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第24話

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「わあ、すんごい大ごとかも」
「もしかして今朝のアレか?」
「ああ、あの振動かあ。で、どうするの?」

 いきなり訊かれてもシドだってノープランだ。

「そうだな……まずは見られる現場だけでも見に行こうぜ」
「じゃあケヴィン警部たちがカジノツアー第二弾に行くから、それに便乗しようよ」
「アンテナ地区は歓楽街の向こうだっけな」

 リモータ発振してみると、まだ一団は出掛けていなかった。一階ロビーに集まるというのを聞いてシドはタマにリードを着け、ハイファと二七〇五号室をあとにする。

 風呂に浸かりすぎでふやけたか、ロビーにはヴィンティス課長やゴーダ主任まで全員が集まっていた。そこにタッカーとヘイデンがやってきてコイルの準備ができたことを告げる。フロントマンたちの微笑みに見送られ、皆がぞろぞろとホテルを出た。

 昨夜きたときと同じ人員割りでコイルに乗り込むと出発だ。

 オープンコイルから眺める昼間のテュールの都市はなかなかに活気があった。スライドロードの併設された歩道を人々が行き交っている。建物の一階はどれもに店舗が入り、ブティックにベーカリー、バスグッズなどの雑貨店や銀行など多彩で客の出入りも多かった。

「あれがあんたらの同輩のテュール二分署、中身はテラ連邦軍だが」

 タッカーの言葉にシドは十階建てくらいのビルを眺めた。濃緑色の制服がオートスロープから出入りしている。何処かせわしなく見えるのはアンテナ破壊に因るものだろうか。

 やがてコイルは減速し、路肩に寄って停止し接地した。

「ここから先には普通、一般人はコイルを乗り入れないことになってるんだ」

 そこは歓楽街というには少々淋しい気が、シドにはした。見通しのいい真っ直ぐな道沿いに七、八階建ての建物が六棟並んでいるきりで、あっけらかんと明るい中、人の行き来も殆どない。まあ時間が時間だ、仕方ないだろう。

「あのビルの中にカジノや合法ドラッグ店に飲み屋なんかが入ってるっスよ」

 コイルを降りるとヤマサキ幹事代理が率先して歩いてゆく。シドとハイファも皆と一緒に続いた。マップ上ではアンテナ地区まで遠くない筈だった。シドは抱いていたタマを降ろしリードを握る。タマは長いしっぽをピンと立てて歩き始めた。

 暫くも歩かないうちに、皆の脇を白と黒のツートンカラーの緊急コイルが二台連なって通り過ぎていった。緊急音は鳴らしていない。何気なく皆がそれを見送る。
 そのとき地鳴りのような音がして地が震えた。シドとハイファは顔を見合わせる。よぎったのは勿論別室命令、まだ何者かによる破壊工作が進行中なのかも知れない。

「今朝から何だ、地震か?」

 暢気なヘイワード警部補の声を聞きながらシドとハイファは歩調を上げた。二人の雰囲気に呑まれたかのように、皆が何となく足早になる。そのまま歓楽エリアの六つのビルを通り過ぎた。歓楽エリアを抜けると足元がファイバブロックから天然の地面に変わる。

 押し固めた土に雑草の生えた場所はたった三十メートルほどで、その先はまたファイバ敷きになっていた。ここも見通しが良く、巨大なアンテナ群と数台駐まった緊急コイルに二機の緊急機、右往左往する濃緑色の制服姿に、黒々と立ち上る煙が目に飛び込んでくる。

「何だ何だ、火事か、事故か?」

 ゴーダ警部が大声で言い、その声がテラ連邦軍兵士たちの注目を浴びた。制服男が二人近づいてくる。だがどう捉えても彼らの雰囲気はフレンドリーではない。
 肩の階級章から士官である三等陸尉が皆に「あっちへ行け」と手を振る。

「一般人は近寄るんじゃない、立ち去ってくれ」
「いったい何事なのかね?」

 怯まず代表してヴィンティス課長が訊いた。だが返答はにべもなかった。

「いいから立ち去ってくれ、ここは全面閉鎖する」

 居丈高な態度に皆は肩を竦めて後戻りし始める。よその土地で厄介事に首を突っ込みたくないと思い直したのか、ヴィンティス課長も素直に皆のあとを追った。

 もしシドとハイファだけだったらテラ連邦軍中央情報局の『ハイファス=ファサルート二尉』と『シド=ワカミヤ二尉』で別室権限を振り翳せたのだ。シドのエセ士官経歴は別室戦術コンが練り上げた完璧なものがとっくにリモータに入っている。

