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第33話

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「俺たちが責任を持って、ちゃんとした見返りをヨーゼフ=シャハトから引き出す」
「よそ者だっていう貴方たちが責任を? 話にならないわ」
「浮島が墜ちれば二万五千人が死ぬことは知ってるのか?」

「関係ないわ。……この畑を見て。うちの息子たちは青々とした野菜なんて食べたこともないのよ。電力はあってもモノがないの。照度の低い人工光で育った白い野菜ばかりを食べて、やっと大人になっても、この狭い畑を死ぬまで耕していくの」
「……」

「そんなわたしたちと、死ぬまでテュールで夢のような生活ができた人たちと、いったいどちらが幸せなのかしらね!」

 叫ぶように言い放った女性は涙を滲ませている。だがシドは怒りを溜めて食い下がった。

「あんたが不幸なのは勝手だが、何であんたの息子まで一生不幸だって決めつけるんだよ? どうしてここでチャンスを生かして不幸から抜け出そうとしねぇんだ? あんたのは単なる不幸自慢でしかねぇ、それに息子を巻き込むな!」

 シドの剣幕に驚いた女性は、しかし負けてはいなかった。

「どれだけ幸せに生きてきたら、そんなご立派な口が利けるの? 現実を見て頂戴! 父も、祖父も、その先祖も代々この畑を耕して死んでいったの! 幾ら風の向こうの宇宙に憧れたとしても、息子が宙艦乗りになれる日なんてこないのよ!」

「だから、どうしてこないって決めつけるんだ?」
「それは……そういう運命の下に生まれたからよ!」
「ふん。これから先の息子の運命まで、あんたには見えるって訳だな?」
「……ええ、そうね」
「何が不幸って、あんたの息子に生まれたことが息子の不幸だな」

 さすがにハイファは割って入ろうとする。顔を真っ赤にした女性が卒倒するのではないかと思ったのだ。握ったこぶしから震えが広がり女性は全身で怒りを露わにしている。

「ちょ、シド。それ以上は……」
「いいや、言わせて貰うぜ。チャンスをふいにしておいて何が運命だっつーの。ふざけんじゃねぇぞ。この際まともな金鉱を分捕ってでも息子に夢を追わせてやろうって気概はねぇのか!」

 そこまで言われて女性は低い声で囁くように呟いた。

「まさか、息子の運命を変えられる……?」
「そうだ。あんた自身の運命も変わる筈だぜ?」
「あのヨーゼフ=シャハトが素直に鉱山の利権を譲るとでも?」
「俺たちは交渉係であり、仲介役だ。正式な仲介役はテラ連邦圏の何処でも通用する契約ファイルを作ることが可能、俺たちはその条件を満たしてる」

 やや心細げな表情を浮かべて女性はシドを見上げる。

「それって……もしも本当に鉱脈が手に入ったら、あのヨーゼフ=シャハトにまた裏切られたりしないってこと?」
「ああ。だが交渉係としての俺たちが信用できねぇなら、自分でそいつをもぎ取るんだな」
「……わたしにそれができるかしら?」
「やるんだ。今このチャンスを逃すなよ、ほら――」

 そう言ってシドは預かってきたヨーゼフ=シャハト行政長の個人リモータIDを女性のリモータに流した。女性は暫しヴァージョンの低い自分のリモータを眺める。

 やがて女村長は震える指先でキィ操作し、それより震える声でオープン通話を始めた。ヨーゼフ=シャハト行政長は飄々とした話しぶりながら、またも掘り尽くした鉱山の利権を提示する。

 僅かに落胆の色を浮かべた女村長の目を見て、ハイファが通信を代わろうとした。
 だがそれをシドが押し留める。ハイファも悟りシドと共に女性の手を握り力づけた。

 そうして長い長い通信の末に女村長は自身が知っている鉱山の中でも、莫大な埋蔵量が期待できるプラチナ鉱山の利権を寄越すようヨーゼフ=シャハトに迫り、とうとう了解の意を引き出すに至ったのだった。女性は自身の力でプラチナ鉱山を村のものにしたのである。

 シドとハイファは女村長を称賛し、手を叩いて一緒に喜んだ。

 直後に交渉の音声を収めた外部メモリのMB――メディアブロック――をハイファが女村長に手渡した。五ミリ角のMBはテラ連邦軍人ハイファス=ファサルート二等陸尉と司法警察員シド=ワカミヤ巡査部長の電子署名が書き込まれた、テラ連邦圏の何処の裁判所でも通用する公的ファイルである。

 女村長はそのMBを大切に自分のリモータの外部メモリセクタに収めた。

「嘘みたい……夢を見てるみたいだわ」
「夢じゃねぇよ。これで運命なんてモンは変えられるって分かっただろ」

 女性は爪に砂が詰まった指で涙を拭いながら頷いた。

「ええ……約束だったわね、二万五千人の運命を変えられるのなら協力するわ」
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