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第17話
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まもなくコイルは二台つらなってホテルの車寄せに滑り込んだ。
思わず全員がホテルを見上げる。金文字で『フリッグホテル』と掲げられた建物は三十階建てくらいだが金モールのくっついた制服のドアマンまでいる、格式の高そうな施設だった。
ドアマンにオープンコイルのドアを開けられて全員が降り立つ。これも制服のホテルマンがリモータチェッカを掲げていて、皆が半ば呆然としたままそれぞれにリモータを翳した。するとホテルマンがセンサ感知、透明な回転式オートドアが動作する。
「何か俺たち、場違いじゃないっスかね?」
七分署一空気の読めない男までがそう言うほどに、ホテルの中も豪勢だった。
三階まで吹き抜けの高い天井からは、ヴァイオリンを模した精緻な細工のライトが落ち着いた光を投げている。あちこちに立つ円筒形の柱は模造か本物か分からない石材で、そこにはAD世紀の遺産である名画が五月蠅くない程度にホログラムで浮かび飾られていた。
足元も磨き上げられた石材で薄いパープルの、これも落ち着いた色調である。ロビーには幾つも座り心地のよさそうなソファが浮かび、リモータで同期させれば呼べるようになっているらしい。ソファとセットで中空には3DホロTVが像を結びシネマを流していた。
ロビーの左奥に有人のフロントカウンターがあり、五名並んだフロントマンがシドたちに向かって慇懃な礼をしてみせる。
「ヤマサキ、こんな所に泊まっても……ほら、予算は大丈夫なのかね?」
余程心配になったのかヴィンティス課長が小声で囁いた。囁かれたヤマサキも戸惑っているらしい。何れ伝統ある耐乏官品の一団である。
だがロビーでトグロを巻いていても営業妨害だろうと、シドとハイファがカウンターに近づいた。するとにこやかにフロントマンの一人が口を開く。
「当フリッグホテルにようこそおいで下さいました」
「あー、テラ本星からきたんだが……」
「十一名様に御一匹様ですね、伺っております。お部屋は全室喫煙でシングルがおひとつ、ツインが三つにダブルがおふたつですが、キィロックコードはいかが致しましょう?」
人数の変更はいつの間にか伝えられていたようだ。ハイファが指折り数え出す。
「ええと、シングルがヴィンティス課長で、ツインがバディのゴーダ警部とナカムラさん、マイヤー警部補とヤマサキさん、たぶんケヴィン警部とヘイワード警部補、ダブルがヨシノ警部とミュリアルちゃんで……あれ?」
さっきまで予算の心配をしていたクセに、今はシドとハイファ以外の全員がニヤニヤと笑っていた。こんなときだけヤマサキがさっさと采配を振るい、残ったダブルの部屋のキィロックコードがシドとハイファのリモータに流される。
ストレートに嬉しそうな顔をしたハイファの隣で、シドは恥ずかしさで涙目になりそうだった。だがツインに替えてくれと言い出す前に、既に一団はポーターのオートバスケットに荷物を預けて移動し始めている。
ここで今更騒ぐのは大人げないと、シドは常のポーカーフェイスを装い続けた。
一緒についてきていたタッカーとヘイデンを捕まえて小声で訊く。
「なあ、俺たちはしがない刑事なんだぜ。ここの料金はどうなってるんだ?」
「それなら心配は要らないさ。新たに観光誘致する計画が立ったばかり、あんたらはテュールと契約した幾つかの旅行代理店の記念すべき最初の客で、いわばモデルケースという訳だ」
タッカーが言うとヘイデンがあとを引き取って継いだ。
「だから料金は格安の筈、気にしないで貰いたい。モデルらしく振る舞ってくれれば有難い、そうテュールの上は思っている。あとはこっちのマーケティングリサーチャーの仕事さ」
「へえ、なるほどな。それで妙に他の客が少ねぇのか」
侘びしい貨物艦はそのうち旅客艦に代わるのだろうが、あの砂嵐のような強風に見舞われたあとでこのテュールの都市に豪華なホテルだ。劇場効果は抜群である。
