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第23話
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三十二階では昨夜のフレンチレストランを回り込み、和風レストランへと一団は足を運ぶ。そこはテーブル席がフロアの半分、残りを畳敷きの大広間が占めていた。
キモノにたすき掛けの結構美人な店員に促され、皆は靴を脱いで大広間に上がる。
座敷には既に朱塗りの膳が二列に十二、並んでいた。それぞれが好きな場所に陣取ってザブトンの上に着地する。
「わあ、純和風だね。タマにまでお膳が並んでるよ」
「やっぱりカリカリ少なめで正解だったな」
温かなライスが茶碗に盛られ熱いミソスープの椀が配られると、行儀よく皆で手を合わせてから頂く。シドとハイファは魚のほぐし身を食べるタマの様子を見ながら、だし巻き卵を頬張り、魚の照り焼きを味わった。
その間にカジノツアー組が昨夜の戦果を報告する。
「ミュリアルちゃんのスロットマシン大当たり二連打は凄かったスよね」
「そう言うヤマサキは結構な散財をしたんじゃないですか?」
「嫁さんと娘に土産を買うクレジットは別に取ってあるんで大丈夫っスよ」
そこで珍しくナカムラが口を開いた。
「ディーラーのイカサマを見破ったケヴィン警部は、すごく格好良かったですね」
「ケヴィンはいつもデカ部屋でイカサマする方だからな」
ヨシノ警部が口を挟み、ケヴィン警部がニヤリと笑って応える。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。イカサマは見破られなきゃ、イカサマじゃないんだ」
「その割に戦果はイマイチだったようですね、ケヴィンさん」
「ヘイワード警部補はどれくらいやられたんだ?」
「俺はプラマイ、僅かにプラスってとこですかね」
悔しそう、だが愉しそうにケヴィン警部は息巻いた。
「ふん、今晩こそは負けないからな」
「勝ち逃げさせて貰いますよ。デカい風呂も魅力ですからね」
シジミのミソスープで生き返った顔をして風呂で一杯組は頷いた。
「色んな風呂があって面白かったぞ。金の風呂にプラチナ風呂まであってだな」
ゴーダ警部の言葉にハイファは苦笑する。
「わあ、すんごい成金チックですね」
「ハイファス、お前さんも旦那と行ってくるといい。泳げるくらいデカい風呂だぞ」
「はあ、そのうちに」
暢気に喋りながらも刑事たちは食事を進め、殆どの者がおかわりまでして膳のものを綺麗に平らげた。常日頃から部下の行状に悩まされて胃薬の世話になっているヴィンティス課長はともかく、基本的に刑事たちは胃腸も丈夫である。
「で、昼間の予定はどうなっているのかね?」
湯飲みの茶を啜りながらヴィンティス課長が幹事のバディに訊いた。
「特に決めてはいませんので、朝風呂もいいかと思われます」
「それにカジノは昼間もやってるって話っスよ」
めいめいが風呂だカジノだと騒ぐ中、ヴィンティス課長のブルーアイがシドを注視する。イヴェントストライカの動向が気になって堪らない様子だ。
そこでシドは高らかに言い放つ。
「足をなまらせたくないんで、勿論外を歩きに行きますよ」
青い目が哀しみを湛えるのを見て、してやったりとばかりにシドはポーカーフェイスながら心の中でほくそ笑んだ。他星でドえらい目に遭う部下の気持ちを、たまには課長も思い知ればいいのだ。そのくらいの考えでシドが少々の溜飲を下げたとき、それはやってきた。
覚えのあるパターンでシドの左手首が震えだしたのだ。
数秒遅れてハイファのリモータにも発振が入る。硬直した二人は首から上だけ動かして顔を見合わせた。発振パターンは別室、つまり任務が降ってきたのである。
◇◇◇◇
急いでいるように見えないように急いで、シドとハイファは二七〇五号室に戻った。シドはタマをキャリーバッグから解放し、遠い目をしたハイファに対し吼える。
「お前ハイファ、何で別室にまで慰安旅行の届けを出すんだよ!」
「だって僕らがテラ本星から消えたら別室戦術コンが『別室員二名ロスト』で鳴り出すもん」
