YAMASAKIは今日も××だった~楽園16~

志賀雅基

文字の大きさ
19 / 47

第19話

しおりを挟む
「それでは皆さん、レストランに移動しますよ」

 ここまでで疲れ切った風情のヤマサキをフォローしてか、マイヤー警部補の仕切りで全員がエレベーターで三十二階まで上がる。
 予約のレストランはエレベーターホールの真ん前にあって迷うこともなかった。どうやら夕食はフレンチらしい。レストランでは十一人と一匹が一同に食事を摂れるよう、長テーブルが用意されていた。

「わあ、末席にちゃんとタマ用のチェアまである。すごいサーヴィスだね」

 座面が広くて高い椅子は囲いと皿を置ける台があった。シドがタマをキャリーバッグから出し、赤いリードを囲いに繋いだ。タマは初めての場所でも割と大人しく座っている。

「良かったな、タマ」

 顔を上げたタマが「ニャーン」と鳴いて皆を和ませた。普段はえげつないくらいの野生のケダモノも、今は誰かをサシミにする気はないらしく、シドとハイファは一安心だ。

 その間に早速前菜と冷えたシャンパンが運ばれてくる。給仕が静かに栓を開け、グラスに注いで回った。何となくシドがレストラン内を見回すと少数の客の中にタッカーとヘイデンがいて、片手を挙げて合図してくる。

「さてと。ではヴィンティス課長からひとこと頂きたいと思います」

 マイヤー警部補の仕切りは続き、ヴィンティス課長が咳払いをした。

「ゴホン。……あー、皆、楽にしてくれ。色々とあったがここに集った十一名と一匹で、日頃の憂さを忘れて愉しもうじゃないか。長話は止そう。では、乾杯!」
「乾杯!」

 このような場所に慣れていないとはいえ、皆が上品にシャンパングラスを僅かに上げて見せたのが妙に可笑しく、口を付けたのちに誰からともなく笑い出している。タマに猫用ミルクとおやつのような前菜が運ばれてきたのも笑いを誘った。

 そんな中でヤマサキが急に泣き出していた。

「俺……俺、みんなに申し訳ないっスよ! 警務課のみんなにも……ううっ!」

 震えるヤマサキの肩をゴーダ主任が何度も叩く。

「ヤマサキ、お前さんもそうやってポカやらかしながら、だんだん大人になっていくんだ。いい勉強をさせて貰ったって、帰ったら素直に警務課に詫び入れに行くんだな」
「主任、わああ~っ!」

 浪花節などには全く興味のないシドとハイファは、野郎が抱き合う場面など本気でどうでもよく、さっさと前菜を片付けてスープに取り掛かっていた。

「これ、結構旨いな」
「うん、海鮮の出汁が利いてる。でも、それもこれもみんな輸入品なんだよね」

 次の魚料理ではそわそわし始めたタマにもメインメニューが振る舞われる。

「やっぱり魚は新鮮じゃないから、ひと味落ちるかも。水も合成で美味しくないよ」
「主夫は採点も辛口だな」

 回ってきた白ワインをシドは手酌で注ぐと、いきなり一気飲みしてもう一杯を注いだ。シドはどれだけ飲んでも殆ど酔わず、薬の類にも並外れて強い体質である。

 博打好きのケヴィン警部とヘイワード警部補が、同室のよしみでもう食後にカジノツアーをやるのだと息巻いていた。ヤマサキはえぐえぐと泣きながらパンと魚を頬張っている。

 ゴーダ主任はヴィンティス課長と三十一階の大浴場で飲めないものかと思案中だ。ヨシノ警部とミュリアルちゃんは一度崩壊した結婚話を囁き合い、マイヤー警部補にニヤニヤされている。

 ナカムラは異様な器用さをみせて魚の骨をプレート上で元の形に再現していた。

 次に赤ワインとメインの肉料理が出され、やや静かになって皆が食事に没頭し始める。刑事という職業柄、みんな食事に時間を掛けるタイプではないのだ。

 そうしてデザートのケーキ・アラカルトまで食し終え、コーヒーのおかわり派とディジェスティフのブランデー派に分かれた頃、突然レストラン内に異音が響いた。
 同時に中央に下がっていた重々しいシャンデリアの一部が砕け散る。

「刮目せよ! 我々は共同革命戦線・紅い虹である!」
「今、このときよりこのホテルを乗っ取った!」

 響いたダミ声に赤い顔をしたヴィンティス課長が振り返って「アー」と口を開けた。他の皆も何事かと騒ぎの起こったテーブルを注視する。
 数メートル離れたテーブルで男が四人立ち上がっていた。どうやって持ち込んだのか二人はパルスレーザー小銃、二人はサブマシンガンを手にしている。このサブマシンガンの一連射がシャンデリアを砕いたらしい。

「――我々はこの惑星マーニにおいてヨルズの民を虐げ続けるテュールの都市の住人に対し、今ここに反旗を翻すものであり……」

「そもそもテラ連邦議会は搾取により貧困にあえぐ星系への援助を怠り――」

「――崇高なる理念と目的を達するため、この上は貴様ら一人一人を殺しても……」

 静聴に気を良くしたらしく、ますます野太い声を張り上げ男たちはパルスレーザー小銃とサブマシンガンを天井に向かって乱射した。建材の埃がパラパラと降り落ちる。
 一方でシドはブランデーグラスの液体を喉に流し込み、また手酌で注いだ。ハイファは上品にコーヒーの香りを愉しんでいる。二人ともにまるで常態だったが、ポーカーフェイスの約一名は徐々に怒りのカサを増しつつあった。

 何故かと云えばヴィンティス課長以下同僚たちがみんなして、テロリストと自分とを交互に注視し始めたからだ。シドは取り敢えずナカムラとヤマサキを切れ長の目で睨んで俯かせた。
 だがあとは幾ら睨もうが俯くことなど知らない人間ばかりである。

「くそう……ふざけやがって」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...