 けれど叶わぬことを嘆いても仕方ない。仕方ないが、それで終わらせることもできない。身動きの取れない状況をどうしろと言うのか。シドはまたも怒りが湧いてきて心の中で別室長ユアン=ガードナーへの怨嗟の言葉を羅列し始めた。

 そうして三十メートルばかりの土の地面を三分の一ほど消化したときだった。

 ふいに全員を衝撃が襲った。同時に爆音。立っているのも困難なほどの揺れが続き、数秒遅れて固体のような熱い空気の塊が皆の背に襲い掛かった。
 転がるようにして皆はファイバの地面を目指しつつ、二回目の爆音を聞く。爆風に背を叩かれ、皆が土を押し固めた地面に躰を投げ出し伏せた。

 何かの破片が降り注ぐ中、咄嗟にシドはハイファに覆い被さりながら肩越しに背後を見る。アンテナ地区が鳴動していた。噴き出す黒煙が増えている。濃緑色の軍服たちも地に伏せ、または倒れ伏していた。駐まった緊急コイルやBELまでが踊るようにバウンドしている。

 そこで今までの爆音とは違う、桁違いの地響きをシドは聞く。

「拙い、テュールが折れるぞ!」
「都市が折れるって、まさか……?」

 振り向いた土の地面に幾重にも亀裂が入っていた。亀裂は見る間に間隔を広げてゆく。ザザーッと砂が亀裂に吸い込まれた。地の裂け目の向こうでは巨大なアンテナ群がクシャクシャに折れ曲がり、黒煙と破片を飛び散らせる。

 耳をつんざく破壊音に負けない大声でゴーダ警部が叫んだ。

「だめだ、全員都市側に走れ、待避だ!」

 皆が亀裂を避けて駆け出す。だが足許は大揺れに揺れて距離は稼げない。皆、何度も転んでは這った。シドは皆の最後尾でしっぽを膨らませたタマを抱いて走る。大ぶりの金属塊までが飛来する中、目前のハイファの背を護るようにしつつ、シドはひたすら走った。

 だがそこで地の裂け目が皆の足許にまで伸びてくる。足を取られたヴィンティス課長を亀裂が襲った。泳ぐように蹴った足が宙を踏む。そのまま砂と共に地割れへと落下した。
 しかし奈落の底に吸い込まれる寸前で、エドワード=ヴィンティスの振り回した手は固い土に触れる。死にものぐるいで亀裂のふちを両手で掴んだ。

「わ、うわああ~っ!」

 もの凄い破壊音で誰もの声が聞こえない状況、だが亀裂の内側にぶら下がった課長に真っ先に気付いたのは、皆の最後尾でタマを抱いたシドだった。
 シドは咄嗟にタマを離し、ヴィンティス課長を引き上げる。転がるように戻ってきたゴーダ警部とヘイワード警部補も救援に加わった。

 命からがら引き上げられたヴィンティス課長は頭から砂を被って茶色くなっていた。
 だが未だ揺れは続き、脅威は去っていない。

 腰を抜かしかけたヴィンティス課長にゴーダ警部が肩を貸し、シドは唸るタマのリードを手繰り寄せて再び抱き込み、ヘイワード警部補たちと歓楽エリアの端までやっと辿り着く。

 地面が土からファイバに変わってまもなく揺れが収まった。皆が足を止める。振り向くと土の地面を十五メートルほど残し、そこから先が綺麗になくなっていた。アンテナエリアがごっそり消えているのを目に映し、皆が呆然とする。

「向こうにいた人たちはどうなったの?」

 ミュリアルちゃんの問いにヨシノ警部が首を横に振った。全員が夢でも見ているような顔つきだった。だが課長を筆頭に皆が頭から砂埃だらけで、現実だと認めざるを得ない。

「いや、助かった。ありがとう、ありがとう」

 などと一人一人の顔を見て礼を述べ、ヴィンティス課長の視線は最後にイヴェントストライカの異名を持つ部下で止まる。それにつられてその場の皆がシドに視線を向けた。微妙な空気が流れること数秒、シドが喚いた。

「なっ、俺のせいか? 違うだろっ!」

 こんなことなら課長を蹴り落としてやるんだったとシドは内心後悔する。
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