「俺まで別室員にするな!」
「いちいち怒鳴らないで欲しいんだけど……」
さすがにハイファの抵抗も弱々しい。行き先を告げたのは確かだが、まさか軍機である筈の任務が慰安旅行中に同僚の前で降ってくるとは思いも寄らなかったのだ。
喩えある程度は悟られていても、この状況で別室員として動くのはキツい。
「それでも送ってきたんだから、それもダイレクトワープ通信でだよ?」
電波も光の速さでしかないので通常通信はワープする宙艦でリレーして運ばれる。ワープの分だけ光速より速いからだ。だが通常航行の分だけタイムラグが発生するのは仕方ない。
しかしダイレクトワープ通信は亜空間レピータを使用してリアルタイムで届く。
けれどいいことばかりではない。亜空間にレピータを設置し保守管理する技術は非常に難度が高いのだ。それ故ダイレクトワープ通信は莫大なコストの掛かる通信方法として知られ、伝統ある耐乏官品のハイファは毎回容量を小さくしようと四苦八苦するのである。
「ダイレクトだから何だって?」
「クレジットの掛かるダイレクトってことは、急ぎの任務の可能性ありってこと」
「くそう……俺の慰安を返せ、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎!」
「お互い慰安はいつも目の前にいるでしょ。ほら、ゴネないで見ようよ」
ポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めたシドはもう黙り込んでしまっている。命令書を見たが最後フィードバックされ、自動的に命令受領となるのだ。拒否権もなく無給で。
「はい、じゃあいくよ。……三、二、一、ポチッと」
しぶしぶシドはハイファに倣ってリモータ操作し、小さな画面を注視した。
【中央情報局発:ユミル星系第二惑星マーニにおいて上空の発電衛星が三基爆破され浮島都市テュールの電力供給アンテナが一部破壊された模様。事実関係を調査した上で今後の破壊工作活動及び浮島都市テュールの沈没を防止せよ。選出任務対応者・第二部別室より一名。ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
キモノにたすき掛けの結構美人な店員に促され、皆は靴を脱いで大広間に上がる。
座敷には既に朱塗りの膳が二列に十二、並んでいた。それぞれが好きな場所に陣取ってザブトンの上に着地する。
「わあ、純和風だね。タマにまでお膳が並んでるよ」
「やっぱりカリカリ少なめで正解だったな」
温かなライスが茶碗に盛られ熱いミソスープの椀が配られると、行儀よく皆で手を合わせてから頂く。シドとハイファは魚のほぐし身を食べるタマの様子を見ながら、だし巻き卵を頬張り、魚の照り焼きを味わった。
その間にカジノツアー組が昨夜の戦果を報告する。
「ミュリアルちゃんのスロットマシン大当たり二連打は凄かったスよね」
「そう言うヤマサキは結構な散財をしたんじゃないですか?」
「嫁さんと娘に土産を買うクレジットは別に取ってあるんで大丈夫っスよ」
そこで珍しくナカムラが口を開いた。
「ディーラーのイカサマを見破ったケヴィン警部は、すごく格好良かったですね」
「ケヴィンはいつもデカ部屋でイカサマする方だからな」
ヨシノ警部が口を挟み、ケヴィン警部がニヤリと笑って応える。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。イカサマは見破られなきゃ、イカサマじゃないんだ」
「その割に戦果はイマイチだったようですね、ケヴィンさん」
「ヘイワード警部補はどれくらいやられたんだ?」
「俺はプラマイ、僅かにプラスってとこですかね」
悔しそう、だが愉しそうにケヴィン警部は息巻いた。
「ふん、今晩こそは負けないからな」
「勝ち逃げさせて貰いますよ。デカい風呂も魅力ですからね」
シジミのミソスープで生き返った顔をして風呂で一杯組は頷いた。
「色んな風呂があって面白かったぞ。金の風呂にプラチナ風呂まであってだな」
ゴーダ警部の言葉にハイファは苦笑する。
「わあ、すんごい成金チックですね」
