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第27話

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 緊急機でマクレーン行政副長と二分署長に一分署長、それに勿論シドとハイファも行政府に飛んだ。

 行政府は五本の高層ビルのひとつを占め、五十五階建ての行政府ビルには屋上だけでなく、中腹にも天井を高く取った駐機場があった。後者に緊急機は滑り込んでランディングする。

 浮かんだ汗を拭いながらマクレーン副長が困惑したような声を出した。

「どうやってビルのリモータチェッカをクリアしたのやら、行政長室の前に居座って梃子でも動かないという話でして――」

 乗り込んだエレベーター内でマクレーン副長はまた汗をハンカチで拭う。

 五十三階に辿り着くと、なるほど行政長室前にはヴィンティス課長以下九名と一匹がたむろしていた。民間らしい警備員が四名、ほとほと困ったとでも言うように首を横に振っている。

「あっ、シドとハイファスだわ!」

 ミュリアルちゃんの高い声で全員がこちらを振り向いた。ゴーダ警部が鬼瓦のような顔で笑い、片やヴィンティス課長は部下を見て複雑な顔をした。大イヴェントに継ぐ更なるイヴェントを警戒しているのか、ブルーアイは哀しみを色濃く湛えている。

「おっ、旦那にハイファス先生は晴れて釈放パイか」
「そうもいかないみたいですけどね、ヘイワード警部補」
「マイヤー警部補、タマをすんませんでした」

「いいえ。ホテルに置いておこうと思ったのですが、どうしても離れなくて」
「世話掛けました。タマ、こい」

 タマはシドの左腕を駆け上って肩に乗っかり、マクレーン行政副長たちに向かって「フーッ!」と唸った。一団は笑って引き上げようとする。背を向けたシドとハイファに行政副長と一分署長に二分署長が縋り付いた。振り払おうとするも剥がれない。

「ちょ、待って、待って下さい!」
「テュールが沈もうとしてるんですよ!」
「二万五千名の命を救う策を、何か授けて下さい!」

 必死の叫びに一団は足を止めた。
 そこで行政長室のオートドアがガーと開いて中年を少し越えた小柄な男が顔を出す。男は騒ぎを静かに見回したのち、何故かシドの顔を見て言った。

「お客人に昼食の準備が整ったそうだ。小会議室までご足労願えないかね?」

 メシと聞いてシドの心が動いた。時刻はもう十四時過ぎで腹が立つと腹が減る体質の男は腹ぺこだったのだ。マクレーン行政副長の案内で小会議室にぞろぞろと移動する。
 小会議室ではロの字型に長机とパイプ椅子が置かれ、十五人分の仕出し弁当が綺麗に並べられていた。部屋の隅にはキャットイレまでしつらえられている。

 さっさと座った中年を越えた男が自己紹介した。

「行政長のヨーゼフ=シャハトだ、宜しく。まあ、座って食べてくれたまえ」

 ガタガタと椅子を鳴らして皆が着席する。全員が行儀良く手を合わせたのちに食べ始めた。タマには小皿に大好物の竹輪が三切れ載っていた。水の器も用意されていて至れり尽くせりだ。

 食しながらヨーゼフ=シャハト行政長が皆に話を振る。

「この重大な危機を回避する案があれば、何でもいいから述べて欲しい」
「必要なのは電力っスよね、みんなで自転車を漕げば……」
「それだけの自転車は集められない。他には?」

 ヘイワード警部補とケヴィン警部が口々に言った。

「安全にランディングさせる方法を考えた方が早いんじゃないか?」
「ランディングしたとして、二万五千もの人数をどうするよ?」
「あ、そうか。渇き死にはムゴいよなあ」

 保温ボトルの茶を飲んでヴィンティス課長が憂鬱そのものの声を出す。

「有人惑星なんだ、何処か他に大電力はないのかね?」
「それですよね。地上の民は電力なしで生きているんですか?」

 マイヤー警部補にマクレーン副長が答える。

「まるで電力なしで生きている訳ではない。彼らも多少は電力の恩恵に与っている」
「じゃあそこから貰えばいいんじゃないかしら?」
「お嬢さん、そう簡単にはいかないのだよ」
「どうして?」

 素直に訊いたミュリアルちゃんにスカリー一分署長が噛んで含めるように言う。

「彼らが電力を『はい、どうそ』とくれる訳がないのだ。彼らは我々テュールの住人を敵視している。搾取者であり、風から逃れて暮らしている我々をね」
「この際、頭を下げてでも貰うべき……あ、電力を受けるアンテナがないんだっけ」

「でもハイファ、ここに着く寸前に浮島の腹にアンテナが付いてるの、見たぜ?」
「あ、それ、僕も見た気がします」
「ナカムラもか。小型だったが確かにユニットがくっついてたよな」
「幾ら敵視してたって、二万五千を殺すような奴らなのかい、地上の民は?」

