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第19話

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「それでは皆さん、レストランに移動しますよ」

 ここまでで疲れ切った風情のヤマサキをフォローしてか、マイヤー警部補の仕切りで全員がエレベーターで三十二階まで上がる。
 予約のレストランはエレベーターホールの真ん前にあって迷うこともなかった。どうやら夕食はフレンチらしい。レストランでは十一人と一匹が一同に食事を摂れるよう、長テーブルが用意されていた。

「わあ、末席にちゃんとタマ用のチェアまである。すごいサーヴィスだね」

 座面が広くて高い椅子は囲いと皿を置ける台があった。シドがタマをキャリーバッグから出し、赤いリードを囲いに繋いだ。タマは初めての場所でも割と大人しく座っている。

「良かったな、タマ」

 顔を上げたタマが「ニャーン」と鳴いて皆を和ませた。普段はえげつないくらいの野生のケダモノも、今は誰かをサシミにする気はないらしく、シドとハイファは一安心だ。

 その間に早速前菜と冷えたシャンパンが運ばれてくる。給仕が静かに栓を開け、グラスに注いで回った。何となくシドがレストラン内を見回すと少数の客の中にタッカーとヘイデンがいて、片手を挙げて合図してくる。

「さてと。ではヴィンティス課長からひとこと頂きたいと思います」

 マイヤー警部補の仕切りは続き、ヴィンティス課長が咳払いをした。

「ゴホン。……あー、皆、楽にしてくれ。色々とあったがここに集った十一名と一匹で、日頃の憂さを忘れて愉しもうじゃないか。長話は止そう。では、乾杯!」
「乾杯!」

 このような場所に慣れていないとはいえ、皆が上品にシャンパングラスを僅かに上げて見せたのが妙に可笑しく、口を付けたのちに誰からともなく笑い出している。タマに猫用ミルクとおやつのような前菜が運ばれてきたのも笑いを誘った。

 そんな中でヤマサキが急に泣き出していた。

「俺……俺、みんなに申し訳ないっスよ! 警務課のみんなにも……ううっ!」

 震えるヤマサキの肩をゴーダ主任が何度も叩く。

「ヤマサキ、お前さんもそうやってポカやらかしながら、だんだん大人になっていくんだ。いい勉強をさせて貰ったって、帰ったら素直に警務課に詫び入れに行くんだな」
「主任、わああ~っ!」

 浪花節などには全く興味のないシドとハイファは、野郎が抱き合う場面など本気でどうでもよく、さっさと前菜を片付けてスープに取り掛かっていた。

「これ、結構旨いな」
「うん、海鮮の出汁が利いてる。でも、それもこれもみんな輸入品なんだよね」

 次の魚料理ではそわそわし始めたタマにもメインメニューが振る舞われる。

「やっぱり魚は新鮮じゃないから、ひと味落ちるかも。水も合成で美味しくないよ」
「主夫は採点も辛口だな」

 回ってきた白ワインをシドは手酌で注ぐと、いきなり一気飲みしてもう一杯を注いだ。シドはどれだけ飲んでも殆ど酔わず、薬の類にも並外れて強い体質である。

 博打好きのケヴィン警部とヘイワード警部補が、同室のよしみでもう食後にカジノツアーをやるのだと息巻いていた。ヤマサキはえぐえぐと泣きながらパンと魚を頬張っている。

 ゴーダ主任はヴィンティス課長と三十一階の大浴場で飲めないものかと思案中だ。ヨシノ警部とミュリアルちゃんは一度崩壊した結婚話を囁き合い、マイヤー警部補にニヤニヤされている。

 ナカムラは異様な器用さをみせて魚の骨をプレート上で元の形に再現していた。

 次に赤ワインとメインの肉料理が出され、やや静かになって皆が食事に没頭し始める。刑事という職業柄、みんな食事に時間を掛けるタイプではないのだ。

 そうしてデザートのケーキ・アラカルトまで食し終え、コーヒーのおかわり派とディジェスティフのブランデー派に分かれた頃、突然レストラン内に異音が響いた。
 同時に中央に下がっていた重々しいシャンデリアの一部が砕け散る。

「刮目せよ! 我々は共同革命戦線・紅い虹である!」
「今、このときよりこのホテルを乗っ取った!」

 響いたダミ声に赤い顔をしたヴィンティス課長が振り返って「アー」と口を開けた。他の皆も何事かと騒ぎの起こったテーブルを注視する。
 数メートル離れたテーブルで男が四人立ち上がっていた。どうやって持ち込んだのか二人はパルスレーザー小銃、二人はサブマシンガンを手にしている。このサブマシンガンの一連射がシャンデリアを砕いたらしい。

「――我々はこの惑星マーニにおいてヨルズの民を虐げ続けるテュールの都市の住人に対し、今ここに反旗を翻すものであり……」

「そもそもテラ連邦議会は搾取により貧困にあえぐ星系への援助を怠り――」

「――崇高なる理念と目的を達するため、この上は貴様ら一人一人を殺しても……」

 静聴に気を良くしたらしく、ますます野太い声を張り上げ男たちはパルスレーザー小銃とサブマシンガンを天井に向かって乱射した。建材の埃がパラパラと降り落ちる。
 一方でシドはブランデーグラスの液体を喉に流し込み、また手酌で注いだ。ハイファは上品にコーヒーの香りを愉しんでいる。二人ともにまるで常態だったが、ポーカーフェイスの約一名は徐々に怒りのカサを増しつつあった。

 何故かと云えばヴィンティス課長以下同僚たちがみんなして、テロリストと自分とを交互に注視し始めたからだ。シドは取り敢えずナカムラとヤマサキを切れ長の目で睨んで俯かせた。
 だがあとは幾ら睨もうが俯くことなど知らない人間ばかりである。

「くそう……ふざけやがって」
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