「流行るんじゃねぇか、高度文明星系の人間は大概のことに飽き飽きしてるからな」
「だといいが。このあと俺たちもこのホテルに宿泊する。マップを見て行きたい場所があれば送迎は任せて欲しい。リモータIDをシド、あんたに渡すから皆に回してくれるか?」
「おう、任せとけ」
喋っている間にエレベーターに乗り込んでいて、このフリッグホテルが三十二階建てだとシドは知る。ポーターが押したボタンは二十七階だった。
元々そういうしつらえなのか、団体様用にベッドを入れ替えたのかは知らないが、シングル一部屋とツイン三部屋にダブル二部屋は全て一並びになっていた。
シドとハイファは二七〇五号室のダブルである。まずはそれぞれの部屋に入ることになったが、ここでもシドは涙目になるのをグッと堪えた。
ヴィンティス課長が代表しポーターにリモータリンクでチップを払う。ポケットクレジットを使ったのと、意外とスマートなやり取りにみんなが「ほう」と感心した。
「現在時、テュール時間十八時四十二分。夕食はどうするのかな?」
「あ、それなら最上階レストランで十九時半からっス。それまで休憩して下さい」
「了解」
忘れないうちにタッカーたちのリモータIDを小電力バラージ発振で皆に送りシドはそれぞれが部屋に入るのを見届けてから、ハイファに続いて二七〇五号室に足を踏み入れる。
「わあ、すごーい! ベッドが天蓋付きだし、シャンデリアまで下がってるよ」
嬉しそうに部屋を検分するハイファの声を聞きながら、シドはキャリーバッグからタマを出してやった。今までいい子にしていた三毛猫をしっかり撫でてやり、部屋の隅に置かれていたキャットイレを見せてやる。「ニャー」とタマは一声鳴いて、砂を嗅いだのちに掻き始めた。
用を足したタマもハイファに負けず探索行動を開始する。
ダブルサイズのベッドの下まで潜って出てくると、ソファセットのロウテーブルの下をくぐり抜け、ハイファが覗いている洗面所からバスルームにトイレまでを巡って戻り、「ニャー」とまた鳴いた。
シドは洗面所で手を洗い、キャットイレの傍にあったふたつの器のうち、ひとつに水を張ってやる。タマは匂いを嗅いでからペシャペシャと飲んだ。
思わず全員がホテルを見上げる。金文字で『フリッグホテル』と掲げられた建物は三十階建てくらいだが金モールのくっついた制服のドアマンまでいる、格式の高そうな施設だった。
ドアマンにオープンコイルのドアを開けられて全員が降り立つ。これも制服のホテルマンがリモータチェッカを掲げていて、皆が半ば呆然としたままそれぞれにリモータを翳した。するとホテルマンがセンサ感知、透明な回転式オートドアが動作する。
「何か俺たち、場違いじゃないっスかね?」
七分署一空気の読めない男までがそう言うほどに、ホテルの中も豪勢だった。
三階まで吹き抜けの高い天井からは、ヴァイオリンを模した精緻な細工のライトが落ち着いた光を投げている。あちこちに立つ円筒形の柱は模造か本物か分からない石材で、そこにはAD世紀の遺産である名画が五月蠅くない程度にホログラムで浮かび飾られていた。
足元も磨き上げられた石材で薄いパープルの、これも落ち着いた色調である。ロビーには幾つも座り心地のよさそうなソファが浮かび、リモータで同期させれば呼べるようになっているらしい。ソファとセットで中空には3DホロTVが像を結びシネマを流していた。
ロビーの左奥に有人のフロントカウンターがあり、五名並んだフロントマンがシドたちに向かって慇懃な礼をしてみせる。
「ヤマサキ、こんな所に泊まっても……ほら、予算は大丈夫なのかね?」
余程心配になったのかヴィンティス課長が小声で囁いた。囁かれたヤマサキも戸惑っているらしい。何れ伝統ある耐乏官品の一団である。
だがロビーでトグロを巻いていても営業妨害だろうと、シドとハイファがカウンターに近づいた。するとにこやかにフロントマンの一人が口を開く。
「当フリッグホテルにようこそおいで下さいました」
「あー、テラ本星からきたんだが……」
「十一名様に御一匹様ですね、伺っております。お部屋は全室喫煙でシングルがおひとつ、ツインが三つにダブルがおふたつですが、キィロックコードはいかが致しましょう?」
