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第1話
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どヒマな在署番の応援を得てひったくりと痴漢の取り調べを済ませ、シドが刑事部屋に戻ってみると、こちらもオートドリンカ荒らしの取り調べを担当した相棒のハイファは、既に自分のデスクに着いていた。
シドの顔を見ると立ち上がり、紙コップのコーヒーを調達してくる。
「んあ、サンキュ」
チャコールグレイのジャケットを脱いで椅子の背に掛け、シドはどっかりと腰を下ろしてデカ部屋名物の通称泥水と呼ばれる液体を啜り、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。
ヴィンティス課長の説教を聞き流しながら、深々と吸い込んで紫煙を吐く。
「だから何故毎朝ホシのツアーを引きつれて出勤するのか。どうして三十九階のスカイチューブを利用して事件に遭遇するのを減らす努力をしてくれんのか」
泥水を半分ほど減らした頃になって、傍にまたハイファが立った。捜査戦術コンから打ち出してきた報告書類をキッチリ半分シドのデスクに置く。
「はい、これ。ひったくりに痴漢に飲料泥棒で計六枚。溜め込まずに書いてよね」
「始末書もナシの六枚くらい、チョロいぜ」
「チョロくてもさっさと書かないと、今日は今日の書類が降るんだから」
「分かってるって。小姑みたいにガミガミ言うなよな」
「小姑じゃなくて、せめて女房役とでも言ってくれないかなあ」
右隣のデスクに着いたハイファは、それでも微笑んでシドの横顔を見つめた。
シド、フルネームを若宮志度という。職業は惑星警察刑事、階級は巡査部長だ。
ラストAD世紀、三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔で、前髪が長めの髪も切れ長の目も黒い。身に着けているのは綿のシャツとコットンパンツだが、そのいでたちがラフすぎて勿体ないくらい、極めて端正な顔立ちをしていた。
トレードマークのチャコールグレイのジャケットは、自腹を切った価格も六十万クレジットという特殊アイテムである。余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、ある程度ならレーザーも弾くシールドファイバ製の対衝撃ジャケットだった。
そんなモノを着込んで歩かなくてはならないくらいクリティカルな日常を送るシドのバディとなって一年数ヶ月、今では左薬指にペアリングまで嵌めている。
出会ったその日に惚れて告白したハイファだが、完全ストレート性癖のシドに文字通り蹴り飛ばされ、けれど事ある毎に果敢にアタックし親友の座は獲得したが片想いで過ごすこと、何と七年間。
やっと粘り勝ってシドを堕としたのだ。微笑み始めると止まらない。
「ハイファ、あんまり見るなよ」
「いいじゃない、減る訳じゃなし」
「減らなくても有料だぞ。料金メータ、もう六百五十クレジットだ」
「リンデンバウムのランチ代、それ? おごらせようなんて、セコいんだから」
唇を尖らせて書類に取り掛かったバディをシドはチラリと流し見る。
ハイファ、フルネームをハイファス=ファサルートという。職業は今のところ惑星警察刑事で階級は巡査長だ。
背こそ低くないとはいえ上品なドレスシャツとソフトスーツで包んだ躰はごく細く薄い。タイまでは締めず、襟元は第二ボタンまで開けて白い肌が覗いていた。
シャギーを入れた明るい金髪は後ろ髪だけ長く、うなじ辺りで束ねて革紐で縛り、しっぽにしている。しっぽの先は腰近くまで届いていた。瞳は優しげな若草色だ。
誰が見ても女性と見紛うほどのノーブルな美人である。
だがなよやかなまでの外見に関わらず、本業は地球連邦軍人なのだ。軍における所属は中央情報局第二部別室という一般人には殆ど名称すら知られていない部署で一年と数ヶ月前から惑星警察に出向中の身なのである。
テラ連邦軍中央情報局第二部別室、その存在を知る者は単に別室と呼ぶ。
AD世紀から三千年の現代、テラ人は汎銀河中で暮らしていた。それらテラ系星系を統括するのがテラ連邦議会であり別室はテラ連邦議会を陰で支える組織である。
