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第32話

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 それにしても人の気配が感じられない集落だった。
 全部で百近くもあるかという住居の半球の直径は五、六メートルほど、出入り口だけはファイバのドアが付いているものが多いが、中には幾重にも布を下げているだけの住居もあった。

 だがそれらの内部に人がいるような気がしないのだ。

「みんな、何処に行っちゃったのかなあ?」
「さあな。……おっ、あの家は結構デカいぞ、あそこに行ってみようぜ」

 シドが指差したのは集落の中心辺りに位置する住居だった。それだけ直径が七、八メートルもある。ドアもちゃんとくっついていた。
 足早に近づくとシドがノックする。同時にハイファが声を張り上げた。

「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかーっ!」

 繰り返してみたが返答はない。だが回れ右して帰る訳にもいかない。そこでシドはドアノブを握って回してみた。難なく開く。熱砂の風が吹き込むのでいつまでも開けてはいられない。三人は勝手に中に入ってドアを閉めた。さっさとマントを脱ぐ。

 衣服は汗で蒸れていたが涼しくなったのは有難い。三人とも溜息をついた。

 中は意外にも明かりが灯っていた。ペンダント型のライトが円形の室内を照らしている。照度のやや低いそれに目が慣れるとシドは室内を見回した。

 そこはボロ切れのような布が敷かれた広間だった。隅の方には星系外からの援助物資なのか穀物の大袋が幾つか積まれている。石を組んだキッチンもあり地下水脈から汲み上げているという水道も完備されていた。
 石の台の上に金属製の食器が積まれていて、その数から察するにこの住居には複数の人間が暮らしているものと思われる。

 じっと観察するうちにキッチンの横の床に穴が空いているのを発見した。近づいて覗いてみると、それは地下に降りて行く階段だった。それも所々に明かりが灯っている。だが階段は途中で折れ曲がっていて先までは見通せない。

 そこでハイファがまた声を張り上げる。

「すみませーん! そちらに降りてもいいですかーっ!」
「構いませんよ、どうぞ!」

 やっと返事が得られて階段をシド、ハイファ、アレクの順で降りた。身を縮めなければならないくらい階段は狭かったが、降りきってしまうと天井は案外高く、広さもデカ部屋の五倍ほどあった。
 そして少々、いや、かなりの悪臭がしている。原因はすぐに知れた。目前には何と畑と鶏小屋があったのだ。

 畑としては狭いのだろうが、地下だというのを考えれば広い方かも知れない。料理など知らないシドの目から見ても様々な種類の野菜が植えられている。
 だがどの野菜も青々とは茂らず白っぽかった。高い天井には換気口らしき穴が幾つか空いてはいたが、そこから差し込む薄明かりと電灯のみでは、さすがに光量が足らないのだろう。

 そこで大人から子供まで五人が農作業をしている。

 その中の一人がつぎはぎだらけのエプロンで手を拭いながらやってきた。髪をひっつめにした女性で、テラ標準歴では三十代半ばといったところか。

「お仕事中にすみません」
「今朝の通信で聞いたわ。貴方たちがテュールからの使者ってことね?」
「はい。貴女がこの村の……?」
「ええ、代表と思ってくれて構わないわ」

 若さが意外だったが、シーラの話でヨルズの民が母系社会だというのは既に知っていた。このパキパキと喋る女村長なら損得勘定もすぐに働きそうな気がして、シドは期待しつつハイファと女性のやり取りを見守る。

「そうですか。これを預かってきましたので読んで頂けますか?」

 リモータ操作しハイファはヨーゼフ=シャハト行政長からの書面ファイルを女性の嵌めたヴァージョンの低いリモータに小電力バラージ発振で送った。女性がそれを読んでいる間にシドは辺りを観察したが女性以外にリモータを嵌めた者はいなかった。

 ということはIDすらないのだ。その事実に気付いてシドは驚く。IDがないということは高度文明社会では人権がないに等しい。
 ここの生活ではIDなど必要ないのかも知れないが、テュールの行政府が彼らにIDを与えていないという現実がシドには信じがたかった。まるでヨルズの民を同じ人間だと思っていないかのようである。

 彼らの先祖も鉱脈に惹かれてこの星にやってきた挙げ句、パワーゲームに負けたのかも知れないが、まさか子孫がこんな生活を強いられるとは思っても見なかっただろう……。

 そんなことをシドが考えていると、村の代表だという女性はファイルを読み終えていた。

「そう。金鉱脈のひとつをわたしたちに譲る、その見返りにテュール標準時で明後日の朝から風車の全電力を、ここに載っているプログラム通りに送れってことね」
「ええ、お願いします」
「お断りするわ」

 それまでと同じ調子で言われてハイファは瞬間、言葉に詰まる。

「……何故って、訊いてもいいですか?」
「掘り尽くしたあとの金鉱を貰っても、どうしようもないもの」
「掘り尽くしたって、そいつは本当なのか?」

 土で汚れた頬をエプロンの端で拭きながら女性は肩を竦めた。

「採掘マシンのメンテナンスに雇われることもあるのよ、わたしたちだってA一五五金鉱が閉鎖寸前なことくらいは知ってる。どうせこんなことだろうとは思ったわ」

 話は終わったとばかりに女性は踵を返して農作業に戻ろうとした。

「ちょっと待ってくれ!」

 振り返った女性の鬱陶しそうな顔にも怯まずシドはまともに切れ長の目を向ける。迷惑そうな素振りの女性の目に何処か哀しげな色が浮かんでいるのを見つめた。
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