人数の変更はいつの間にか伝えられていたようだ。ハイファが指折り数え出す。
「ええと、シングルがヴィンティス課長で、ツインがバディのゴーダ警部とナカムラさん、マイヤー警部補とヤマサキさん、たぶんケヴィン警部とヘイワード警部補、ダブルがヨシノ警部とミュリアルちゃんで……あれ?」
さっきまで予算の心配をしていたクセに、今はシドとハイファ以外の全員がニヤニヤと笑っていた。こんなときだけヤマサキがさっさと采配を振るい、残ったダブルの部屋のキィロックコードがシドとハイファのリモータに流される。
ストレートに嬉しそうな顔をしたハイファの隣で、シドは恥ずかしさで涙目になりそうだった。だがツインに替えてくれと言い出す前に、既に一団はポーターのオートバスケットに荷物を預けて移動し始めている。
ここで今更騒ぐのは大人げないと、シドは常のポーカーフェイスを装い続けた。
一緒についてきていたタッカーとヘイデンを捕まえて小声で訊く。
「なあ、俺たちはしがない刑事なんだぜ。ここの料金はどうなってるんだ?」
「それなら心配は要らないさ。新たに観光誘致する計画が立ったばかり、あんたらはテュールと契約した幾つかの旅行代理店の記念すべき最初の客で、いわばモデルケースという訳だ」
タッカーが言うとヘイデンがあとを引き取って継いだ。
「だから料金は格安の筈、気にしないで貰いたい。モデルらしく振る舞ってくれれば有難い、そうテュールの上は思っている。あとはこっちのマーケティングリサーチャーの仕事さ」
「へえ、なるほどな。それで妙に他の客が少ねぇのか」
侘びしい貨物艦はそのうち旅客艦に代わるのだろうが、あの砂嵐のような強風に見舞われたあとでこのテュールの都市に豪華なホテルだ。劇場効果は抜群である。
「流行るんじゃねぇか、高度文明星系の人間は大概のことに飽き飽きしてるからな」
「だといいが。このあと俺たちもこのホテルに宿泊する。マップを見て行きたい場所があれば送迎は任せて欲しい。リモータIDをシド、あんたに渡すから皆に回してくれるか?」
「おう、任せとけ」
喋っている間にエレベーターに乗り込んでいて、このフリッグホテルが三十二階建てだとシドは知る。ポーターが押したボタンは二十七階だった。
元々そういうしつらえなのか、団体様用にベッドを入れ替えたのかは知らないが、シングル一部屋とツイン三部屋にダブル二部屋は全て一並びになっていた。
シドとハイファは二七〇五号室のダブルである。まずはそれぞれの部屋に入ることになったが、ここでもシドは涙目になるのをグッと堪えた。
ヴィンティス課長が代表しポーターにリモータリンクでチップを払う。ポケットクレジットを使ったのと、意外とスマートなやり取りにみんなが「ほう」と感心した。
「現在時、テュール時間十八時四十二分。夕食はどうするのかな?」
「あ、それなら最上階レストランで十九時半からっス。それまで休憩して下さい」
「了解」
忘れないうちにタッカーたちのリモータIDを小電力バラージ発振で皆に送りシドはそれぞれが部屋に入るのを見届けてから、ハイファに続いて二七〇五号室に足を踏み入れる。
「わあ、すごーい! ベッドが天蓋付きだし、シャンデリアまで下がってるよ」
嬉しそうに部屋を検分するハイファの声を聞きながら、シドはキャリーバッグからタマを出してやった。今までいい子にしていた三毛猫をしっかり撫でてやり、部屋の隅に置かれていたキャットイレを見せてやる。「ニャー」とタマは一声鳴いて、砂を嗅いだのちに掻き始めた。
用を足したタマもハイファに負けず探索行動を開始する。
ダブルサイズのベッドの下まで潜って出てくると、ソファセットのロウテーブルの下をくぐり抜け、ハイファが覗いている洗面所からバスルームにトイレまでを巡って戻り、「ニャー」とまた鳴いた。
シドは洗面所で手を洗い、キャットイレの傍にあったふたつの器のうち、ひとつに水を張ってやる。タマは匂いを嗅いでからペシャペシャと飲んだ。
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