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第25話

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 ともあれ慰安旅行組は互いに砂埃を払い合いながら、全員の無事を喜び合った。
 そんな中で同行していたタッカーとヘイデンが顔色を蒼白にしている。

「アンテナが墜ちたなんて、まさかそんな……」
「こいつは拙い……拙いぞ」

 刑事である皆の中でも抜群の現実認識能力と危機管理能力を持ち、別室任務で磨かれてきたシドとハイファがタッカーとヘイデンを鋭く見た。シドがタッカーに訊く。

「アンテナが墜ちた。テュールの都市に影響があるのか?」
「影響も何も、このままだとテュールは沈む」
「沈むって……リミットは?」
「バッテリは送電が止まって二日、約五十時間しか保たない」

 それを訊いて皆がざわめいた。思わずシドは訊き返す。

「って、今どき半永久バッテリじゃねぇのかよ?」

 訊いてしまってからシドは思い出した。来たときにタッカーが言った『六基の発電衛星から常にアンテナで電力供給している』ということを。
 そして別室命令にあった【発電衛星が三基爆破され】たという事実も思い出す。おまけに【テュールの沈没】とも書かれていた。

 発電衛星の爆破までは知らない筈のタッカーが、蒼白な顔色のまま首を横に振った。

「このテュールを浮かせた当時は半永久バッテリなんてブツはまだ高価だったんだ」
「そうか。島は安全にランディング可能か?」
「安全な訳ないだろう、降りることなんか想定していない造りなんだぞ」
「マジかよ……何人住んでる?」

 訊かれてタッカーとヘイデンは少し考え、ヘイデンが口にした。

「約二万五千人だ」
「BELは全部で何機ある?」
「緊急用を含めても二十機に足りない。さっき二機減ったしな。おまけにこのテュールでの用法上、大型輸送BELは一機もない」

 絶望的な数だった。仮に小型・中型BEL十五機で一回平均七名乗せても百五名、二百三十八往復しなければならない。地上と三十分で往復しても百十九時間掛かる。

「拙いな、パニックになるぞ」

 呟いたシドにタッカーとヘイデンが硬い表情で頷く。そこでヘイデンとタッカーのリモータに発信が入る。チラリと小さな画面を見て二人はこちらに背を向け音声通話を始めた。誰もが無言で彼らを見守る。通話を終えたヘイデンが振り向いて言った。

「悪いが、あんたたちを拘束させて貰いたい」
「拘束とはどういうことかね?」

 ヴィンティス課長の青い目を見てタッカーが硬い声で告げる。

「既に歓楽エリアからこちらは封鎖された。封鎖エリア内にいる全員への処置だ」
「つまりパニックを防ぐため、我々に事実を吹聴させない処置ということかね?」
「平たく言えばそういうことだ。悪いが従ってくれ」

 態度まで硬化した案内人に全員が頷いた。こんな非常時にゴネるのは愚の骨頂だ。

 歓楽エリアの外に出るまでテラ連邦軍の兵士たちと何度もすれ違った。緊急コイルもひっきりなしに往復する。慌ただしい雰囲気の中、歓楽エリアの外には乗り捨てたコイル二台以外に緊急BELとコイルが幾重にも駐まり、イエローテープが張り巡らされていた。

「まだ揺れてる気がしない?」

 シドの肩の埃を払い落としながらハイファが言い、ヘイデンが応える。

「スタビライザーは働いているが、島が欠けた影響だろう。さあ、乗ってくれ」

 行きと同じ人員割りで乗り込むとコイルはやや荒っぽく走り出した。

「ところでBELの操縦ができるタッカーたちも、テラ連邦軍の人なのかな?」
「いや、元軍人だが、今はテュールの行政府の人間だ」
「へえ、そうなんだ。観光案内課とか?」
「そんなところだ。精確には観光広報課、新設されたばかりでね」
「ふうん……」

 会話を聞きつつシドが前方を眺めていると先を行くコイルが急停止した。まさかと思ったがこのコイルも続いて停止し接地する。そこはテュール二分署の前だった。

「拘束って、ホテルじゃねぇのかよ」
「悪いな。行政府の命令なんだ」

 さすがにこれには皆が反発したくなったらしかった。ブーイングが湧き起こる。

「申し訳ないが俺たちには何の決定権もないんだ。さあ、降りてくれ」

 前のコイルからヴィンティス課長たちが降りるのを見て、仕方なくシドたちも倣った。すると署内からオートスロープを駆け下りてきた兵士らが十一名と一匹を取り囲む。物々しい一団を道行く人々が何事かと眺めてゆく。

 署内につれ込まれ案内されたのは会議室だった。いずこも同じ長机とパイプ椅子が並んでいるだけの部屋である。ガタガタと椅子を鳴らして皆が着席するのを見計らったように濃緑色の軍服を着た男と、仕立てのいいスーツを着た小男が現れた。

 スーツの小男がハンカチで汗を拭いながら演壇に立つ。

「我がテュールの都市へのお客様に対し、このような真似を致して誠に申し訳ありません。ですがこれはテュールの一大事であります。何卒ご寛恕願いたい」
「協力できることがあれば何でも仰って頂きたい」

 代表してヴィンティス課長が言い、頷いた小男は手を差し出して握手を求めた。

「エドワード=ヴィンティス、テラ本星セントラルエリアで広域惑星警察・所轄署の機動捜査課長をやっております」
「リアム=マクレーンと申します。行政府の副長を務めております。こちらは二分署副署長のルーファス君です」
「ではマクレーンさん。我々はどうすれば宜しいのですかな?」

 訊かれてマクレーン行政副長はこわばった頬に微笑みを浮かべてみせる。

「どうもこうもありません。皆様にはこのあともテュール観光を存分に愉しんで頂きたいと存じます。何も問題はありませんからな」
「問題、大ありじゃねぇかい。あと五十時間でこの浮島は沈むって聞いたぞ」

 ゴーダ警部の大声にルーファス副署長が一歩前に出た。それを押し留めてマクレーン氏が噴き出す汗を拭いながらも落ちたら割れそうな笑顔で再び述べた。

「そんな事実はありませんな」
「目前でアンテナエリアが脱落したのを、私どもは見てきたのですが」

 静かにマイヤー警部補が言ったがマクレーン氏は意に介さなかった。

「そんな事故は耳にしておりません」
「テュールの一大事っつったのはあんただぜ?」

 汗が目に入り泣き笑いになりながらも、マクレーン氏はシドに教え諭す口調で説く。

「ほう、夢でもご覧になったのかも知れませんな」

 切れ長の黒い目にじっと見つめられ、マクレーン氏は目を逸らした。

「ともかく皆様におかれては、残りの一泊二日を愉しんで――」
「ふざけるな、すぐにBELを出して住人を避難させなきゃならねぇんだろうが!」
「何処に避難するというのです? 二万五千人をあの熱風の中に放り出し、渇き飢えさせて殺そうとでも仰るのですか?」

「それならこんな所で俺たちに構っているより、アンテナを復帰させるのが先だろ」
「それが可能なら困りはしません。何処に代わりのアンテナがあるというのです?」
「フェイルセーフはどうなってる?」

 応えずマクレーン氏は苦渋の表情を浮かべる。これは本当に一大事のようだ。
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