YAMASAKIは今日も××だった~楽園16~

志賀雅基

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第4話

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 見送っておいてハイファが呟く。 

「お医者さんの彼氏から風邪、うつされちゃったのかなあ?」

 マイヤー警部補は七分署管内のセントラル・リドリー病院の男性外科医と付き合っているという噂なのだ。肯定もしないが誰かと違って強固に否定もしないところが大人で羨ましいとハイファは常々思う。問題のお子ちゃま彼氏が横から混ぜ返した。

「お前ハイファ、本当にそういうの好きなんだな」
「先輩の噂はしたくないの?」
「いや、面白ければ何でもいい。……で、ヤマサキお前、大丈夫なんだろうな?」

「そう思うなら手伝って下さいよ」
「もう泣き言か。仕方ねぇな、この残りを書いたらリサーチは手伝ってやる」
「わあ、シドが先輩してる!」

 スラックスの脛を蹴られそうになってハイファはサッと避けた。

 ともあれヤマサキに泥水のおかわりをふたつ調達させ、シドとハイファは報告書類を書き上げる。計十二枚をFAX形式の捜査戦術コンに食わせておいて、ヤマサキと共にホロTVの前に移動した。
 TVの前にはへたったソファがあり、本日の深夜番を賭けて主任のゴーダ警部にケヴィン警部とヨシノ警部という幹部トリオがカードゲームにいそしんでいる。

 ゴーダ警部のバディであるペーペー巡査のナカムラが観戦していた。

「おおっと、ヤマサキ幹事代理じゃありませんか」

 笑いつつケヴィン警部がプロ並みの鮮やかな手つきでカードをシャッフルする。話は聞いていたらしい。煙草を咥えたシドにつられて幹部トリオも煙草を吸い始めた。
 ニコチン・タールが無害物質と置き換えられて久しいが企業努力として依存物質は含まれている。そんな企業戦略に嵌った哀れな中毒患者の会を形成しながら、シドが早速リサーチを開始、口火を切った。

「で、行き先は何処か希望があるんですかね?」

 それには応えずヨシノ警部がのほほんと評する。

「珍しいな、イヴェントストライカと嫁さんも参加かい?」

 ふいの『嫁さん』口撃に怯んだシドの代わりにハイファが援護射撃に出た。

「ヨシノ警部は、勿論ミュリアルちゃんと参加ですよね?」

 七分署一のバストサイズを誇る警務課ミュリアルちゃんと、男やもめのヨシノ警部は付き合っているのである。第一回合コンでパフパフしてぶん殴られながらも土下座して堕とし、合コンを重ねるたびにステップアップして先日などは結婚寸前まで辿り着いたのだという。

 だが『ヨシノ警部は男もイケる』という濡れ衣で一旦白紙に戻ったらしい。

「あー、何とか今、機嫌を取ってるところだ」
「そうですか。基本はバディで部屋を割るとしても、こういう関係は大事にするべきだよね」
「なるほど、そうっスね。勉強になります」

 真面目腐った顔つきでヤマサキはリモータにメモを取る。

「それで、どんな所がいいんスかね?」
「そりゃあヤマサキ、温泉で一杯に決まってるだろうが」

 ゴーダ主任が言うと博打好きのケヴィン警部がニヤリと笑った。

「温泉でふやけてるだけじゃ面白くない、カジノくらいなけりゃな」

 表向きテラ連邦圏ではカジノは違法である。だが太陽系以外なら何処の星にもカジノが公然と建っていることくらい、誰でも知っている事実だった。

「でも幾ら近場で娯楽天国ったって、ロニアなんかの危ない星は勘弁だぞ」
「分かってるっスよ、俺だって勘弁ですから」

 シリアスにヨシノ警部とヤマサキは頷き合う。

 テラ連邦に加盟しつつもテラの意向に添わない星系があるのが実情で、その一方の雄が四六時中内戦を繰り返しテロリスト育成の温床になっているヴィクトル星系であり、もう一方の雄が全星を林立するマフィアファミリーが仕切るロニア星系第四惑星ロニアⅣだ。

 特に後者は太陽系のハブ宙港である土星の衛星タイタンからワープたった一回という近さにありながら『人口よりも銃の数が多い』というのがキャッチフレーズになっている。

 それでも平和に倦み飽きた人々がスリルを求めて流入しマフィアが饗する甘い毒のような娯楽に群がった挙げ句、外貨を落とす悪循環に陥っているのだ。
 ここから流れてくる違法ドラッグに武器弾薬や偽造IDを使っての不法入星などはシドたちの職務上でも悩みの種となっていた。

「温泉にカジノ、と。安全で……それから何かあるっスかね?」
「おい、ヤマサキ。みんなの意見もいいが、予算もちゃんと考えろよな」
「そう、それ第一っスよね」
「しがない官品旅行、俺も潜らせてくれないか?」

 そう言ってふらりと現れたのは捜査一課のヘイワード警部補だった。
 今日は一段とシワの多いワイシャツを身に着け、無精髭を生やした顔には脂が浮いている。強烈なオッサン臭を放つ男からハイファが一歩退きながら訊いた。

「ヘイワード警部補、またサボりですか?」
「ハイファス先生、堅いこと言わんでくれ。先々週からあんたと旦那が持ち込んだタタキは六件だぞ、どれも裏取りが終わらん。連勤十八日目だ、ムゴいよなあ」

 ナカムラが調達した泥水を啜りながらヘイワード警部補は愚痴った。

 機捜課で扱った案件は一週間で他課送りにするため、殺しやタタキ専門の捜一は当然ながら縁が深い。そんなヘイワード警部補が咥えた煙草にオイルライターで火を点けてやりながらシドは身の潔白を証明せんと事実を突きつける。

「いい加減に博打で深夜番背負うの、やめたらどうです?」
「いいじゃないか、たまには博打も人生に張りが出るってもんだぞ。けど実際、連勤から抜け出すには姿を眩ますしか手がないんだ。行き先は何処でもいいから旅行に混ぜてくれ」

 頷いて幹事代理がまたメモを取った。

「行き先、何処でもいい、と」
「ヤマサキ、何処でもったって未開惑星で原生動物と追いかけっこはナシだからな」
「善処するっス」
「善処って……」

 その場の全員が不安を感じたらしくヤマサキをじっと見たが本人は気付かない。
 ともあれヤマサキ幹事代理は五日後の第十回警務課・機捜課合コン慰安旅行に向けて、脳ミソの普段使わない部分をフル回転し始めたのであった。
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