上 下
2 / 47

第2話

しおりを挟む
 機動捜査課は殺しや強盗タタキなど凶悪事件の初動捜査を担当するセクションである。
 だがこのテラ本星セントラルエリアが汎銀河一の治安の良さを誇るというのは嘘ではなく、今どきそんな凶悪事件など殆ど起こらない。
 
 あとからテラフォーミングされた他星系の惑星に比べ、ここは母なるテラ本星として妙なエリート意識の漂う社会である。ID管理システムが確立され、義務と権利のバランスの取れた地で人々は皆、醒めているのだ。

 故にシドとハイファ以外の機捜課員は仕事がない。このデカ部屋で同報という事件の知らせを待つことこそが仕事と云えるのだが、血税でタダ飯を食らってもいられず殆どの人員は他課の聞き込みや張り込みにガサ要員といった下請け仕事に出掛けているのが常だった。

「我々の仕事がないのは結構なことじゃないか」
「本当に仕事がなけりゃ、俺だって黙って座ってますよ」
「嘘ばっかり。何が何でも外歩きに行っちゃうクセに」

 隣から口を挟んだハイファをシドは八つ当たり気味に睨みつける。

「当たり前だろ、こんな所でトグロ巻いていられるかっつーの」
「何処の課も貴方に下請けは殆ど回してこないもんね、ストライク怖さで」

 単なる張り込みや聞き込みを大事件にされたくないのだ。それでここにいてもヒマで仕方なく勝手にシドは『信念の足での捜査』なるモノに出掛けてはイヴェントにストライクし、結果、書類を山のようにこさえて課長の胃にダメージを与え、血圧をぐいぐい下げているのである。

「とにかくだ。下手をすればホシより先に現着しているなどといった、ミラクルなことはやめてくれたまえ。本日は外出禁止とする。課長命令だ」
「なっ、横暴なパワハラだ! 大体、俺が事件をこさえてる訳じゃないのはご存じでしょう! それに今日はまだ一発も発砲してないんですよ?」

「それが普通だ、キミの感覚は危険な方向にブレている。大体昨日までに一週間連続して狙撃逮捕、計九名ものタタキを病院送りにしたのはいったい何処の誰だというのかね。セントラルエリア統括本部長に報告するたびにわたしは身が縮む思いを――」

 既にヴィンティス課長の説教は文句を経て愚痴になり、哀願に変わりつつあった。息継ぎの合間に多機能デスク上の茶色い薬瓶ふたつを次々と手に取り、掌に赤い増血剤とクサい胃薬をザラザラと盛りつけて冷めた泥水で嚥下する。

「事件発生率と共に始末書の数もウチの管内だけがウナギ登りで……」

 課長のデスクの真ん前がハイファ、その左隣がシドのデスクだ。聞きたくなくても愚痴は聞こえてくる。ここまでくるとシドはガン無視、おもむろに電子回覧板を眺め始めた。
 自分の与り知らぬ特異体質に言及されるのをシドは嫌う。何より癪に障るのだ。

 始末書だって好きで積み上げている訳ではない。この醒めている筈の世の中で何故かホシはシドの前に現れるだけでなく、やたらとガッツをみせたがる。それでやむを得ず衆人環視での発砲に至ってしまうだけなのだ。

 シドとハイファは出会いとなった広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミー初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生の対抗戦技競技会で動標部門にエントリーし、決勝戦で相見えた上に、二人同時に過去最若年齢で過去最高レコードを叩き出し、未だに記録を破られていないほどの超A級の射撃の腕の持ち主だ。誤射などしたことはない。

 だが一般人がいる場所での発砲は考えられる危険性から問答無用で警察官職務執行法違反となり連日始末書A様式を埋めるハメになっている。

 そもそも太陽ソル系では私服司法警察員に通常時の銃携帯を許可していない。シドとハイファ以外の同僚たちが持つ武器といえば手首に嵌めたリモータ搭載の麻痺スタンレーザーくらいだ。

 それすら殆ど使わないというのに、シドが職務を遂行するにはスタン如きでは事足りず、何故か銃をぶちかますことになってしまうのである。

 ふと隣を見ると微笑んだハイファが口ずさんだ。

「なんたって『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』ってね」
「テメェ、ハイファ、そいつを歌ったな!」