 唸るように言ったゴーダ警部に、だが地元の長たちは浮かない顔をしている。ヴィンティス課長ばりの憂鬱な顔のまま、マクレーン副長がリモータを一振りした。全員が囲む長机の真ん中、天井に近い中空にホログラムの浮島テュールが線描されて浮かび上がる。

 ヨーゼフ=シャハト行政長がポインタを操作した。

「きみたちが見たアンテナはここだ。殆ど使ったことがないこれは逆に地上に送電するためのものだった。かつて地上の鉱山に向けて送電していたらしい」

 箸で高野豆腐を口に運び、咀嚼し飲み込んでからハイファが訊ねた。

「今の鉱山は無人でしたよね?」
「その通り、採掘マシンは半永久バッテリで……そうか、その手があったか!」

 手を打ってヨーゼフ=シャハト行政長が部下を見た。マクレーン副長が慌ててリモータ操作する。だが皆が満腹になった頃にもたらされたのは、採掘マシンの半永久バッテリをかき集めても、テュールを浮かせておくだけの電力には到底足らないという事実だった。

「浮かせておくだけじゃない、風と相対速度ゼロで飛ばさなきゃならねぇんだよな」
「だよね。でも、仮に地上の民から電力を回して貰ったらどうなるのかな?」
「試算上はテュールを維持する電力が得られる……そうだな、副長?」
「……ええ、それは」

 マクレーン副長は頷いたものの、机上の空論といった顔つきだ。

 まもなくオートドアが開いて自走給仕機が入ってきた。それぞれがコーヒーや紅茶などのカップを取る。静かに食後の飲み物を愉しむ中、タマがキャットイレの砂を掻き始めた。皆が目を逸らし、溜息が席捲した。

「でもここはハッタリかましてでも電力を貰うべきだろう」
「ケヴィン警部、博打じゃないんですから」
「いや、シド。他に手がなけりゃ仕方ないだろうが」

「ハッタリとはどういうことかね、ケヴィン君」
「例えばですがね、課長。『金とプラチナ鉱山の利権を分けてやる』とかですよ」

 それを聞いた地元の長たちが難色を示した。それはそうだろう、このテュールの都市は金とプラチナのクレジットで全てを賄っている。掘って掘って掘りまくって、金とプラチナを他星に売り、その対価として物資を水に至るまで買い付けて暮らしが成り立っているのだ。

「ところでそいつを掘り尽くしたら、いったいどうなるんだ?」
「まだあと三世紀は掘り尽きないと試算が出ているよ、シド君」
「じゃあ三世紀後はどうするんですかね、行政長?」

「掘り尽くす前に観光産業を興そうとした矢先だったのだ。それにプログラミングなどの頭脳産業にも手を着けている。心配要らない筈だったのだよ」

 そこで全員の目がシドに向いた。

「さすがはイヴェントストライカが絡むとイヴェントも壮大ですね」
「イヴェントストライカ、ここにありって感じがひしひしするっス……あわわ!」

 マイヤー警部補とヤマサキのバディにしみじみ言われ、シドは後者を睨みつけて右腰のヒップホルスタに手をやった。ヤマサキは長机の下に潜り込む。

「それにしてもヨルズの民に支援を要求せねばならんとは。他に手はないのか?」
「しかし閣下、我々が『頼む』と言って彼らは素直に電力を寄越すでしょうか?」
「喩え鉱山の利権を分けてやると本気で言っても、まず難しいことだろう」

 聞いていたシドが地元の長たちを一人一人見回して言った。

「本当に分けてやる気があるのか?」
「どういうことだね、シド君?」

「もし本当に分けてやる気があるのなら、俺は協力してもいい。あんたら搾取者がヨルズの民との交渉役に向かないくらい敵視されてるなら仲介役を立てればいい。その仲介役と交渉係を務めてもいいと言ってるんだ」

「ちょっとシド、貴方勝算があって言ってるの?」
「勝算があろうがなかろうが俺たちはアレを背負ってるんだ、やるしかねぇだろ」
「うーん、それはそうなんだけど……」

 一方で地元の長たちは話し合いに入っていた。そして四者は大きく頷いた。

「シド君、その話を受けさせて貰ってもいいかね?」 
「議会か何かに諮らなくてもいいのか?」

「議会で問題にした日には全ての情報が洩れてパニックになる。今回に限りトップダウンで事を進める方向で話はまとまっている。しかし本当にいいのかね?」
「俺個人はいい。あとは長に訊いてくれ」

 じっと全員から見られたヴィンティス課長は咳払いする。

「ウォッホン。協力できることがあれば何でも仰ってくれと言ったのはわたしだ」
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