曰く『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に目的を達するためなら喩え非合法な手段であってもためらいなく執る超法規的スパイの実働部隊だった。
そんな所でハイファがいったい何をしていたのかといえばやはりスパイで、ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身とミテクレとを利用して、敵をタラしては情報を分捕るというなかなかにエグい手段ながら、まさに躰を張って別室任務に邁進していたのである。
などと考えているとハイファの声が飛ぶ。
「シド、貴方も書類!」
「分かってるってばよ。けど何だって俺たちだけこんなに忙しいんだ?」
「だからそれはシド、キミが道を歩けば、いや、表に立っているだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾな特異体質の『イヴェントストライカ』だからだ」
目を上げるとヴィンティス課長が哀しみを湛えた青い目でシドをじっと見ていた。
「この宇宙時代に、それも汎銀河一の治安の良さを誇るテラ本星セントラルエリアでだ、毎日毎日有り得ない事件ばかりを持ち込まないでくれたまえよ」
「じゃあ事件を放っておけとでも言うんですか?」
「そんなことは言っとらん。イヴェントストライカとしての自覚が足りんと言っているんだ」
嫌味な仇名を連呼され、シドはポーカーフェイスながら眉間に不機嫌を溜める。
「イヴェントストライカなんてナンセンスです」
「現実を見たまえ。管内の事件発生数、イコール、ほぼキミの事件遭遇数だというのを知らないのかね。そもそも我が課には外回りなどという仕事はないのだ。それなのにキミは毎日勝手に管内を練り歩いては事件を持ち帰ってくる」
「ここにいても仕事なんかないじゃないですか」
背後のフロア内をシドは目で示した。深夜番との引き継ぎも終わって喧噪が収まったデカ部屋では、誰も仕事などしていなかった。
ある者は手首に嵌めたマルチコミュニケータのリモータでゲームをし、ある者は情報収集用に点けてあるホロTVを眺め、ある者は気も早く本日の深夜番を賭けてシノギを削るカードゲームにいそしみ、ある者は鼻毛を引っこ抜いて長さを比べている。
ここは太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署の刑事部機動捜査課だ。
シドの顔を見ると立ち上がり、紙コップのコーヒーを調達してくる。
「んあ、サンキュ」
チャコールグレイのジャケットを脱いで椅子の背に掛け、シドはどっかりと腰を下ろしてデカ部屋名物の通称泥水と呼ばれる液体を啜り、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。
ヴィンティス課長の説教を聞き流しながら、深々と吸い込んで紫煙を吐く。
「だから何故毎朝ホシのツアーを引きつれて出勤するのか。どうして三十九階のスカイチューブを利用して事件に遭遇するのを減らす努力をしてくれんのか」
泥水を半分ほど減らした頃になって、傍にまたハイファが立った。捜査戦術コンから打ち出してきた報告書類をキッチリ半分シドのデスクに置く。
「はい、これ。ひったくりに痴漢に飲料泥棒で計六枚。溜め込まずに書いてよね」
「始末書もナシの六枚くらい、チョロいぜ」
「チョロくてもさっさと書かないと、今日は今日の書類が降るんだから」
「分かってるって。小姑みたいにガミガミ言うなよな」
「小姑じゃなくて、せめて女房役とでも言ってくれないかなあ」
右隣のデスクに着いたハイファは、それでも微笑んでシドの横顔を見つめた。
シド、フルネームを若宮志度という。職業は惑星警察刑事、階級は巡査部長だ。
ラストAD世紀、三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔で、前髪が長めの髪も切れ長の目も黒い。身に着けているのは綿のシャツとコットンパンツだが、そのいでたちがラフすぎて勿体ないくらい、極めて端正な顔立ちをしていた。
トレードマークのチャコールグレイのジャケットは、自腹を切った価格も六十万クレジットという特殊アイテムである。余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、ある程度ならレーザーも弾くシールドファイバ製の対衝撃ジャケットだった。