 勢い二人は互いに銃を抜いて突き付け合った。

 シドがハイファの首筋にねじ込んだのはレールガンだった。

 セントラルエリア統括本部長命令で武器開発課が作った奇跡と呼ばれている。二丁あったが一丁は壊され二丁めの特別貸与であるこれは、針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、マックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物だった。
 右腰のヒップホルスタから下げてなお、突き出した長い銃身バレルを専用ホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持している。 

 ハイファもイヴェントストライカのバディを務める以上、銃は手放せない。

 シドの顎の下に食い込ませたのはソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇にいつも吊っているのは火薬パウダーカートリッジ式の旧式銃だ。薬室チャンバ一発ダブルカラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルはAD世紀末にHK社が限定生産した名銃テミスM89……のコピー品である。

 撃ち出す弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。パワーコントロール不能の銃本体も勿論違反品である。
 元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録し使用しているのだ。

 二人にとって銃はもはや生活必需品、捜査戦術コンも必要性を認めている。

「わあっ、マックスパワーでこの距離はピザソースになる!」
「お前こそ撃鉄ハンマー起こしやがって、俺の頭に風穴空けてどうするつもりだ!」
「通すのに丁度いいチェーンが引き出しに……ちょ、トリガに指が掛かってるって!」
「テメェこそ何気に『遊び』を絞るな!」

 目前で繰り広げられる騒ぎにヴィンティス課長は一層哀しげな目をした。くるりと背を向けると窓外を眺め始める。超高層ビル群と、それらを串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブで切り取られ分断された空は、気象制御装置ウェザコントローラの働きで綺麗に晴れ渡っていた。

「任官五年目にしてやっと得た僕というバディに酷い仕打ちだよね!」
「もういい、バディ解消だ!」
「そんな、また単独に戻りたいって言うの!」
「ああ、戻ってやる!」

 寄宿制の学校を中級課程でスキップし、十六歳にしてポリスアカデミーに入校したシドは、四年いれば箔と階級がついてくるのを蹴飛ばして二年で任官した。主な理由は『事件にぶち当たるたびに警察呼ぶより自分が警官になった方が早い』というモノである。

 だが任官しても茨の道は続いた。『刑事は二人で一組』というバディシステムの恩恵にすら与れなかったのだ。いや、最初は何度もバディがついた。しかしクリティカルすぎるシドの日常に誰一人としてついてこられなかったのである。

 一週間と保たずに皆、斃れていった。

 勿論、心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルの現代医療によって、彼らも完全再生・復活した。だがそれを見てシドのバディに立候補するような気合いの入ったマゾは現れず、シドはハイファがやってくるまでの長い間、単独で耐えてきたのだ。

「単独に戻ってやる、だからテメェもスパイに戻れ!」
「戻れないの知ってるクセに! 責任取ってくれるって言ったじゃない!」

 そう、ハイファはもう以前のようなスパイには戻れないのだ。

 転機が訪れたのはやはり一年と数ヶ月前のことだった。
 別室任務で、とある事件を捜査するためにハイファは刑事のフリをして七分署にやってきて七年来の親友であり想い人でもあったシドと組んだのだ。

 二人の捜査の甲斐あって事件のホシは当局に拘束された。だがそれで終わりにならなかった。ホシが雇った暗殺者に二人は狙われたのである。

 暗殺者の手にしたビームライフルはシドを照準していた。しかしビームの一撃を食らって倒れたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。
 シドのバディは一週間と保たないというジンクス通りハイファはそのとき殆ど死体になった。お蔭で今のハイファは上半身の半分以上が培養移植モノである。

 けれど奇跡的に助かって病院のベッドで目覚めたハイファを待っていたのはシドの一世一代の告白という嬉しいサプライズだった。一度失くしかけてみてシドは失いたくない存在にやっと気付いたのである。そして言ったのだ。

『この俺をやる』と。

 一生の片想いを覚悟していたハイファは舞い上がった。

 だがその影響が思わぬ処にまで波及した。シドと結ばれた途端にそれまでのような別室任務をこなせなくなったのだ。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしかコトに及べない躰になってしまったのである。

 使えなくなったハイファをクビから救ったのは当時別室戦術コンが弾き出した御託宣で、曰く『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるモノだった。

 それでハイファは惑星警察に出向という名目の左遷となり、本人たちには嬉しい二十四時間バディシステムが誕生したのである。
しおりを挟む

処理中です...