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第30話

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「アネモイ族ってのは歴史が古いのか?」
「そうね、テュールの都市ができるずっと前から存在したって言われてる。元は金やプラチナ鉱を探して旅する山師みたいなものだったらしいわ。今は主に援助物資を運んでる」

「へえ、定住せずにずっとこうしてるのか?」
「ええ。時々他の船とも交流を持つけれど。定住できないと言った方がいいかしら」
「どうしてだ、ヨルズの民だって定住してるじゃねぇか」

 少し考えてシーラは答える。

「ある意味、ヨルズの民からもわたしたちは疎外されている。こうして色々な仕事を請け負ってテュールの恩恵を受けているから。はっきり言えばいいとこ取りしてる」
「なるほどな」

 何処にでも差別は転がっているものだ。テュールの者はヨルズの民を見下げ、ヨルズの民はアネモイ族を見下げ、自分たちの周りを掘り下げて自分の位置を少しでも高くしようとする。

「でもわたしたちには自由がある。誰にも侵させない自由が。だから、いい」
「そうか」

 だが果たしてこのメンバーで押しかけて、ヨルズの民が電力を渡してくれるのかという疑問が湧きかけていた。しかし弱気は禁物だと思い直す。自分たちが逃げ出さないよう、実質的に三人の人質を取られているも同然、おまけに見張り役までつけられているのである。

「ったく、あのクソ狸親父、食えねぇ野郎だぜ」
「もしかしてヨーゼフ=シャハトのこと? 彼はやり手だわ。上手くわたしたちも、ヨルズの民も使いこなしている。採掘場でのマシントラブルなんかのときにね」
「ふうん。それならあいつが村を回ればいいんだよな」

「それは無理。テュールの者は風の大地を恐れる上にヨルズの民はヨーゼフ=シャハトの腹黒さを知っているから。仲介役と交渉係に第三者を当てたのは正解」
「へえ、そんなにえげつないのかよ?」
「そうね。甘いエサで騙されないよう、貴方たちも気を付けて」

 クールながらシーラのアドヴァイスに何だかもう嫌な予感に囚われていたが、自分で言い出したことを今更放り出せはしない。ヨーゼフ=シャハトなどどうでもいいが人質三人を二万五千人と一緒に無理心中させる訳にはいかないのだ。

 コーヒーを飲んでしまうと喫煙欲求が湧いてくる。シドはシーラに喫煙許可を貰った。煙草を咥えてオイルライターで火を点け、吸い殻パックを片手に紫煙を吐くのをシーラは首を傾げて眺めている。珍しいのかも知れない。

「匂いが嫌ならギャレイで吸うが」
「いいえ、嫌いじゃない。父も吸っていたわ、パイプだったけれど」

 珍しいのではなく懐かしかったようで、シーラは暫し紫煙の香りを嗅いでいた。
 出発して二時間が経った頃、ギャレイから顔を出したセシルが声を掛けてくる。

「お昼ご飯だけれど、狭いから交代で摂って欲しいの」

 答えたのはアレクだ。

「了解、了解。シドにハイファス、食ってきていいぞ」
「そうか、じゃあお先に」

 ここで遠慮し合っても仕方ないのでシドとハイファは有難くギャレイに向かった。
 昼食は行政府で摂っていたが、これを逃すと次はいつ食事にありつけるか分からない。さほど腹は減っていなかったが郷に入っては郷に従えである。

 既に食事の用意は出来ていて、つまりはシドたちが持ち込んだ非常糧食品なのだが狭いテーブルにキチンとランチョンマットが三枚敷かれているのが女性らしい。二人はしつらえられたベンチに横並びに座りヒモを引っ張れば温まる弁当を食し始めた。

「そういえばセシル、タマはどうしたのかな?」
「ベッドで寝てるわ。丸くなって可愛いの。でもご飯は食べないのかしら?」
「朝と夜にやってるんだよ。あんまり食べさせるとおデブになっちゃうからね」
「そう、ならいいわ。でもご飯を食べるところも見たいなあ」
「今晩には見られるさ」

 姉よりも快活らしいセシルに猫の生態を説明しながらもシドはあっという間に弁当を綺麗にさらえてしまう。ハイファは優雅にフォークを口に運び、セシルも割とゆっくりとしたペースで食していた。

 食べ終えるとコップ一杯ずつの水を配給され、それも飲み干してしまうとシーラ・アレク組と交代だ。その際に一旦船を泊めて貰いタマのトイレである。

 シドはマントとゴーグルを借りて着込んだ。可哀相なのはタマだが仕方ない。船の陰で砂塵混じりの猛烈な風をなるべく避けて用を足させる。用が済むとタマをマントの中に抱き込んで船内に戻った。するとコンソールにはセシルが就いていた。

「まだ上手く風を捕まえられないんだけれど」

 その言葉に湧いた不安を押し隠してシドとハイファはセシルの背後から操船を見守る。難なく走り出したのを感じて安堵した。それでも会話をするのは拙いかと遠慮したが、セシルの方からのんびりとした口調で話を振ってくる。

「よその星には、こんなに風は吹いていないんですって?」
「そうだな。風は少なくて人が多い」
「そうなんだ。みんな服もこんなのじゃなくてテュールの都市の人たちみたいに綺麗なんでしょう? ちょっと羨ましいかも」

 と、セシルは袖や裾を折った作業服のような衣装を見下ろして嘆息した。

「あんた、セシルはそれで充分綺麗だぜ」
「そうかしら? シドやハイファスの方が綺麗よ。最初に見たとき吃驚したもの」
「そうか?」
「ええ、夢の中に出てくる王子様みたい。なんて言うとシーラにバカにされちゃう」

 クールな姉とはそれなりの相克もあるらしい。自由とはいえ狭い船内ではぶつかることもあるだろう。止まない風の唸りを聞きながら、そんなことを考えているとリモータが震えた。

「発振、誰から?」
「マイヤー警部補。一ヶ所目の村に着いたそうだ」
「そっか。交渉が上手く行けばいいね」
「まあ、マイヤー警部補だからな。何かは引っ張り出すだろ」

 頷いてハイファもリモータ操作を始める。上空の軍事通信衛星MCSを通して別室に経過報告をするらしい。クレジットの掛かるダイレクトワープ通信、文面を短く練り上げると、

「二十四キロバイト、軽い軽い……えいっ!」

 などと耐乏軍人は気合いと共に送信した。世知辛いことこの上ない。

 まもなくシーラとアレクが食事を終えて出てくる。シーラは妹と操船を代わった。

「結構距離を稼いだわね。あと三十分もすれば村が見える筈」
「そうか。ところで五ヶ所を回るのにどのくらい掛かるんだ?」
「交渉とやらがどのくらい掛かるかに依るわ。真っ直ぐ五ヶ所回れば明日の夜には」
「明日の晩か。リミットが明後日の九時としてギリギリかもな」

 それも交渉が上手くいったとして、である。

「それにしてもカルチャーダウン並みの生活をしてるヨルズの民が、あのテュールを浮かせておくだけの電力なんか持ってるモンなのか?」
「ヨルズの民とて工夫を重ねて生きてるわ。バカにしたものじゃないのよ」

「そうか、そうだよな。この厳しい環境で生きてるんだよな」
「ええ。テュールの人間は風をなくし、わたしたちアネモイ族は風と共存し、ヨルズの民は風と戦って生きている。だからヨルズの民は一番強い」

 何だかシーラの科白は宗教じみてシドには聞こえた。風を神と言い換えても通じそうな気がしたのだ。ふと隣に立つハイファを見ると神妙な顔つきで話を聞いていた。
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