「そうです、私には本来リモータは不要ですから。外部アクセス端末と言えばこの体自体が外部アクセス端末ともとれる訳ですが」
リモータから引き出したリードを宙艦のメイン航行コンにギルが繋ぐのを見て、ハイファはこうやって新旧局長のメモリ受け渡しもなされるのかと推察する。
既にシドとハイファにギルの三人は宇宙空間にあった。ギルが送られてきた際に一緒に運ばれたという小型宙艦の中である。
あれから十四時までやっているという昼食にギリギリで二人は滑り込んだ。
勿論、事件のあった食堂は使えず、普段は作業組が利用している食堂に客が殺到したので、食堂内はかなりの混み具合だったが、上手く席を確保した二人は、刑事稼業で身に着けた早食いで胃袋を満タンにした。
そのあと何食わぬ顔で医務室にギルを迎えに行くと、『二時間四十三分とは、随分長い喫煙タイムでしたね』と嫌味でもなくギルは言ってベッドから下りたのだった。
土星近辺、タイタンにごく近い軌道上にいるというスターゲイザーまでは、四十分の通常航行の間にショートワープ一回で着くとギルは言い、全員がワープ前の白い錠剤を飲み下したばかりである。
キャプテン席にギル、隣の副キャプテン席にハイファが座っている。どうせ何もすることのないシドは、後部座席のリクライニングを有効活用し優雅に午睡の構えだ。
本人は構えだけのつもりだったが、ふいにまぶたが重くなって気付けばハイファに肩を揺さぶられていた。
「ねえ、起きて見た方がいいよ」
「んあ、何をだ?」
「スターゲイザーを上空五キロから俯瞰。着陸前にギルが周回してくれてるから」
それを聞いて起き出したシドはハイファと共に艦外モニタではなく、肉眼で外が見える窓に張り付いた。眼下を見下ろす。
「うわっ、すっげぇ! 目茶苦茶デカいな。へえ、こいつがかつて航空宇宙監視局の誇った、主力機動艦のスターゲイザーってか」
「元は木星の第十八衛星テミストを改造したものだからね。長辺で直径八キロだよ」
「ジャガイモみたいだよな。それも何つったっけ、長いヤツ」
「メークイン? そうだね、少し押し潰したメークインそっくりかも」
男の子は更に騒ぐ。
「パラボラと主砲も馬鹿デカいな。大口径ビーム砲が四門か。それにあれ、水みたいじゃねぇか?」
「こっちの面の半分以上が水みたい。反対の面は……こっちはアンテナだらけだよ」
「これだけの大質量を動かす反重力装置って、いったいどんなだよ」
「G制御に大気維持、反重力装置にワープ航法を可能にする反物質機関。作られた約千五百年前は、それこそ最新鋭の科学を結集した航空宇宙監視局だったんだよ」
「衛星一個を艦にしちまう発想もすげぇよな」
「ワープ航法可能な動力としてはテラ人が作った人工物の中で、まだベストテン入りしてるんじゃないのかな」
パイロット席のギルが振り向いた。
「ベスト四ですね。現在太陽系にあるものと限定すれば最大級ですよ」
「ふうん。あのドでかいマニピュレータは隕石でも掴むのか?」
「その通りです。危険なすい星だけでなく、スペースデブリとなった用途廃止人工衛星や無断廃棄された宙艦などを掴むのに使われます」
「天文学者か宇宙の掃除屋か分からねぇな」
「それも重要な使命ですから。では、宙港に着陸します」
宣言したギルは、しかし何を操作するでもない。繋いだリードからオートプログラムを航法コンに流し込んでいるらしい。
完全G制御で加速も感じないが、小型宙艦はあっという間にスターゲイザーへと下降して、巨大な構造物の全容は見えなくなった。
二人は今度は窓外ではなく艦外モニタを見る。今は3Dモニタモードで、自位置と周囲の様子がホロ映像により三百六十度視点で捉えられた。
小型宙艦は水のある側とは反対側の面に建つ巨大な格納庫のような建物内へと吸い込まれるように飛行し着艦した。
「着きました。艦外の大気組成にも異常はありません。降りましょう」
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