そんなモノを着込んで歩かなくてはならないくらいクリティカルな日常を送るシドのバディとなって一年数ヶ月、今では左薬指にペアリングまで嵌めている。
出会ったその日に惚れて告白したハイファだが、完全ストレート性癖のシドに文字通り蹴り飛ばされ、けれど事ある毎に果敢にアタックし親友の座は獲得したが片想いで過ごすこと、何と七年間。
やっと粘り勝ってシドを堕としたのだ。微笑み始めると止まらない。
「ハイファ、あんまり見るなよ」
「いいじゃない、減る訳じゃなし」
「減らなくても有料だぞ。料金メータ、もう六百五十クレジットだ」
「リンデンバウムのランチ代、それ? おごらせようなんて、セコいんだから」
唇を尖らせて書類に取り掛かったバディをシドはチラリと流し見る。
ハイファ、フルネームをハイファス=ファサルートという。職業は今のところ惑星警察刑事で階級は巡査長だ。
背こそ低くないとはいえ上品なドレスシャツとソフトスーツで包んだ躰はごく細く薄い。タイまでは締めず、襟元は第二ボタンまで開けて白い肌が覗いていた。
シャギーを入れた明るい金髪は後ろ髪だけ長く、うなじ辺りで束ねて革紐で縛り、しっぽにしている。しっぽの先は腰近くまで届いていた。瞳は優しげな若草色だ。
誰が見ても女性と見紛うほどのノーブルな美人である。
だがなよやかなまでの外見に関わらず、本業は地球連邦軍人なのだ。軍における所属は中央情報局第二部別室という一般人には殆ど名称すら知られていない部署で一年と数ヶ月前から惑星警察に出向中の身なのである。
テラ連邦軍中央情報局第二部別室、その存在を知る者は単に別室と呼ぶ。
AD世紀から三千年の現代、テラ人は汎銀河中で暮らしていた。それらテラ系星系を統括するのがテラ連邦議会であり別室はテラ連邦議会を陰で支える組織である。
曰く『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に目的を達するためなら喩え非合法な手段であってもためらいなく執る超法規的スパイの実働部隊だった。
そんな所でハイファがいったい何をしていたのかといえばやはりスパイで、ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身とミテクレとを利用して、敵をタラしては情報を分捕るというなかなかにエグい手段ながら、まさに躰を張って別室任務に邁進していたのである。
などと考えているとハイファの声が飛ぶ。
「シド、貴方も書類!」
「分かってるってばよ。けど何だって俺たちだけこんなに忙しいんだ?」
「だからそれはシド、キミが道を歩けば、いや、表に立っているだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾな特異体質の『イヴェントストライカ』だからだ」
目を上げるとヴィンティス課長が哀しみを湛えた青い目でシドをじっと見ていた。
「この宇宙時代に、それも汎銀河一の治安の良さを誇るテラ本星セントラルエリアでだ、毎日毎日有り得ない事件ばかりを持ち込まないでくれたまえよ」
「じゃあ事件を放っておけとでも言うんですか?」
「そんなことは言っとらん。イヴェントストライカとしての自覚が足りんと言っているんだ」
嫌味な仇名を連呼され、シドはポーカーフェイスながら眉間に不機嫌を溜める。
「イヴェントストライカなんてナンセンスです」
「現実を見たまえ。管内の事件発生数、イコール、ほぼキミの事件遭遇数だというのを知らないのかね。そもそも我が課には外回りなどという仕事はないのだ。それなのにキミは毎日勝手に管内を練り歩いては事件を持ち帰ってくる」
「ここにいても仕事なんかないじゃないですか」
背後のフロア内をシドは目で示した。深夜番との引き継ぎも終わって喧噪が収まったデカ部屋では、誰も仕事などしていなかった。
ある者は手首に嵌めたマルチコミュニケータのリモータでゲームをし、ある者は情報収集用に点けてあるホロTVを眺め、ある者は気も早く本日の深夜番を賭けてシノギを削るカードゲームにいそしみ、ある者は鼻毛を引っこ抜いて長さを比べている。
ここは太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署の刑事部機動捜査課だ。
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