「ハイファス、お前さんも旦那と行ってくるといい。泳げるくらいデカい風呂だぞ」
「はあ、そのうちに」
暢気に喋りながらも刑事たちは食事を進め、殆どの者がおかわりまでして膳のものを綺麗に平らげた。常日頃から部下の行状に悩まされて胃薬の世話になっているヴィンティス課長はともかく、基本的に刑事たちは胃腸も丈夫である。
「で、昼間の予定はどうなっているのかね?」
湯飲みの茶を啜りながらヴィンティス課長が幹事のバディに訊いた。
「特に決めてはいませんので、朝風呂もいいかと思われます」
「それにカジノは昼間もやってるって話っスよ」
めいめいが風呂だカジノだと騒ぐ中、ヴィンティス課長のブルーアイがシドを注視する。イヴェントストライカの動向が気になって堪らない様子だ。
そこでシドは高らかに言い放つ。
「足をなまらせたくないんで、勿論外を歩きに行きますよ」
青い目が哀しみを湛えるのを見て、してやったりとばかりにシドはポーカーフェイスながら心の中でほくそ笑んだ。他星でドえらい目に遭う部下の気持ちを、たまには課長も思い知ればいいのだ。そのくらいの考えでシドが少々の溜飲を下げたとき、それはやってきた。
覚えのあるパターンでシドの左手首が震えだしたのだ。
数秒遅れてハイファのリモータにも発振が入る。硬直した二人は首から上だけ動かして顔を見合わせた。発振パターンは別室、つまり任務が降ってきたのである。
◇◇◇◇
急いでいるように見えないように急いで、シドとハイファは二七〇五号室に戻った。シドはタマをキャリーバッグから解放し、遠い目をしたハイファに対し吼える。
「お前ハイファ、何で別室にまで慰安旅行の届けを出すんだよ!」
「だって僕らがテラ本星から消えたら別室戦術コンが『別室員二名ロスト』で鳴り出すもん」
「俺まで別室員にするな!」
「いちいち怒鳴らないで欲しいんだけど……」
さすがにハイファの抵抗も弱々しい。行き先を告げたのは確かだが、まさか軍機である筈の任務が慰安旅行中に同僚の前で降ってくるとは思いも寄らなかったのだ。
喩えある程度は悟られていても、この状況で別室員として動くのはキツい。
「それでも送ってきたんだから、それもダイレクトワープ通信でだよ?」
電波も光の速さでしかないので通常通信はワープする宙艦でリレーして運ばれる。ワープの分だけ光速より速いからだ。だが通常航行の分だけタイムラグが発生するのは仕方ない。
しかしダイレクトワープ通信は亜空間レピータを使用してリアルタイムで届く。
けれどいいことばかりではない。亜空間にレピータを設置し保守管理する技術は非常に難度が高いのだ。それ故ダイレクトワープ通信は莫大なコストの掛かる通信方法として知られ、伝統ある耐乏官品のハイファは毎回容量を小さくしようと四苦八苦するのである。
「ダイレクトだから何だって?」
「クレジットの掛かるダイレクトってことは、急ぎの任務の可能性ありってこと」
「くそう……俺の慰安を返せ、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎!」
「お互い慰安はいつも目の前にいるでしょ。ほら、ゴネないで見ようよ」
ポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めたシドはもう黙り込んでしまっている。命令書を見たが最後フィードバックされ、自動的に命令受領となるのだ。拒否権もなく無給で。
「はい、じゃあいくよ。……三、二、一、ポチッと」
しぶしぶシドはハイファに倣ってリモータ操作し、小さな画面を注視した。
【中央情報局発:ユミル星系第二惑星マーニにおいて上空の発電衛星が三基爆破され浮島都市テュールの電力供給アンテナが一部破壊された模様。事実関係を調査した上で今後の破壊工作活動及び浮島都市テュールの沈没を防止せよ。選出任務対応者・第二部別室より一名。ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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