YAMASAKIは今日も××だった~楽園16~

志賀雅基

文字の大きさ
31 / 47

第31話

しおりを挟む
「あと十五分。ヤマサキはともかくマイヤー警部補は冷静に交渉してるんだろうな」
「ゴーダ警部とナカムラさんは、きっとゴーダ警部の押しと浪花節戦法だよね」
「ヘイワード警部補とケヴィン警部はハッタリで通すつもりかも知れんな」

「で、僕らはどういう路線で攻めるの?」
「誠心誠意、説得するんだ」
「うわあ、シドが誠心誠意だって! 明日はこの辺りに雪が降るかも」
「殺されてぇのか、テメェは!」

 シドがハイファのしっぽを掴んで引っ張り、ハイファがシドの顎の下にテミスコピーをねじ込んでいると、タマを抱いて笑っていたセシルが声を上げる。

「村が見えてきたわ!」
「えっ、どれ?」

 するりと愛銃を懐に仕舞いハイファが前方を注視した。シドも砂嵐に目を凝らす。

「あっ、大きな白いモノが沢山見えるよ。もしかしてあれで発電してる……?」

 同じものをシドも見ていた。背の高い白い柱が何本も、それこそ数え切れないくらい沢山、固そうな地面から生えだしている。遠目にはまるで砂嵐のさなかに迷い込んだ羊の群れのようにも見えた。

 砂塵に削られて起伏の少ない茫漠たる大地に立ったそれは、先端に付いたプロペラを力強く回し続けている。動体視力のいいシドにはプロペラが三枚羽根だと分かった。

 そう、それは巨大な風車だった。

「なるほど、風力発電とはな」
「あの向こうに集落があるわ」
「どうやってあれだけの資材を手に入れたのかな?」

 そこで風力発電の存在を知っていたアレクが口を挟む。

「あれは全部、テュールの地下にある成型工場で生まれたものだ。奴らは鉱山での仕事を請け負うたびにあれを増やしてる。あいつらだってテュールの恩恵を受けてるんだよ」

 その口調は先程のシーラの宗教じみた科白に反発するかのようだった。いや、反発というよりもテュール、イコール全てを司る神であるかのような響きを帯びていた。

「テュールがヒエラルキーの頂点にあるみたいな言い方をするんだね」
「事実を言ったまでさ」

 いわばテュール人ともいえるアレクには、なるべく喋らずに黙っていて貰うしかないだろうと、シドとハイファは顔を見合わせて目配せし合う。

 そうしているうちにも風車群はどんどん近づいてきて、その向こうに半球を伏せた形の住居らしきものが幾つか見え隠れし始めた。砂塵混じりの風の合間に見えるそれは、地面と同じ薄茶色で判別しづらかったが、どうやらイグルーと呼ばれるものに似ているようである。

 それらの集落まで船を着けて貰えると思ったら甘かった。随分手前の最初の風車の根元にシーラはヨットを泊めた。そしてシドたちをじっと見る。行けということらしい。仕方なくシドとハイファはシーラたちから黒いマントとゴーグルを借りた。

 タマをセシルに預け、アレクも自前の茶色いマントを羽織ると出発だ。

「もう少し近くまでサーヴィスして欲しかったなあ」
「チッ、怯えるにもほどがあるぜ」

 船体横腹の出入り口を開ける前になって、アレクがそう呟いた。

「怯えるって、シーラたちが? 疎外されてるから出て行かないだけじゃないの?」

 アレクは頬に人の悪い笑みを浮かばせてハイファを眺める。

「あんたらも別嬪だから気を付けた方がいい。うっかりするとハメられちまうぞ」
「って、何だよそれは。性的な意味で襲われるってことか?」
「その通り。ヨルズの民はごく狭い村社会で暮らしている。そこでの婚姻の繰り返しで血が濃くなりすぎるのを防ぐために、外部からの血をいつも欲しがってるのさ」

 聞いてシドは溜息をつきたくなった。ハイファもうんざり顔だ。幾ら厳しい環境に置かれた村社会の人々でも、ケダモノではなく人間なのだ。人間も動物である以上、潜在的に外部からの血を欲するのは本能とも云えるが、まさかいきなり襲い掛かったりはするまい。

 全く、ここまで差別がなされ線引きされていては、ねたくもなるだろう。

 もし自分がヨルズの民の立場なら、ここまで言う奴に電力など一ワットも分けてやらないだろうとシドは思い、ポーカーフェイスながら内心呆れ果てた。
 だがここで突っ立っていてもことは進まない。五ヶ所も回らねばならないのだ。

「もういい。行くぞ、ハイファ」
「うん」

 船体の横腹のドアを倒して開く。歩み板のように降ろしたドアを踏んで外に出た。途端に息の詰まるような熱砂の嵐に三人は押し包まれる。けれどシドは借りたゴーグルとマントのお蔭で、覚悟していたよりもかなり楽に歩くことができた。
 フード付きのマントは口許まで布で覆えるようになっていて砂もあまり入ってこない。

 そうして歩いていると一番の敵は暑さだった。外気温は確実に摂氏三十度を軽く超えている。そんな中で普段着と対衝撃ジャケットの上からマントだ。首筋を汗が伝った。

「ハイファ、大丈夫か?」
「平気だよ、ちょっと暑いけどね」
「しかしこれでテラフォーミング済みってのは、やっぱり酷すぎねぇか?」
「貴方が言った通り、テラ連邦は金とプラチナさえ採れればいいんじゃないの?」

「ふん。還元せず潤さずに、お宝だけを吸い取るテラか」
「ここではテュールがその象徴、今まで大規模テロや暴動が起こらなかった方が不思議だよ」
「だよなあ。それにしても巨大キノコの森に迷い込んだみたいだぜ」

 風車群の根元を歩きつつ、シドはゴーグル越しに上を仰ぎ見る。百基以上ありそうな風車は一本が十数メートルの高さだ。
 素人目には何処に電力送受アンテナがついているのか分からない。とにかく風車のプロペラはもの凄い勢いで回っていて、そのまま引っこ抜けて飛んでいかないものかと心配になるくらいだった。

 船を降りてから百五十メートル近くも歩いただろうか、やっと集落の入り口に差し掛かる。イグルーに似た半球を伏せた形の住居は、材質が何と地面を切り出した硬い砂だった。

「こいつはすぐに砂嵐に削られちまうんじゃねぇか?」
「交換するのも大変そうだね」
「それにしても、ヨルズの民はいったい何のためにあんなに風車を立てて発電してるんだ?」
「言われたらそうだよね。どうしてだろ?」

 笑ってアレクが答えた。

「電力も多少は生活に使ってるさ。だがこれは殆どが地下深くまで掘った井戸から水を汲み上げるためのものなんだ。地下水脈から水を得るためのシステム、その副産物として発電しているって訳だ」

 なるほど、それならさほど罪悪感を覚えずに交渉ができそうだとシドは思う。二万五千人を救うために、ヨルズの民に死んでくれと言わずに済むのは有難かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...